第21話 決断

 軍師の書を取り纏っていた輝かしい光が段々とトーンを落ち着かせていき、やがて消え去った。


「ふぅ! 終わったぜ。おふたりさん」


 トリーナは一息ついて、額の汗を拭った。そしてニコリと、小さな白い歯を覗かせて俺たちに笑いかけた。


 周囲のテーブルで食事をしていた人達が一時ざわめいたものの、光が止んでからは、また何事もなかったかのように、各々の前に置かれる料理にフォークを運んでいた。


 俺たちはとりあえず、改造を終えたのであろう自身の軍師の書を開き、その変化を確かめた。


「・・・・・・何も変わってないぞ。どこをどう改造したというんだ、トリーナ」


 一通り目を走らせた結果、何ら変わりのないメニュー画面に俺は疑義を呈した。


「んな露骨に変えるわけねーだろ! とりあえず兵舎を開いてみろよ」


「あ、ああ・・・!? これは」


 俺は言われるがまま開いた兵舎のメニュー画面を見て、目を丸くした。


 普通は開いてすぐ、ユニットの一覧画面が出てくるはずの兵舎。しかし、今回はすぐに一覧画面が開かず、ある項目が表示されていた。


「そいつが使えるのは1度きりだから注意しとけよ。どこでどう使うも、お前の自由だが、時によってはお前の命を助けるかもな〜」


「あの〜、私はいたって普通の画面が出るんですけど・・・」


 南條もトリーナの解説を求め、小さく挙手した。


「ん? あぁ! お前は違うよ! そっちの軍師の書はアイテム欄の方だ。開いてみたらわかるよ」


「アイテム欄! どれどれ・・・あっ!」


 南條も俺と同様に、見慣れない項目の出現に驚きを表した。


「因みに! そこに書いてある1度きりの機能は、他言禁止。誰かに言った時点で、ペナルティの天誅波動砲食らわすから、気をつけろよ」


 トリーナは鋭く目尻を尖らせ、脅しの威力を高めた。


「お・・・おう。・・・そういえば気になってたんだが、軍師の書ってマップやフレンドとの交信やユニット・アイテム管理以外に何ができるんだ? 一応何となくで不自由せず使えてるもんだから、この際詳しい仕様を知っておきたいんだが」


「えーっと・・・まぁ、それだけだぞやれることっつったら。後は、自分の身に着けてる衣類の付け替えくらいだな。お前らわざわざアイテム欄から服出して着替えてるかもしれないけど、付け替え機能使えば、一瞬で着替えられるぞ」


「それほんとですか!? いいこと聞いた〜!女は化粧含め色々と脱ぐもの付けるものが多いから、めっちゃ重宝します!」


 南條はガッツポーズで歓喜した。俺からしたら割とどうでもいい機能だが、価値観の違いが如実に出ている。


「あとプロフィールとかも設定・編集できるな。全プレイヤーに名前と一緒に公開されるやつ。あっ、名前は一律本名での登録だから、変えることできねーけど」


「マップでプレイヤーアイコンタッチしたら表示されるやつか。まぁ、何も書かないのが無難だな」


「うえぇ!? 龍宮寺さん設定してないんですか!? それはえすオタ社会で生きていく上でNGですって! 私なんか、推しキャラランキングTOP50、好きなECの章ランキングTOP50に、推しの声優さんの演技解説や、プロデューサーやディレクターの雑誌インタビューで好きな部分まで書いてるのに!」


「そんなこといちいち書くのはお前くらいだ!! 一緒にすんな!!」


「やれやれ、夫婦漫才は夜の宿屋でしてくれよな。あっちはもうお暇させてもらってもいいか〜?」


 トリーナはいつの間にやら置かれていた、ガラスコップに注がれたミルクセーキを飲み干して、席を立とうとした。


「あっ、ちょっとまだ聞きたいことがあるんだ。待ってくれないか?」


 俺は少し腰を椅子から浮かせたトリーナを引き止めた。


「さっき俺たちのことエンジェリア召喚組って言ったよな。もしかしてプレイヤーは、何組かに振り分けられて召喚を行ったのか?」


「ああ、そうだ。王都エンジェリア、海上都市クラーク、天空都市レヴィノン、森林都市ツリーネル、そしてあっちの管轄する魔法都市メイギス。全1302人のプレイヤーが、5つの召喚所に分けられたんだよ。チュートリアルの成績に応じて、出来るだけ均等配分になるよう調節してな」


「・・・プレイヤー条件は? それに、チュートリアルの成績に応じてってのは」


「プレイヤー条件は【ECのリメイクを含む発表作の全てを難易度問わず最後までプレイした人間】だ。チュートリアルの成績は、三竦みの理解や、軍師の書の活用、ユニットの動かし方等の根本的なゲーム理解に本人の性格を加味した上で、各5都市の管轄者との相性で振り分けたんだ。ここまで教えるのは出血大サービスだぞ。ありがたく思え」


 トリーナは、誇らしげに鼻頭を指でこすった。


 やはりプレイヤーの選定条件は思った通りで間違いなかった。


「ということは・・・管理者は全部で5人いるのか」


「そういうこったな。それぞれが召喚所のある都市を監視しながら、ゲームとしての機能を担ってんだ。見分け方は簡単。あっちみたいに羽を生やした白のワンピースを着た女がそうだ。後、管理者はプレイヤーかNPCかが一目でわかるようになってる。だから管理者に会った時、自分達がプレイヤーかどうかいちいち伝える必要はないぜ」


「なるほどな・・・。ん? どうした、南條」


 俺が納得した横で、南條は神妙な面持ちで考え込んでいた。


「・・・トリーナさん。管理者の方々って、みんなトリーナさんみたいな格好されてるんですよね? それ以外にいたりするんですか?」


「いーや。管理者はあっち含めた同じ格好の5人で、その他にはいないけど」


 南條は解せないといった様子で1度俯き、少ししてまたトリーナの方を向いた。


「あの、昨日のことなんですけど・・・。私、仮面を付けた男の人に、この世界の人間じゃないことを見抜かれたんです・・・! これってどういうことですか?」


 バァン!!!


 トリーナは不自然に取り乱し、テーブルの上を両手で叩いた。


「・・・ そいつとはどこで出会った!?」


「えっと・・・。ここから南東の【影の森】です。でも、その人はフリードルが倒しちゃったんで、もう・・・。あ! あと、死に際に、あの方に作られたキッカケがどうとか・・・」


「そうか・・・・・・」


 小さく呟いたトリーナは、その後喋ることなく、酒場の外へと出ていった。俺たちも急ぎ会計を済ませて、後に続いた。


「どうしたんだよ!」


 俺自身はイマイチ状況が飲み込めておらず、ただ困惑していた。


 南條の話した仮面の男は、管理者にとって余程の重要人物なのか?


「用事ができた。質問はもうないな?」


 トリーナは背中から生えた純白の翼を広げて今にも羽ばたこうとした。ゴウっと旋風が巻き起こり、強い風が俺たちの顔を打った。


「うっ、待て! 最後に1つ! メルエヌの管轄はどこだ!?」


「メヌエル? あのバカなら、ツリーネルが管轄だ! じゃあ、あっちは行くぜ!!」


 ボウッ!!! と風の散開する音を立て、トリーナは空高く飛んで行った。


 一体何があったというのだろうか? 南條のあの話で、急に目の色が変わった。


「あれこれ深く考えても仕方ないですね・・・。ていうかなんで最後、メルエヌさんの管轄なんて聞いたんですか?」


「ん? あぁ、ちょっと個人的にな・・・」


「・・・龍宮寺さん、ああいう娘がタイプなんですねぇ。へぇ〜・・・・・」


 南條が俯瞰でいやらしい目をこちらに向けて、くふふふ、と含んだ笑いをした。


「ちげーよ!! ゲーム攻略の一環だ!! 変な勘違いするな!!」


 本日何回この南條にキレたであろうか。まったくもってこいつの隣は居心地が悪い。


「軍師殿! もうそろそろ、ショウゴ殿と結奈殿の所へ戻らないといけないである!」


 マルポロが陽の落ちかけた空を見て、俺の背中を軽く叩いた。


「じゃ、お急ぎみたいですし♪ 私もこれで〜。また会いましょ! 龍宮寺さん!」


 南條は満面の笑みで小さく手を振った。夕陽と宵のコントラストが、彼女のかわいらしい顔を美しく引き立てた。


 黙ってれば美少女。この言葉は南條のために存在するといっても過言ではない。


「はぁ〜。つくづく惜しい女だなあいつは。・・・ん?」


 肩の力を抜いたその時、俺は自身の誤ちに気がついた。やばい!! 本来の目的を忘れていた!!


「待て南條!! 今日会った目的をまだ果たしてない!!」


「あぁっ!」


 南條もすっかり頭から消えていたようだ。本当にこいつといるとペースが乱れていけない。


「そうでしたそうでした! で、何ですか? 龍宮寺さん」


 再び駆け寄った南條が首を傾げる。黒のミディアムヘアがきめ細かく揺れた。











「・・・協力プレイだ。南條」











「・・・へ?」
















                   *






「・・・了解。マスター」


 トリーナはパタンと連絡用の書を閉じ、上を見上げて、あてもなくゆらゆらと雲の間を泳いだ。


「杞憂ならそれでいいけど、ゲームシステムが始動したのが、丁度2ヶ月前・・・。その弊害があることも十分考えられっからな・・・。ま、あっちがあれこれ考えても仕方ないか〜!」


 トリーナは身体を逆さにして、大きく伸びをした。大きく息を吸い込むと、爽やかな空の味が喉を通る。


「・・・しかしあの龍宮寺咲人って奴、似てたな。・・・・・・あいつに」






                   *






 ショウゴさんが予約を取ったという宿は、バッコス区のとなりにあるアテーネ区にあった。やや大きめの、赤煉瓦で作られた彩り鮮やかな大衆宿。中にはレストランが併設されており、宿泊客や、仕事帰りの客で賑わっていた。きっと食事の後には地下の大浴場に浸かり、1日の疲れを癒すのだろう。


「あっ! せんぱーい! こっちこっち〜!」


 賑わうレストランを俺がキョロキョロしていると、先に6人がけのソファーテーブル席についていた結奈が大きく手を振った。横にはショウゴさんとネアもいる。


「悪い。遅くなったな」


 俺とマルポロは3人の向かい側に座り、置いてあった手元のガラスコップの水を1口飲んだ。


「みんな、今日は羽を伸ばせたかな? どうだろう? こんな状況だけど、たまの休日も悪くないんじゃないかな」


 ショウゴさんは腕を組んで、ソファーの背もたれに寄りかかり、俺と結奈の顔を伺った。


「大正解ですショウゴさん! ネアと一緒にお買い物楽しかった〜。見てください、新しい髪飾り買ったんですよ!」


 結奈の頭には小さな花の髪飾りが2つついており、彼女はそれを自慢げに披露した。


「へー! かわいいね!」


 ショウゴさんは髪飾りをまじまじと見つめ、絶賛した。


「これネアが選んでくれたんですよ! 私に似合うって! ね! ネア!」


「結奈様は・・・その、私と違って女性らしくあられます。店で見つけた時は、出来栄えの良さから恣意的に購入を勧めてしまいましたが、出すぎた真似をしたと反省しております」


 ネアは堅苦しく頭を下げた。


「出すぎた真似だなんて! ネアは私のことを主人だと思ってるかもしれないけど、私にとってのネアは友達だよ? 友達が選んでくれた物は、自分で選んだものよりも価値があるんだから!」


「そんな! 私ごとき、結奈様のご友人など務まりません!」


 ネアは首を横に振り、さらに頭を下げた。


「私が友達って言ったら友達なの! ・・・これからもずっと一緒だよ! ネア!」


「結奈様・・・! はい!」


 結奈の優しい微笑みに、ネアも顔を上げて朗らかに笑った。


 主従関係を重んじていたネアも、結奈と話していくうちにその距離が縮まって、かなり親近的な関係になったようだ。


「僕も今日は買い物がメインだったな。このところのクエストの成功で、お金があるからね。サッキーは何してたんだい?」


 ショウゴさんの陽気な問いかけに対して、俺は沈黙していた。自分の中で、これから話す言葉を纏めていたのだ。


「・・・軍師殿?」


 マルポロがやや心配気味にこちらを伺った。


「みんな、話があるんだ。大事な話が」


 俺はテーブルに座る4人を、静かに見渡した。


「大事な・・・話?」


 結奈がゴクリと息を飲んだ。












「俺とのフレンド登録を、解除してくれ。・・・つまり・・・・・・お別れだ」






第21章 「決断」

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