無課金軍師の生存率

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第1話 命の選別(リセマラ)

 ー こんな話を聞いたことがある ー


 ある勇者がいた。勇者は治平の世を望み、人々の幸せに従事した。人々は勇者を敬い、讃え、そして感謝した。勇者はそんな人々の為、更なる平和に精励せいれいした。


 ある時、勇者は湖のほとりにいた。顔を洗おうと覗き込んだ水面に浮かんだのは、水の精霊の美しい顔。精霊は勇者の働きに感心し、何でも望むものを一つ授けようと言った。勇者は、人々の真の姿を見透す目が欲しいと言った。いいでしょう。と、水の精霊は勇者に目を授けた。


 勇者が見た人々の姿はこうだった。醜く騙し合い、己の利のみ従い生きる者、弱き者を虐げ使役する者、自身の快楽の為に他を傷つけ、壊し、殺める者。生きとし生けるものの、真の様相・・・。


 自分が幸せを祈った人々の愚かな姿に、勇者は地に顔を埋め、痛哭し、憤怒した。やがて勇者は魔物となり、人々を1人残らず喰らい尽くしたという。


 遠く遠く、地平の彼方まで続く、渺茫びょうぼうと、そして燦然さんぜんとした花畑が、雲ひとつない青空の下広がっている。


 私はふわっと心地の良い香りを帯びた風に浸り、足元に咲く花々と、そして幼い娘の絵凪えなぎを見つめた。


 ー お話むつかしくて、よくわからないよ ー


 そんなことよりね、パパ。ほら、お花がこんなにいっぱい! あたし、お花の国のお姫様になったみたい!


 一面に咲き広がる山吹色の花々に囲まれて、絵凪ははしゃぐ。弾けるような満面の笑顔、ご機嫌な様子だ。


 ー ああ、綺麗な綺麗な、花のお姫様だ ー


 お姫様には家臣が必要だな。


 私がパチンと指を鳴らすと、辺り一面に色とりどりの無数の蝶が姿を現し、私達を取り囲んだ。


 ー わぁ〜綺麗! ー


 絵凪が手を差し伸べると、手のひらに蝶が舞い降りた。絵凪は笑い、その丸く柔らかな赤い果実のような頬がキラキラと輝いた。


 ー 生命いのちとは、一体なんだろうか ー


 たった今生み出した無数の羽ばたく生命。この者達は生きているが、その生命は正式な手順を踏み、生み出されたものじゃない。本来蝶は卵から孵化し、幼虫になり、蛹を経て今の成虫の形に至る。だが、ここに羽ばたいている者達はその過程を経ていない。それは本当に、生命と呼べるのだろうか。


 私は頭上の眩しい青空を見上げ、呟いた。


 ー パパがね、ママになればいいんだよ ー


 あたしだって、パパとママから産まれてきたんだから、だからパパがね、パパがママになったらそれでいいんだよ。パパから産まれたものはみんなあたしのきょうだいだから! あれれ? パパがママ? あれれ・・・・・?


 絵凪は混乱した様子で黙考を始めた。


 ー 生命は、生命から産まれるもの・・・か ー


 フ、とんだ誤解だった。どんな形であれ、過程であれ、生きているものは皆、生命を持っている。そんな簡単ことをお前に諭されるとはな。いや、簡単だからこそ・・・だな。


 私はそっと笑みを浮かべ、絵凪の頭を優しく撫でた。


 ー パパ元気になった! 遊ぼう! ー


 あたしはお姫様で、パパは王子様ね!


 絵凪は私の手を引き、嬉しそうに笑った。


 ー ああ、そうだな ー


 なにより、こんなに慕ってくれる可愛い娘がいるんだ。私は間違いなく生きている。この子の前なら自信を持ってそう言える。


 私は絵凪を引き寄せ、そっと抱きしめた。











 前日譚 「誰も知らない、知られることもないひととき」











「王手」


 パチンという将棋の駒を指す音が、静かな教室に鳴り渡る。固唾を呑む喉の音、焦燥を孕んだ息づかいと共に。


「ば・・・馬鹿な・・・。これで10連敗目だ・・・」


 五輪竹高校将棋部主将、町田の狼狽する姿を尻目に、俺は己の開いた黒い学ラン襟を正し、座っていた席を静かに立つ。


「ウソだろ・・・。町田主将は全国大会3位の実力者だぞ・・・。全国1位の奴だって、町田主将と10回も打てば3回は負けるはず・・・。なんで無名の高校生がいとも容易く全勝できるんだよ・・・」


 取り囲んでいた町田の後輩達はギョッとして目を見開き、信じ難い光景を前に冷たい汗を流した。


「ま、待ってくれ龍宮寺りゅうぐうじ! もう一局! もう一局頼む!」


 町田は俺の手を強く引き懇願した。後輩からの信頼感や自身を取り持っていたプライド、その全てがズタボロにされ、必死な様子だった。


「何度やっても同じだと思うッスよー。町田さーん」


 横から声を入れたのは、俺の後輩にして自称マネージャーの犬養つくし。フリフリと揺れるサイドテールと、少々着崩したブレザーが特徴的な小柄の少女だ。内側に着た、やや丈のあっていないカーディガンは、萌え袖を作る為の意図なのだろう。因みにこいつは一部ロリ好きな男共からはカルト的な人気を誇っている。


「そこをなんとか! 頼むよ! 龍宮寺君! ね!?」


 再戦要求を飲まない俺に対し、町田の態度は一変して下手になった。全国ランカーもここまで来れば憐れなものだ。


「何回打っても同じだよ、町田さん。あんたは勝ちにこだわり過ぎて、己の負けが見えてないんだ。負い目を知らない奴に勝ちはない。だからあんたが俺に勝つことは不可能だ」


 あまりにしつこい町田に対し、俺は渋々と口を開いた。二度と食い下がれないよう、冷徹な眼差しも向けて。


「行くぞ、つくし」


「ほーい! では、みなさん本日はどうもありがとうございました〜」


 俺は足早に教室を出て、靴箱に向かう。その際、町田の叫ぶ声と、それをなだめる後輩達の声が耳に入ったが、気に留める情は持ち合わせなかった。


 校門から伸びるなだらかな坂道を下りながら、淡く燃える夕焼け空を仰いだ。やや蒸し暑さを帯び始めた5月の風が、俺達を包む。


「これで五輪竹高校の将棋、チェス、囲碁部制覇と・・・。チェスと囲碁はともかく、将棋部主将の町田さんといえば、県内最強の打ち手なのにこの圧勝っぷり。相変わらずぶっ飛んだ戦略脳っすスねー、咲人さきと先輩は。なんで部に入らないんスかー?」


 隣を歩くつくしがこちらに顔を向けると、空から伸びる暁が彼女の顔半分を染めた。


「俺は属するのはあまり好きじゃないんだ。しかし今日は全国ベスト4とやれるからと期待して来たものの、あの程度じゃまるで相手にならん。つくし、今度は全国1位のとこに連れて行け」


「ええー!全国1位の人、北海道の高校ッスよー! めっちゃ遠い上にお金もかかるし・・・、先輩お金持ってます?」


「ない。つーか貯金100円しかない」


「先輩クッッッソ貧乏じゃないッスか!!! ランドセル背負ってる小学生の方がまだ金持ってますよ!? ドバイに行って物乞いでもした方がいいんじゃないッスか?」


「う、うるせーな! お前みたいなタッパの小さいお子ちゃまと違って、お小遣いなんてものは卒業したんだよ、俺は!」


「とか言って、単に貰えてないだけの癖にー。てかドサクサに紛れてあたしのチビをディスんないでくださいよ! ・・・あ、そうだ先輩、明日の予定なんスけど・・・」


 つくしは背負っていた通学用のリュックを前に回し、中から手のひらサイズの手帳を取り出した。ピンクのマグネット付きの、ラメがキラキラした手帳だ。


「えーっと、放課後に隣町の聖エリザベラ女子大学付属高校のチェス部に殴り込みをかけて、そのあとは囲碁部、オセロ部、将棋部をハシゴして・・・・・、最後にあたしとファミレスで夕食会っスー!!!!!」


「あー、その予定パスで」


「へ?」


 つくしは意外!? と言わんばかりに、顔を硬直させ、目を点にした。


「あたしがエリ高のダチにせっかくアポ取ったのにー! ・・・それとも最後の夕食会が嫌なんスか?お金が無いなら別にあたしが出すっスよ?」


 つくしは怪訝な顔と、涙を零しそうな目を少しこちらに向け、ボヤいた。


 俺は瞬間的に自身のとった悪手に気がついた。つくしとの付き合いはまだ半年くらいだが、こいつが冷たくされるとすぐ泣いてしまう性格なのは把握していたのに、迂闊だった。


「いやいやいや、そのー、あれだ。友達の結婚式があってさ・・・」


「高校生なのになんで友達が挙式してんスかー? てかそもそも先輩友達いないっスよね?」


 つくしの、猜疑心さいぎしんが満載された鋭い眼光に、俺は思わずうろたえた。


「お、俺の交友ネットワークをなめるなよ! 揺り籠から墓場まで、様々な年代に幅広く友達がいるんだよ・・・」


「む〜・・・・・」


 つくしは納得のいかないため息を吐くも、それ以上は何も言ってこなかった。


 結局のところ最後までつくしには信用してもらえなかったが、明日の予定はひとまず延期になった。これで、これでいいんだ。


 そう、明日は俺にとって大事な日だから。






                   *






「エレメントクライシス」


 30年の歴史を持つ、剣と魔法の世界観を一貫した、シュミレーションロールプレイングゲームの元祖。


 将棋のようなマス目の戦闘マップを用いたウォーシュミレーションゲームに、顔グラフィックとステータスのついたユニットを動かし、戦闘により経験値を貯め成長させるロールプレイングゲームの要素を融合させたゲームシステムは当時斬新であり、多くのゲーマーの心を掴んだ。


 重厚ながらも王道を逸れないストーリー、死んでしまえば二度と生き返ることはない、リアリティーあるユニットロストのペナルティー、多様な攻略性を持つやりごたえのある手強いシュミレーション。これらの要素が評判を呼び、エレメントクライシスは現在まで15作にも渡るナンバリングを発売し、未だその人気は衰えを見せない。


 俺が初めてエレクラをプレイしたのは小学2年生の時だ。当時から人を見下していた俺は、決して同級生と一緒に遊ぶことはなかった。鬼ごっこ、ボール遊び、隠れんぼ・・・。周りから提案される全ての遊びが稚拙で下らなかった。必然と孤立していった俺は、寧ろそれが自分で光栄に思えていた。人とは違う自分が心底誇らしかった。


 そんな折、出会ったゲームがシリーズ屈指の名作と名高い「エレメントクライシス3〜終幕の千年王国〜」だった。重厚なストーリー、多種多様で個性溢れるユニット達、綿密かつ高い戦略性を網羅したバトルシステム、世間で評価されているエレクラの良点など俺にはどうでもよかった。ただ自分に付き従い、命をかけ戦う者がいる世界。そんな世界の既成事実に浸れるだけで、俺にとってはとてつもない快感だった。


 そこからエレクラにどハマりした俺は、すぐに1から当時の最新作だった10までをプレイした。父親が昔ゲーマーだった名残でゲーム機と1〜4までは家に置いてあったが、5以降は当時は貰えて貯めていたお小遣いやお年玉を切り崩した。


 やるなら徹底的にやるタイプであった俺は、シリーズファンの間でも一目置かれる、最高難易度モードで全員生存クリアを1〜現在のナンバリング最新作15の他、各種外伝やリメイク作品まで全てやり遂げた。エレクラはそれ程までに自分にとってはやり込む価値のある、思い入れの深いゲームなのだ。


 そして明日、エレメントクライシスの新作スマートフォン向けアプリゲームである、エレメントクライシス〜ブレイブジャッジメント〜が配信されるのだ。今までのナンバリングタイトルキャラが一堂に会し、エレクラ往年のファンも、近年の作品から入った新規ファンも、もれなく楽しめるという触れ込みで、エレクラに人生を捧げているプレイヤーの一人として、絶対に配信日からやり込むと決めていたのだ。






                   *






「頼む! 今度こそ出てくれ!」


 ザワザワと喧騒を極めるホームルームが終わった直後の放課後の教室。周りの奴らの楽しそうに会話する声。「今日これからどこ行くよ?」女と会うためだけに学校に来ているクソ野郎。「カラオケ〜、いやでも久々ボーリングとか行きたいかも!」大した価値もない男と付き合っているだけが存在意義のブス。「待てコラ!この野郎!(笑)」高校生にもなって未だに教室でドタドタと追いかけっこが大好きなオスチンパンジー共。実に不快で聞き苦しい音だ。まさに聞くに耐えない。そう頭の片隅で苛立つものの、今直面している圧倒的不条理の前ではそれも霞んでしまう。


 出入り口であるスライドドアとは真反対の、窓際の最後部席。いわゆる教室の果てで、俺はスマートフォンを、やや充血気味の眼で見つめていた。


「クソ・・・! また☆3じゃないか・・・」


 手にしたスマホの画面に映し出されたのは気弱げな顔の、物々しい鎧を纏った騎士。「臆病な重騎士・フブゼル」と表記されたキャラクターの下には、銅色の星が3つ並んでいた。スマホを持つ手がブルブルと震える。込められた感情は、憤怒、焦心、困苦、悲哀、それから・・・。


 俺は襟足をさらりと揺らしながら首を垂れ、スマホを右手に持ったままブツブツと心境の吐露を始めた。


「本当に確率表記は正しいのか!? 元々運に見放されているのは承知している・・・」


「だが・・・!」


「1回3連ワンセットのリセマラを50回続けて排出率2%の☆5が一体も引けていないというのは精神的にも疲弊してくる・・・」


 俺は画面を再度見つめ、そして目を閉じ、ため息をつく。疲労困憊を訴える目に刹那の安らぎを与えた。


 俺は高校生2年生という立場上、校則で禁止されているアルバイトが出来ない為、収入源を確保できない。そして家庭の経済事情により小遣い制度もない。


 このプレイ基本無料アイテム課金制度のゲームをプレイする際、必然的に無課金プレイを強いられるわけだ。


 そしてこのゲーム、エレメントクライシスブレイブジャッジメントは俗に言う【ガチャゲー】。


 召喚石を使用してランダム抽選でユニットを手に入れることができる。配布やゲーム報酬で得る召喚石には限りがあり、それ以上は課金をしないと手に入らない。


 つまり最高レアリティである☆5ユニットを確実に1体確保しておくにあたって、無課金プレイでは☆5を召喚できるまでアプリのインストールとアンインストールを繰り返すリセマラが必須・・・!


 エレクラの召喚は☆1〜☆5まで全てのレアリティが排出され、☆5の排出率は2%である。


 だが俺は通算149回召喚しているのに来ない! 期待値的には約95%以上! なのになぜ!


 一通りの気持ちを心の中で叫んだ俺は、ゆっくりと左の窓に顔を向ける。暁に染まる見慣れた街の景観。ゆらゆらと揺れる山吹色が目に焼き付き、堪らず目を下に向ける。3階の窓から見下ろすそこには、今の俺の気持ちなど微塵も理解してくれないであろう、グランドを横断し、友達と談笑しながら下校する生徒の群れ。練習に没頭する、こんなゲームになど一片たりとも興味がなさそうな高校球児。黄色い声援を浴びながら部内試合をし、青春の謳歌を感じさせるサッカー部員。全て俺とは無縁の、決して理解し合えない存在だ。


 149連当たり無しの超不運。ゲーム内課金額に換算すれば4万円以上の出費だ。これまでに様々なソーシャルゲームに手を出し、リセマラをしたが、大抵は15〜20回のリセマラで目当てが出なければ諦めている。


 だがこのゲームはそこいらの掃き溜めゲームをリセマラするのとはわけが違う。エレクラシリーズという肩書きがある以上、俺はリセマラを諦めるわけにはいかないのだ。


「あっ」


 横を通りかかった1人の女子が俺のスマホの画面を目の端で捉え、小さく声を上げた。パツンと切り揃えられた前髪の、黒いサラサラの艶やかなミディアムヘアを揺らし、大きな黒ぶちの眼鏡をかけた目は逆光で見えない。目の前で結んだ腕は、携えた大きな胸を寄せ、持ち上げている。


「あ?」


 苛立っていた俺は反射的に女子の方をギロリと睨むと、その女子は少し硬直して、その後そそくさと脱兎の如く俺の横を離れた。そして教室反対側の自席に着くと、帰るわけでもなく自身のスマホを取り出し、ポチポチといじり始めた。


「南條か? 何がしたかったんだあいつ・・・」


 南條鈴莉すずりはクラスメートであるが、一切話したことはない。ひとつだけ言えるのは、俺はあいつが嫌いだということ。いつもあいつが掛けている黒ぶちのデカイ眼鏡は、如何にも陰気なオーラを漂わせ、事実あいつはオタク仲間の女達と一緒に、いつも教室の隅でヒソヒソとキモオタトークに勤しんでいる。深夜アニメの男キャラや、推しの男性声優について熱く語っていたり、同人誌を戦利品と称して持ち寄りって読んだりと、とにかく気持ちが悪い。俺自身も深夜アニメを見たりするし、二次創作などにも関心はあるが、ああいう共通の趣味を持つ仲間で群れて、自身の趣味や性癖を人の目も気にせず曝け出す連中は心底軽蔑している。あいつは俺にとって、その軽蔑の対象であり、典型なのだ。


 しかしそんな南條に対してひとつだけ解せない点がある。些細なことだが・・・。


「そんなことよりだ」


 俺はスマホの画面を見つめ直し、召喚結果画面を閉じ、深呼吸する。ふぅーっと息を吐くと、脳髄がそよ風に包まれるかのような感覚を覚え、リラックスした。


 SNSを覗くと、もう☆5ユニットを引き当て、本編を開始している者ばかりだ。中には2体当てた者もいる。実に腹立たしいのが、そいつらのいずれもエレクラをそこまで知らない、ゲームの知名度だけで始めた「にわか」ということだ。


 このエレクラの様な原作ありきのランダム抽選式アイテム提供型のスマホゲームで言えることだが、特にその作品のファンでもない者に限って、ファンが死ぬ程欲しがっているキャラをあっさりと手にしてしまう法則がある。今回のエレクラもケースに漏れず、1.2作品しかプレイしていない、或いは原作未プレイ者が、☆5をリセマラの限られた3回で2体引いてたりする。全体の統計的に見れば、俺自身の置かれている状況からバイアスがかかっており、本当は正常な確率での排出がされているのであろうが、一向に収束しない確率に対して、もはや個人的な感情を抑えることができない。☆5自慢の投稿にはひたすらバッドを押しまくっている。どうせすぐにエレクラの難易度に根を上げて引退するに決まっている。このゲームは決して、強いキャラがいればそれだけで無双できるような、強いて言えば札束だけで勝利を買えるような、そんな集金的で作品愛を食い潰すだけの浅はかなゲーム性ではないのだ! たぶん・・・・。


 この50回目のリセマラで残された召喚はあと1回。精神衛生上、この1回は後にも先にも大事な1回となるだろう。ここで引けなければ、いくらエレクラといえども暫くスマホを置いてしまいそう・・・、いや、スマホを窓からぶん投げてしまいそうだから。


「さぁーきとせんぷぁーい!!!!」


 バァーン!!!!


 教室のスライドドアが勢いよく開いたかと思うと、ダッダッダッと激しい足音を鳴らし、つくしが高速でこちらに駆け寄ってきた。目を釣り上げたその顔は、怒りの放出を予感させる・・・まずい!


「つ、つくしじゃないか。どうした? 今日の予定はなくなったはずだが」


「それはこっちのセリフっス!! 先輩、今日は友達の結婚式じゃなかったんスか!? 何のんきにゲームなんかしてんスか!!」


「あっ!」


 俺は手にしていたスマホを、サッと背に回した。


「いや〜結婚式なんだが、ななななんと2人が式の直前に破局しちゃってさ、そんで無しにな」


「バレバレの嘘はいいんで。本当だったとしても、100円のご祝儀包んで結婚式に行くなんて恥さらしもいいとこなんで、あたしが止めてます。つーか何のゲームやってるのか見せてくれますか? あたしも始めたいんで」


「はい・・・・・・」


 結局つくしにスマホを取り上げられてしまった。つくしはゲーム名を確認すると、自身のスマホでアプリストアを開きダウンロードを開始した。


「エレメントクライシスって、あれっスよね。マス目上のキャラ動かしながら、剣とか魔法で戦うやつ。いかにも先輩が好きそうっスねー」


 つくしはフフっと笑いながらダウンロード画面を見つめ、首を左右にゆっくりと振りながらリズムを取っている。先ほどとは一転して機嫌を直したようだ。まったく、女心はわからない。


「あれ? お前知ってんのか。まぁ結構有名だしなエレクラは」


「あたしはやったことないんスけど、弟がやってるの結構見てたっスよー。確かゲーム機がVS2でー、名前なんだったかな〜」


 つくしは顎に手を当て、記憶を掘り返すようにクイっと上を向いた。


「VS2なら8の【暗月姫とお伽の騎士団】か9の【烈剣の導き】か10の【集いし希望のうた】、11の【流星の守護者】、或いは4のリメイクのー」


「うわ先輩オタクっスね〜。普通の女子高生ならその言葉の羅列にはドン引きっスよ」


 つくしは若干引いた笑みを浮かべ、こちらを指差す。


「うるせーな! 俺はピーチクパーチクとスマホで自撮りながら騒ぐだけの頭の悪い雌ガキ共に好かれる努力より、エレクラの100%攻略をしてる方が楽しい人生なんだよ!」


 俺は悔しさを感じつつも、自分を貫き通すべく頑なな姿勢を取った。


「ひゃー! 虚しい人生!!」


「お前もう帰れ!!!!」


 俺が席立ち、放ったいきなりの怒号に、教室が一瞬凍りつき、クラスメートの視線が集まった。あまりよろしくない状況に、俺はつくしに向けた矛を収めた。


「とにかくだ、今俺は50回近くリセマラに失敗してて虫の居所が悪い。☆5キャラが出ないんだ」


 俺は席に座り直し、学ランの襟を正した。


「にしししし。あれ? 調べたら最初にガチャ3回も引けるじゃないっスか。150回も回して2%が引けないなんて、先輩らしいっスね」


「なんだと?」


 俺はおもむろに自分のスマホを掴み、手を口にあてがってプププと笑うつくしの眼前に突き出した。


「いいか? よーく見とけ。この一回で☆5引いてやるから」


「いよ〜! 行っちゃえ! 咲人先輩!」


 つくしは両手を口の前に構えて、からかうように鼓舞した。


「・・・行くぞ!!」


 そう意気込み俺がキャラ召喚ボタンを押し、石の消費の同意ボタンを押したその時


 パアァァァァァァァァァァ!


 突然スマホの画面が激しく発光し、目の前が眩い白に包まれた。


「え?」


 画面に金髪の少女剣士の画、マルポロというキャラクター名と☆2の表記が出たことまでは確認できた。そんなことに思い巡らせ、感情をこみ上げる間もなく、視界は完全に白い空間に包まれ、体は落下するような感覚に見舞われた。


 パチパチと電気刺激のように、脳内に何かの情報が入り込む。黄色い花の咲く花畑。地平線の彼方まで続く広大な花畑だ。白いブラウスに、白いシュシュでツインテールを作った、桃色の髪をした幼い女の子が、蝶々に囲まれて笑っている。万福に満ちたはち切れんばかりの、清く澄んだ純真無垢な笑顔。覚えのない、知らない女の子だ。


 そのまま俺の意識は、深い闇の底へと落ちていった。











 第1章「命の選別(リセマラ)」











 無課金とは、主にソーシャルゲームなどにおける課金制のサービスを全く利用することなく、己の知恵と忍耐と運のみで運営に立ち向かう勇者に与えられる称号である。


 魅力的なイラストのキャラクター、環境を支配する程の壊れ性能を誇るスキル、期間限定の有料最高レアリティ確定チケット。運営の繰り出す数多の課金への誘惑を断ち切り、断固として金を出す意思を持たぬ鋼の精神。無理のない課金は無課金と提唱する者もいるが、それは課金の魔の手に堕ちた元勇者のなれ果てであり、無課金という言葉の甘美な響きを手放したくがない為の言い訳なのだ。無課金とは、ストイックを極めた者のみに許される至高の栄誉であり、尊ばれるべき存在であるのだ。(ジョージ・ザ・ノーマニー著「今日から始める無課金生活」より抜粋)

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