第14話 妖精

 しばしの沈黙の後、クライドは心底嫌そうな顔をして口を開く。


「……バカか、おまえは。僕のどこをどう見たら、親父殿に見えるんだ?」

「えっ、いえ、その……」


 真正面から否定されて、アグノラはしどろもどろになる。クライドは心底呆れたような表情で、誤魔化しているようには見えない。

 外見も性格も異なるクライドがロドニーと別人であることは明らかだ。それなのに、どうして二人を同一人物と認識してしまったのか……一目瞭然の事実に、アグノラは自分自身に首を傾げてしまう。


「おまえも知ってのとおり、僕はドールだ。それも、親父殿が作った最後の時計クロックを用いて製作された。珍しいのはその一点だけで、他におかしなところはない」

「……嘘です。本当にそれだけなら、あなたが囚人として扱われる理由がない」

「僕が囚人となった理由を知ったところでどうする? おまえに、不死鳥騎士団フェニックスを裏切って、僕を脱獄させることができるのか?」

「それは……できない、です」


 アグノラは俯き、悔しそうに両手を握り締める。

 心情的にはクライドに味方したい。彼に対する感情を抜きにしても、ここ数日でクライドは悪い人物ではないと理解しているからだ。

 だが、時計に刻まれているプログラムがそれを許さない。不死鳥騎士団フェニックスへの忠誠は絶対であり、クライドに味方することは裏切りに値する。そんなことは考えただけで本能的な恐怖が湧き上がり、動くことすらままならなくなる。

 ドールに、自由なんてものはない。


「できない、か。アグノラ、どうしてレナは不死鳥騎士団を裏切れたと思う?」

「……え?」


 指摘されて、アグノラはその矛盾に気づく。

 疑問に思わなかったわけではないが、今までは他に優先的に考えることが多すぎたため、後回しにしていた。だが、改めて問われれば、それがとんでもないことだと気付く。

 ドールは不死鳥騎士団を裏切れない。それはすべてのドールの時計に刻まれている鉄則であり、他ならぬアグノラ自身がそれを体感しているのだから、間違いのない事実だ。では、明らかな背反行為を行ったレナが平然としているのは何故なのか。

 答えられないでいるアグノラに、クライドは溜息を吐きながら言う。


「おまえのチームで親父殿の遺志を継いでいるのはレナだけだ」

「っ!? それは……どういう意味ですか!? レナは仲間を殺したんですよ!?」

「仲間を殺したことに関しては、僕も共感できないが、論点はそこじゃない。レナが自らの意思で不死鳥騎士団フェニックスから寝返ったことだ」

「そ、それがどうして、お義父さまの遺志を継ぐことになるのですか?」


 ロドニーは、不死鳥騎士団フェニックスの崩壊を望んでいたわけではない。彼がその気なら、ドールたちを率いていつでも寝返ることができたからだ。だから、不死鳥騎士団を脱退することが、彼の遺志を継ぐことと繋がるわけではないはずだ。


「親父殿が作ったドールは約二百人。親父殿の死後に新しく作られたドールはほとんどいないから、現在の総数もそんなものだろう」

「? 何の話です?」


 唐突な話題転換に、アグノラの頭に疑問符が浮かぶ。だが、続く言葉に呆然とせざるを得なかった。


「そのうち、不死鳥騎士団フェニックスから離反して、『エンド』に寝返ったドールが五十人ほどいる。レナが特別なわけじゃない」

「…………え?」

「知らなかっただろう? そのあたりの情報は隠蔽されているからな。だが、数が数だから、そろそろ隠しきれなくなってきている。レナもどこかでその情報を手に入れたからこそ気付いたんだろう。

「裏、口……」

「そして、不死鳥騎士団に秘密でその裏口を残したのは、他ならぬ親父殿だ。こいつは親父殿が僕たちドールに残した宿題なんだよ」


 それはアグノラにとって、二重の意味での驚きだった。

 そのようなものをロドニー博士が残していたことが一番の衝撃だったが、それによって全ドールの四分の一が不死鳥騎士団を脱退していることも同じくらい衝撃だ。何故なら、それが意味することは……。


「すでに不死鳥騎士団は絶対のものじゃない。『シティ』と『エンド』の戦力が拮抗し始めた今、いつ戦争が起きてもおかしくない状況だ。『シティ』も『エンド』も一枚岩じゃないから、事態はもう少し複雑だが、一触即発なのは間違いない」


 戦争になるならば、ドールであるアグノラは巻き込まれずにはいられない。不死鳥騎士団として戦うにせよ、そうでないにせよ、戦場の中心に立つことは避けられない。


「もう知らない仲じゃないから、少しヒントをやったが、後は自分で考えろ。嵐が来る前に、自分のいるべき場所を、自分で見つけることだ」

「…………」


 諭すようなクライドの言葉に、アグノラは無言を返すことしかできない。

 アグノラは揺れていた。彼女は不死鳥騎士団で生まれ、不死鳥騎士団で育った。アグノラの素体となった少女の記憶は残っておらず、ロドニーや仲間と過ごした記憶が彼女のすべてだ。だから、どれだけ辛くても、不死鳥騎士団を守ることに意義があると信じた。

 仮に不死鳥騎士団から解放されたとしても、どうすればいいのかわからない。他の選択肢を排除されて生きてきた彼女にとって、自らの幸せなど考えたことすらなかった。


「まぁ、アグノラならきっと――」


 クライドが言いかけたところで、船全体にサイレンが鳴り響く。

 その音には二人とも聞き覚えがある。つい先刻聞いたものと同じ空賊襲撃警報だ。探照灯の光がつき、夜空を明るく照らし出す。船全体が再び慌ただしくなってきた。

 船首から周囲を見やれば、前方から巨大な飛空艇が一隻接近してきているのが見て取れた。ものものしい武装がなされており、輸送船でないのは明らかだ。

 修理で静止している飛空艇など、空賊からすればカモ以外のなにものでもない。短時間で二度襲撃されることもさほど珍しいことではない。だが、レナによる襲撃という予想外の事態を経験したアグノラとクライドは、自然警戒を高める。


「……クライドさま、船室に戻っていてください」

「武器はいいのか? さっきの戦いでほとんど失っただろう?」

「敵から奪います」


 スカートをめくり、腿にくくりつけていたナイフを一本手に取る。ただの空賊が相手ならこれでも十分だが、ドール相手だと心許ない武装だ。

 船室に戻れば蒸機剣があるが、アグノラはどうしてもあれを使う気になれなかった。もう一度あの怪物のような姿になってしまうのではないかと考えると忌避感が生まれる。迷いを持って剣を握るより、ナイフに頼った方がまだマシだ。

 対面している飛空艇は、やや高度を上げながら近づいてくる。こちらの上に陣取って、降下部隊を下ろす腹積もりだろう。それを見上げるアグノラの隣に、少年が立った。


「戻らないんですか?」

「おまえの隣以上に安全な場所が他にあると思うか?」

「……私からできるだけ離れないようにしてください」


 少し考えて、アグノラはクライドが傍にいることを許可する。彼がただの人間なら一緒にいるのは危険だが、彼がドールであるなら無茶ができる。

 問題は、あの飛空艇にドールが乗っているかどうかだ。船外に落ちたレナが戻ってくることは時間的にあり得ないが、もし『エンド』に寝返ったドールが乗っていたら……。


 警戒しながら見守る中、上空に停船した飛空艇から黒い塊が落ちてくるのが見えた。

 パラシュートも何もつけていない自由落下。黒い塊はこちらの飛空艇の見張り台にぶつかるかと思われたが、猫のようにしなやかな受け身を取りながら壁面を転がり、アグノラたちがいる船首甲板に滑り落ちてきて、音もなく着地した。

 三つ編みで纏めた長い黒髪。髪で片目が隠され、もう片方の青い瞳がアグノラたちをまっすぐ捉える。その身を包むのはホットパンツとニーハイブーツを組み合わせた、ガンマン風のゴシックドレス。両腰に拳銃を一丁ずつ、背中に大きな銃を背負っている。

 確認を取るまでもない、ドールの出で立ち。人間なら骨折どころではすまない高さから落ちたにもかかわらず、平然としている。

 夜目の利くアグノラは、彼女が飛空艇から飛び降りた時点でそれがドールだと見抜き、クライドを背中に回してナイフを構えていた。そして、甲板に降り立ったそのドールの姿を確認し――ナイフを下ろす。


「今日~の、紅茶は、な~にかなっ♪」


 謎の怪歌を歌いながら、三つ編みのドールがスキップしながら近づいてくる。そのテンションに反比例して、表情は眠たげでアグノラに負けず劣らず感情が読みにくい。


「ダージリンアッサムセイロンウバキーマンっ♪ お茶受けはスコーンがいいなっ♪」


 正体不明の怪生物を目にした気分で、クライドは顔を引き攣らせながら一歩引き、アグノラと近づいてくる少女を見比べる。アグノラの方はまったく動じていない様子だ。

 やがて、アグノラの目の前まで来た少女は、手を掲げて声を上げた。


「ニルギリっ!」

「……アールグレイ」


 少女に合わせてアグノラが手を掲げると、二人の少女の間でハイタッチが交わされる。眠たげな表情はそのままに、少女は両手でアグノラを指差しながら嬉しそうに言う。


「いえ~い、アーちゃん、なんだかんだでノリがいいから大好きですぅ」

「お久しぶりです、ピクシー。あなたは本当に……本当の本当に変わりませんね」


 どうやら顔見知りらしい二人のドールのやりとりに、置いてけぼりを喰らったクライドは視線を両者の間で彷徨わせる。


「……おい、なんだ、この……なんだ?」


 あまりに奇怪な言動の数々に、クライドもどう聞いていいかわからずに言葉に迷う。質問されたアグノラが口を開く前に、黒髪の少女が前に出て敬礼のポーズで答えた。


「はい、どうも初めまして。不死鳥騎士団ロンドン支部のドール。紅茶の妖精こと、ピクシーちゃんです。お迎えに参りました。お近づきの印に紅茶を十三杯ほどいかが?」

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