セカンドアクト・オブ・スチームガール
くろまりも
第1話 アグノラ
単調な振動の中、
蒸気機関車の二等客室。一人しかいないその部屋で、硝子窓の向こう側を流れる景色を眺めながら、アグノラは小さな溜息を吐く。
唯一似合わないのは、彼女の腰にある武骨な剣だ。いや、それを剣と呼んでいいのだろうか?幅広の刃がついているのは確かだが、剣先から柄に至るまで、いくつもの歯車や計器が複雑に組み合わされており、輪胴弾倉と引き金まで取り付けてある。一目で重量はかなりのものだと計れるが、彼女がそれを苦にしている様子はなかった。
「アグノラ」
名前を呼ばれて、窓の外に目を向けていた少女が顔を上げる。呼んだのはアグノラと同じようにコルセットとゴシックドレスに身を包んだ赤毛の少女。これまた同じように、歯車と計器で構成されたような武骨な槍を背負っている。
「ディクシー……」
「退屈そうじゃないか。疲れているなら、休んでいていても構わないぞ」
「……冗談ですか?」
「もちろん、冗談だ」
そう言って、ディクシーはアグノラの前の席に座る。彼女の持ち場はこの車両ではなかったはずだが、アグノラと話をするためにわざわざ移ってきたらしい。単調な列車旅に退屈しているのは彼女の方のようだ。
「計画と違うことをすると、後で所長に怒られますよ?」
「こいつは現場判断ってやつさ。あたしは退屈だと死ぬんだ。瀕死の隊長を救うために暇つぶしに付きあうのも、部下の大切な役割だと思わんかね?」
「回遊魚ですか、あなたは」
ディクシーと会話をしながら、アグノラは頭の中で素早く計算する。立案時と異なる配置になったが、今後の計画に支障はないと判断。会話を継続する。
「憲兵隊が二十人もいますからね。実際、私たちの出番なんてないでしょう。もうすぐ谷川に差し掛かるので、暇なら魚らしく水の中に飛び込んで見てはいかがですか?」
「……おまえ、真顔で毒を吐くのは止めろよ。本気で言ってるのか冗談で言ってるのかわかりづらいんだよ」
「わかりづらくてすみません。目障りなので消えてください」
「冗談の方じゃなかった!? 辛辣だなぁ、おい!」
その時、世界が割れるような轟音が鳴り響き、列車が大きく揺れた。車両が横転するかと思うほどの衝撃に対し、二人の少女はとっさに身を低くしてその場に踏みとどまる。
続いて、窓から投げ入れられた円筒を目にした二人は、合図もなしに同時に窓から飛び出した。蒸気手榴弾が炸裂し、白煙と鉄片が車内に破壊の嵐を作り出す。直前で脱出したアグノラとディクシーは無傷だったが、彼女たちの眼前には銃器で武装した男たちがいた。
「ブルーウィングのドールだ! 殺せぇ!!」
場違いな出で立ちの少女たちを目にしながらも、男たちは躊躇いなく引き金を引いた。その瞳には驚きよりも恐怖が際立ち、少女たちに対して怪物でも見るような目を向けている。炸薬として使われた蒸気が白煙をあげ、轟音と共に無数の弾丸が吐き出された。
アグノラは剣を引き抜くと、それを盾にするように構える。柄の目盛りを親指で素早く回し、『Shield』で止まったところで引き金を引いた。
輪胴弾倉に込められている蒸気弾が炸裂し、水蒸気の白煙が上がる。同時に発生した蒸気エネルギーが刀身を変形させ、盾のように広がった。盾の表面を走る無数の配管からは高圧蒸気が噴き出し、少女に迫る銃弾をことごとく防ぐ。
蒸気が切れる前に、アグノラは盾を構えたまま突進する。男たちと少女の間には十数メートルの距離があったが、彼女はほんの一呼吸でそれを詰めた。
蒸気が切れて、盾が剣の姿へと戻って行く。完全に戻るのを待たず、アグノラは一番近い男に向かって剣を振り抜いた。男は咄嗟に銃身を盾にしてそれを受け止める。
しかし、少女の刀身を受けた銃身は半ばから折れ曲がり、男は砲弾でも浴びたかのように吹き飛び、仲間にぶつかる。その衝撃で男は口から内臓を吐き出し、絶命した。
「こ、この化け物があああああ!!」
恐怖に駆られた男たちが、同士討ちも恐れずにアグノラに銃口を向ける。その内の一人の頭を槍の穂先が貫いた。
蒸機槍の使い手であるディクシーは、車両から飛び降りた位置から動いていない。一メートル半ほどしかなかったはずの槍が伸び、その場から一歩も動かずに十数メートル先に男の頭を貫いたのだ。
ディクシーはアグノラに一瞬目配せを送る。意図を察したアグノラもまた蒸機剣の引き金を引き、白煙と共に剣を盾へと変形させた。ほぼ同時にディクシーも蒸機槍の柄に取り付けられている引き金を引いた。
蒸気弾が消費され、白煙と共に生まれた運動エネルギーが、槍の柄を登って行き、穂先へと到達する。瞬間、穂先が爆発し、近くにいた男たちの肉体をずたずたに引き裂いた。
ただ一人、盾を展開していたため無事だったアグノラに黒い影が差す。咄嗟に転がった彼女の鼻先を、鉄の塊がかすめて地面に刺さった。
「……機甲鎧」
「畜生!よくも仲間を!死ねぇ、シティの悪魔が!」
鋼の巨人が白煙を上げながら、アグノラに向けて巨大な斧を振り下ろす。
機甲鎧は蒸気機関で身体能力を上昇させる武装だ。構造上、大がかりなものにならざるを得ないため小回りは効かないが、そのぶん膂力は強く、装甲は分厚い。蒸機槍の爆弾を間近で受けたにも関わらず、乗り手に一切のダメージがないのがその証拠だ。
それはまさに人型の戦車。人類の操る最強の白兵戦武器。
「こんな物まで持ち込んでくるなんて、準備がいいですね。ですが――」
かすっただけで即死の乱舞を紙一重でかわしながら、アグノラは機甲鎧の背後へと回り込む。
相手が振り向くより速く、猫のように機甲鎧の背中を駆けあがり、蒸機剣を振り下ろす。
「
甲高い音がして、刃が機甲鎧の頭部にめり込む。人間の膂力ではかすり傷をつけるのが関の山なはずの装甲が破られたことは驚くべきことだが、刀身は内部の乗り手までは届いていない。機甲鎧の中で、乗り手の男がニヤリと笑う。
アグノラが引き金を絞った。
柄の目盛りは『Crash』に合わせられている。特注の大容量蒸気弾が炸裂し、白煙と共に莫大な運動エネルギーが吐き出された。
装甲で止められたはずの刃が熱で赤く輝き、蒸気を促進剤として刃を押しこむ。進む刃は止まることを知らず、頭部から股先までまっすぐに切り裂く。
鋼鉄の巨体が左右に分かれ、地響きとともに崩れ落ちた。断面からぐちゃぐちゃになった乗り手の死体が覗いていたが、アグノラはそのことに対して何の感情も抱いていないかのように無表情だった。
槍を両肩に担ぎ、ディクシーが口笛を吹く。
「相変わらず、えぐい殺し方するねぇ」
「私たちドールの扱う蒸気弾は、反動が強すぎて人間には扱えないほど強力ですから。どんなふうに戦ったとしても、こうなってしまいますよ」
消費した蒸気弾を補充しながら、アグノラは周囲を見回して状況を把握する。
先刻まで続いていた戦闘音も収まっている。もともと人数が少なかったか、戦況の不利を察して逃げ出したかはわからないが、この短時間で戦闘は収束しつつあるようだ。
「隊長さん、そちらはいかがですの?」
声に振り返れば、二人の少女がやってくるところだった。どちらもアグノラたちと同じようなコルセットとゴシックドレスの出で立ちだ。声をかけてきたのはレナ。その背後に隠れるようにして、おどおどした様子の少女はハンナ。どちらもアグノラの同僚だ。
「機甲鎧に少し苦戦したが、もう終わったよ。積み荷は無事か?」
「あら、こっちは雑兵ばかりでハズレだったのに羨ましい。連中、積み荷に近づくことすらできませんでしたわ。まったく、計画性のないこと」
「ドールが四体も護衛しているとは思わなかったのでしょう。憲兵隊のみなさんは?」
「そ、その、車内に立て籠もろうとしたみたいなんですが――」
しどろもどろといった感じで言いにくそうなハンナを見て、アグノラは続きを察した。列車が停止すると同時に蒸気手榴弾を投げ込んで来るような相手だ。車内に立て籠もろうとしてどうなったかは簡単に想像がついた。
「私たちが居なきゃ全滅だったってことか。情けねえ連中だな。……レナとハンナは走行可能かどうか前方車両を見てこい。アグノラは私と一緒に、積み荷を確認しに行くぞ」
「「
「……ディクシー。私は憲兵隊の様子を見に行っていいですか?」
アグノラの言葉に、レナは不快そうな、ハンナは困った表情を浮かべる。ディクシーはやれやれといった感じで頭を掻いた。
「生きてたとしても、役立たずはいらないんだがな。……まぁ、いい。行ってこい」
「……ありがとう」
礼を言って、アグノラは憲兵隊が乗っていた車両へと向かう。
中は凄惨としか言いようのない様子だった。逃げ場のない狭い空間で蒸気手榴弾を受け、ほとんどの死体がズタズタ。原形を留めていないほど滅茶苦茶な状態のものもある。
これは生存者を捜すのは絶望的かと思ったが、車両の隅で微かに動く者を目に留める。そちらに目を向ければ、銃を握り締めたままガタガタ震える血塗れの憲兵が一人いた。
仲間の死体が盾になったことで偶然生き延びたのだろう。血は彼自身のものではなく、仲間のもののようだ。ショックのせいか、呆然とした表情になっている。
彼はアグノラと目が合うと悲鳴を上げた。
「あ、ぐ、ひいいいい!?」
「落ち着いてください。もう大丈夫で――」
白煙と共に湿った銃声が鳴り響く。
錯乱した憲兵の放った銃弾が、アグノラの胸を貫いた。
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