第18話 尋問
第十三収容区画でクライドがアレックスに問い詰められている頃、アグノラもまた不死鳥騎士団の施設内で軟禁されていた。
手足には枷が嵌められ、頭や身体にはいくつもの機械や管が取り付けられている。管は周囲の計器へと繋がっており、彼女の身体状況が表示されていた。それらを観察しながら、白衣の男が穏やかな声でアグノラに問いかける。
「では、アグノラ、囚人をここまで護送した経緯をもう一度説明してくれ」
もう何度同じ質問をされたことか。アグノラはクライドの護送の為に、仲間や憲兵隊と共に輸送列車に乗り込んだところから話し始める。
クライドが処刑されるという話を聞き、いても立ってもいられなくなって訴えに来てからというもの、奥まった部屋に連れて来られてずっとこんな感じだった。
度重なる損傷で思考回路がおかしくなってしまったのではないか、クライドによる洗脳を受けてしまったのではないか。彼らにとって、不死鳥騎士団の意向に異を唱えることは、それだけの異常事態であるようだ。
ある程度は予想できた反応ではあったが、想像以上に過剰であった。マルヴィンが同行を提案してくれたが、怪我を理由に断ったのは正解だった。こんな不毛なことに重傷人である彼を巻き込みたくはない。
不死鳥騎士団の研究者たちは、クライドと交わした会話を詳細に聞きたがったので、アグノラは包み隠さず語った。元より、ドールは不死鳥騎士団関係者からの命令には、絶対服従するようにプログラムされている。隠せることなどなかった。
いい加減同じ話をするのにも慣れてきたが、聞き手が求めている内容ではなかったようだ。研究者は眉根を寄せ、やや不満そうな顔になっている。
「では、レコードという言葉を、クライドから聞いていないかな?」
「レコード、ですか?」
今までの会話内容からは繋がらない、唐突な単語にアグノラは首を傾げる。
だが、それこそが不死鳥騎士団が本当に知りたいことなのだということを肌で感じた。質問を通して遠回りに聞き出そうとしていたようだが、痺れを来たしたのだろう。とはいえ、本当に聞き覚えがないため、頭を振るしかなかった。
「クライドが不死鳥騎士団から盗んだものだ。単語を聞いたことがなくても、それらしきものを見聞きしたこと覚えはないかね? 君はずいぶん囚人と仲良くしていたようだし、心当たりがあるんじゃないかな?」
アグノラはじっと相手の顔を見つめ、やがて首を振った。
「そうか。では質問を続け……いや、ちょっと失礼するよ」
言葉の途中でドアがノックされ、会話が中断される。目を向けると、質問者とは別の研究者が顔を覗かせ、手招きをしていた。
アグノラの尋問を行っていた男が手招きに応じて隣室に移ると、そこには白衣の男たちが数名おり、ガラスの向こうにいるアグノラを観察していた。ガラスはマジックミラーになっており、アグノラからこちらは見えない構造だ。
壁には音声管が繋がっており、向こう側の音はこちらに聞こえるが、こちらの声は向こうに届かないようになっている。ここに集まっている男たちは、最初からずっとアグノラへの尋問に耳を傾けていたのだ。
「どうかしたのかね?」
「あれはレコードについて、なにか隠しているようだ」
尋問役の研究者が尋ねると、室内にいた一人が端的に返す。質問した男は少し驚いた顔になった。
「そんな様子は見られなかったが、根拠は何かね? そもそもドールは不死鳥騎士団の命令に逆らえないはずだろう?」
「ドールのプログラムは完璧ではなく、ある程度の柔軟性がある。がんじがらめでは、予想外の事態に対応できなくなるからな。我々の命令は『できる限り尊重する』ていどのものだろう。多少抵抗を感じることを覚悟すれば、嘘をつくことは可能だ」
「それに、最後の質問については『嘘をついた』のではなく、『答えを口にしなかった』のだ。あえてそうすることで、命令の強制力を弱めたのだろう。何かを隠そうとして、意図的にそのような動作を取ったと我々は判断している」
指摘を受けて、尋問役の研究者は不愉快げな目線をアグノラに向ける。ただの兵器に過ぎないドールが、自分を騙そうとしたことが我慢ならなかった。
男は壁にかけてあった糸鋸を手に取る。
「では、手法を変えて、少し荒っぽい方法で聞き出そう。なに、ドールとはいえ、所詮は女だ。軽く痛めつけてやれば、泣きながら素直になるさ」
口調は静かだったが、男は明らかに怒っていた。彼をなだめるように、他の研究者たちが冷静に言い聞かせる。
「落ち着きたまえ。ドールは痛みを感じにくいため、その手段は有効ではない。それより恥辱を与えるような精神的苦痛の方が効果的だ」
「面倒だな。薬漬けにした方が早いんじゃないか?」
「いや、それで記憶を混濁させるのは危険だ。何かを知っているは確実なようだし、急いでいるわけでもないのだから、もっと時間をかけていろいろな手段を――」
落ち着いた声で物騒な会話が交わされる。さまざまな意見が出されるが、総じて共通しているのは、アグノラのことを
ガラス越しにそんなやりとりがされているなど露知らず、一人部屋に残っているアグノラは、椅子に座ったままじっと考え事をしていた。
「(私は記憶処理を施されるのでしょうか?)」
隣室の会話は聞こえていないが、不死鳥騎士団の研究者たちが、アグノラの行動を好ましく思ってないことは察することができた。
ドールが反抗的な態度を取った場合、そのドールは故障しているとみなされ、教育か修理が行われる。前者はドールに肉体的・精神的罰を与えることで恐怖を刷り込む行為であり、後者は外科手術的にドールの記憶を改竄する行為だ。
どちらも恐るべき罰則だが、アグノラは後者の方が恐ろしかった。痛みは耐えられる自信があるが、記憶を消されるのはどうしようもない。記憶を消されるということは、その時間分の自分が殺されるということ。ただの人間より死ににくいドールであっても、死を恐怖するという感覚は人と同じだった。
膝の上に置いた手をぎゅっと握る。その瞬間、カシャンと音がして、彼女の手足を拘束していた枷が外れた。
あまりに唐突なことだったため、アグノラは目を瞬かせながら、自由になった手足を見つめる。自分が何かやってしまったかと思ったが、彼女を縛っていた枷は外部操作式のものであり、アグノラが何かをしたからといって自然と外れるようなものではない。
では、研究者の誰かが枷を外したのだろうと思い、その誰かが来るのをじっと待っていたが、なかなかやって来ない。彼女が焦れ始めた頃合いに、ようやくドアノブが回り、軋みをあげて扉が薄く開いた。
しかし、それ以上扉が動くことはなく、半開きの状態で止まっている。さすがにおかしいと思ったアグノラは、扉を開いて、外の廊下を見回した。
廊下に人気はない。少なくとも先ほどドアノブを回した人物が近くにいるはずだが、その気配すらない。室内に戻るべきか、廊下に出て誰かを探すべきか、少女は迷ったが、隣室の扉が少し開いていることに気付いて廊下に出ることにした。
開いていたのは、先ほど研究者たちが、アグノラへの拷問方法を協議していた監視室だった。少女は扉の隙間からそっと中を覗きこむ。彼女はそこから、研究者たちの様子を伺うことができた。
「なっ……」
思わず息を飲んで、アグノラは扉を開けた。
そこには白衣の研究者たちが横たわっていた。少女が慌てて駆け寄って脈を取るが、そんなことをするまでもなく、全員が死んでいるのは明らかだった。
「だ、誰がこんなことを……」
室内にいた研究者の遺体は5つ。すべて首の骨を折られていた。
身体を鍛えているわけではないが、大人の男性を5名。隣室にいるドールに気取られることなく殺害してのけるなど、並大抵の腕ではない。
十中八九、ドールによる犯行だ。でなければ、叫び声を上げる時間も与えず、5人の首の骨を折るなどできるとは思えない。武器を使わなかったのは、音が出ることを嫌ったためか、それとも返り血を浴びることを嫌ったためか。
改めて室内を見回すと、先ほど自分がいた部屋が見える窓が目に入る。アグノラはここが自分を観察するための部屋だとすぐに察する。近くに操作盤があり、彼女を拘束していた枷はこれで解錠できるようだ。
つまり、犯人は研究者たちを殺害した後、隣室にいるアグノラに気付き、操作盤を使って彼女を解放したのだと推察できる。しかし、そんなことをした理由がわからない。
相手がドールであるなら、武装しておく必要がある。アグノラは部屋の一角に蒸気弾の箱と蒸機武器が並んでいるのを見つけ、そこから蒸気弾一箱と蒸機剣一本を手に取る。そのまま部屋から出ようとして、机の上に同じ型の蒸機剣が一本置いてあるのに気づいた。
護送任務中に壊れ、クライドが修復した蒸機剣だ。尋問の道具としてここに持ってきたのだろう。少し迷ったが、それも持っていくことにした。
改めて部屋から出る。まずは誰かに知らせて、侵入者警報を鳴らすべきだが、彼女はふと医療部門の区画が近くにあることを思い出した。負傷したマルヴィンが、そちらの方にいるはずだ。どうせ誰かに遭う必要があるならと、そちらへ足を向ける。
途端、怪獣が吠えるような爆音が背後から聞こえた。考えるより先に地を蹴り、飛びあがる。先刻まで彼女がいた空間を巨大な鉄塊が横切り、廊下の向こう側へと消えていく。
そして、アグノラが見送った先から、両腕を機械化した、軍服風ゴシックドレスの見覚えがある
「ラスティ――」
「動くな、アグノラ。蒸機剣を捨て、大人しく降伏しろ」
何か言おうとするアグノラに先んじて、有無を言わさぬ冷徹な声でラスティが告げる。
「おまえに殺人の容疑がかかっている。従わぬなら、私の腕がおまえを粉砕するぞ」
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