第24話 対廃課金プレイヤー

「結・・・奈・・・・・・」


 俺は地面に残った血溜まりにそっと手を触れさせた。ぬるっと生暖かく、まだ生を感じる感触だった。たった今まで結奈が生きていたことを、鮮明に示しているように。


 その血溜まりは、やや斜面になっている表通りへ続く路地の方へ伸び始めた。


「あーあ。2人まとめて消し飛ばす予定だったのに、失敗しちゃった。でもマルポロが手に入る可能性が残ったから結果オーライだね」


 背後から聞き慣れない男の声と、ガチャリガチャリと鎧の音が聞こえ、俺は静かに振り向いた。


 そこには紅のローブを纏った赤髪のオールバックの男と、何者をも闇に染め上げるような漆黒の鎧を着て、禍々しい髑髏の彫刻が施された巨大な大斧を、肩に乗せた巨漢の男が立っていた。


「ハ・・・ハデロ・・・!」


 恐らくローブの男がルキ。そしてその後ろにいる漆黒の鎧男が結奈を殺した張本人、魔人王ハデロ。ハデロはEC12〜滅亡の古時計〜のボスキャラで、奴の扱う魔を統べる大斧、デーモンギガアックスは爆炎核と呼ばれる爆弾のような火の核を無数に生み出すことができる。威力は調節可能で、先程のような人1人を吹き飛ばす程度のものから、街1つを粉々にする大爆発までと幅が広い。倫太郎さんの情報から推察すると☆5はないが、原作の強さから言えば☆4は確実だ・・・! しかもこいつらは後1体、☆2以上のキャラを隠している・・・!


「龍宮寺咲人・・・。本当は最初、あの宿屋で君を殺すつもりだったんだけど、マルポロが思った以上に使えると思ったから予定を変更したんだ。まさか、あの距離からグレースの剣を受け止めるなんて思ってもみなかったよ」


 ルキはニイっと不気味に口角を上げて、その悪どい目を細めた。


「ショウゴよ・・・。貴様は俺たちを騙していたとはいえ、この1週間・・・親密な時を過ごした筈だ。なのに何故・・・結奈を殺した・・・! 貴様には人としての情がないのか!!!」


 俺は感情の赴くまま、言葉をショウゴにぶつけた。


「ははははは!!! これは傑作だ」


 するとルキが手を叩き、高笑いを始めた。


「お前、このショウゴが本当はどんな奴か知らないだろ。人としての感情なんて無縁の代物。こいつがどれだけの人間をぶっ殺してきたか教えてやろうか?」


「なん・・・だと!?」


 俺はあまりのショックに言葉を失った。


「あまり喋りすぎるなよ、ルキ」


 ショウゴは呆れた様子で言った。


 ガキィイイイ!!!


「くっ!!!」


 グレースとの鍔迫り合いに負けて、マルポロは俺の側に退避してきた。そして足元の血溜まりを見て、ギリギリと歯をくいしばった。


「結奈殿・・・。何故殺されねば・・・。あの鎧の男がやったのであるな・・・」


 マルポロはハデロを憎しみの篭った眼光で刺した。


「マルポロ。絶対今、奴とは戦うなよ。はっきり言ってここで立ち向かったとして、お前は何もできず瞬殺されてしまうだろう。お前が有利属性側とはいえ、奴とはそれくらいの力量差がある」


 俺は奴らに聞こえないようヒソヒソと喋った。


「そんな・・・・・・。ではどうすればいいであるか・・・。大人しく敵に投降しろと言うであるか!」


「・・・昨日の夜、ここでショウゴと戦うことになったらどうするか言ったろ。奇襲が失敗して、ルキと合流されたら・・・」


「!! ・・・・・・わかったである。軍師殿、どうかご無事で」


 ザッ!!!


 マルポロは突然、全速力で走り出した。


「む!? 無駄な抵抗を!」


 グレースが剣を構え、マルポロの行く手を阻む。


「出番だ、ヘンリーボム2号!!」


 俺は懐から取り出した白い玉を、思いっきり地面に叩きつけた。


 ボン!!!!!


「何!?」


 破裂音を立て、弾けた玉から何も見えなくなる程に濃い白煙が上がると、ルキとショウゴの狼狽える声が聞こえた。


 ヘンリーボム2号は、1号の目潰し成分を無くす代わりに、煙の効果範囲と持続時間を強化した物だ。


 皮肉だが、結奈の血溜まりがいい目印になってくれた。彼女の血の続く方向に表通りへの路地があるから、血に触れながら進めば視界が塞がれていてもルートはわかる!!


 慣れない場所で、視界を塞いでの移動作戦。かなりのリスクが伴い、出来れば回避したかったこの作戦を確実に成功させたのは、紛れも無い彼女の犠牲のおかげだ。だからこそ奴を、ショウゴは絶対に俺が倒す!!


 俺は路地を駆け抜け、人通りの多い表通りに出た。人混みにいてはショウゴも迂闊に手は出せない。この世界の住人の理由なき殺生は、ペナルティの対象となる。誤って街の人を爆炎核に巻き込みでもすれば、奴らも本末転倒だ。


 マルポロと合流するのは結奈と最初に出会った、あの噴水。そしてこの隙に、南條に救難信号を出せば、確実に勝てる。フリードルがいれば、後の作戦の勝算は十分なのだ。


 俺は人の間を縫いながら軍師の書を構築して開き、フレンド欄から南條を選択して救難信号を送った。これであいつが了承すれば、転移魔法が発動してすぐこちらに・・・。











 ピーーーーーーー。この機能は現在ロックされています。救難信号を送ることはできません。











「なんだと・・・!!」


 エラー音のような音と共に出た表示は、目を疑うものだった。機能がロックされるなんて、デュリエットの説明やヘルプ項目にも記載はなかったはず!


 ロックされている・・・という文言から、場所や条件による何らかの制約というよりは、他者による外的要因と考えた方がいい。発想としては軍師の書の改造と同様のシステム改竄・・・! 奴らも何処かしらのタイミングでトリーナと接触していたというのか・・・! クソ・・・ッ!!


 俺は軍師の書を閉じて、ひたすら噴水へ走った。今するべきはマルポロとの合流と、そこからある場所へ行くこと・・・! だが、フリードルが使えないこの状況・・・。俺は無課金に対して、敵は何百万も課金したであろう廃課金プレイヤー・・・勝算は限りなく0に近い・・・!! 


「軍師殿!!」


 噴水の前で、マルポロが手を振っていた。やはり速さだけであれば、グレースには勝っているようだ


「マルポロ!! すぐにあそこに行くぞ!! 奴らも軍師の書が使えるから、うかうかしてるとすぐに追いつかれる!!」


「承知である!!!」


 しかし、できるだけ時間を稼がないとまずい! 不本意だが、やむを得ぬ作戦を取るしかない・・・。フリードルが使える前提で作戦を組んだのが間違いだった・・・!


 シュイイイイイイン!


「! 繋がったのか!?」


 軍師の書がひとりでに構築された。勝手に構築されたということは、誰かが交信してきた合図だ! 南條か!?


 俺は走りながら、急ぎ軍師の書を開き目を通した。











 南條鈴莉からアイテムが 2 つ届きました。











「・・・アイテム・・・転送!?」


 アイテムの受け渡しは基本的には、直接当人同士が合わないとできない仕様になっている。しかし、遠隔で送るこの機能はまさかあいつの・・・!






                   *






「・・・あいつ、味な真似をするじゃないか。まんまと逃げられちゃったね」


 ルキはローブに付着した煙をパンパンと手ではたき落としながら、舌打ちをした。


「どうってことない。どうせ軍師の書で位置はわかるんだからな。フレンド解消は双方の合意によって初めて成立するもの。俺が解消ボタンを押さない限り、奴は地の果てに逃げようと俺たちから逃れることはできないのだからな」


 ショウゴは自身の長い前髪をかきあげ、笑みから覗く歯をキラリと光らせた。


「んじゃ、とりあえずフレンド登録をやり直そうよ。疑り深いあいつに用心して、一度解消しちゃったからね。あと、ユニットもこの際ショウゴに全部渡しとくよ。俺はこの後また召喚作業に戻るし」


 ルキとショウゴは今一度フレンド登録を済ませた。そしてルキの所持していたネームドキャラ3体を、ショウゴの兵舎に入れた。


「・・・これで準備は整った。見たところ奴は南東の門に向かって街を出ようとしている。恐らくは闇に乗じての奇襲、或いは夜の平原の強力な魔物を利用して俺たちと戦わせ、その隙を突いて攻める。この1週間観察してみて、奴が考えそうなことといえばそんなところだろう。だが、錬金術師との戦いでの的確な状況判断と指示、油断は禁物だ」


「問題ないってばショウゴ。トリーナとかいうチビからもらった【アンチSOS】で救難信号を封じて、南條とかいう☆5持ちの女を呼べなくなったあいつは、どうあがいても僕達には勝てないよ。☆1が3体と☆2が1体の相手なんざ、☆4のハデロだけでも十分過ぎるくらいだぜ」


「まぁ、そうだな。さて、長話もこの辺にして、そろそろ狩るか。・・・獲物を」


 ショウゴとルキはハデロとグレースに周囲を警戒させつつ、咲人と全く同じルートを進んで行った。


 ハデロの放つ魔人のオーラの重圧は凄まじく、道行く人々は自然と彼らの周りを避けるようにして歩いた。


「アハハハ! まるで王様になったみたいだ。やっぱり弱い人と強い人がいてこその人間だよね。最高の気分だ」


 ルキは下衆な笑いを周囲に振りまいた。


 ドン!!!


「ん?」


 ショウゴ達が丁度噴水の場所に差し掛かったその時、鉄の鎧を着込んだハンマーナイトの中年男と、その横で槍を構える鉄の胸当てをした短髪のランスナイトの少女が目の前に立ちはだかった。


「こいつは龍宮寺が持っていた☆1ユニット・・・」


「我が軍師の命により、貴様らを始末する! 覚悟せい!!」


 ハンマーナイトは威勢良く、己が大槌をショウゴに向けて振りかぶった。


 ボンッ!!!


「な!?」


 ハンマーナイトの大槌は、突然の小さな爆発により柄から上を粉々に失った。


 爆発により、周囲の人々が何事かと注目し始めた。


「大方、勝てる見込みはないが、人の多いところで戦わせて、あわよくば住人を巻き込ませてペナルティを狙う、といったとこだろう。舐められたものだな。ハデロ、そういうことだ」


「御意に・・・」


 ズオッッ!!!


「うっ!!」


 ハデロは禍々しい魔人のオーラでハンマーナイトの恐怖心を煽って動きを止め、その巨体で、身長180cmはある彼を、頭から左手で掴んで持ち上げた。


「うぬ程度の小童・・・。武器を使うまでもない」


 ズギョオオオオオオ!!!!


「「があああああぁ!!!」」


 ハデロは握りしめた右手をハンマーナイトの腹部に打ち込むと、右手は鎧と体を貫通し、彼の内臓を抉り取った。地に落とした体から、間も無くしてLOSTの表示が浮かび上がる。


「ひっ・・・ひぃ!」


 ランスナイトはその凄惨な光景に恐れをなして、涙を散らしながら一目散に逃げ出した。


「逃れられると思うなよ・・・この魔人王ハデロから」


 ハデロは大きく踏み込むと、重装を感じさせぬスピードで飛び、ランスナイトとの距離を一瞬で縮めた。


「死ねい」


 ゾッッ!!!!!


 巨大なデーモンギガアックスの横薙ぎは、ランスナイトの上半身を吹き飛ばし、跡形も残さなかった。無残に残った下半身にLOSTの文字が浮かんだ。


「「きゃあああああ!!!!!」」


「誰か憲兵をををー!!! 人殺しいいいいいいー!!!!!」


 ハデロの惨殺劇を目にした人々が悲鳴を上げ、パニックになりだした。逃げ惑う人々で場が混乱する。


「ハハハ!!! 最高だねぇ!! 人々が恐怖に慄くこの光景!!! 僕達を虐げてきた奴らにも見せてやりたいよ!!!」


「ルキ、急ぐぞ」


 ショウゴ達は憲兵が来る前に南東の門へと走り、街の外に出た。


 夜の平原は月明かりのみが照らす視界の悪い暗闇で、ザワザワと魔物の声が蠢いていた。


「ハデロ。面倒だから、この辺の魔物全て吹き飛ばせ」


「御意に・・・」


 ハデロがデーモンギガアックスを振るうと、その斧先から何十もの爆炎核が飛び散り、辺りを次々と爆破していった。ショウゴは軍師の書でハデロに経験値が入っていることを見て、魔物を駆逐したこと確信した。


「こんなもんでいいだろう。さて、龍宮寺が潜んでいるのは・・・」


 マップに表示されている咲人のアイコンは、街外れのとある古塔の中にあった。ショウゴ達のいる場所からも、丁度見える位置ある塔だ。


「そこで迎え撃つ気か。俺がマルポロを欲しがっていることを逆手に取っての籠城作戦・・・。それだと確かに、迂闊に爆炎核は撃てないが・・・」











「それがお前の最大の誤算であることを教えてやろう、龍宮寺咲人」





第24章 「対廃課金プレイヤー」

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