第25話 生への贄

 古塔は3階構造の円柱型で、地上から伸びる10段ほどの階段の先に古びた石扉に閉ざされた入口があった。


「こんな場所に駆け込んだところで無駄だというのに。さっさとマルポロ奪って、愚かな龍宮寺くんをあの世に送ってあげよう!」


 ルキは意気揚々と階段を登り始めた。


「待て、ルキ」


 ショウゴは階段の一歩手前でルキの歩を止めた。


「なんだよショウゴ。急ごうって言ったのはお前じゃん」


 ルキはため息混じりにボヤいた。


「妙だと思わないか? あの龍宮寺咲人が、なんの策もなしにこんな逃げ場のないところに駆け込むはずがない。1週間前お前にもメッセージで送っただろうが。奴の戦略脳は侮れない、と」


 ショウゴは鋭い目つきでルキを見た。


「んじゃあー? 何か仕掛けてあるとでも?」


「まず前提として、奴はお前の存在を知っていた。龍宮寺のフレンドに察しのいい奴がいて、俺たちの目的がバレたと見ていい。そして最初の召喚で金光を引き、プレイヤー全員に☆2以上の所持がバレた龍宮寺に注意を呼びかけた。多分お前が召喚所で節操無い行動をしたがために目立った結果だな」


「それは悪かったねぇ? だが、あの結奈とかいうガキを唆して、詰ませたのは僕だよ? だからこそ今のこの状況があるんだ。そこは感謝してくれよな」


 ルキはやや立腹気味にため息を吐いた。


「それに関してはよくやったと評価している。話を戻すぞ。問題は龍宮寺がどのタイミングで俺たちの目的を知ったかだ。フレンドの解消を求めてきた昨日以前とも考えられたが、あのタイミングではかなり違和感が残る。もしあの時企みに気がついていたのであれば、解消など切り出さず、逆に悟られないように振舞って返り討ちの算段を立てるはずだ。考えられるのはその後、部屋に帰った時だろう。そこから丸1日、戦闘を見越してこの塔にならんらかの仕掛けをする時間は十分にある。罠師のヘンリーが手持ちにいるあいつには尚更にな」


「ふーん。言われてみればそうかもしれないなァ。で、どうする気だい? ショウゴ」


「なぁに、簡単なことだ。龍宮寺の思惑を無視すればいい。奴は俺たちがマルポロを狙っていることを利用し、ハデロが爆炎核を撃てない前提でここに逃げ込んだ。そして内部に張り巡らせた巧妙な罠にかけて、逆に迎え撃とうという見目論みだ。だが、なにも相手の土俵で戦って、無駄な犠牲者は出す必要はない。それならマルポロは諦めるさ。所詮は☆2ユニットだ」


「てことは、この塔をここから吹っ飛ばすんだね・・・! 最高・・・最高じゃないかぁぁぁ!!!!」


 ルキは両手を広げ、天を仰いで歓喜した。


「そういうことだ。策など無意味という現実を、奴に教えてやろう・・・ん?」


 突然古塔の石扉がゴゴゴと音を立て開き出した。


「ま、待ってくれ!!! 助けてくれよぉ!!」


 塔の中から、男がおぼつかない足取りで出てきた。


「お前は・・・ヘンリーか」


 ショウゴは男を見て言った。


「ショ、ショウゴの旦那ァ!! 助けてくれよ! 俺はもう我慢の限界だ!! 龍宮寺の野郎にこき使われてよぉ!! なんだってあんた達と戦わなきゃいけねぇんだ!! 俺は投降するぜ!!」


 ヘンリーはショウゴ達にへりくだり、情けなく頭を下げまくった。


「おい、どうするよこいつ」


 ルキは呆れた表情でヘンリーを指差した。ショウゴは軍師の書を開いて、マップを確認している。


「アイコンは・・・敵じゃないな。どうやら本当に龍宮寺に嫌気がさしたのか、或いは捨てられたか・・・。おい、龍宮寺がここで何をするつもりだったのか教えろ、ヘンリー。返答次第では命を助けてやる」


 ショウゴは高圧的にヘンリーに問いかけた。


「なんかあんたキャラ違ってね? もっと優しい朗らか☆お兄さんみたいな顔してたような・・・」


「さっさと答えんと爆炎核で消し炭にするぞ」


 ショウゴはペキペキと指の関節を鳴らして、ヘンリーに脅しをかけた。


「はい!!! 失礼いたしました!!! ま、まぁ要するにあれだ! この塔には発火床や落石罠、その他諸々が仕掛けられております!! そんでもって、お、おマルは相手の急所を突くことに関しては一流だ! 罠にかかった混乱に乗じて、兵士の方じゃなく、軍師の方を殺そうって寸法さぁ! こ、これがアホ龍宮寺の作戦であります!!」


 ヘンリーは額から怖気の汗を吹きながら、ペラペラと主人の作戦を喋った。


「ククク、そういうことか。確かに、ユニットの力量に差があり過ぎるなら、普通の人間である軍師の方に的を絞るのは賢明だな。軍師を殺してしまえば、ユニットも消える。だが、そんなことはもう関係ない」


「あ、あの〜。このヘンリーも貴方様方のお仲間にしていただけるんスよね?」










「あぁ。お前、殺しとくわ」











「へ?」


 グレースがスチャリと剣を抜いて、ヘンリーの前に出てきた。


「ま、待て待て待て待てえええい!!! お、俺はあんたらの味方だ!! 間違いねぇって!!」


「マップアイコンはお前の言う通り、俺たちの仲間になっている。だが、先刻のユニット譲渡の時のように細工してある線も考えられるからな。俺は俺自身を脅かす可能性のある禍根は、全て潰しておきたいんだよ」


「ちぃ!!」


 バッ!!!


「むぅ!?」


 ヘンリーは懐に入れていた目潰し用の砂をグレースの顔にぶつけた。


「動くなぁ!!」


「な! てめぇ!」


 ヘンリーはグレースが怯んだその隙にルキの背後に回り込んで、彼の首を左腕で絞めて拘束し、ナイフを突きつけた。


「お前のお友達助けたきゃよぉ・・・武器捨てて俺たちに謝るんだなぁ!! じゃねぇとこいつぶっ殺すぜ!!」


 ヘンリーはルキを拘束したまま階段を登り、塔の中に入り、暗がりに消えた。


「しょ、ショウゴぉ!! 助けてくれ!!」


 ルキの声が塔の中の闇から漏れ出た。


「てめぇの兵士を全員本の中に入れな!! じゃねぇと罠は解除しねぇし、5分後にこいつの首掻っ切るぜ!!」











「手間が省けた・・・。感謝する、ヘンリー」










「何・・・!?」


 ショウゴはルキを人質に取られて焦るどころか、この上なく笑っていた。


「ルキ、俺がお前如きといつまでも組み続けるとでも思っていたのか? お前はユニットを召喚して、それを俺に渡したらもう用済みだったんだよ」


「て、てめぇ!! ショウゴ!! 現実世界でも組んで仕事してたじゃないか!!親もおらず、名前もなかった俺たちがここまで生き残ってこれたのは、同じ境遇の仲間達と助け合ってきた結果だろうがぁ!!! そんで蔑ろにしてきた連中を見返してやるってよぉ、誓っただろうが!!」


 ルキの思いが渾身の叫びとなって暗闇から放たれた。


「知るか、そんな戯言。俺は俺が生き残ることができればそれでいいんだ。お前が裏切る可能性も十分にあった。だから俺が先に裏切ったまでのことだ。・・・ハデロ、やれ」


「御意に・・・」


 ズドドドドドド!!!


 ハデロはデーモンギガアックスを塔の入り口に向かって振り、大量の爆炎核を中に打ち込んだ。


「アディオス・・・ルキ」












「「ショ、ショウゴ!! やめろおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」











 ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオオ!!!!!


 塔の内部で幾十もの爆発が起き、その衝撃で古塔は崩落を始めた。3階まであった高さは地に落ちて瓦礫の山となり、中にあった全てを押し潰した。


「はははははは!!!」


 大量の土煙を巻き上げる崩壊を終えた塔を見つめ、ショウゴは腹を抱えて笑った。静寂とした夜の平原に、彼の声がこだまする。


「強き者が生き残り、弱き者はその糧となる。まさにそれが体現した瞬間だ。他人の生命を己の為に消費する愉悦感・・・結奈、龍宮寺、マルポロ、ルキ、ヘンリー。お前達は俺の生への贄となった。その贄を食らう刻・・・1番生を実感できる・・・ククク。行くぞ、グレース、ハデロ」


 ショウゴは瓦礫に背を向け、歩き出した。


「この辺りでもはや俺に勝てるプレイヤーは誰もいないだろう。早速明日から他のネームドキャラ持ちのプレイヤーを潰しに行くか。現実に帰るのは・・・俺1人だ」











 キュイイイイイイン!!











「なに!? な、なんだこれは!!」


 突然、ショウゴ達の足元に巨大な魔法陣が描かれ、発光を始めた。激しく迸る魔力の奔流が彼らを包み込む。











「この期に及んで、まだ何か策を弄しているというのか!! 龍宮寺咲人!!!」






第25章 「生への贄」

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