第30話 死神

 つくしは彩と咲香に別れを告げて、浅野麻友と共に、10分程歩いたところにある海岸沿いに足を運んだ。


「なんで、海・・・に?」


 話をするなら道中に公園もあるし、幾らでも腰掛ける場所があったのに、なぜかここに来たことにつくしは当然の疑問を抱いた。


「ここの防波堤に座ってね、よく鈴ちゃんと沈む夕陽を眺めながら色々話してたんです。学校のこと、家族のこと、好きなアニメのこと・・・そして、誰にも言えない秘密の話も全部ここでしてた。だからここだと話しやすいと思って」


「は、はぁ・・・」


 防波堤に肘を掛けながら、夕陽に照らされ黄昏る浅野に、浪漫や趣といった感性にあまり覚えのないつくしはやや困惑した。


 この人は見たところ見た目も地味で、学校にバレない程度のメイクすらしてない、所謂オタク女子なんだな、と、つくしは考察した。


「ごめんなさい、私の勝手でここを選んじゃって」


「い、いえいえ大丈夫です! それより、話って・・・エレメントクライシスについての心当たりってなんですか?」


 つくしも浅野のように防波堤に肘を掛けて、夕陽を顔に浴びながら問いかけた。


「それについてなんですけど・・・。その、私の友達の鈴ちゃん、すっごくECが好きで・・・。あ、ECっていうのはエレメントクライシスの略称なんですけど・・・。ほんと毎日のようにECの話をしてたんです」


「はぁ・・・。あっ、咲人先輩もそんな感じでした! あたしにはそんなに話してくれなかったけど、でも、あのアプリが配信された日は、いつも楽しんでやってた道場破りの予定を嘘ついて蹴ってまでやってたし・・・まさか」


 つくしは何かに気がついたように、ハッと目を丸くした。


「うん・・・。消えた人は、みんなECが大好きだったって共通点があるんだと思います・・・」


「ですよね!」


「でもね、ちょっとおかしいの」


「え?」


 つくしは自然と首を傾げた。ほぼ間違い無いと思った自分の推察に、まさか疑義と唱えられるとは考えていなかった。


「私もね、ECはナンバリングタイトル全部プレイするくらいには好きなんです。それに事件の当日、私もECのアプリをプレイしてました・・・。でも、私は消えなかった・・・どうしてだろう」


「ナンバリング・・・ってなんですか?」


 つくしはゲーマーでは無い自分にはわからない単語に反応した。


「え・・・っと、要するにシリーズの本筋というか・・・外伝やリメイクじゃないタイトルってことです・・・これでわかりますか?」


「ん〜・・・・・・。外伝・・・やリメイクじゃない・・・!!」


 リメイク・・・。その言葉に既視感を覚え、つくしは思い出した。


「あの、咲人先輩がVS2で4のリメイクがどうとか言ってた記憶があるんですけど、浅野先輩はそれプレイされているんですか?」


「4のリメイクはやってない・・・かな。鈴ちゃんはやってたと思うけど・・・・・・!! もしかして!」


 浅野も合点がいき、自然と2人は目を見合わせた。


「多分、ナンバリングだけじゃダメなんですよ、浅野先輩! リメイクとか全部含んだエレメントクライシスをプレイした人間が、消えてるんじゃないですか!? 全国で消えた人の数的にも、そう考えるのが一番合ってると思います!」


「・・・確かに、鈴ちゃん全部やってたはず・・・。欠かさず発売日に買って・・・やってた」


 すると突然、浅野が嗚咽を始め、大粒の涙を零した。


「あ、浅野先輩!?」


「私もECを全部やってれば・・・!! 鈴ちゃんを失ってこんなに悲しむことはなかったのに・・・。ひくっ・・・」


 浅野は一頻り泣いて、その間つくしはずっと側で黙っていた。


 本当に、その鈴ちゃん先輩が大事だったんだなと、そしてその気持ちはあたしのなかの咲人先輩に対する想いと同じなんだと思った。


「・・・ここからが本題なんです、つくしさん」


「え?」


 浅野は涙をハンカチで拭いて顔を上げ、核心めいた表情でつくしを見た。











「実は、鈴ちゃん・・・。消えた南條鈴莉ちゃんのお父さんは、ECの開発者なんです」











「え・・・えぇ!?」


 つくしは驚きで顔を硬直させた。


「今回のこの事件、とても不思議で不可解だけど、必ずどこかに明確な理由、目的があると思うんです。だから、開発者の・・・鈴ちゃんのお父さんなら、もしかしたら何か知ってるかもしれない。だから・・・今から鈴ちゃんの家に行きましょう! つくしさん!」






                   *






 ピーンポーン


 浅野に連れられてやってきたのは、海岸沿いから約15分歩いた10階建てのマンションだった。


 503、南條という表札が書いてある部屋番号を、エントランスのインターホンで入力して、呼び出した。


「・・・はい、南條です」


 出てきたのは女の人の声だった。お母さんか、姉か・・・。ちょっと落ち着いたトーンだから妹じゃないだろう。


「あっ、こんにちは。浅野です。あの、鈴ちゃんのことで、ちょっとお話ししたいことがあるんですけど・・・」


「あら、こんにちは麻友ちゃん。どうぞ、上がって」


 ピッピーと、エントランスの自動ドアが開いた。


 エレベーターで5階まで上がると、とても綺麗な黒髪のロングで胸の大きな女の人が、503の玄関扉の前に立っていた。


「こんにちは〜。すみません、突然来てしまって・・・」


 浅野がぺこりと一礼した為、つくしも合わせて頭を下げた。


「あら? そっちの女の子は・・・?」


 女の人は、見慣れないつくしの姿に首を傾げた。


「あっ、この子は犬養つくしちゃんっていって・・・この子の仲が良かった先輩の、鈴ちゃんと同じクラスだった龍宮寺君もあの事件に巻き込まれて・・・。つくしちゃん、この人、鈴ちゃんのお母さんです」


「は、初めまして! 犬養つくしです!」


 つくしは少々焦り気味に挨拶をした。


 ひええ、高校生の娘がいるとは思えないくらい若いな見た目・・・。お姉さんかと思った・・・。


「あっ、龍宮寺君の話は学校の先生から聞いてるよ。鈴莉と一緒で、あの日から行方不明だって・・・。とりあえず、上がろうか」











 玄関扉を開いて、つくし達は家の中にお邪魔した。


 うわ・・・。いい匂いがする・・・。


 つくしは家に足を入れた瞬間に感じた匂いに、思わずうっとりとした。


 他人の家の匂いというのは、大抵違和感を感じるものであるが、この家は凄く居心地が良さそうだと鼻で感じた。


「どうぞ、ソファーに座って」


 ガチャリと扉を開けた先のリビングは、まるで来客を知っていたかのような整理整頓ぶりで、とても綺麗に掃除されていた。


 つくし達は、ピカピカに磨かれたテーブルを囲む、ふかふかのソファーに座った。


「ちょっと待っててね。何か飲み物淹れるから・・・。紅茶で大丈夫?」


「あっ、大丈夫です。すみません」


 浅野がまたぺこりと頭を下げて、つくしもそれに続いた。


 母親がキッチンに向かった後、つくしは募らせていたある危機感に押され、浅野に質問を投げかけた。


「あの、浅野先輩。鈴ちゃん先輩のお母さん、すっごい美人じゃないですか? もしかして、鈴ちゃん先輩も・・・?」


「あ、うん! 鈴ちゃん、びっくりするくらい可愛いですよ。普段は大きな眼鏡かけて目立たないようにしてるから、学校ではそこまで注目されてないけど、たまに日曜日とかに一緒に遊びに行った時とか、アイドル事務所にスカウトされたりしてたことあるんですよ」


「げ!? やっぱり可愛いのかぁ〜・・・」


 つくしが考えていたのは、もし万が一鈴ちゃん先輩と咲人先輩が同じところに今いるとして、その鈴ちゃん先輩の可愛さに咲人先輩が惚れてしまっていたらどうしよう・・・というものだった。


 いや、今考えるべきは咲人先輩の身の安全を願うこと・・・! 仮に何か非日常的なことに巻き込まれているとすれば、恋なんてしてる暇・・・いや〜!! 映画とかドラマとかだとそういうとこで愛が芽生えてそれでそれでえええええ!!!


 つくしは割と下らないことに悩まされている自覚を持ちながらも、不安を抑えることができなかった。


「でも鈴ちゃんはね、決してアイドルになるなんて言わなかったんですよ。【オタクにとって、アイドルや声優、アニメーター、漫画家、作家の人達は神様同然。でも、私は神様にはならない。常にコンテンツを享受して全力で楽しむオタクであり続けたい】って自分の美学を貫いてたんです。私それ聞いて、鈴ちゃんかっこいいなぁ〜って」


「は、はぁ・・・」


 つくしは言いようのない不安から、あまり浅野の言葉が耳に入ってこなかった。


「お待たせ、2人とも」


 母親はダージリンの入ったティーカップを乗せたトレーをテーブルの上に置いて、つくしと浅野の前にカップを配った。


「それで、話って? 麻友ちゃん」


 母親はソファーの向かいにある1人用の椅子に座って、浅野に問いかけた。


「あの・・・前に鈴ちゃんが、お父さんがエレメントクライシスの開発者だって話してくれたことがあって・・・。それで鈴ちゃんのお父さんに話を聞ける時があったら、教えてください! 何か、知って・・・!?」


 浅野が父親の話を切り出した瞬間、母親の表情は酷く険しく、悲しいものになった。


「・・・あの子、言ってなかったんだね。ごめんなさい。私、夫とはもう7年も前に離婚してて・・・。養育費の仕送りは毎月あるんだけど、連絡は全然で何処で何をしてるのやら・・・。あ、でも、あの人の写真が載ってるアルバムならあるはずだから、それを手掛かりに・・・」


 母親はリビング隣の和室にある押入れを開けて、3冊ほどアルバムを取り出してきた。


「この中にあると思うんだけど・・・」


 つくしと浅野は手分けしてアルバムを開き、父親らしき人物を探した


「・・・あっ! これ小学生の時の運動会の写真! 懐かしいなぁ〜。この頃から鈴ちゃんとは仲良しだったんだよね。あっ! こっちは学芸会の!」


 浅野は目的を半分忘れて、しみじみと思い出に浸りつつあった。それを尻目につくしは無言でアルバムをめくっていく。・・・つもりだった。


 ・・・なにこの美少女・・・。これ、中学生の時の写真だろうけど、この時点で容姿の全てが完成されてる・・・。胸とか、あざとさとか、清楚さとか・・・大方の男子が好きそうな要素が凝縮されてる・・・。ていうか、離婚したのが7年前なんだから、もっと古い写真探さないと!


 つくしはアルバムのページを古い順の方にめくり直して、じっくりと目を通した。


 ええっと・・・これは小学生2年生か・・・ひぇ〜・・・こん時もめっちゃ可愛い・・・!?











 なに・・・この子・・・・・・











 つくしはある写真のところで言葉を失った。何というか、一目見た時、言葉では形容しがたい何とも不思議な感覚に陥ったのだ。


 その写真には、鈴莉ともう1人、桃色の髪のツインテールをシュシュで留めた、純白のワンピースを着た女の子が、並んで笑いながら写っていた。


 写真の下部には、こう書かれていた。











「Happy Birthday 絵凪」











「「!? それはダメ!!!」」


「え!?」


 突然母親が取り乱したように、アルバムをつくしの手から引き剥がした。


 ヴーヴー!! ヴーヴー!!


「!」


 同時に、つくしの制服のポケット入っていたスマホが震えだした。


 一体どうしたんだろ・・・? とりあえず、電話の方に・・・って、彩じゃん。


 つくしは母親の行動に困惑しつつ、通話開始ボタンをタップして、スマホを耳に当てた。


「どうしたの彩。今取り込み中で」











「「つ、つくし!? 助けて!!! 死神が!! 死神がああああああああああああ!!!! 」」











「「え、彩!?」」











 ブツン! ツー・・・ツー・・・ツー・・・ツー・・・ツー・・・ツー・・・






 第30章 「死神」

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