第20話 宵撫でのトリーナ

「んぎゃーーーーー!!!!!」


「うわぁっ!?!?」


 マルポロを目の前にして感極まった南條は、飲み屋街の通りを往く柄の悪い人気も気に置くことなく、奇声をあげて彼女に抱きついた。


 チャロ村の1件から1週間。俺とショウゴさんと結奈はあれから他に3件のクエストを攻略して、結構安定したエルを稼ぐことができた。そして今日はショウゴさんの提案により、息抜きデーということで、各々で休養を取ることになったのだ。


 この7日間、マルポロを軍師の書の兵舎に入れることなく常に付きっきりで警護させていた。そのおかげもあってか、まだ奴からの2度目の襲撃は来ていない。だが、まだまだ気は抜けないのも確かだ。


 今現在俺達がいるのは、王都の酒場通りといわれるバッコス区。表向きは1日の仕事に疲れた大衆の活気を癒す、街の飯処めしどころのような場所だが、裏通りでは薬物や人身売買、売春が日常的に行われるなど、あまり治安がいいとは言えないらしい。


 俺は午前中に個人的な用事を済ませ、午後に南條とここで待ち合わせたのだ。何故この場所を選んだのか、それには理由がある。


 バッコス区は治安は良くないとは言え、仕切っているマフィアが、余所者がいざこざを起こさぬよう徹底的に監視していると聞いた。例のあいつが俺を狙って怪しい様子でうろついていれば、マフィアに目をつけられ、あわよくば排撃の対象になり得るかもしれないという目算だ。期待薄ではあるが・・・。


「龍宮寺さんが召喚したネームドキャラってマルポロだったんですね〜! んああ! かわいいかわいいかわいいかわいいいいい!! チューしてもいいですか!?」


「だ、ダメに決まってんだろ!! 何考えてんだ!」


 マルポロを抱え込んで、頬ずりしまくっている南條に、俺は些かの呆れと、オタク特有の過剰な愛情表現に苛立ちを覚えた。


「ぐ、軍師殿!? この人は何なのであるか!?」


「見ての通り、ただのバカだ・・・」


 南條の渾身のラブ攻撃に手も足も出ないマルポロを可哀想に思うが、絵面の下らなさから助けてあげる気力も湧かない。ただただため息が俺の口から漏れた。


 そして主人のアホな姿を後ろから表情を一切変えず黙って見ているフリードルが、また何ともシュールだ。


「おい、いつまでやってんだよ! 俺も忙しいから早く用事を済ませたいんだ!」


 俺は流石に痺れを切らして、南條に一喝した。


「はいはいわかりましたよ龍宮寺さん。でもまた何で急に、会えないか? 何てメッセージくれたんですか? いつも私が交信でんわ飛ばしても、すぐ切っちゃうのに」


「それなんだが、出来るだけ手短に終わらせたいから早く」


「え!? せっかく顔合わせたんですから、何処かでお茶しましょーよ! 龍宮寺さん!」


「はぁ!?」


 南條は俺の焦りの意図も察することなく言葉を断ち切り、手を引いて近くの酒場のドアを開けた。


「いらっしゃーい!! お好きな席へどうぞー!!」


 壁一面の棚に酒瓶と酒樽が敷き詰められた店内。奥のカウンターでは厳つい顔つきの店主がつまみをフライパンで炙り、複数の丸テーブルをそれぞれ囲っているお客の周りを、ウェイトレス達が忙しく酒や料理を運んで回っている。視界は香草と煙草の煙でややぼやけ気味だ。


「ここってお茶っていうか、飲む場所ですね・・・龍宮寺さん」


 南條は何か助けを乞うような表情で俺の顔を見上げた。


「いや、困った顔で俺を見るんじゃねぇお前が入ったんだろうが!」


 入った手前出るわけにもいかないので、俺たちはとりあえず手前の空いていたテーブルに着いた。


「お酒しか無かったらもう覚悟を決めるしかないですね私たち・・・。未成年飲酒ですけど、異世界の法律ってどうなってるんでしょうか」


「知るか!」


 俺は恐る恐るメニュー表を開いた。並ぶ品目はやはり酒酒酒。しかし隅っこに目をやると、ブドウジュースやりんご水などがあった。この際おつまみと水だけ頼んでやり過ごすことも視野に入れていたが、やはり気の利いた酒場は、飲めない人の為にこういうメニューもちゃんと用意してあるようだ。


「よかったー! ちゃんと私達でも飲めるものあるじゃないですか! じゃ私はこの桃の果肉入りジュースと・・・スイーツはいちごパイに、炙りピーナッツ! あ、私が奢りますから、龍宮寺さんも、マルポロも遠慮なく頼んでください!」


 南條は勝ち誇ったように自身の胸をポンと叩いた。


「え? あぁ、悪いな。じゃ、俺はアイスココアでいいや。マルポロは?」


「せ、拙者はぎ、牛乳を・・・大ジョッキで・・・」


 マルポロは申し訳なさと恥ずかしさの表情をブレンドさせ、小さく手を上げた。


「フリードルは?」


 鈴莉が隣の椅子に腰かけたフリードルを見て尋ねた。


「私はエールを貰おうか。あと添えのスイーツはこの店主一押しのマロンケーキ・・・いや、クリームたっぷり果物パフェも捨てがたいな・・・それとも間を取って・・・うむ、実に悩ましい」


「あっ、それ私も気になってた! この際全部頼んじゃう!?」


「それもまた一興・・・」


「そうしよそうしよ! すみませーん!」


 南條が手を上げてウェイトレスを呼んだ。


 なんだ今のやり取りは!? と一瞬頭で混乱したが、そういえばフリードルにはギャップ要素というか萌えポイント的な設定で、スイーツ好きという一面があったのを思い出した。


 魔物に対して絶対的な力を持つ魔神器、覇剣ドラゴニクを振るう寡黙な戦士。本編ゲームの「EC6〜女霊のバラッド〜」初プレイ時、このようにスイーツ好きを唐突に披露した場面でも確かに驚いた。戦いにのみ生きる彼が、実は愛に飢えていることの暗喩なのかと当時よく考察したものだ。











「「やめろー!! このアホ!! 離せって言ってんだろ!!」」











 突如、大人の酒場に不釣合いな幼い女の子の声が響き渡った。


「なんだ?」


 声の方に振り返ると、そこには褐色の肌に明るい緑髪のポニーテールを揺らした、純白の羽を生やした白いワンピースの女の子が、サボりの憲兵2人に捕まっていた。


「子供がこんなとこにいちゃダメだろ! 早くパパやママのところへ帰りなさい!」


 酔いで少し赤い顔をした若い憲兵が、女の子の頭を指でつつきながら叱った。


「あっちは子供じゃねぇって言ってんだろ! このバカ! 無能! 万年童貞!!」


 女の子は憲兵の手を払いのけて、汚い言葉で罵った。


「な、なぜ俺が童貞とわかるんだ!! ・・・あっいやそうじゃなくて、全くどういう教育を受けてるだ近頃の子供は!? 親の顔が見てみたいな!!! こーんな羽付きの派手な服まで着て!!」


 若い憲兵が憤る横で、もう1人の憲兵は酒を飲みながら爆笑していた。


「龍宮寺さん・・・あの子」


 南條が真面目な顔つきで静かに俺の顔を見た。


「ああ、間違いない。あいつ・・・管理者だ・・・!」


 白のワンピースや、純白の羽毛に覆われた羽、色は違うが頭に付けた大きなリボンなど、あの子供の身なりはデュリエットの特徴と酷似している。


 俺は徐ろに席を立ち、その子供のテーブルまで歩いた。


「おい何やってんだ。俺たちのテーブルはこっちだぞ。すみません、妹が迷惑をかけてしまって・・・」


 俺は女の子の手を引きながら、憲兵2人に頭を下げた。


「なんだ、同伴者がいたのか。あまり目を離すんじゃないぞ。この辺りは何があるか分からんからな・・・ギャハハハハ!」


 憲兵はあたかもこの地区で起こる事件に関しては感知しない、といった様子であった。全く、腐ってやがる。


 俺は不可思議にキョトンとしている女の子を、自分のテーブルまで連れて行き、空いている椅子に座らせた。


「た、助かったぜ、ありがとな! くっそー! あんな奴ら魔術を使っていいなら一瞬であの世に送ってやんのに・・・」

 

 女の子は物騒な物言いで憲兵達を睨んだ。


「お前、管理者だろ」


「あ?」


 俺の問いかけに、女の子は鋭い眼差しで返した。テーブルを囲む5人の息が止まり、緊張が走る。


「なーんだ、よく見たらプレイヤーじゃんか。おうよ、あっちが魔法都市メイギスの管轄者にして、軍師の書システム担当の管理者、宵撫でのトリーナ様よ!」


 トリーナは自信に満ち溢れた顔で、右手親指を自身に向けた。


「やはり、管理者か・・・! お前、何でこんなところにいるんだ?」


「ん? あー、別に深い訳はないよ。デュリエットの管轄で☆5のユニットが出たって聞いてさ、どんなもんか見に来たんだ。お前ら、エンジェリアの召喚組だろ? 誰が☆5召喚したか知ってるかい?」


 その言葉に、俺と南條は顔を見合わせた。


「それ、私です」


 南條がやや照れ気味に手を上げた。


「マジか!? 見せてくれよ! ☆5!」


 トリーナは興奮気味に身を乗り出し、ガタッとテーブルを揺らした。


「あ、それならここに」


 南條は隣で黙って座っているフリードルを指差した。


「おお! こいつが☆5か!? なんか思ってたよりも普通・・・かも」


 トリーナは席を立ち、フリードルをまじまじと観察し始めた。


「・・・何者かは知らぬが、先日私に触れようとしてきた羽の女と同様、貴様からも邪悪な気配がする。我らに取り入り、犯そうものなら容赦はせぬぞ」


 フリードルが腰に下げたドラゴニクをガチャリと揺らした。瞬間、両者の間にピッと緊張の糸が張り、ジワジワと圧迫感が伝わってきた。


「・・・ほほう? あっちとやろうってのかい? ・・・このあっちと・・・」


 トリーナはニヤリと口元を上げ、右手を構えた。


「・・・! ふ、2人ともすごい気迫である! ぐ、軍師殿! 申し訳ないが、拙者ではこのいさかいの仲裁はできないであるよ・・・!」


 マルポロは顔に汗を伝わして、動けないようだ。


「ふ、フリードル! ダメだって・・・」


 南條がフリードルをなだめるが、弱々しくこの効果は期待できない。


 まずいな・・・! ここでこの間デュリエットがゼルギアスを始末した時のような魔法を放たれれば恐らく無事ではいられない! なんとかしないと!


「お待たせいたしました〜。ご注文のいちごパイと、マロンケーキと・・・」


 緊迫した両者の間にウェイトレスが割って入り、お盆に乗せた注文品を1品1品確認しながら並べていった。


「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」


「・・・は、はい!」


 南條が思い出したように返事をした。


「・・・へ、☆5のレアリティは伊達じゃねぇな。今のでどれほどの実力者なのかある程度わかったよ」


 トリーナは突如、構えた手を下ろして、自分の席へ帰った。


「あ、おねーちゃん注文いい? ブドウ酒1杯! 30年モノある?」


 座るやいなや、トリーナは陽気に注文を始めた。


「あ、お嬢ちゃんダメよ? まだ子供なのにお酒飲んじゃ〜」


 ウェイトレスのお姉さんがにこやかに諭した。


「だからあっちはー!! ・・・ちぇ〜、じゃミルクセーキでいいよう・・・」


「はーい! ちょっと待っててね」


 やや不貞腐れたトリーナの頭を撫でてお姉さんはカウンターへと走っていった。


「ここ、お前らの奢りな」


「え!? いいですけど・・・」


 トリーナの横暴な要求に対して、南條は少々納得のいかないトーンで返事をした。


「まぁ、あっちも恩を売られるのは嫌いだ。奢ってもらう代わりにそれ以上のことをしてやるよ」


「それ以上のこと?」


 俺たちは再び顔を見合わせた。


「あっちの担当は軍師の書のシステム運営だ。要はあっちの力で、お前らの軍師の書が動いているわけさ。つーわけで、軍師の書をパワーアップしてやるよ」


「! そんなことができるのか!? どんな感じで強化してくれるんだ!?」


 俺は願っても無い見返りに、声を大きくした。


「んー、他のプレイヤーと差がつき過ぎるわけにもいかないから、細工する程度だな。今のお前らに必要な機能を、あっちの独断と偏見で入れてやるよ」


 パチン!


 シュイイイイイイイン!


「!」


 トリーナが指を鳴らすと、俺たち2人の軍師の書がひとりでに構築され、開いた。


「じゃ、早速・・・」


 トリーナが両手をかざすと、軍師の書の紙面が激しく光だした。


「なんだなんだ?」


 周りの客も、俺たちのテーブルの異様な光景に注目し始めた。











 一体何が行われているのか全くわからない。そもそもこいつが善なのか悪なのか、それすらも不明瞭だ。もしかしたら管理者を騙る敵かもしれない。しかし俺たちは成されるがままに、トリーナの行為を固唾を飲んで見ていた。


 しかし、命を狙われ続けている状況で藁にもすがりたい俺にとっては、寧ろ喜ばしいことなのかもしれない。今は一刻も早く、俺に取り付いている死相を祓うことが先決なのだから・・・!






 第20章 「宵撫でのトリーナ」





 

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