第7話 フレンド登録

「あの武器屋の角を右に曲がって、するとフラワーガーデンがあるから、そこを南にまっすぐ行って・・・」


 倫太郎さんは随分と地図を見るのに慣れている。そこまで難しいことではないが、初めての土地では多少の方向感覚のズレが生じてもおかしくはない。だがこの人の案内精度は最新のカーナビ並みだ。


「倫太郎さん、随分と地図を見るのに慣れてますね。タクシーの運転手でもやってたんですか?」


 感心した俺はつい尋ねてしまう。


「そうかい? 実は営業の仕事しててね。全国各地を回ってるうちに自然と地図を見るのに慣れていたのかもな。衣装もスーツ風にしたのはそれが理由で、こういう格好の方が引き締まるからさ。まぁ、3年前までの話なんだけど」


 そう言った倫太郎さんは少し寂しそうな顔をしたが、俺はその時その表情に気づくことができなかった。


「今は何をされているんですか?」


「無職さ。営業時代に貯めた貯金を食い潰しながらわけもなく外をブラブラしたり、ゲームしたり、ネットしたり・・・。仕事してた頃は、それなりに拘束時間は長かったけど給料は良かったからな。結婚もしてないし、金はあるのさ」


 倫太郎さんは自分の鼻頭を指で掻いた。


「咲人くんは、こんな大人になっちゃダメだぞ!」


「ははは・・・」


 倫太郎さんはニッと白い歯を覗かせて俺に諭した。それに対し俺も苦笑いで応じた。


 色彩豊かな花々に囲まれたフラワーガーデンを抜けると、大きな教会のような建物が見えてきた。尖頭アーチにステンドグラス、ゴシック建築を彷彿とさせるその建物の前には、多くの人集りが出来ていた。


「あそこだな、希望の神殿。まだ閉まってて入れないみたいだ」


 倫太郎さんが建物を指差す。


「それにしてもすごい人の数だ。ざっと200人・・・・いや250人はいるな。服装からしてもこれ全部プレイヤーなのか?」


 そこに集まっている人々は、確かに城下町の人々とは違う独特の格好をしている人ばかりであった。つまりは俺たちと同じような、あの衣装カタログから選択した服・・・。












「あの、もしかして龍宮寺咲人さんですか?」












「え!?」


 俺は不意に名前を呼ばれ、声を上げて振り返った。


 立っていたのは同い年くらいの女の子だ。赤いフード付きのコートにファーのついた黒のミニスカートと、艶のある黒のローファー、開けた胸元からは黒いリボンを結った、白いフリル付きのYシャツに包まれた大きな胸が出ている。コートのフードに巻き込んだ黒のミディアムショートは前髪を眉下で切り揃えてあり、その下にある顔立ちは、まつ毛の長い大きな紅色の瞳に、それを映えさせる白いモチ肌の整った小顔であった。一言で言い表すなら巨乳黒髪美少女である。


 俺はゲームはおろか、学校でさえそんなに人との関わり合いはなく、こんな巨乳の美少女と話したことなど一度もない。なぜこの子は俺の名前を知っているのか・・・まさかまた管理者・・・!?


「ご、ごめん。君が誰だかわからないんだが、き、君は俺のこと知ってるのか?」


 緊張で言葉がもつれた。初めて出会う可愛い女の子を目の前にした、その上あまり女に耐性のない男の会話なんてこんなものだ。


「あれ、わからないですか? 私ですよ! 同じクラスの南條鈴莉! その、全然話したことないですけど・・・・。」


 女の子は腕を後ろに回し、ポーズをとって大きな胸を一度揺らし微笑みかけた。


 南條・・・・? 南條・・・鈴莉!?


「南條って・・・、お前、あの南條か!? あのデカブチキモオタブスメガネの!? 整形か!? 自分自身の造形は変えられないと言ってたのに!! メルエヌの奴、俺を騙したな!!!」


「な、何ですか、そのデカブチキモオタブスメガネって! 私整形なんかしてませんよ!! その、メガネは外しましたけど!」


 信じ難い光景だ。ずっと軽蔑し見下していた女が、まさかこんな美少女だったなんて・・・。正直この顔にこの胸はうちの学校でアイドルなどと持て囃されている女を軽く凌駕する。こんなに可愛いならあんな不遜な態度で接することはなかった。全てはあのメガネのせいだな。


 しかし南條に対する違和感は確かにあった。というのもあいつには前から、「可愛い子特有のいい匂い」が発せられていた。すれ違う度に振り向いてしまうようなあの匂い・・・少々変態的だが、俺はそういう嗅覚に非常に敏感だ。だから南條に関してはその矛盾で前々から解せないと疑問を抱いていた。


「わ、悪い南條。今のは別の南條ってやつのことだ。俺は別に君のことはキモいメガネなんて全然全く思っていなかったさ」


 容姿が判明した途端この態度の変容。真に見下されるべきは俺なのかもしれないと我ながら自覚する。


「あー、龍宮寺さん今ごまかしましたね? 龍宮寺さん、いつもぼっちの隠キャだから、友達いないの分かってますよ? あの小さい女の子しか」


 南條はジト目をしたその顔をこちらに近づける。オタク女子のくせしてあまり男子に対しての距離感は気にしないのか?


「隠キャって・・・。お前も大概だろ! 人のこと言える立場か!?」


「私はぼっちじゃないですから! お友達たくさんいますから! カーストは私の方が上ですよ!」


 南條は両手を腰に当て、フフンと誇らしげに鼻を鳴らした。


 前言撤回、やはりこいつは好きになれない。やっぱりあの南條だ。俺の嫌いな、オタクの集団でイキるあの南條鈴莉だ。


「でも龍宮寺さん、やっぱりEC好きだったんですね。教室でチラッとスマホの画面見えた時にやってたから」


「ああ、子供の頃からやってたからな、エレクラは」


 俺がそう言い終えた瞬間に、南條は俺の肩を両手で抑えて、自身の身長まで屈ませると、「ムムム」と発しながら顔を急接近させてきた。


 顔に少し当たる息、ふわっと香る女物のシャンプーの香り・・・。意図せずドキッと緊張の糸が張り、汗をかく。いくら嫌いな奴とはいえ、仮にも美少女がこんなに顔を近づけてきたら当然意識してしまう。


「龍宮寺さん、エレメントクライシスをエレクラと略すのは邪道ですよ。ファンの間ではECですよ、いーしー! あと、ファンのことはえすオタ、もしくはクライサーと呼びます。わかりましたか?」


「は、はい・・・」


 このままキスしてくるのではないかと思うほど顔が近い。そんなことはない、オタク特有の誤った知識に対し興奮して是正を図る時の見境のなさ。頭ではそうだと分かっていても、裏腹に心臓はバクバクと高鳴り止まらない。このままではよからぬ感情が・・・!


「じゃ、龍宮寺さん! フレンド登録しましょう!」


 南條はサッと顔を離し、笑顔を浮かべて軍師の書を構築しだした。


 危なかった。もう少しで何か大事なものをこいつに明け渡してしまうところだった。俺はとりあえず落ち着く為、ふぅーっと深呼吸をする。


「フレンド登録? そんなのがあるのか?」


 俺は落ち着きを取り戻し、南條に尋ねる。


「あれ? 龍宮寺さん知らないんですか? フレンド登録に関しては、オプションのヘルプ項目の中に書いてありますよ」


 南條は自身の軍師の書を操作し、俺に見せる。


 この項目に気づかないのは迂闊だった・・・が、開始早々に倫太郎さんと会ったから仕方がないか。












                フレンド機能について


 フレンドとは軍師の書を介した交信が可能である。

 連合軍を組むことが可能となり、その場合出撃ユニットのステータスが微増する。(他の軍師のユニットに命令を出すには、ユニットを所持している軍師の了解が必要。)

 救難信号を出すことができ、駆けつけた場合即連合軍を組むことが可能となる。その場合、救助側には転移魔法が発動し、一瞬でその場所に行くことができる。連合軍パーティには3名の軍師が上限である。

 フレンドとはユニットやアイテムの交換・譲渡が可能となる。

 フレンドの所在と軍の情報を確認できる。現在のフレンドの位置、所持アイテム、所持ユニットのステータス、レベル、装備スキル、武器、アビリティが閲覧可能である。











 倫太郎さんも一緒になって南條の軍師の書を見る。


「龍宮寺さん、さっきから気になってたんですけど、こちらの方はお知り合い?」


「ああ、狩屋倫太郎さん。さっきゲームに入って早速知り合ったんだ」


「いや〜君達の邪魔しちゃ悪いと思って、黙ってたんだけどね。よろしく、鈴莉ちゃん!」


 倫太郎さんは南條に握手を求め、南條はそれに笑顔で応じた。


「はい! 南條鈴莉、16歳です! よろしくお願いします!」


「おっ! 君も若いねぇ〜! じゃあ早速、フレンド登録しようか」


「あっ、待ってください」


 俺は倫太郎さんの言葉を遮り、少し考え込んだ。


 引っかかる・・・こんな気軽にフレンド登録して大丈夫なのか。


「わかるよ咲人くん。このゲームの性質上あまりフレンドは気軽に登録すべきじゃない」


「え? どうしてですか?」


 南條が不思議そうに尋ねる。


「このゲームは何も対戦相手が必ずNPCとは限らない。他のプレイヤーから攻撃される可能性もある。そしてここに書いてあるのは、フレンドとは連合軍を組めるが、フレンドに対して攻撃できないとは書いてない。つまり、フレンドこそが自分の軍の強み弱みを知り尽くしている一番の脅威になりかねないということだ」


「咲人くんの言う通りだ。で、大事なのがこの【フレンドとはユニットやアイテムの交換・譲渡が可能となる】の記述だな。自分が良いユニットやアイテムを手に入れた時に、それをいち早く知れるのがフレンドだ。そしてそれを脅し取ることができるのもフレンド・・・。つまり、フレンドが多いほど、それだけメリットもあるが、同時にデメリットも多くつきまとう。要は諸刃の剣だ」


「そ、そっかぁ。私、単純にフレンドはたくさんいた方が良いと思ってました・・・」


「ま、いないにこしたことはないよ鈴莉ちゃん。ただ考えて動かなきゃいけないってだけでね」


「俺は君達なら信用できそうだから、フレンド登録してもいいぜ。ただし、直接会うのは救難信号の時だけだ。あとは通信でのやり取りかな」


「それなら俺もいいでしょう。なによりフレンド0人よりは危険度がグッと下がる」


 俺たち3人は各人の合意の下、フレンド登録をした。登録手順は至ってシンプルで、相手のフレンドコードを入力して、申請を送り承認してもらう、これだけだ。


「よし、終わったな。あ、そういえば・・・・」


 倫太郎さんが言いかけた瞬間にゴゴゴゴと希望の神殿の扉が開き始めた。大勢のプレイヤーがそちらに注目する。


「みなさーん♪ お待たせいたしました〜♪ これよりユニット召喚の儀を始めたいと思いまぁ〜す♪」


 中からは案の定デュリエットが姿を現した。


「召喚・・・やはりユニットはガチャか」


 ここでの引きが今後の明暗を分ける。誰しもが言われずともそう理解していた。引きが悪い者は死に、引きが良い者が勝つ。そう単純だろうか? もっと・・・もっと恐ろしいまでに、非道で残酷な死の駆け引きが待っている・・・・。そう予感させる。










 第7章 「フレンド登録」

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