第19話 ラスティ小隊
「(殺人容疑!?)」
一瞬何のことを言っているのかと思ったが、すぐに研究者殺しのことを言っているのだと気付く。
不死鳥騎士団に対して不満を抱いているドール。そのドールに対して尋問を行っていた研究者たちの死。ドールによる犯行としか思えない殺害手口。なるほど、客観的に見れば、アグノラが犯人だと疑われても仕方ない。
だが、情報が行き渡るのが早過ぎる。死体が見つかったのはつい先ほど。第一発見者はアグノラ自身。ラスティたちがその情報を手にしていることはおかしい。偶然による誤解ではなく、何者かの作為を感じる。
――罠。自分を犯人に仕立て上げるための。
アグノラはそう結論付け、ぐっと奥歯を噛みしめた。
「……返答がないということは、こちらの要求を飲む気がないものと判断する。これより強制的な拘束に移る」
ラスティが片腕を上げると、機械の義手から撃鉄が起きる金属音が響く。彼女の背後からは、先刻の怪獣の咆哮がごとき唸り声が近づいてくるのを感じる。
大人しく降伏するべきか? 否、犯人がドールであるということは、ラスティたちが犯人である可能性もある。仲間を疑いたくないという気持ちもあるが、レナの件がある以上、絶対ということはない。
状況に流されて、彼女たちに従うのは危険。そう考えて蒸機剣を構えた直後、ラスティを飛び越えて、巨大な二輪駆動の鉄機が迫ってきた。
「
怪獣が吠えるがごとき爆音。蒸機二輪を操る鋼鉄の騎兵が、大声を上げながら廊下を疾駆する。大した距離もない両者の距離は一瞬で詰められ、人間を一瞬で肉塊に変えてしまうであろう大重量二輪駆動車が迫る。
時間にすれば一瞬の出来事。そのわずかな間に騎手がハンドルの引き金を引き、蒸機二輪は蒸気の排出と共にその形状を変え、前輪が丸鋸のような凶悪な凶器へと姿を変える。高速回転する蒸機二輪の牙が、大質量の突撃と共にアグノラに襲いかかる。
鉄牙が現れると同時に、アグノラもまた蒸機剣の引き金を引き、盾の形状へと武器を変化させる。少女は身をかがめ、角度をつけて剣を構えて蒸機二輪を真正面から迎え撃つ。
角度をつけて構えられた盾はジャンプ台の役割を果たし、鉄牙を振り回しながら迫る蒸機二輪は盾との間で火花を上げながら乗り上げる。途端、数百キロの大重量がアグノラの身体にかかり軋みを上げるが、ドールの膂力でそれに耐える。
「ああああああああああああっ!!」
蒸機二輪が盾の上に乗り上がった瞬間、全身の力を使って盾を持ちあげ、大重量の鉄塊を乗り手のドールごと投げ飛ばす。二輪駆動車自体の突進の勢いも乗って、一回転しながら凄まじい速度で廊下の壁に突っ込んでいった。
だが、騎手もまた並みの使い手ではない。空中で即座に姿勢制御すると、タイヤで壁を蹴って勢いを殺し、難なく廊下に再着地を果たす。
「
フラビカ――ラスティ小隊の遊撃手。身体にぴったり張り付いたライダースーツのようなゴシックドレスを身に付けた赤髪のドール。二輪の操作技術ならば誰にも負けないと豪語する生粋の走り屋。ドールの間では、走り屋よりバイオリンの名手として有名。
距離を置いて、勢いが乗った状態の蒸機二輪の突進は何度も受けられるものではない。なにより、彼女を相手に逃げるのは不可能に近い。
一瞬でも止まった今が好機と、フラビカに接近し、蒸機二輪を向かって蒸機剣を振り下ろす。しかし、それは両者の間に割って入った黒い箱に阻まれた。
「ひいいいいいいいいっ!? ごめんなさいごめんなさい!」
黒い箱――黒い棺桶を盾のように両手に持ったドールが、半泣きになりながら猛烈に謝ってくる。その隙に、フラビカは蒸機二輪を操って距離を取った。
アグノラはすぐさま標的を切り替え、蒸機剣の目盛りを『Crash』に変えて引き金を引く。消費された蒸気弾が生んだエネルギーが剣先に乗り、蒸機鎧すら真っ二つにする強力な斬撃を棺桶に叩きこむ。
棺のドールがそれに対抗するように引き金を引くと、蒸気の排出と共に二つの棺桶が合体し、使い手の身体を包みこむ。新たに完成した巨大な棺桶は、アグノラ最大の一撃を受けて弾き飛ばされたが、表面には傷一つ付いていない。
蒸気弾の効果が切れて、再び二つの棺桶に分かれると、中から無傷のドールが出てくる。
「ひ、ひいいいいいいっ! し、死ぬかと思った!!」
セルマ――ラスティ小隊の防衛手。フリルの少ない喪服をイメージさせるゴシックドレスを身に付けた茶髪のドール。とにかく臆病で、対生者恐怖症。死体愛好家を公言しており、趣味は死体と一緒に棺桶の中で寝ること。
現在の武器では、彼女の防御を突破する手段がない。アグノラにとってはもっとも相性の悪い相手だ。対策を講じる時間が欲しいところだが、そんな悠長なことを許してくれるほど甘い相手ではない。
悩む間も与えないとばかりに、機械腕のドールが肉薄する。
鋼鉄の腕が繰り出すリズミカルなワンツー。派手な攻撃ではないが、隙の小さい堅実な連撃にアグノラは防戦一方に追い込まれる。軽快なフットワークと連打に反し、その一撃一撃はハンマーで殴っているかのように重い。
武器が剣である分、リーチではアグノラに分があるが、ここまでの超接近戦にならば、手数の多い徒手格闘の方が勝る。抉るようなフックがレバーに刺さり、アグノラは大きく体勢を崩した。
「防いでみせるがいい」
体勢を崩したアグノラの胸に、ラスティがそっと左手を押し当てる。優しいとすら言えるその動作に恐怖を覚えたアグノラは、咄嗟に蒸機剣を間に差し込む。
瞬間、大砲の直撃を受けたような衝撃が走り、蒸機剣が粉々に砕けて、アグノラの身体が宙を舞った。少女の身体は飛び石のように廊下を跳ねながら弾け飛び、廊下の突き当たりの扉を破壊して、その先の大部屋の中央でようやく止まった。
「がっ、はっ……」
呼吸ができないと感じて胸に手を当てると、そこにぽっかりと大きな穴が空いていた。咄嗟に蒸機剣を差し込んで威力を殺していなければ、上半身が丸々吹き飛んでいたかもしれない。
ガランと、特注の大型蒸気弾を腕から排出しながら、ラスティがアグノラを追って部屋に入ってくる。機械の腕からは凶悪な鉄杭が生えており、撃鉄を起こすような音ともにそれは腕の中に仕舞われた。
ラスティ――ラスティ小隊リーダーにして、白兵手。軍服風のゴシックドレスに身を包み、両腕を機械化した白髪のドール。口調通りのストイックな性格で、格闘術においてはドール一と言われている。格闘戦もさることながら、両腕に仕込まれた
ラスティに続き、フラビカとセルマも室内に入ってくる。狭くて連携の取りづらい廊下と異なり、それなりの広さのあるこの部屋では彼らはより手強くなるだろう。
アグノラは破壊された蒸機剣を捨て、クライドによる改造を受けた蒸機剣を抜く。
この剣を使って暴走したことを思い出す。使うことに抵抗がないわけではないが、相手は一人ひとりがアグノラと同等かそれ以上の使い手ばかり。この状況を打破するためには、どこかで賭けに出る必要があった。
「(問題は、これを使って正気を保っていられるかどうかですね)」
相手もアグノラが何かをしようとしていることを敏感に察知した。向かい合う両者の緊張感が高まって行く中、アグノラが蒸機剣の引き金にかけた指に力を込める。
――と、その時、横からそっと湯気の立つカップが差しだされた。
「どうぞ、ラベンダーティーです。リラックス効果がありますよ」
「……どうも」
反射的に受け取ってしまったが、この状況で飲むのはどうかとアグノラは視線を彷徨わせる。カップを渡した相手はそんなことを気にする様子もなく、いつのまにか床に並べていたティーセットの横に座り、優雅に紅茶を飲み始めた。
まぁ、捨てるのも失礼だろうと、アグノラは渡されたカップに口をつける。
「……あっ、おいしい」
「うむ。こいつはそれに人生掛けてるようなものだからな。とはいえ――」
バランスのとれた渋みと甘み。鼻を抜ける心地よい香り。つい口から洩れてしまった賞賛の言葉に、ラスティが気まじめに答える。が、彼女を初めとしたラスティチームの三名は、等しく額に青筋を浮かべて叫んだ。
「「「働け、この紅茶バカ!!」」」
「ほ?」
怒鳴られた紅茶少女――自称紅茶の妖精ことピクシーは、不思議そうに首を傾げる。
「だって、今……三時ですよ?」
「何言ってるんだ、こいつって目で見るな! それはこっちのセリフなんだよ!」
「おまえはいつの時代の英国人だ!? 今どき、お茶の時間を理由に、仕事をボイコットする奴がいるか!」
マイペースなピクシーのせいで、緊張した場が一気に弛緩したものへと変わるが、状況が好転したわけではない。アグノラはこの隙に打開の策を練る。
万事休す。焦るアグノラの思考に割り込むように、金属音が鳴り響く。室内の全員がそちらに目を向けると、投げ込まれた消火器が煙を吐き、ドールたちの視界を奪う。
「なにっ!?」
援軍を予期していなかったラスティが驚きの声を上げる。だが、驚いたのはアグノラも同じだ。一体誰がと考える間もなく、誰かがアグノラの腕を引っ張る。
「こっちだ、アグノラ!」
聞き覚えのある声。それで味方と確信したアグノラは、腕を引かれるまま、ラスティたちの目を盗んで煙の中を駆けた。
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