第27話 死線迎撃(ゼロ・カウンター)

 ネアは横腹からドクドクと血を溢れさせるマルポロに追撃を加えんと、腰の横に槍を構えた。


「マルポローーー!!!」


 俺は思わず叫んでしまう。


「くっ!!!」


 ザクッ!!!


 ネアの突きを、マルポロは間一髪で躱すことに成功した。しかし、削がれた横腹からの出血で生命力がどんどん低下している。


「形勢逆転、というやつか? 龍宮寺咲人」


「! ショウゴ・・・!!」


 闇の中から、軍師の書を持ったショウゴが姿を現した。


「龍宮寺咲人。貴様程の男が、ハデロがマルポロの一撃を耐えられることに気づかない筈がない。何か確実な勝算があって戦わせていることはわかっていた。やはり護符とはな・・・。お陰で貴重な☆4キャラを失ってしまった」


「くっ・・・!」


 俺は自身の思い込みに知らず知らずの内に囚われてしまっていたことに気がつき、悔しさから左手で顔を掴んだ。


 ☆4のハデロを切り捨てる選択をするわけないと勝手に断定し、その前提で作戦を実行してしまった。結果的にショウゴはその穴を突き、ハデロとマルポロが交戦している間、密かに闇の中に消えた自分の軍師の書を拾いに行っていた。そして、兵舎から結奈から奪ったのであろうネアを召喚。衰生の護符発動後に兵舎から出されたユニットは、護符のデバフ効果を受けていないから丸っきり完全な状態だ。


「ネア殿!! なぜあんな男に従っているであるか!! 結奈殿への忠誠を忘れたであるか!!!」


 ネアの怒涛の猛攻を紙一重で躱しつつ、マルポロは怒るように叫んだ。


「彼女は負けたのだ、ショウゴ様に。より強き者に従うが我が信念。弱者への忠義など、とうに捨てた!!」


「・・・ネア殿・・・!! 見損なったである!!! せりゃあああ!!!」


 ギイイイイィイイイン!!!!


 マルポロの反撃を、ネアはテイルスピアで難なく受けた。


 少し仰け反る程度・・・やはり闘神の護符で攻撃力が大幅に底上げされているとはいえ、レアリティが上の苦手属性相手では厳しいか・・・。加えてあの横腹負傷だ。勝ち目は・・・・。


「ほぼ・・・0に等しい・・・か」


「旦那・・・?」


 気が抜けたように膝をついて、大地にうなだれた俺を、ヘンリーが解せない顔で見た。


「・・・ヘンリー、お前は逃げろ。ここまで一緒に戦ってくれて、ありがとな」


「な、何言ってんだよ旦那ァ!!! おマルが負けるはずねぇよ!!! あんな意地っ張りで愚直なバカ真面目チビが、旦那を守れずに逝くわけねぇ!!!」


 ヘンリーは俺を叱責するかのように励ました。


 依然としてマルポロの生命力は、軍師の書に映されたステータス数値で見ても、どんどん減っている。もうじき20%を切り、そうなれば攻撃が完全に当たらなくても、十分致命傷になり得る。


「ハァ、ハァ、ハァ・・・」


 マルポロは動くことで広がっていく傷口を抑えつつ、その気絶しそうな痛みを強靭な精神力で耐えていた。だがもう限界は近い。


「・・・天に召す羽の生えた使い達が見えてきたのではないか? もはや勝負はついたも同然・・・!」


 ネアは既に勝利の確信を得たようで、攻めの姿勢を一切緩めていなかった。


「・・・母上・・・。今こそ・・・授かった秘剣を・・・使わせていただくである・・・」


 戦いの最中、マルポロの脳裏の片隅に、遠く幼い日の記憶が蘇る・・・。






                   *






「マルポロ。5歳とはいえ、お前はもう立派な剣士だ。死線迎撃(ゼロ・カウンター)の存在を教えておこう」


 金髪の美しく整えられたロングヘアーに、碧眼の瞳を湛えた長身の女剣士ディライナ。それがマルポロの母だった。


 山奥の小さな農村。その外れにある林に囲まれた小さな広場が、マルポロの修行場であった。


「ゼロ・・・カウンター・・・? 緊急迎撃(スピード・カウンター)とは違うであるか?」


「緊急迎撃は、敵の攻撃を察知し、未然に攻撃を繰り出して先制する技だ。だがそれ故に剣の軌道が単調になり、急所も狙えなくなるという弱点がある。だが、死線迎撃はその逆だ」


「逆・・・? 敵の攻撃を受けるのであるか?」

 

「そうだ」


「うぅ〜ん・・・? でも、攻撃を受けたら痛いであるよ?」


 幼いマルポロはあまり考えることができず、頭を抱えた。


「正確には、敵の攻撃が当たると同時に、自分も攻撃をする感覚だな。例えば、敵の剣が振り下ろされた時、カウンターとして最も相手に有効な一撃を喰らわせることができるタイミングは、自分に攻撃が当たる時だ。つまり相手の剣が自分に触れた瞬間と同時に、自分の剣も相手に触れるようにカウンターを入れるんだ。もちろん敵の剣はギリギリで躱す。それは武器が槍であっても斧であっても同じだ」


「む、難しすぎるであるよ母上! 敵の攻撃が自分に触れる瞬間なんて、もし見切れずに当たったら死んじゃうである!! 無理であるよ!!」


「無理などという泣き言をほざくな。私は見切れるぞ。お前も私の娘なら、できるようになるはずだ。だが、それなりの経験は必要だ。しかし、時に相手の強さというのは、それを待ってくれないこともある」


「そ、そんな時はどうすればいいのであるか?」


「人間は、極限まで肉体が追い詰められ、死に瀕した時、爆発的に集中力が高まる。よく命の危機が迫った時、周りの動きがゆっくりと見えると聞くだろう? 他にも火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛むといったように、人間には元々表には現れない潜在能力が備わっている。それを発現させ、利用するんだ。満身創痍になることが条件だが・・・」


 ディライナはそっと、マルポロの頭を撫でた。












「マルポロ、我が娘よ。死の恐怖を克服し、今日を生き残り、明日を迎える。それがお前に課す、私からの使命だ。戦人である以上、死すことは最大の汚名と覚えよ!」











                   *






「今、この身体であれば・・・! 死線迎撃が使えるである・・・!!」


 マルポロはダラリと両手を下げて脱力し、1度深く深呼吸をして目を閉じた。


「・・・? まるで隙だらけ・・・。諦念されたか、マルポロ殿。賢明だが・・・非常に惜しい!!!」


 ネアは矛先をマルポロの心臓部に合わせ、力強く踏み込んだ。


「トドメだ!! マルポロ殿!!!」


 テイルスピアの先端がマルポロへと恐ろしく早いスピードで向かっていく。その瞬間、マルポロは自身の目をカッと開いた。


「む!?」











 刹那


 槍先がマルポロの皮膚に触れようとしたその時、突然彼女の姿が消えた。否、彼女は既に剣をネアの鎧の隙間に刺し入れようとしていた。正確に心臓を貫く位置で。


「!!!」


 躱した筈のテイルスピアが、マルポロの剣がネアの心臓に届くよりも先に、彼女の心臓を貫かんと構えていた。










 カウンターを・・・読まれていたであるか!?











  ザシュウウウ!!!


 2人の間に大量の血が飛び散り、地面を赤く、痛ましく染め上げた。ドシャっと、力なく人が倒れる音と共に・・・。












「「ネア殿!!!!!」」











「見事だ・・・マルポロ殿」


 倒れていたのはネアだった。確実に心臓を貫かれ、白銀の美しい鎧の隙間からは、大量の血が流れ出ている。


「ネア殿・・・! 拙者の剣を完璧に読んでいた筈である!! なのになぜ、拙者を刺さなかったであるか!!!」


 「あ・・・ぁ。私は・・・君を殺すことができた・・・。だが・・・それを許さなかったんだ・・・・・・この・・・テイルスピアが・・・」


 ネアは弱々しくテイルスピアを持ち上げて、マルポロの目の前に差し出した。気高き白銀の槍も、血飛沫に晒されてその輝きを失っている。


「この・・・・・・槍は生きて・・・いるんだ。私は・・・・認められなかったんだ・・・・・・生まれて初めて・・・テイルスピアに・・・」


「そんな・・・! ネア殿は・・・」


「いいんだ・・・・・・。励ましてくれなくて・・・。認められなかった理由はただ・・・・・・ひとつ・・・。至極・・・簡単なこと・・・」











「私は・・・既に負けていたんだ。君と戦う前から・・・。主人を・・・結奈様を守れなかった私に・・・・・・君を殺す資格なんて・・・元々なかった」











 ネアは震える手でナイフを取り出し、自身の首の前に突き立てた。


「ね、ネア殿!! 何をする気であるか!! ダメである!!」


「戦友の・・・剣で死ぬわけにはいかない・・・。短い間ではあったが・・・君と背中を預けあった日々・・・良い時間だった・・・。後は・・・君に託す・・・・・・結奈様の・・・私の果たせなかったゲーム攻略・・・君達の手で成し遂げて・・・く・・・れ・・・」


「ネア・・・殿・・・」


 ザッ!












 ナイフが首を貫いたと同時に、ネアの瞳から生の輝きが消え、瞳孔が開く。その気高き死に顔は何物よりも美しく、託した願いの先が希望であると信じている、そんな満ち足り様だった。






 第27章 「死線迎撃(ゼロ・カウンター)」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る