第29話 皇華通り大学生白骨遺体事件
風・・・窓からノックもせずに入ってくる。そして、あたしの髪をふわふわ揺らす・・・。
授業の合間の10分休憩。グランド側の窓際の席に座り、つくしは頬杖をついてボーッと外を眺めている。3階から望む景色は、学校の立地も相まって、この街を一望できる。
咲人先輩が突然いなくなったあの日から早2週間。1000人以上の行方不明者を出したエレメントクライシス事件は、未だに何の進展も見せていない。消えた人々に関してはあいも変わらず手がかりすら掴めておらず、その足取りは分からないまま。
一方のアプリは、配信は自体は既に停止されており、運営元は原因不明の失踪の被害拡大を防ぐのに躍起になっている。連日の記者会見での運営元の主張は一貫していて、言葉を変えども、要約すれば我々にも分からないという旨ばかり。
「はぁー」
つくしの口から自然とため息が漏れた。
空を見上げると、入道雲が高くそびえ上がっている。
雨でも降るのかな、咲人先輩も今、あたしの知らないどこかでこの空を見ているのかな、なーんてセンチメンタルなことを考えていた。
「つーくーし!」
「へ!?」
突然、ポンと肩を叩かれて、我ここにあらずであったつくしは、急に意識を体の中に引きずり戻されたようでびっくりした。
肩を叩いたのは親友の彩、とその後ろには同じく親友の咲香がいた。ボーイッシュな彩は茶髪を刈り上げたベリーショート、一方の咲香はふわふわな巻き髪の女の子らしい印象で、見事に対照的だ。この2人は中学時代からの仲で、よく一緒に遊んだり、長期休暇の時は旅行に行ったりしている。
「つくしさぁ、最近ぼーっとしてること多いよねー。やっぱり、あれ? ロストSeniorがこたえてる感じ?」
「ちょ! ちょっと彩ー! デリカシーないってば!」
彩が、つくしがよくつるんでいた咲人の行方不明に対して躊躇いもなく言及したことに、咲香が注意を入れた。
「それめっちゃ心外なんですけど〜・・・ 咲人先輩は別にさ、ただあたしがマネージメントしてたぼっちの人ってだけで、特別な感情は一切なかったからね? ただ弄ったりしてると面白かったっていうか・・・」
つくしは呆れ顔を左右に振りながら、気丈に言い返した。
「まぁ、それはそうだよね〜。つくしはなんていうか、激情型? 直球勝負のエースピッチャーって感じでさ、言いたいことは素直にズバッと言うタイプだから、好きなら相手に好きって言うしね〜」
彩がつくしの右頬を指でつつきながら、歯を覗かせて笑った。
「そうそう! 何なら、好きになったその日に告白しちゃいそうなくらいの豪速球投げそうだよね! でもつくしって、いっつも告白される側で、それも振ってるイメージしかないからどちらかというと強打者?」
「4人K.Oで満塁ホームラン!!!」
咲香が続けた言葉に対して、彩がノリノリで反応し、2人の間に笑いの渦が巻き起こった。
ガタッ!
つくしは突然席を立ち上がり、笑っている2人の前にドッシリ仁王立ちした。
「人のこと変な揶揄しまくりやがって〜、奢らすぞオメーら!!」
そう言い放ったつくしは、笑いながら2人の首を腕で巻いてギューっと力を込めた。
「いたいいたいいたいってばギブギブ! アイスココア奢るから許して〜笑」
彩が顔を赤くして爆笑しながら、つくしの腕をタップした。
「ギブギブ! タオル! セコンドタオル投げてー笑」
咲香も冗談を言いながら、笑っていた。
「よーし! 許してやるぜい!」
*
まだ明るさのある初夏の帰り道。2人にアイスココアを奢ってもらったつくしは、上機嫌ながらもどこか曇りのある顔で空を見上げ、並木道を進んでいく。
「・・・直球ストレートな性格か。本当にそうだったら、咲人先輩にあたしの気持ち、わかってもらえてたかもしれないのにね」
大きく伸びをしたつくしの頬に、一筋の涙が伝う。自然と流れた涙だった。
「あっ・・・! なんでだろうこんな・・・」
彼女は慌ててその涙を制服の裾で拭い、前を向いた。
「・・・死んだ、なんて認めちゃいけない。咲人先輩はきっとどこかで生きてる。あたしがそう思ってるんだから、あの人のこと誰よりも知ってるんだから、間違いない」
*
「ねーちゃんさぁ、最近元気ないよな」
「はぁ?」
つくしは、家の居間の大きなソファーベットに寝転がり、自身の上半身程の大きさのパンダのぬいぐるみを抱きながらテレビを観ていたところ、突然2つ年下の弟に心配された。
「あたしさ、あんたに心配される程落ちぶれてないから。てか要らぬ世話焼くぐらいなら、今度の期末テストで赤点取らないように真面目に勉強でもしたら?」
つくしは少々苛立ちを見せながら、弟の穂行(ほゆき)に対して悪態をついた。
「はいはいすみませんでした〜。大方彼氏に振られて、センチメンタルにでもなってんのかと思ったんだよ。最近帰りが早いからな〜」
「むむぅ〜、そんなんじゃ・・・」
つくしはぬいぐるみをぎゅっと強く抱いて、テレビを凝視した。
「次のニュースです。今日未明、日本最大手企業の1つである龍ヶ峰グループ本社ビル横の皇華通り裏にて、人の白骨死体のようなものが散らばっているとの通報が、警察にありました。捜査の結果、遺体は近くの龍ヶ峰中央大学の2年生、宇木海雅人さん(20)のものと判明。事件当時宇木海さんは友人と通話をしており、"死神がいる"との言葉を最後に残して、その後白骨化した状態で発見されたとのことです。その後の調べによりますと〜・・・」
「おー、怖。てか今日まで普通に生きてたのに、突然白骨死体で発見されるって不気味だな。本当に死神の仕業だったりして」
穂行はつくしの寝転んでいるソファーベッドの、空いた端のスペースに腰掛けて鼻をほじりながら呟いた。
こいつ、学校ではイケメン男子気取ってるらしいけど、ほんと家じゃ清潔感のかけらもないいい加減野郎だな。そもそもあたしと違って長身だし、本当に血を分けた姉弟かどうかも疑わしい。
「・・・あのさ、穂行。あんたもエレメントクライシスのアプリやってたんだよね?」
「ん? あぁ。やってたけど、それが何?」
「どうして、あたしの先輩は光の中に消えて、あんたは何事もなく生活してるんだろうね」
つくしはやや嫌味を言葉に込めた。
「はぁ? 知らねーよ、んなこと。きっと運が悪かったんだろうよ」
穂行はぶっきらぼうに返答した。
「・・・はぁ、そうだね。確かにあの人・・・人一倍運悪かったし・・・そうかもね」
*
「そういえば、き・い・たー!? 昨日のニュース! 白骨死体の大学生!」
翌日の放課後、学校近くのファーストフード店で丸テーブルを囲みながら、つくし、彩、咲香の3人は、もぐもぐとポテトを頬張りながらくつろいでいた。
彩がテーブルから身を乗り出して、昨日の不可解な事件について、2人に尋ねた。
「聞いた聞いたー! マジで怖いよね。警察もさー、あの短時間に肉も血も残さずに、あれだけ綺麗だけにするのは不可能だって・・・。で、死に際に死神ーっとか言ってたんでしょ? そう言われたらガチであるかもって思えてくるよね」
咲香はゼロカロリーコークをチューとストローで吸いながら、事件の恐ろしさを語った。
「ねー! でもさ、この前のエレメントクライシス事件あったでしょ? あの行方不明者の中に、龍ヶ峰グループの令嬢もいたんだって! で、今回のこの事件も龍ヶ峰グループに近いとこで起こってるでしょ? なんかこう、考えられない? 某探偵漫画的な閃きとかさぁ」
「でも、エレメントクライシス事件は龍ヶ峰に関係のない人達もたくさん行方不明になってるよ。関連性はないんじゃないの?」
つくしが横槍を入れた。
「ちぇ〜、つまんねーの! なんかヤバイ陰謀とかさ〜、あったら面白いのに」
彩はため息をついて、ポテトを3本一気に口に放り込んだ。
「1番ヤバイのはあんたのオカルト脳だっての・・・。まぁ、白骨死体の時点で十分おかしい事件だけど・・・」
つくしはそう言いながら、ポテトをタバコのように咥えて、ぷらぷらと揺らした。
「あの、犬養・・・つくしさん?」
「!? はい?」
急に名前を呼ばれたつくしの前に立っていたのは、両肩に乗せたお下げ髪の、眼鏡をかけた地味な女の子であった。
制服から見て、同じ学校・・・。でも、リボンの色が違うから、1つ上の上級生だ。
「あ、あの、私・・・浅野麻友っていいます。ちょっと、一緒に調べて欲しいことがあるんですけど・・・」
浅野さんはたどたどしくお願いをしてきた。
「な、何ですかいきなり。調べるって・・・」
「エレメント・・・クライシス事件・・・! よく知ってますよね? 貴方の友人の龍宮寺咲人さんが被害者になったから・・・!」
「!」
「私も同じなんです。友達の南條鈴莉ちゃんが・・・消えちゃって・・・。だからお願いします、つくしさん」
「私と一緒に、この事件について調べてくれませんか!? ちょっと心当たりがあるんです!」
第29章 「皇華通り大学生白骨遺体事件」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます