第19話 覇剣ドラゴニク

「うわー、すご。ここが軍都サルヴァストかぁ・・・」


 中央にある巨大な軍事要塞を取り囲むように、物々しい軍事施設が建ち並んでいる。行き交う人々は皆が武具を携えており、まさに戦に生きる者の聖地という印象を、鈴莉は受けた。


 王都エンジェリアから南東の方角へ魔導機関車に揺られること2時間弱。運賃は往復80エルと少々高かったが、このクエストを成功させれば余裕で黒字な上、良いアイテムもたくさん手に入るのでそこまで気にならなかった。


「一応情報集めの目的で来たけど・・・。【影の森】に行って帰ってきてない人達について、誰に聞けばわかるかなぁ」


 鈴莉は人々の往来する通りの真ん中で、自身の大きな胸を腕組みで少し持ち上げ、ふむむ・・・と唸った。


「サルヴァストに要請されたクエストを管理する機関がどこかにあるはずだ。そこに今回の内容を伝えれば、向こうから話してくれるんじゃないのか?」


 フリードルがそっと鈴莉を見下ろし、諭した。


「そっか! 流石フリードルぅ!」






                   *






 丁度すれ違った男の人に尋ねたところ、クエストの管理は、中央軍事局が執り行っているらしい。


 軍事局の巨大な要塞の中には、本来サルヴァストの居住証を持っていないと入れないのだが、鈴莉達は王都の大手斡旋所の紹介ということもあり、特別措置で入場が許された。


 中はちょっとミリタリーで大きな市役所のような感じだった。剣兵課、弓兵課、魔導課などの軍用都市ならではな窓口の他に、都民課や財政課、広報課などの見慣れたものもあった。


 一階の開けたロビーの中央天井に下げられた案内板を見て、2階のクエスト課に足を運んだ。


 2階の半分以上のスペースがクエスト課の窓口だったが、それにも関わらず受付待ちの人で溢れていた。


「うわ〜人多い! 同人誌即売会みたい!」


 鈴莉は大抵の人が気を滅いらせる状況で、何故かテンションを上げている。


「おーい。次の人はそこのお2人かい? 空いたから早く来て来て」


 丁度目の前の窓口が空き、受付の気怠げに頬杖をついたちょび髭のおじさんが急かしてきた。


「は、はーい!」


「俺そろそろお昼ご飯に行きたいから、さっさとしてちょうだいね」


「むっ」


 おじさんの勝手極まる態度に、鈴莉はやや不機嫌になりながらも、ルィズ斡旋所で受け取ったクエスト冊子を開いて見せた。


「王都のルィズ斡旋所でこのクエストを受けたんですけどー! ここに来てるものなんで、何か詳しい情報がないかお聞きしたいんですがー!?」


 鈴莉は自然と語気を強めた。


「あーどれどれ・・・・・・。これは・・・」


 しばらく冊子を読み進めたおじさんの表情が突然変わった。


「そうか・・・。このクエストを受ける奴が遂に来たか。あれから2ヶ月以上経つしな・・・」


 「えーっと・・・。何かご存知でいらっしゃる?」


 鈴莉は、悲哀な目を浮かべるおじさんを、下から伺った。


「丁度ねーちゃんと同い年くらいの5人だ。全員この都市にある軍官学校の優良成績者だったんだが・・・。今から2ヶ月前、このクエストで【影の森】に行ったっきり戻って来てない。Sランクでも通用する実力はあったんだがな・・・」


「・・・つまり、それだけ難しいクエストってことですか・・・?」


「ここに記載されている通り、Sランク以上の危険度であることは間違いない。だが、これは特殊クエストだ。場合によってはSSランクもあり得る。その5人が帰って来ていないことには、それだけ大きな意味がある。見たところあんたら2人だけど、まさかその人数で【影の森】に行くなんてことはないよな?」


 おじさんは懐疑的な視線を鈴莉に向けた。


「え・・・いや、そうなんですけど」


「・・・・・・ハァー。悪いことは言わねぇからやめとけ。謎が多くて軍都も迂闊に手が出せない程のクエストなんだ。あんたら若い2人がどうこうできる・・・あん?」


 おじさんがあきれた口調で喋っている最中、フリードルがズイっと前に出て、威圧的におじさんを見下ろした。


「敵に関して何もわからないのなら【影の森】の場所だけ教えてもらおうか。手短にと言ったのは、貴公の方だ」


「あっ・・・あぁ。こ、ここから東に行けば街があって、そこから少し南にすすんだら、森の入り口が見えてくるはずだ・・・」


 おじさんはフリードルの圧に押されて、若干滑舌を悪くした。


「かたじけない。行こう、鈴莉」


「え!? う、うん!」






                  *






 夕狩りの大河と呼ばれる大きな川を繋ぐ、ノアロ大橋の向こうに、影の森の被害に遭っている街はあった。


 鈴莉とフリードルは馬車に揺られながら、橋の下から覗く綺麗な水面を眺めていた。


「お客さん達、ここに来るのは初めてかい? 夕狩りの大河は綺麗だろ」


 景色に見とれている鈴莉に、運転手のおじいさんが陽気に話しかけた。


「はい! とっても綺麗です! スマホあったら写真撮るのになぁ〜」


「スマホ・・・?」


 おじいさんは不可思議に首を傾けた。


「でもなんでまた夕狩りの大河なんて名前なんですか? 普通はカタカナの固有名詞が使われてそうですけど」


「えーっと、なんでもこの辺で昔、地底人の残した古書が見つかったらしくて、その本の記述にこの川の名前があったらしい。で、ノアロ大橋はその本に出てきた人名に因んでつけられたそうだ」


「へぇぇ、地底人・・・。ロマンが満載ですね! 案外その辺歩いてないかな」


 鈴莉はキョロキョロと外を見回した。


「へへへ! 歩いてたら、速攻で王都に連れてかれて、役人から友好の証に人体解剖を迫られることになるぜ」


「も〜! ブラックジョークぅ〜!」


 おじいさんと鈴莉が下らない笑いに包まれる横で、フリードルは黙って腕を組み目を閉じていた。


 馬車に揺られること1時間弱。橋を渡りきって街を通り過ぎてしばらくした頃、周りの雰囲気の彩度と明度が急激に落ちる感覚に鈴莉は見舞われた。嫌な感じがズシズシと胸にのしかかる。


「そろそろ着きまっせ、【影の森】」


 馬車が止まり、2人は客車から外に出た。その瞬間、鈴莉の体に寒気がするほどの嫌な感覚が走り抜けた。


 異常なまでに暗澹あんたんとして、陰鬱な空気を放出するその森の入り口は、まるで人々を冥界に誘うかのよう、深い闇で覆われていた。


「ひっ! ・・・ここが、【影の森】。なんだかとっても嫌な感じがする・・・」


 鈴莉は悪寒に包まれた全身から、震えた声を発した。


「では、わしもここには長居したくないんで行かせていただきやすよ・・・」


おじいさんはそっと馬に鞭を打ち、去っていった。






                   *






 森の中は、より嫌な感じに包まれており、鈴莉は歩いているだけで目眩がしそうだった。横を普段通りの振る舞いで歩くフリードルの裾を持って手を引かれながら、なんとか足を動かしている状態だ。


「鈴莉、この嫌な感じが瘴気だ。瘴気は魔物だけが放つ特有のもので、慣れていないと人間の身体には堪える。決して私から離れるな」


「う・・・うん、わかった」


 暫く歩くと、鈴莉達は妙に開けた場所に出た。古い家の建ち並んだ、集落のようなところだったが、人が住んでいる気配はない。


「なんだろう・・・。ここには誰かに連れてこられたような・・・・・・」


 広い森の中、ろくに道も分からなかったものの、鈴莉は何者かにこの場所に誘導されてたどり着いたような気がしてならなかった。











 ドギャア!!!











「え!?」


 前を歩いていたフリードルが、急に後ろに回り込んで、蹴りを繰り出した。地面を物が転がる音も聞こえることから、何かを蹴り飛ばしたことがわかった。


「ゲヒ!? ゲヒヒヒ!?? ナゼ ワカッタ!?」


 小学生程の背丈の、鬼のような魔物が、鼻血を出しながら身を引きずって下がっている。


「やはりヴォブリンか・・・。女性ばかりが消えていると聞き、察しはついていたが、今のは相当な練度の気配断ちだ。普通じゃないな」


 フリードルは鋭くヴォブリンを見下ろした。


「ゲヒィ!! ナメルナ!!! ニンゲン ゴトキガ!!!」


 ヴォブリンは目にも留まらぬ速度で、両手の爪を突起させ、フリードルに襲いかかった。


 ドゴ!!!!


「ウゲピィィィィイ!!!!」


 完全に後出しのカウンターだったが、フリードルの蹴りはヴォブリンの腹に深々と入り、その苦しさでヴォブリンは絶叫した。


「殺しはしない。貴様らのアジトまで案内してもらおう」


 フリードルはズカズカと歩速を早めて、ウォブリンとの間合いを詰めた。


「ゲヒィ〜!? コ、コイツ ツヨイ! オレジャ カテナイ!!」


 ヴォブリンは一目散に逃げ出し、近くにあった崩れた建物の裏に身を隠した。


「鈴莉、もう1度言うが、決して私のそばを離れるな。奴ら、明らかに普通じゃない」


「は、はい!」


 これまでにない気迫を見せたフリードルに、鈴莉は意図せず敬語で返事していた。


 ヴォブリンが身を隠した建物の裏手に行くと、地下に繋がる大きな穴があった。同時に、濃厚な瘴気の塊が、ゴロゴロと転がり出てきているような感覚を、フリードルは覚えた。


「この先に神隠しの原因があるはずだ。行くぞ」


 臆することなく進んでいくフリードルの後ろを、怖気ながら鈴莉が付いていった。


 穴の中の道には、点々と火がそのまま漂っており、カンテラや蝋燭といった類のものは一切なかった。


「これは魔導の火だ。だがヴォブリンは基本的に魔導を扱うことはできない。・・・黒幕はヴォブリンではない何かに違いない」


 フリードルは更に歩を速めて、進んでいった。


 そこから少しして、広い空洞空間に出た。いくつもの穴が空いており、そこから他の部屋への繋がりを思わせた。


「ゲヒ!! シネェ!!!!!」


 空洞内に足を入れた瞬間、両方向から挟み撃ちの形で、ホブヴォブリンが剣を手にフリードルに斬りかかった。


ドッ!!! ドッ!!!


 ホブヴォブリンの刃がフリードルに達するよりも早く、彼の回し蹴りは2体の身体を捉えて、10メートル程吹っ飛ばした。


「ゲハァ!!! アバラノ ホネガァァァァァ!!!」


 1体は蹴りが肋にヒットし、痛みでのたうち回っている。もう1体は首の骨が折れ、即死していた。


「さっさと貴様らのボスを出せ」


 フリードルは這いずり回っているヴォブリンに、無慈悲に詰め寄った。


「オ、オマエ・・・オレヲ オコラセタ・・・。ゼッタイニ・・・コロス!」


 ヴォブリンは立ち上がり、剣を腰に構えて膝を少し落とした。


「シネ!!! 【ライネル・フラッシュ(雷神の疾剣)】!!!」











 ガギイイィイイイイン!!!!











「ナ、ナンダト!?」


 光速の一閃・・・不可避の致命撃である【ライネル・フラッシュ】の剣先を、あろうことかフリードルは自身の左人差し指に嵌めていた銀の指輪で受け止めていた。


「見事な技だ。だが、この技には魂がこもっていない。技とは修練を重ね精進し、我が身を焦がして会得するもの・・・。しかし貴様の技には、それが感じられない。人工的に身につけた付け焼き刃を受けるに、剣など要らぬ」


「ツ、ツヨスギル・・・! カ、カテナイ! ニゲル!! オレ シニタクナイ!!!」


 ヴォブリンは剣を放棄し、脱兎の勢いで逃げ出した。


 グチャ!!!


 フリードルは隙だらけで走り出したヴォブリンの後頭部を、飛び蹴りで蹴り飛ばした。咄嗟ではない本気の蹴りは、骨折どころか、ヴォブリンの首を飛ばすのも容易かった。


「ひえぇ・・・」


 無残な光景に鈴莉は思わず両手で目を覆った。











「ホホホ。これは、これは。また随分と手こずらせてくれますねぇ」











「・・・貴様がボスか」


 正面の穴の暗闇から、仮面をつけた黒いローブの男が姿を現した。


「さっさと貴方を始末して、後ろのメスを回収したかったのですが、とんだ誤算です。とてもお強いようで。今しがた素手で倒されたホブヴォブリン達は、並みの一個小隊であれば1匹で壊滅させる程の力はあるんですがねぇ。それも無傷で」


「あ、貴方が村や街の人を攫ったんですよね。どうしてそんなことしたんですか!?」


 鈴莉はいつになく真剣な顔つきで、仮面の男を睨みつけた。


「・・・おぉ! ホホホ! 貴方はもしかして、この世界の住人ではありませんね? 言い換えればですけど。これは運がいい! ホホホ!!」


 男は両手を叩き、高笑いした。


「ど、どうしてそんなことがわかるんですか!? 」


「それを貴方が知る必要はないですよ。では、そこのオスはとっとと死んでください」


 男がパチンと指を鳴らすと、周囲の穴からゾロゾロとホブヴォブリンが列を成して出てきた。ざっと50体以上はいる。


「剣だけではありません。魔導や神言などあらゆる属性に長けた優秀な者達です。いくら貴方が強かろうが、これだけの数を相手に、その娘を庇いながら闘うのは無理でしょう」


「ふ、フリードル!! 逃げよう!! あんなにいるんじゃ勝てないって!!!それにあの人何かがおかしい!! とっても嫌な予感がする!!」


 鈴莉は恐怖で涙を流しながら、フリードルに向かって精一杯の声を上げた。


 ホブヴォブリン達は何体かが詠唱した神言により、既に強化エフェクトがかかっていた。同時に魔導の詠唱も開始される。


 その様子をフリードルは黙ったまま、ただ見つめていた。鈴莉の言葉に返事をすることもなく。


「ホホホ!!! 諦めたのですか!? それもいいでしょう!!! おやりなさい!!!!」











 ズギャアアアアアア!!!!!











 男がホブヴォブリン達に号令をかけた瞬間、フリードルはカッと目を見開き、神速の抜刀を見せた。


 鈴莉が視認できたのは、剣を振り終えたフリードルと、前方を囲っていたホブヴォブリンの群れが血飛沫を上げて跡形もなく消え去った瞬間、そしていつのまにか上に飛び上がって、空中で静止している仮面の男の姿だった。


「抜刀した際の風圧で、ヴォブリン達を消し飛ばした・・・?いや、それだけではない。何かもっと・・・想像を絶する力の奔流が一瞬にして放たれた・・・! ホホホ! 素晴らしいですよ!」


 男はゆっくりと宙に浮かべた身体を地に下ろした。


「実に! 実に実に実に実に実に実に実に素晴らしい!!! これ程の強者を目にするのは初めてです! いいです!! いいですよぉ!!! ますます貴方を殺したくなりました!!!」


 男は狂喜乱舞しつつ、再びパチンと指を鳴らした。地面に召喚陣が現れ、中から巨体のヴォブリンが出てきた。


「貴方にこそ、ワタクシの作ったこの最高傑作と戦わせたい。さぁ、絶望の貌を作ってごらんなさい!!」


「ウオオオオオオオゥ!!!」


 巨体ヴォブリンは、地面が抉れる程の脚力で踏み込み、瞬く間にフリードルの目の前に移動した。同時に両手の剛腕が振り下ろされる。


 ドギャアアア!!!!


 舞い上がった土煙よりもフリードルは高く飛び上がり、落下地点にいる巨体ヴォブリンに対して剣を突き立てた。


「この程度か、貴様の最高傑作は」


 重力の加速により勢いづいた剣を、ヴォブリンのうなじめがけて斬りつけた。


 ガギイイィイイ!!!


「!?」


 フリードルはやや鈍い音と、手の痺れ感じて咄嗟に自身の剣に目を向けた。











「・・・剣が折れて・・・いるだと!?」











「ホホホホホホホホホホホ!! やはり最強だ!! ワタクシの概念装甲は!! これで貴方に万一の勝ち目も無くなりましたねぇ!!」


 男は狂ったように笑い続けた。


「ウオオオオオオオ!!!」


 巨体ヴォブリンが呆気に取られたフリードルに突進した。


「くっ!」


 ギリギリで飛び上がって躱したフリードルは、そのまま巨体ヴォブリンの顔面に蹴りを入れた。巨体ヴォブリンはけられた鼻先を抑えて唸っている。


「もはや無駄な抵抗です!! 己の死を甘んじて受け入れてください!!!」


「フリードルうううううううう!!!」


 男の笑いと鈴莉の叫びが交わり、空洞内に響き渡った。











「出でよ、シルヴァ」











 そう静かに口にしたフリードルは、左手を握りしめて頭上に高々と掲げた。すると、人差し指に嵌めた銀の指輪が激しく光り出し、円状の召喚陣を作り出した。


 作られた召喚陣の中からはドス黒い瘴気が漏れ出し、ゆっくりと黒い電光を纏いながら、真っ黒な体色のユニコーンが姿を現した。


「な!? あれはダークユニコーン!? あくまで神話上の生物とされ、目撃例も指で数える程しかないユニコーン・・・。そのユニコーンの中で、稀に瘴気を纏った黒い個体が産まれるという・・・。それが、あのダークユニコーンッ! とんだ僥倖ですよこれは!!!」


 男はハイテンションに叫びを上げた。


 ダークユニコーンのシルヴァに乗ったフリードルは、折れた剣を天に掲げた。するとみるみるとシルヴァから放たれる瘴気が剣先に集まってゆき、その密集した瘴気は巨大な刀身の斬馬剣へと形を変えた。禍々しい黒に染まった刀身と、竜の牙のような柄で構成されたその大剣は、2メートルを優に超えている。


「まだ剣で立ち向かう気ですか!? 学ばない人ですねぇ!」


「ウオオオオオオオオオオ!!!!」


 態勢を立て直した巨体ヴォブリンが、フリードルめがけて固く握った拳を、助走をつけて振り下ろした。











「瘴気の塵となれ」

 










 フリードルの振るった斬馬剣は、巨体ヴォブリンの横腹に入り、弾かれることなくその体を真っ二つに両断した。


「ウゴウゥ!!??」


「ホ!?」


 巨体ヴォブリンの身体は地面に落ちることなく塵と化し、フリードルの斬馬剣に吸収された。


「バ、バカな!? 何ですかその剣は!? ワタクシの概念装甲が破られるなんて!!!」


 男は初めて焦りの声を出した。


「覇剣ドラゴニク・・・。我が王国に伝わる伝説の剣だ」


「ま、まさか、魔物を必殺する聖剣・・・とでも言うのか!?」


「違うな。ドラゴニクは決して聖剣などではない。この剣は魔を喰らう巨悪の権化。飽くなき瘴気への渇望が、魔物を瘴気の塵へと変えるのだ」


「ホホホ、ホホホホホホ。なるほどねぇ・・・」


「え!?」


 男がさりげなく笑った瞬間、鈴莉の足元に召喚陣が現れ、飲み込んだ。そして男のすぐそばに鈴莉は転移させられ、そのまま右手で羽交い締めにされた。


「ホホホホホホホホホホホ!!! 油断しましたねぇ!! 貴方はワタクシを本気で怒らせてしまった。ですが、ここまで追い詰めたことは正直賞賛に値します! よって貴方にはこの世で最も栄誉ある死を与えましょう!」


「貴様・・・どこまでも下衆というわけか・・・。む!?」


 怒りを滲ませるフリードルを取り囲むように、空洞内の隅々に男の分身が出現した。


「ホホホ。12方向からの攻撃に死角はありません。因みに、魔術には階位があることはご存知ですか? 氷結系の魔導ならば、ブリザー→ブリザーガ→フリーズ→ギガ・フリーズ、といった具合に低級、中級、上級、高級位と4階位に分けられています」


「・・・・・・」


 フリードルは黙ったまま、周囲の様子を伺っている。


「しかし、それはあくまで人間の限界に基づいたもの・・・。実際にはまだ2階位上が存在します。この世の理に触れることができる者のみが、扱うことを許される禁域・・・。そう、神であるワタクシのような存在が・・・。あの方より授かりしこの魔術で、一瞬で終わらせてあげましょう」


「神・・・だと!?」











「サンライト・エクスプロージョン(裁きの光砲)」











 空洞内は眩い発光に飲み込まれ、何もかもが原初の白に還った。聖なる裁きの光は、術者が悪とする者の存在のみを絶対的な力で破壊し、その他は何物も傷つけない。


 神の審判は、フリードルとシルヴァのみを跡形もなく消滅させた。


 ドウウウウウウン!!!!!


 凄まじい轟音と共に、空洞内に再び色が戻り始めた。目の前の虚無に、鈴莉は言葉を失って、ただただ涙を零していた。











「ホホホ。・・・おやすみ・・・グハッ!!!」

 










 全てが終わったかに思えたその時、男の肩に分厚い刃が斬り入れられた。後ろに立っていたのは、なんとシルヴァに乗ったフリードルだった。


「グギャアアアアア!!! バ、バカなぁ!!! お前ぇなぜ生きている!!! 避けられるはずがない!!! 空洞内は全て、裁きの光で埋め尽くしたはずだ!!!」


 男は予想外の事態に、これまでの丁寧風な口調を放棄して、騒ぎ喚いた。


「眠るのは貴様の方だ。自分の手を見るがいい」


 男は焦って自らの手を前に持ってきて確認した。


「ゆ、指先がないいいいいいいいいいい!!!」


 血をダラダラと流し続ける五指が失われた手を見て、男は更に発狂した。その隙に、鈴莉が男の拘束を逃れた。


「鈴莉を人質に取ったのが裏目に出たな。貴様の魔導器である指輪を切り離せば、すでに実体化している分身は魔術を発動できたとしても、本体の詠唱は中断され、僅かに【サンライト・エクスプロージョン】の範囲外の空間が生まれる。そして魔力源を失った分身も、魔術を放った後は必然と消える。光が余りにも眩しすぎて、私が間合いを詰めたことも、指を斬られたことも、攻撃の届かない後ろに回ったことにも気づかなかったようだな」


「そ、そんな・・・ワタクシともあろう者が・・・ここで死ぬのか・・・!? 下等な人間如きに追い詰められて・・・! 人間如きにいいいいいいいぃいいいい!!!」


 男は悔しさで気が狂ったように、ビクビクと身体を痙攣させた。


「真に下等なのは貴様だ。生命を弄んだ罪、死で償え」


 ドラゴニクが男の脳天から真っ直ぐに入り、ズバッと身体を一刀両断した。


「わ、ワタクシは・・・・・、ただのキッカケに過ぎない・・・・。あの方に・・・造られた・・・ほんの些細なキッカケに・・・・・・・・・」


 死に際の言葉を残した後、ただ無残に両断された男の身体だけが地に転がった。


「た、倒したんだね! やった!! 早く攫われた人達を見つけないと!」


 鈴莉はショッキングな光景に呼吸を乱しながらも、クエストを達成できたという安堵感で身を跳ねさせた。


「鈴莉、シルヴァと一緒にここにいてくれ。攫われた人は私が探してくる。万が一残党のヴォブリンが襲ってきたとしても、シルヴァの側にいれば大丈夫だ」


「え、でも・・・・・」


「心配はいらない」


 フリードルはそのまま穴の暗がりに向かっていった。






                   *






 入り口とは違い、穴の中は真っ暗で何も見えない。しかし、なにやら呻き声のようなものが微かに聞こえている。それも1人ではなく、複数の人の声が。


 やがて出口が見え、先程よりも小さな空洞に出た。


 その空間だけは蝋燭の火で灯りが灯されており、足元で攫われた女性たちが惨たらしい姿で這いずり、呻いていた。


 「・・・・・・もはや、手遅れか」


 フリードルは憐れみの目で、女性達ひとりひとりの虚ろで濁りきった顔を見た。すると1人、こちらに何かを訴えているような声が聞こえた。











「ころ・・・・・・して・・・・。おね・・・・・がい・・・・・・。こ・・・・・・ろして・・・・・・」











 長い乱れた黒髪で目元を隠し、力のない両腕をダランと下げた若い女が、途切れ途切れに言葉を発していた。


「言われずとも・・・。魔物と交わり、既に人ではなくなった貴公らを生かしておくつもりはない・・・。だが、せめて痛みを感じることなく、穏やかな死を与えよう」


 フリードルは左頬に刻まれた血涙のタトゥーをさすり、力強くドラゴニクを抜いた。


 フリードルは王国の第1王子にして、覇剣ドラゴニクの正統継承者。その使命は王国の刃として、国を脅かす存在を全て闇に葬る哀しきもの。血涙のタトゥーは、これから奪うであろう幾多の命に対するせめてもの弔いであり、ドラゴニクの継承者の左頬に、生まれてすぐ刻まれるのだ。












「ヴァレンストの刃の元に・・・この者達に安らかな死路を・・・」











                  *






「ううう・・・フリードルが心配・・・こっちは何もないけど・・・」


 鈴莉はシルヴァにもたれかかり、そわそわとした様子で軍師の書を見ていた。


 ピピピピ!


「え?」


 軍師の書から電子音が鳴り、表示が出る。


「メッセージが届きました? 誰だろ? 送信者は・・・・・龍宮寺咲人・・・・?」











「って、龍宮寺さん!?」










第19章 「覇剣ドラゴニク」

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