第21話 生ける屍計画

「……これ、カムフラージュです」

「は? どういう――」


 アグノラはおもむろにナイフを時計に突き立てる。繊細な機械はあっさりと壊れ、大小の歯車が周囲に飛び散った。

 自殺行為とも取れる所業に、マルヴィンは焦った顔になる。


「ちょっ、おまえ、なにして――」

「この時計の表面部分、ただそれっぽく動いているだけで、まったく何の機能も為していません。本命である内部を隠すためのカムフラージュであるようです」

「だからって、もうちょっと慎重に取り外すこともできるだろ!? おまえ、大人しそうな顔して、時々すごい思い切ったことするな!?」


 マルヴィンの訴えを無視して、アグノラは時計の中から現れた新たな部品を、粘菌を使って探っていく。本質である粘菌操作装置としての機能はそのままに、部品の大部分がブラックボックスに置き換わっている。


「……ここ、この中央部分が動力源の代わりとなっていますが、本来は存在しない部品ですね。記録装置のようですが、時計本体と未接続で中身が見れないようです」

「取り外すことはできそうか?」

「私では無理ですね。これを外してしまえば、私の時計が止まってしまいますし、同時に記録装置の中身も消えてしまうような、相互補助的噛み合わせになっています。安全に取り外すためには、凄腕の技師ときちんとした設備が必要でしょう」

「ロクな道具もない状況だったっていうのに、クライドはよくそんな手間のかかる仕掛けにできたな……。で、肝心の記憶装置の中身は見れないのか?」

「そちらは、時計本体と接続すればいいだけなので、私でも可能だと思います」


 アグノラは粘菌を操り、時計の内部構造を少しだけ変える。もともと軽度の損傷ならば、粘菌を操って修復できるように訓練しているため、この程度の作業なら難しくはない。

 最後の歯車が噛み合わさり、記憶装置が作動する。膨大な量の情報がアグノラの脳内に嵐のように吹き荒れ、少女は頭がくらりとして目を閉じる。






 ――再び目を開けた時、アグノラの目の前にロドニーがいた。


「愛してるよ、

 そのロドニーは、アグノラが知る彼よりずいぶんと若かった。アビゲイルと呼ばれた自分は愛の言葉を返し、彼を抱きしめ、顔を近づけて目を閉じた。

 あの時のロドニーは、決して成功者ではなかった。研究者階級ウィングとしての地位はあったが、大きな成果を上げたわけではない。好奇心旺盛で研究熱心だが、彼にとっての一番は、いつだって愛する妻だった。

 アビゲイルもまた、そんな彼のことを心から愛した。子どものように夢を語る彼のことが好きで、彼がよく歌う鼻歌に心安らいだ。


 ――それが人生さC'est la vieそれが人生さC'est la vie


 だが、二人の蜜月は唐突に終わりを迎えた。

 反シティ勢力によるテロリズム。当時はまだシティの防衛力も安定しておらず、たびたびテロリストの脅威に晒されていた。

 誰が悪いかと言えば、運が悪かったのだろう。アビゲイルは凶弾に倒れて死に、ロドニーは最愛の妻を失った。それだけならば、シティではよくある話だったが、皮肉にもその事件が彼の研究者としての才能を開花させるきっかけとなった。

 アビゲイルの蘇生。それこそが、彼が生涯をかけて達成しようとした目標だ。

 汚染された世界の次世代を担う新人類の創造。強力にして不死の兵士を作り出すことによるシティの戦力増強。……そんなものは研究費を捻り出すための方便に過ぎない。

 ロドニーにとって、世界の未来なんてどうでもよかった。シティの存続すらもどうでもよかった。不死鳥騎士団始まって以来の天才と称された男の正体が、ただ一人の女性を蘇らせるために人生を賭けた狂人であることを知る者は一人もいなかった。


 ――それが人生さC'est la vieそれが人生さC'est la vie


 そうして、完成したのが生ける屍リビング・ドール計画プロジェクト

 少女の死体に特殊な粘菌を注入し、時計クロックと呼ばれる特殊な機材を使って粘菌を操ることで、生ける屍として復活させる研究。少女に拘ったのは、若い人間の死体の方が粘菌が馴染みやすかったのと、彼の最終目的はアビゲイルの蘇生にあったからだ。

 彼はドールを作成する際、必ずアビゲイルの記憶を刷り込んだ。それにより、人格は死体のベースとなった少女のものが基本になるが、アビゲイルとしての人格も混ざる。すべてのドールがロドニーに好意を持つのは、アビゲイルの人格の影響を受けているためだ。

 彼の最終目標が妻の蘇生であることを、ロドニーは最後まで誰にも打ち明けなかった。賛同されるわけがないとわかっていたからだ。だから、アビゲイルの記憶を刷り込んでいることも明かさなかった。ロドニー以外の研究者がドールを造ろうとしても失敗するのは、そのあたりが影響しているのだろう。

 だが、結局、彼は彼の目標を達成することはできなかった。


 ――それが人生さC'est la vieそれが人生さC'est la vie


 ドールの人格は、どうあっても死体となった少女がベースになる。しかし、アビゲイルの死体を生ける屍計画に使用することはできなかった。アビゲイルが死んでから日が立ち過ぎており、ドールの部品として使用することができない状態だったからだ。

 そして、自らの夢が叶わないことを理解したロドニーの心は折れた。

 妻を蘇生するために、ロドニーはあらゆる努力を惜しまなかった。時には非人道的な行いに手を染めることも厭わなかった。それまではアビゲイルへの想いを支えに進んできたロドニーは、その支えを失い、途端に罪悪感に呑まれるようになった。

 だから、最後に彼女ドールたちを解放することにした。自分のことを記憶から消し、それぞれが自らの道を歩めるようにと。


「彼らは君たちのことを兵器としてしか見ていないけど、僕も君たちのことを一人の人間として見ていなかった。これはきっと、その報いなんだろう」


 レコードの中のロドニーが振り返り、アグノラと目を合わせる。記録の中の人物なのに、まるでこちらのことが見えているように、悲しく優しい瞳を向ける。


「もう僕に縛られることはない。君たちは君たちの幸せを見つけなさい。この世に生まれた者には、等しくその権利があるのだから」


 気づけばロドニーの姿は消え、アグノラは自分の額に押し付けられている冷たい感触を知覚する。

 死を想起させる冷たい硬さを肌で感じながらも、不思議と心は凪いでいた。結果的に報われることのない人生ではあったけど、大勢の娘たちと共に歩んだ毎日は、振り返ってみれば楽しいものだった。……そのことに気付くのが、遅すぎたかもしれないけど。


 ――それが人生さC'est la vieそれが人生さC'est la vie






 倒れそうになる少女を、マルヴィンが慌てて支える。

「おい、大丈夫か?」

 心配そうにのぞきこむマルヴィンの顔が歪んで見えた。アグノラはいつの間にか自分の目から涙があふれていることに気付く。

 生まれて初めて知ったロドニーの本音。誰にも心の内を打ち明けることができず、孤独の中で足掻き続けた男の末路を知り、その報われなさに胸がせつなくなった。そして、そんな彼の想いに、最後まで気付いてあげられなかった自分が不甲斐ないとも。


「……すみません。少し記憶酔いを起こしてしまったようです。ですが、これが不死鳥騎士団の求めている記録レコードで間違いないと思います」

「どういう内容だったんだ?」

「ロドニー博士の記憶。ドールの戦闘データ。他、ロドニー博士が閲覧可能な範囲のさまざまな研究記録。ロドニー博士は『闇に蠢く者どもナイアーラトテップ』という反シティ勢力組織と裏で繋がっていて、定期的に情報を流していたようです」

「……すまん。聞かなかったことにしていいか?」

「手遅れかと」


 自らの目的を達するため、ロドニーは何でもやった。妻が死んだ原因である反シティ勢力に情報を売るようなことであっても。彼は復讐よりもアビゲイルの蘇生を優先した。

 不死鳥騎士団が求めているのは、ロドニー博士の研究記録と、反シティ勢力組織に関する情報だろう。昨今、勢力を増し始めている反乱分子への対抗策として、ロドニー博士の記録は、不死鳥騎士団からすれば垂涎ものの情報だ。

 だが、この情報が誰かの手に渡れば、ドールの自由意思は奪われて量産され、戦争が激化するだろう。クライドは、ドールが戦争の道具として使われることを嫌っている。だから、この情報が両者の手に落ちることを恐れていたのだろう。

 それはきっと罪悪感のせい。ロドニーが負った罪を、クライドは引き継ぎ、ドールたちの幸せの為に自分を犠牲にしようとしている。悲しい話だ。私たちに自分の幸せを見つけろと言っておきながら、一番縛られているのはクライド自身ではないか。


「で、どうする? この情報を交渉材料に使えば、不死鳥騎士団に返り咲くこともできると思うぞ。連中からすれば、多少の罪を不問にしてでも欲しい情報だろうからな」

 マルヴィンの質問に、アグノラは少し考える。自分は一人ではない。彼からすれば、不死鳥騎士団の元に戻る最後の機会なのだ。

「……いくつか情報を渡しますので、マルヴィンはそうしてください。一部ではあっても、不死鳥騎士団が欲しいものであることに違いありません。それなら――」

「すまん、尋ね方を間違えた」

 マルヴィンは大きく溜息を吐くと、少女の目をまっすぐに見つめる。

「アグノラ、おまえはどうしたいんだ? 俺のことは考えずにやりたいことを言ってみろ」


 問われ、アグノラは言葉に詰まる。彼女はいつも、他者を優先してしまう癖がある。だって、それをやってしまえば、クライドの決意を邪魔し、マルヴィンに迷惑をかける。

 押し黙るアグノラを、マルヴィンは辛抱強く待つ。やがて、少女は小声で呟く。


「……クライドさまを、助けたいです。彼は死んでいい人じゃない」


 一度言葉にしてしまえば、不思議と覚悟が決まった。アグノラは顔を上げ、マルヴィンの瞳を見つめ返しながら告げる。


「私は、不死鳥騎士団の敵に回ります」

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