第22話 辻褄

「・・・・・・どういうことだい!? サッキー!」


 ショウゴさんは血相を変えて、俺に問いかけた。


「言葉の通りだ。2人とも俺とのフレンド登録を解除してくれ。そしてもう、関わらないで欲しいんだ」


 ドンッ!!!


「突然すぎますって!!」


 結奈は握った右手で強くテーブルの上を叩いて、悲しげに目を歪ませた。


「ぐ、軍師殿・・・。生死を共にし、強い絆で結ばれたせっかくの仲間と、どうして離れるであるか?」


 マルポロも解せない表情で俺に問いかけた。やや引き止めるニュアンスも含まれている。


「・・・俺の顔には、強い死相が出ているそうだ。この間、モーゼルさんにそう言われた。事実1週間前、俺は何者かに襲撃されて殺されかけている。今後俺と行動を共にする上で、お前達にまで危険が及ぶのは忍びない。・・・そう思っての判断だ」


 俺は前の3人の顔を直視することができず、俯いて心情を泥のように垂れ流した。


 はっきり言って、俺にとっても不本意な決断だった。これまでの人生において、結奈とショウゴさんと過ごした1週間は、ほぼ友達のいなかった俺にとってかけがえのない時間だった。そんな時を共有した仲間だからこそ、俺のせいで奴の標的にされてほしくないのだ。


「・・・わかったよサッキー。君なりの思いやりなのは伝わったさ。ここで僕が、それでも君を守る!と言っても、納得してくれないだろうしね」


 ショウゴさんは、渋々といった口調で言った。


「で、でもショウゴさん! 私は先輩のこと守ってあげたいです! ネアもそうでしょ!?」


 食い下がる結奈は、ネアに同意を求めた。


「・・・咲人殿。我らを信用してはくださらぬか? マルポロ殿も、共に背を預け合った仲。戦友は命を賭して守るのが、我が信念だ」


「ネア殿・・・」


 マルポロとネアは互いを見つめ合い、同調した。


「・・・・・・残念だが、決めたことだ。命を賭すというのは、本人にとってより他人の俺にとっての方が重い言葉なんだ。誰かの命が俺にかかってるのは余計なプレッシャーになる。気持ちだけ、受け取っとくよ」


「・・・咲人殿。わかった、もう何も言うまい」


 ネアは腕を組んで、俯いた。


「よし、ならこうしよう! 明日予定してるフレアドラゴンの討伐クエスト、それを最後に解消だ。やっぱり最後にもう1度だけ、この3人でクエストに行きたいんだ。・・・ダメかな・・・?」


 ショウゴさんは最大限に譲歩した上での懇願といったようだ。


「・・・わかった。明日のクエストには一緒に行こう」


 俺もその気持ちを汲み取り、妥協した。万が一の可能性の低さを軽んじるのはいけないことだが、一方的に決別するのはやはり心苦しさが残る。線引きをしていた方が、名残惜しさもないだろう。













 食事の後、大浴場に入り、俺は宿の自室に戻った。


 アンティークな振り子時計が音を立てる横には、水瓶とクッキーの盛られた皿が乗った小さな丸テーブル。その他部屋の大半を占めているのは、1人用にしては大きめのベッド。フカフカのシーツが敷かれたそれは、1週間前の20エルの宿とは比較にならない程寝心地が良さそうだ。しかしいつ何時襲撃があるともわからない。扉の鍵をかけ、窓を閉め、カーテンを閉めて、マルポロを常に横に置き、警戒は怠らないようにした。


「ふぅー」


 俺はトリーナから教わった着替え機能で、早速寝巻きのシャツに早着替えをして、ベッドに横たわった。目を閉じればひとたまりもなく深い眠りに落ちてしまいそうだった。それ程までに、精神が疲弊しきっている。


「軍師殿、拙者がずっと気を張っているであるから、安心して寝てて良いであるよ」


「・・・あぁ。悪いな」


 シュイイイイイイン!


「!?」


 俺がマルポロの言葉に甘えて、目を閉じようとしたその時、軍師の書が勝手に構築された。


「交信か? また南條かな」


 俺はビジョンに映る発信者の名前を確認した。これは・・・・狩屋・・・倫太郎。倫太郎さんだ!


 俺は南條の時とは異なり、迅速に交信開始ボタンを押した。


「・・・あっ! 繋がった! 咲人君、久しぶり! あれからどこ行ったのかちょっと心配になってね。まだ生きてるみたいで安心したよ」


 倫太郎さんの陽気な声が聞こえてきた。バックにざわざわと人の声が入り混じっていることから、人混みの中にいることがわかった。


「・・・なんとか、おかげさまで。この前は何も言わずにいなくなってしまって、すみませんでした」


「いや〜、ネームドキャラ狙いのプレイヤーに襲われでもしてるんじゃないかって気がかりでね。まぁ、咲人君は賢そうだし、大丈夫かなとも思ってたんだけど。今、何してるの?」


「あれから色々あって、3人パーティで行動してます。でも、明後日からまたソロプレイに戻りますけど。倫太郎さんは?」


「俺の方はまだ召喚所から出れなくてね〜。順番待ちもあって中々スムーズに召喚できないんだ。未だに☆2以上出ないしさ〜」


 軍師の書から倫太郎さんのため息が漏れた。相当苦労しているらしい。


「出た☆1を送還してエルにしてるんですか?」


「基本的にはそうだね。だから、クエストなんかもまだ行ってないんだけど・・・。ま、その話は置いといて、本題に入ろうか」


「本題・・・?」


 倫太郎さんは急に腰を据えた言葉をかけてきた。俺の安否確認だけが目的じゃない・・・?


「実は、妙なプレイヤーが召喚所にいてね。やたら引きが強くて、もう3回も金光を召喚してる奴がいるんだけど、一向にクエストに行こうとしないんだ。つまり、ずーっと召喚所にこもって召喚してる」


「金光を3回・・・か」


 それだけでかなりの強敵になり得ることがわかる。しかしそれでも尚、召喚を続けているのは違和感がある。確かに、手持ちに不安が残るのであれば、納得いくまで召喚を続けるのは自然だが、召喚石の購入にはその都度法外な金を取られる。そもそも先ずはゲームの攻略をしないと知識面で他プレイヤーに劣り、いくら強いユニットがいても十分に未知の仕様でハメられる可能性もある。トリーナの改造がいい例で、敵だけが知り得ている機能やアイテムが幾らでも出てくる可能性がある。このゲームは召喚で超低確率のレアを複数追い求めるよりも、強いユニットを1体引いたらさっさと情報収集に移るのが吉なはずだ。


「ネームドキャラで、出来るだけ手持ちを固めたい・・・という考えもできるだろうけど、初見のゲームで他人に先を越され、知識で上を行かれてしまっては、ユニットの奪い合いができるこのゲームでは致命的だ。だがそいつは、ちゃんとそのことを心得ているはずだ」


「・・・ということはつまり、そいつに協力者がいる・・・と」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そう。どうも気になって、奴が金光を引いた後に付けてみたんだ。するとやはり物陰に隠れて誰かとやりとりをしていた。周到なことに、他者に聞かれないよう交信じゃなくメッセージを使って声を出さないようにしてな」


「なるほど。協力者が先にクエストなりゲームをプレイして、仕様や攻略パターンを掴む。恐らく現実の金を潤沢に使えるであろうそいつらは、一方では召喚所でユニットを召喚し続けて手持ちを揃えていく。そして手持ちが揃ったところで合流して知識とユニットを共有・・・か。確かに効率としてはいいかもな」


「果たして、それだけなのかな」


「え?」


 倫太郎さんはやや重めのトーンで、返してきた。


「もっと良い効率でネームドキャラを集める方法があることに気がつかないか、咲人君」


「もっといい・・・効率で?」


「そうだ」


 俺は少し首を傾げた。


 2人で協力した場合、獲得手段としては召喚か、はたまた俺のヘンリーみたいに説得や交渉でこの世界の人間をユニット化するくらいしか・・・。あとは、フレンドからの譲渡・・・強奪・・・!?


「そういうこと・・・か」


「気がついたかい?」


「はい。聞かれてはいけないやりとりをしていることとも、より辻褄が合う。要するに、ゲームをプレイしている方が、既にネームドキャラを持っているプレイヤーに近づいて、取り入ればいい。召喚している方のプレイヤーの存在を隠してな。信用を得たところで、召喚で手持ちを揃えた仲間と結託して奇襲をかけ、騙されているプレイヤーのネームドキャラを奪う。大まかにはこんな流れですかね」


「その通り。奴らはそうやってユニットを集めようとしている可能性が非常に高い。だから、金光を引いた咲人君にこれを教えとこうと思ってね。鈴莉ちゃんにも後で交信飛ばそうと思ってるけど、あの子のユニットは☆5だから迂闊には近づけないと思うし、心配はいらないかな」


 倫太郎さんがフフッと一笑したのが聞こえた。


 やり方としては少し異なるが、俺を1週間前に襲撃してきた奴と関わりがあるかもしれない。


「・・・因みになんですけど、そのプレイヤーの名前ってわかりますか? 多分軍師の書のマップで見れると思うんですけど」


「確か、ルキ・・・。だったかな」


「ルキ・・・? それだけですか?」


「あぁ。カタカナで。妙だと思うだろ? 他のプレイヤーが軒並み本名で登録されているにも関わらず、そいつはゲームのHNみたいにカタカナ表記なんだ。メルエヌが説明し忘れてただけで、実はキャラメイクの時に名前を変えれたのかな?」


 その時、俺はトリーナの言葉を思い出した。












あっ、名前は一律本名での登録だから、変えることできねーけど











「・・・名前は本名での登録のみで、変えることはできないと、言ってました。今日会った、軍師の書を動かしてる管理者が」


「なんだって・・・!? じゃあこのカタカナ表記はどういう・・・」


「それは・・・はっ・・・!?」


 突然何かに取り憑かれたかのよう、違和感が俺の頭を包み込んだ。強烈なそれは、俺の額から汗を滝のように噴き出させ、胸に焦燥を生んだ。


 カタカナの表示名・・・。そういえば、ショウゴさんの表示も、軍師の書で見たらカタカナだったはず・・・。


 そもそも、ショウゴさんが最初に近づいてきたのも、俺が金光を引いたことを知っていたから・・・。その後紹介された宿での襲撃・・・。マルポロを出していた方がいいという助言・・・。ネアを持ってる結奈を都合良く見つけたのも・・・・・・あの人だ。そして思い出した・・・確信的な挙動・・・!


 チャロ村のクエストの時、ショウゴさんは基本的に軍師の書のビジョンではなく、紙面の方を見ていた。その時は気に留めていなかったが、紙面はメッセージ以外では使わないところ・・・。あの場面でビジョン以外を見ているのはおかしい! 明らかに不自然だ!











 つまりショウゴさんはあの時、確かに誰かとメッセージでやりとりをしていた!! 俺たちに悟られぬよう、巧妙に取り繕いながら!!!





第22章 「辻褄」

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