エピローグ2 エンド

 仕掛けは単純なほどいいと、ハートは考えている。だから、今回の作戦も種明かしをしてしまえば非常にシンプルだ。

 クライドを護送する列車を襲撃し、そのどさくさにまぎれて憲兵の一人と入れ替わり、ロンドンに潜入する。あとは事前に調査しておいた地下水路の図面を頼りにアレックスの元へとたどり着き、彼が保管する脳を盗み出す。それが作戦の全容だ。

 始まりは、不死鳥騎士団のレナが、クライドの護送任務をリークしたことだった。

 彼女のおかげで列車襲撃のタイミングを完璧に掴むことができ、難なく憲兵と入れ替わることに成功した。ドール一名とクライドを逃がしたのも計画通り。彼らが証人となってくることで、『マルヴィン』は疑われることなくロンドンシティに入ることができた。

 アグノラとクライドの関係性は予定外だったが、こちらはむしろいい誤算だった。彼女が大きく動いてくれるほど、それを隠れ蓑にして動きやすい。

 だから、アグノラが研究員たちによる尋問にあった際、研究員たちを殺して彼女を解放した。作戦を抜きにしても、研究員たちから彼女を助けたかったという気持ちもなくはなかった。

 この作戦は、レナには伝えていない。彼女が途中で心変わりするかもしれないし、その方が迫真の演技ができると考えたからだ。レナはアグノラとクライドを逃がしたことを悔しがっていたが、そこは作戦通りなので、むしろよくやったと褒めてやりたい。

 一番の問題は、そんな裏事情を知っているにもかかわらず、レナを呷ってアグノラたちを追跡させたバカがいたことだ。飛空艇でレナに襲われた際は、本気で焦った。あの場面でレナが勝っていれば、計画は潰れていただろう。


「で、そんなバカをやった大バカをこうやって問い詰めているわけだが?」


 禿頭の男――時計男チクタクマンの眼前で、マルヴィンが仁王立ちでこめかみをひくつかせている。場所はエンドにある倉庫。庫内には大型トラックが停まっており、闇に蠢く者どもナイアーラトテップのメンバーが荷下ろしを行っている。

 その作業が見下ろせる室内に、時計男、マルヴィン、そしてスワローの三名がいた。怒りを露わにするマルヴィンに、時計男はにこやかに対応する。スワローの方はソファーに寝そべり、二人のやり取りを疲れた様子で見守っていた。


「はははは、教えてあげてもいいけど、本当の姿に戻ってほしいなぁ。別人と話しているようで、真実を話す気になれないよ。私は嘘を言うのが好きだらね!」

「ふはははは! なるほど、死にたいようだな!」


 マルヴィンの顔がぐにゃりと歪むと、黒い粘菌ギアへと変化して崩れる。服や肉体までもが変化し、ツインテールにブレザースタイルのゴシックドレスを纏った小柄な少女が姿を現した。アグノラを救ったドール、ハートだ。

 体格はもちろんのこと、声音までもが少女のものへと変わっている。その変化に、時計男は驚くどころか拍手を送る。


「素晴らしい! 君ほど、粘菌ギアの扱いに長けたドールは他にいないだろう。それだけ卓越したテクニックを、変身という地味な能力に応用する君に、私は感嘆を示さずにはいられない! 私は君のその涙ぐましい努力が大好きだよ!」

「貴様に好きとか言われても鳥肌しか立たんわ、たわけめ。それで、作戦失敗になるかもしれないのにレナをけしかけた理由は?」

「もちろん、君へのい や が ら せ ♪」


 ハートは無言で蒸機拳銃を取り出して、時計男を撃った。突然の銃声に荷下ろしをしていた者たちの動きが止まったが、音源がハートと時計男がいる部屋からだと気付くと、なんだまたかといった様子で作業に戻る。

 禿頭の男は、ニコニコとした表情で無傷で立っている。ハートは舌打ちをして、拳銃を仕舞った。


「いやいや、本当のことを言うと、そっちの方が真実味が出ると思ったんだよ。おかげで、君が疑われることはなかっただろう? それに、ハートくんなら、レナくんの襲撃くらいこともなげに対応してくれると信じていたのさ!」

「嘘だろう?」

「うん、嘘だよ」


 銃声が響き渡った。作業員たちは手を止めず、黙々と荷下ろしを続ける。


「ハート様~、弾が無駄さぁ。ここは年中物資不足なんだから、節約してほしいさぁ」

「えぇい、不足したら補充しに行ってやるから、ケチなことを言うな。だいたい、おまえ、さっきからなんでそんなに元気がないんだ?」


 ソファーに寝そべったまま発言するスワローに、ハートは疑問を抱く。問われたスワローは、ピクリと反応すると膝を抱えて震えだす。


「紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い紅茶怖い」

「はははは、ロンドン戦で、噂の妖精ちゃんと戦ってしまったらしくてね。どうにもトラウマになってしまったようだよ」


 言葉とは裏腹に楽しそうな時計男。事情を理解したハートは呆れた顔になる。


「ピクシーの魔弾はおまえと相性が悪いから、見かけたら絶対相手にするなと言っておいただろうが。紅茶一缶で買収できる珍獣をまともに相手にするとかバカらしいぞ」

「……だって、噂には尾鰭がつくものだと思うじゃないさぁ。それに、ピクシーを無視して地下に行かれてたら、ハート様が危ないじゃないさぁ」


 少し恥ずかしいのか、口をとがらせながら言うスワロー。

 自分のために戦ったと言われれば、ハートもそれ以上は何も言えない。スワローを労うために、彼女の頭を優しく撫でた。


「うむ、スワローの働きで、だいぶ楽ができた。大義であったぞ」

「……えへへー」

「はははは、ハートくんなら当然妖精ちゃん対策をしているだろうから、まったく無駄な行為だったんだけどね!」


 一言以上多い時計男の言葉に、スワローは落ち込んで丸くなる。ハートはもう銃を撃とうとはしなかったが、苦々しい表情になる。


「おまえはもう黙れ。目的の物を持ってきてやったんだから十分だろう」

「はははは、本当に素晴らしい! ハートくんの働きはいつもパーフェクトだね。私の予想以上にたくさんの脳を回収してくれた!」


 時計男は荷下ろしされている物を見下ろしながら笑う。それは赤い液体の入った瓶の中に浮かぶ肉の塊――灰鉄の機竜アレックスが集めていた脳だった。

 数百以上の脳を運ぶことはさすがに不可能だったので、十個ほどに厳選して回収したものだ。数は少ないとはいえ、歴史に名を刻んでいてもおかしくないような天才たちの脳。その価値は計り知れない。

 あの無敵の竜からどうやって奪ったのか、ハートは明かさない。同じ組織に属してはいるが、仲間意識というものはまったく持っていなかった。


「では、今回の働きの報酬として、これをいただこう」


 そう言って、ハートは黒い液体に満たされた瓶を取り出して、机の上に置く。液体の中に、規則正しく時を刻む時計が光っているのが見て取れた。


「おや、変わり果てているけど、レナくんじゃないか。まだ生きていたとは驚きだね!」

「破壊されたメタルクラブから回収しておいた。時間はかかるが、時計と粘菌が無事ならドールとして復活するのは難しくない」

「はははは、君たちドールの不死性には目を見張るものがあるね!」


 時計男の返答を待たず、ハートは瓶を懐に仕舞い直す。階下で荷下ろしが済んだことを確認すると、用は済んだとばかりに、スワローを引き連れて部屋を後にする。


「あぁ、そうそう。ロドニー博士の脳はどうしたんだい? あれも回収する予定だったろう? まさか、ハートくんともあろうものが取り逃すとは思えないなぁ」


 立ち去ろうとしたハートたちの足がピタリと止まる。スワローの表情が僅かに強張ったのに対し、ハートは忌々しげな感情を隠しもせずに振り返った。


「アグノラとクライドは、アレックスの攻撃を受けて、跡形もなく消滅したと報告したはずだが?」

「いやいや、ハートくんが任務に失敗したことが信じられなくてね。二人を逃がしたことを隠していると言われた方が信憑性が高いよ」

「貴様は本当に嫌な奴だな。ハート様が珍しくミスを犯したことがそんなに嬉しいか?」


 不機嫌そうなハートに対して、時計男はにっこりと笑みを返す。両者の腹の探り合いに、スワローは背中に汗が伝うのを感じた。


「まさか! 私はハートくんのことが大好きだからね! 君が悔しがる様を想像するだけで、胸がすくような心境だよ」

「そこは普通傷めるところだろう、バカモノ。おまえこそ、天才たちの脳を集めてどうするつもりだ? まさか、アレックスと同じ物を造るつもりではないだろうな?」

「はははは、今さらそんな決まりきったことを聞くのかい?」


 張り付けたような笑みのまま、時計男は大袈裟に手を広げる。


「もちろん、楽しいことに使うのさ! 世界が引っくり返るような楽しいことをね! その時にはぜひ、ハートくんたちにも参加してもらいたいよ」

「貴様の悪趣味に付き合ってられるか。自慰なら一人でやっていろ」


 今度こそ振り返らずに、ハートとスワローが外へと出ていく。時計男は閉じた扉を見つめながら、口元を三日月の形に歪めた。


「いやぁ、ハートくんはやっぱりいいなぁ。本当は臆病なくせにそれを表に出さず、誰かに甘えることもしない。実にいじらしくて、いじめがいがある」


 窓へと移動し、ハートたちが去っていく後ろ姿を見送る。表情こそ笑みを浮かべているが、それはどこか機械じみていて感情が籠っていないように見えた。


「死の淵から蘇り、第二の人生セカンド・アクトを演じる人形たちよ。紅血と白煙に満ちたこの舞台で、これからも楽しい劇を踊ってくれたまえ」


 時計男は楽しそうに鼻唄を歌う。これから起こる人形たちの殺劇グランギニョルに想いを馳せながら。


 ――それが人生さC'est la vieそれが人生さC'est la vie

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