第28話 死人を抱く(ユニットロスト)

「ババババババ・・・、バカな!!!」


 ショウゴは尻餅をついて後ずさりし、横たわるネアの横に佇むマルポロを指差した。


「か、勝てるはずがない!! ☆2の雑魚が!! 本編でも弱くて使い物にならなかったこいつが!!! レアリティが上の、しかも刺突属性のネアに敵うはずが・・・!!」











「理屈じゃないんだよ、ショウゴ」











 俺はヘタれていた足腰の正常を取り戻し、ショウゴの前に立った。


 シュッ!


「ひっ!?」


「てめぇ、このドクズ野郎。今度何かしやがったら、この陰険な喉元からトマトジュースを吹き出すことになるぜ」


 ヘンリーがショウゴの髪の毛を掴んで拘束し、首元にナイフを構えた。


「り、理屈じゃないだと!? このゲームは数値が全てなんだ!! それ以上にも、それ以下にもならない!! だからマルポロがネアに勝つことは不可能なはず・・・いくら護符を使っていたとはいえ・・・!」


 全ての目論見が外れて、ショウゴはかなり取り乱していた。


「あぁ、俺にも予想外だった。だがな、考えてみろよショウゴ。このゲームのキャラは、ゲーム機で映し出されたものじゃない。実際に生きた人間なんだ。数値では表せない感情が備わっている。心が、ゲームを凌駕したんだよ」


 俺は無感情に諭すような言葉を吐き出した。自分自身も認識を誤っていた、このゲームの本質を再確認するように。


「しかしショウゴよ。貴様まだ後1体ネームドキャラを持っていたはずだが、何故そいつを使わなかった。そいつを使えばまだお前は勝てたんじゃないのか? 仮にウィフのようなサポート系だとしても、腐りはしなかっただろう。ん?」


 俺がそう言った途端、ショウゴは顔を真っ青にしてガダガタと震えだした


「あああ、あいつは・・・とても俺には扱いきれなかった・・・。ハ、ハデロやゼルギアスをも上回る邪悪のオーラ・・・魔の化身・・・。奴にとって、ゲームマスターの作り上げた軍師との絶対的主従関係のルールなどどうでもいいこと・・・。故に奴を放つことは、自殺行為にも等しい・・・」


「・・・話が漠然としてて見えんが、どうやらそいつはかなり強いキャラで間違い無いんだな。なら、ひとつ俺から提案しよう」











「そのキャラを俺に渡すことで、お前の命は助けてやる」











「な!? 軍師殿!! 正気であるか!!」


 マルポロが怒り混じりの声を上げた。


「おいおい旦那ァ! 俺ぁ反対だぜ! こいつはここで野放しにすればまた兵士を揃えて俺たちに報復しに来るに違いねぇ! 今引導を渡さねぇといつか寝首をかかれることになるぜ!!」


 ヘンリーも続き、反対を唱えた。


「正気を疑うのはこちらの方だ。兵力を増強するチャンスを、一時の激情に任せてみすみす失うのは愚の骨頂。それに、仮に今後こいつが攻めてきたとしても、また倒せばいいだけだ」


「ち、違う!!! 軍師殿は間違っているである!! それでは結奈殿もネア殿も・・・何のために・・・」


 マルポロは涙を流して、自分の正当性を訴えた。


「ショウゴ、そういうことだ。この取り引き、悪くないだろう。いや、快諾以外の返事は受け付けない」


 俺はマルポロに構うことなく、ショウゴに話を持ちかけた。


「あ・・・あぁ、いいだろう。命が助かるなら、拒否する道理はないからな」


 ショウゴと俺は軍師の書を開き、ユニット譲渡の表示を開いた。


「龍宮時咲人・・・。貴様ならわかるだろう、こいつがどういうキャラか」


「・・・! なるほどな」


 ショウゴの軍師の書に映し出されたユニットの情報・・・。それを見て俺は先程のショウゴの言葉が誇張でもなんでもないことを理解した。


「そういうことだ。こいつはどうやっても扱えない。ハデロの力で抑え込もうとしてもできなかったからな。今のお前が持っていても、どうすることもできないと思うが・・・」


「いや、いいだろう。ユニットを渡せ」


 ショウゴは譲渡を許可し、ユニットは俺の兵舎へと移った。


「よ、よし。これで貴様らの条件は飲んだ。約束通り、放してもらおうか」


 ショウゴはニヤリと笑い、拘束するヘンリーに対して解放を促した。


「いやヘンリー、離さなくていい。マルポロ、剣を貸せ」


「!? は、はいである!」


 俺はマルポロから鋼の剣を受け取り、ゆっくりとショウゴに歩み寄った。


「ど、どういうつもりだ貴様。剣を借りて何をしようというんだ!?」


「どういうつもり? 決まってるだろう」











「ここで、お前を殺すんだよ」











「「な!!! 何をほざいている貴様!!! 俺を解放するという取り引きだったはずだ!!!」」


 ショウゴは焦燥で汗を吹き散らせ、充血したその眼を見開いて叫んだ。


「フ、何をほざいているのは貴様の方だ。お前が俺にしようとしたこと、結奈にしたことをまさか忘れたとは言うまいな。貴様は俺たちに命を助けると持ちかけながら、その約束を最初から反故にする気でいた。そしてその悪意によって奪われた命は、もう戻っては来ない」


「か、金なら出す!! だから、助けてくれ!!! お前も召喚石がたくさん手に入って嬉しいだろう!!! 俺をここで殺すのは損だぞ!!!」


「フ、狡猾な貴様のことだ。ここを切り抜ければまた何か仕掛けてくる可能性が大いにある。俺は俺を脅かす禍根は、全て潰しておきたいんでな」


「な・・・!?」


 ショウゴは自身のポリシーが自分に向けられたことで言葉を無くし、固まった。


 こいつは全てを投げ出すつもりで言ったつもりだろうが、逆に俺の心を逆撫でしたな。


「ぐ、軍師殿! トドメなら拙者が・・・」


 マルポロは重傷の横腹を手で抑え、よろめきながら近づいてきた。


「動くなマルポロ。その傷だ、一刻を争う。それに、お前にばかり汚れ役をさせるわけにはいかない。こいつとの決着は、俺がつける」


 俺は両手で、大きく剣を振りかぶった。


「「ま、待て!! 助けてくれ!!! 俺は俺はまだ死にたくない!!! たすけてくれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」」


「そうやって命乞いをした人間を、お前は何人嘲笑いながら殺した。これは貴様への・・・貴様自身の贖罪だ。死で償え、ゴミ野郎!!!」


「「ひぎゃああああああああああああ!!!!!!」」











 ゾッ!!!!!!











 事は、ほんの一瞬で終幕した。ショウゴの断末魔の後に、振り下ろした鋼の剣は奴の脳天から入り、その頭部を真っ二つに割った。夥しい返り血が辺りに飛散し、その場にいた全員を赤く塗る・・・正に凄絶なる死に様であった。


 殺すだけであれば、幾らでも原型を留める手段はあった。だが、それは俺自身が、そして奴の今まで積み重ねてきた罪が許さなかった。だから、その光景が残酷だろうが何だろうが、俺自身の心は動じる事なく冷静だった。


「その狡猾な頭が、仮面を被った顔が、何人もの罪なき命を奪ってきたんだ。壊れて然るものだろう・・・?」


 俺はガチャンと剣を地に落として、空を見上げた。


 「俺は・・・生き残った。運が良かっただけなのかもしれない・・・。だが、生き残ったんだ。しかし何故だ・・・不思議と達成感がない。高難易度のゲーム攻略を成し遂げた時のような、満ち足りた達成感が・・・」


 ドサ・・・


「!! おマルぅ!!!!」


「ぐん・・・し殿・・・。ぐん・・・し・・・殿」


 マルポロが突然倒れ、か細い呼吸を刻みながら俺の名前を呼び続けた。


「マルポロ!! 大丈夫か!?」


 俺はすぐさまマルポロに駆け寄り、膝を折って彼女を抱き抱えた。血と汗でしっとりとした肌が、今夜の過酷な戦闘を物語る手触りであった。


「ぐん・・・し殿。拙者はもう・・・ダメである・・・。この出血・・・最初に攻撃を受けた時から助からないと・・・悟っていたである・・・」


「喋るな、マルポロ。必ず助けてやる。兵舎に入れて、急いで街に戻って神官医に回復の神言を唱えてもらえば・・・!」


 マルポロは軍師の書を開こうとする俺の手を、そっと拒んだ。


「さ・・・最後に軍師殿に・・・聞きたいである・・・。拙者は・・・軍師殿の・・・お役に立てたであるか・・・?」


「あ・・・あぁ! 立っていたとも! お前がいなければ、ショウゴは倒せなかった! そしてこれからも、俺の為に戦うんだ、マルポロ!!」


「え・・・えへへ。嬉しいである・・・。そのお言葉だけで・・・拙者は満足である。ネア殿・・・約束守れなくて・・・申し訳ないである・・・でも・・・・・・拙者は・・・・・・」










「拙者は・・・軍師殿の為に死ぬことができて・・・本当に良かったである・・・」











 マルポロは静かにそう呟いて、目を閉じ笑みを浮かべて動かなくなった。俺の胸の中で・・・。


 マルポロのその顔を見て、俺はフローラとの別れ際を思い出した。死を受け入れるも、まだ心残りが褪せていない顔・・・。最後に微笑みかけた彼女と・・・今腕の中にいるマルポロが重なり、俺は大粒の涙を零し始めた。











「「マルポローーーー!!!!!」」






 第28章 「死人を抱く(ユニットロスト)」

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