第23話 お別れ
フレアドラゴンの被害で悩んでいると依頼を出していたのは、チャロ村よりも王都に近い小さな農村集落だった。
フレアドラゴンは全長1〜2メートルの4足歩行竜。ドラゴンとしては比較的小さな種族で、力自体はそこまで脅威ではない。だが、体内の火炎袋から生成された炎を勢いよく吐き出す火炎放射は強力で、木造の建築物が中心の村では、家事でも起これば燃え移りなどの2次被害もあるため侮れない。
被害に遭った農村は、家畜小屋の鶏や牛を焼かれて食べられ、その際に小屋に火が燃え移って全焼したらしい。流通サイクルの早い畜産物の生産が断たれたのは手痛いらしく、一刻も早くフレアドラゴンの掃討をとのことだ。
俺たちはその村から少し外れた荒地に向かった。本来緑の豊かな地なのだが、フレアドラゴンが住み着いたことにより草木が焼かれ、彼らの寝ぐらの周りは必然的に土と石だけが残るのだ。
「ハァッ!」
ズギャッ!!!
フレアドラゴンの吐き出す火炎放射をすり抜け、ネアのテイルスピアは、首を守る竜の硬い甲殻を貫いて、その命を終わらせる。いとも容易く、躊躇なく・・・。
俺は元の世界にいる時から、いつも考えていたことがある。
全ての命を守り、共存させることは不可能だ。種族はそれぞれに住み良い環境を手に入れようとするが、それは相容れない。必ずどこかで衝突し、争いが生じる。それが捕食対象であったり、縄張り争いであったり・・・。
だから、村の人間の生活を脅かすこいつらが、こうやって無慈悲に殺されるのは当然であり、必然なのだ。可哀想などと思う人間は、誰かが上に立ち、誰かが礎となって出来ている世界に目を背けて、ただうわべの綺麗事を並べるだけの1番愚かな存在だと思っている。
「食い物にされてたまるかよ・・・。他人が生き残るための踏み台に、なってたまるか・・・!」
俺たちはネアとマルポロを討伐に向かわせて、付近の岩陰で軍師の書を開きながら様子を伺っていた。この2人であれば、特に指示することなくクエストは成功するだろう。それがわかっていたから、俺は別のことに集中していた。
ショウゴさん・・・。こいつは本当に俺と結奈のユニットを奪うために近づいてきたのか・・・?
今のところ彼に怪し動きはない。軍師の書はちゃんとビジョンを見ているし、その隣に立っている結奈にユニットの動かし方を教示している。
だが本当にユニットを奪うのが目的ならば、フレンドを解消する今日の夜に何らかの動きがあるはずだ。とりあえず万一の事態に備えて、南條に今夜救難信号を出すかもしれないとメッセージを送っておこう。フリードルがいれば、容易にカタがつく。用心の為、ヘンリーもある場所に向かわせている。
「サッキー!」
「! なんだ?」
俺は突然の問いかけに、ビクリと肩を揺らした。
「今夜は王都一の高級料理店で送別会だ! だが俺たちの友情は永遠に不滅だぜ!」
ショウゴさんはにっこりと、その優しい目を笑わせた。・・・正直、とても人を騙るような顔には思えない。疑いすぎているのでは、と己の中で罪悪感が芽生えていた。だが、この人を完全に信用するためにも、確かめなくてはいけない。
「ショウゴさん、宿に帰ったら少し時間くれるか? 話したいことがあるんだ」
「え? もちろんさ! いくらでも聞くよ」
ショウゴさんの快諾に、俺はまた心の揺らぎを感じた。
*
「クソッ! しっかりしろ俺!」
俺はやるせなさから、宿屋の自室の壁をドンッ!と右手拳で殴った。
クエストを終わらせ、宿屋に帰ってから早1時間。俺はずっと自分の中の葛藤と戦っていた。
疑いの証拠は十分に揃っている。だが、ショウゴさんの目を見ると、とてもそんな気になれないのだ。この人が、こんな優しい人が俺たちを騙しているはずなんてない。普段感情論を否定する俺が、完全に流されてしまっている・・・! 己の感情に!
コンコン
「サッキー。話ってなんだい?」
部屋の扉からノックの音の音に続いて、ショウゴさんの呼びかけが聞こえた。四の五の言っている暇はもうない。
俺がガチャリと扉を開けると、微笑みながら立っているショウゴさんがいた。
「ちょっと・・・来てくれないか」
「え? あ、ああ」
俺たちは宿を出ると、人通りの多い表とは打って変わる閑散とした裏路地に足を運んだ。誰もいないことを確認し、コートの懐に手を入れた。
「やけに静かな場所に来たな・・・。こんなところでなんの話をするんだい? 結奈ちゃんも待ってることだし、早く・・・!?」
「動くな」
俺はショウゴさんの首元に、部屋に置いてあった果物ナイフを突きつけた。
「サ、サッキー・・・? どういうつもりだ・・・?」
「あんたの本当の目的を教えてもらおうか。俺と結奈を誘い込んで作ったこの状況・・・全て俺たちのユニットを奪うために仕組んだことじゃないのか?」
「な!? なんのことだ! 僕はただ一緒にクエストに行く仲間がほしくて・・・」
俺は一層ナイフを握る右手に力を込めて、刃を首元に触れさせた。
「とぼけるなよ。ルキって奴は何者だ? 俺はそこまで知ってるんだから、うっかり手元が狂ってナイフがブスリといく前に答えろよ」
俺は歯を食いしばり、気丈に問い詰めた。心の揺らぎを、良心の呵責を無視して。
「だ、誰だよ! 知るわけないだろそんな奴! 疑うなら僕のフレンド欄を見ればいい! それで気が済むだろ!」
ショウゴさんは軍師の書を構築し、自分のフレンド欄を開いて、俺に見せた。その間も俺は油断することなく、ナイフを動かさない。
俺はじっくりと見落としのないよう、ショウゴさんのフレンド欄を確認した。
「・・・ない。俺と・・・結奈だけだ・・・そん・・・な・・・」
俺は力の抜けた右手をダランと下げた。指から外れた果物ナイフが、カチャンと下に落ちた。
「俺は・・・とんでもない過ちを犯してしまった。・・・ショウゴさん・・・すまない」
押さえつけていた罪悪感が爆発し、肩が震えた。なぜこんなことをしてしまったのか。疑いを払拭するためとはいえ、自分を責めずにはいられなかった。
俺はガクリと膝を落とし、地に手をついた。
「顔を上げてくれ、サッキー。君は命を狙われている状況だ。疑いたくなるのもわかるさ。だから今の行いを咎めはしない。だけど、これだけは信じてくれ。僕は君の味方だ。そして君はかけがえのない、僕の命を預けるに値する大事な大事な・・・信頼できる仲間なんだ!」
茫然自失とする俺の肩を、ショウゴさんは優しく叩き笑いかけた。
「ショウゴ・・・さん」
「などと俺が本当に言うとでも思ったか? 龍宮寺咲人」
「何!?」
「先輩!!!!!」
結奈の叫び声が聞こえ、振り返ると、ウィフが彼女の首を左腕で締め上げて拘束しており、右手には俺が持っていたものと同じ果物ナイフが握られていた。
「動くなよ、龍宮寺咲人。下手に抵抗すれば結奈は殺す。幸いマルポロは兵舎の中のようだな・・・ククク」
「お前・・・本当にショウゴか!?」
俺の質問に対して、ショウゴは目に指をかけ、何かを外した。黒のカラーコンタクト・・・。彼の両目にはコンタクトがつけられていた。
「わかるか? この顔の違いが」
コンタクトを外したショウゴは三白眼で、優しげな好青年から一転、目つきの悪い悪人ヅラになった。
「人は見た目が9割とはまさしく真実だ。俺が明らかに怪しい動きをしても、顔が優しそうだからとか、そんなことする人には見えないからと、根拠のない愚かな先入観で信用してくれるんだ。馬鹿な話だろう? だがそんな人の善意を食い物にして、俺は生きてきたんだ」
「貴様・・・。本業は詐欺師というわけか。通りで金があるわけだ」
「ククク、詐欺もまぁ稼げるが、1番効率がいいのは女のガキを誘拐して海外に売り飛ばす仕事だな・・・。あの優しいショウゴさんの顔で近づいたら、不思議なことに知らない人に付いていかないよう再三教育されてるはずの子供も、俺のことをすぐ信用するんだ。子供は大人より単純で騙しやすい・・・いい商売さ」
ショウゴはヒヒヒヒと下衆な笑いを浮かべた。
「シ、ショウゴさんどうして! 私達あんなに仲良くしてたのに! 最高のパーティだって思ってたのに!!!」
結奈が悲痛な訴えをショウゴ投げた。
「最高のパーティだと・・・? 笑わせるな。俺はな、お前のような何もしないでただ見ているだけなのに、あたかも仲間のように振る舞う奴が大嫌いなんだよ。全く、反吐がでる」
「そん・・・・・・な・・・」
ショウゴの容赦ない本音は、まだ思春期の結奈の心を抉るに容易な威力を持っていた。
「・・・俺たちをここで殺すのか?」
「殺しはしないさ。場合によってはだがね。大人しくマルポロを渡せば、結奈とお前は開放してやる。あとは、所持エルとアイテムも全て頂こうか」
「・・・いいだろう。この状況を打開できる策が、俺にはないしな」
俺は軍師の書を構築し、開きつつショウゴに歩み寄った。
「先輩!!!」
「心配するな、結奈。誰も死なずに済めば、それでいいんだ」
俺は兵舎のユニット譲渡の画面を開き、マルポロを選択した。続いて受け取り先のフレンドにショウゴを選択して、画面を見せた。あとは送るの表示をタッチすれば、ユニット譲渡が完了する。
「・・・クク、間違いなくマルポロだな。では完了を・・・」
「ぐあああああああああ!!!!!」
「かかったな」
「何!?」
突如ウィフの叫び声が上がり、首元から血を吹き出して倒れ、頭上にLOSTの文字が浮かんだ。
倒れたウィフの後ろにいたのは、剣を持ったマルポロだった。
「バ・・・・バカな!? マルポロが何故そこにいる!? ユニット譲渡は当該のユニットが兵舎に入っていなければできないはずだ!!」
ショウゴは取り乱して声を上げた。
あの時、酒場でトリーナに軍師の書を改造してもらって、俺の兵舎の画面に出た表示・・・。
ユニットを一体選んで、メニュー画面内の表示を他のユニットの情報にすることができます。※残り回数 あと 1 回
最初に見た時は、この機能がなんの役に立つのか見当もつかなかったが、フレンドを欺く機能としては、これほど有用なものもない。現に、マルポロが兵舎にいると思い込んだショウゴとウィフを油断させて、結奈を助けることができた。
「形成逆転だな、ショウゴ。見たところ、お前の兵舎にはもうユニットはいない。打つ手なしだろう」
「それはどうかな」
「!?」
ガキィン!!!
後ろで剣のぶつかり合う音が響いた。
「な!? 貴様はあの時の剣士であるな!!」
「いかにも」
マルポロと鍔迫り合いをしていたのは、黒革の鎧を身に付けた白髪の剣士だった。壮年の傭兵グレース。EC5〜堕天竜の涙〜に登場する男の剣士ユニットだ。恐らくレアリティは・・・☆3!
あの夜、宿屋で俺に剣を振り下ろしたのはこいつだったのか・・・!
「結奈!!!」
俺は再び結奈を拘束されぬよう、彼女の元へ駆け寄った。グレースが来たということは、どこかにルキも潜んでいるはず・・・!
「先輩! 私いきなりショウゴさんに脅されて・・・それで・・・」
呼吸を乱し、口を震わせた結奈の声は、酷く弱々しく聞き取りづらかった。裏切られたショックと、死の恐怖から怯えきっており、目尻からは涙が流れていた。
「大丈夫だ、俺は裏切っていない。もう何もいうな」
結奈の肩を抱き、少しでも彼女が安心できるように言葉をかけた。
「!? 軍師殿!! 結奈殿から離れるである!!! 何かおかしなものが!!!!!」
「!?」
マルポロが突然大きく叫んだ。何事かと咄嗟に隣の結奈を見ると、彼女の胸に小さな炎の核のようなものが浮かんで、揺らめいていた。
「ッ!! これはまさか!!!!!」
俺は結奈から大きく身を離し、地面に伏せた。瞬間、核が激しく発光し始め、結奈を包み込む。
「! 先輩!! たすけ」
ドゴオオオオオオオォオン!!!
「「ゆなああああああ!!!!!!!」」
彼女の胸にあった炎の核は半径3メートルを吹き飛ばす程の小規模な爆発となった。
爆発後の黒煙が上がるその場所を、俺はただ言葉を失って見続けていた。爆発の瞬間、助けを求め俺に手を伸ばした結奈の表情が・・・全てに見放され絶望しきった彼女の表情が瞼に焼き付いて離れない。
やがて・・・一筋の風が吹き、黒煙を除いた。
「結・・・・・・奈・・・・・・・・・?」
視界の開けたそこにもう結奈はおらず、ただ煙に汚れ、プスプスと音を立てる血溜まりが無残に広がり、その上に、彼女が昨日ネアが選んでくれたと嬉しそうに自慢していた花の髪飾りが、浮いているだけであった。
第23章 「お別れ」
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