第31話 お伽世界の巫女

「マルポロ・・・。マルポロ・・・。我が娘よ」


「う・・・・・・ん・・・」


 マルポロがゆっくりと目を開けると、そこは空も雲も何もない、真っ白な世界だった。


「その声は・・・母上・・・?」


「マルポロ・・・。お前に課した使命、忘れてはおらぬだろう」


「?」


 何処からともなく聞こえてくる声は、その姿を現すことなく、ただ耳に入ってくるだけであった。


「死・・・なない・・・」


「そうだ。お前にはまだやるべきことがあるだろう。あの軍師には、まだお前が必要だ」


「でも・・・拙者はもう助からないである・・・。あの傷に出血・・・それに、拙者は元々ネア殿との戦いに負けるはずだった身・・・。生き延びる価値など」


「いや、お前は負けてはいなかった。例えあの時、奴の槍が止まらなくとも、お前の剣はそれを上回る加速を見せて、奴の胴体を真っ二つにしていただろう・・・。何故だか分かるか?」


「そ・・・んな・・・。拙者にそのような力は・・・」


「そう、お前の力ではない。お前の、いや正確には我が血筋に代々宿し剣鬼・・・荒ぶる剣の神の発現によって、それが成しえられていた。お前はあの軍師の元で戦っていくうちに、類を見ないスピードで成長を遂げている。そして避けられぬは、剣鬼の克服・・・」


「剣・・・鬼・・・?」


 その瞬間、マルポロの意識は消え入りかけ、同時に声も遠くなっていった。


「いずれ・・・分かることだ。今後お前が強くなることで・・・必ず剣鬼は現れる。お前の心を喰らいに・・・な」






                   *






「ハッ!!!」


 ガバッと、マルポロが毛布の中から飛び起きた。


「・・・マルポロ!!」


 俺は実に3日ぶりに目覚めたマルポロの姿に歓喜して、彼女の元に駆け寄った。


「ぐ、軍師殿・・・ここは? ・・・拙者は一体・・・」


 マルポロはベットの上に腰掛けながら、辺りをゆっくりと見回した。


「ここはエンジェリアにある教会だ。ここの神官がお前を治療してくれたんだ。まぁ、お布施って建前で結構な金ボッタクられたけどな。しかし、お前が助かって良かった」


 俺はマルポロの手を握りしめた。


「あ、あの出血であるよ!? ここまで来るのに時間を要したはずである! それに、あの時は夜だったから神官様だって・・・」


「あぁ、それについてだがな・・・」







                   *






 「「マルポロー!!!!!」」


 3日前、ショウゴとの激戦を繰り広げたあの夜。俺は深夜の平原で、目を閉じて動かなくなった血塗れの少女を前に吠えた。


 だが、その直後だった。空から何かキラキラと光る一筋の光がマルポロに降り注ぎ、険しかった彼女の死に顔を、優しく穏やかなものに変貌させた。











「私がいる限り、ユニットが状態異常で死ぬことはないわ」











「!?」


 光と共に空から降ってきたのは、純白の羽を生やした少女だった。髪に下げた大きなリボンに、深海色のショートカット、165センチ程の背丈の女だった。


「・・・この見てくれは、管理者・・・か」


「そう。私はカルティノ。管轄は海上都市クラークで、システム担当はユニットのステータス管理全般・・・。大きなステータス変動を感じて見に来てみれば・・・なるほど、塔の崩壊エネルギーをそのままデバフに変換するなんてね・・・。それに加えてそこのマルポロへの闘神の護符の使用・・・。著しいパワーバランスの乱れだったから、私のシステム管理が不十分だったんじゃないかと一瞬心配しちゃったわ」


 カルティノはそのクールな目を細めて、ハァ、と、ため息をひとつ吐いた。


「状態異常でっていうのは・・・どういうことなんだ?」


「・・・このマルポロの場合、現在大量出血の状態異常ね。貴方、エレメントクライシスをやり込んでるんなら、この状態がどれだけヤバいか分かると思うけど・・・」


「あぁ、勿論だ。大量出血はターン毎に割合ダメージが生命力の20%ずつ入る。だから迅速に止血しないとどんなに生命力が高いキャラであっても、確実に5ターン以内に死ぬからな」


「正解。だけどこのゲームでは、状態異常が生命力を低下させることがあっても、直接死に至らせることはないわ。だけど、今のマルポロはアリ一匹の体当たりで死にかね無い程の危篤状態よ。早く治療の出来る医師か神官の元に連れて行くことね」


「あ、あぁ。すまないな。・・・少し前から思ってたんだが、お前達管理者って・・・割とユーザーを助けてくれる良い人なのか・・・?」


「・・・ゲームの案内役なんだから当然でしょ。私はなるべく理不尽なやり方が通らないように気を配って、誰もが平等にプレイできるゲームを目指しているわ。でも、トリーナみたいにプレイヤーに力を与えて、力を与えられたプレイヤー同士が、互いに未知の仕様に計算が狂う姿を見て、楽しむような子もいるけどね」


「トリーナ・・・。バッコス区で会ったあのガキか・・・」


「フフ、貴方もトリーナにしてやられたようね。ま、とりあえず王都に戻ってその子を手当てしてあげることね。夜の平原はとても危険だから、長居は命取りよ。それじゃあね」







                    *






 「・・・そうだったのであるか」


 マルポロは手元の毛布をぎゅっと握りしめ、うつむいた。


「ん?どうした、まだ身体の方は完全には治ってないのか? 一応、神官には3日安静にしておけば、ライフキュアーの神言が完全に行き渡ると」


「違うである!!! 身体はもうピンピンしてるであるが・・・拙者が案じているのは軍師殿の心である・・・。軍師殿はショウゴを・・・初めて人を手にかけてしまって・・・気に病んでないかと・・・」


 そう言って、マルポロは俺を抱き寄せて、自身の胸の膨らみに、俺の顔を埋めさせた。


「!?」


「トドメは・・・やはり拙者が差すべきだったと後悔しているである。でも、拙者は軍師殿がどんな風に・・・どんな形になろうとも絶対にお側にいるであるよ・・・。軍師殿は・・・拙者の・・・」


「マルポロ」


 俺はマルポロの胸からそっと離れて、彼女の顔をまっすぐ見た。


「俺は大丈夫だ。確かに、人を殺したのは初めてだった。元々そんなこととは無縁の環境で生活してたからな。だが、ショウゴは・・・奴を殺すのはやはり俺の役目だったと思っている。元々プレイヤー同士の都合で、お前達は戦ってるんだ。ネアだって・・・お前とは戦いたくなかったはず。その理不尽・不条理にケリをつけるのはプレイヤーの仕事だ。だから・・・別に気に病んでなんかないさ。あいつ極悪人だったしな」


 俺はフ、と軽い笑みを見せた。取り繕いなどではなく、本心から出た表情だった。


「それよりマルポロ。お前は大丈夫か? 何か精神的にしこりがあれば、遠慮なく」


「フフフ、軍師殿。軍師殿がそんなにお強く、立派に事を考えておられるのに、側近の拙者がくよくよはしていられないである! さぁ、早速出発するであるよ!!」


 マルポロは膝にかかっていた毛布を勢いよく剥がし、ベッドの横に掛けてあった自分の剣を腰に装着した。


「あぁ、待て。ちょっとやっていきたいことがあるから、出発はまだだ」


「ふぇ!?」


ドンッ!!


 マルポロはやる気と勢いに任せた前進を突然引き止められ、床にずっこけた。


「くああ!! おでこを打ったである!! この位置のたんこぶは乙女には辛いであるよ!!」


 おでこをさすりながら、何かブツブツとヘンテコな事をマルポロは1人で言っていた。


 この分ならマルポロは大丈夫そうだ。だが、十分に注意して臨まなければならない。ショウゴが言ったあの言葉・・・。











「あいつは、とても俺には扱いきれなかった」











「マルポロ。ヘンリーが買い物から戻ったら、奴から奪ったユニットを兵舎から出してみようと思う。だが、このユニット、一筋縄ではいかないみたいで、あのショウゴでさえ扱いきれなかったタマのようだ。だから、お前に側で立ち会ってほしい」


「それ程までに危険な奴であるか・・・。わかったである軍師殿」







                   *






 教会の裏は人の腰ほどの低い柵に囲まれた広い庭になっており、人の気もない。万が一ユニットが暴れた時に、人的被害を最小限に抑える為、この場所を選んだ。


「旦那ァ。そんなに危険な奴なら、わざわざ仲間にしなくてもいいんじゃねぇのか?」


 ヘンリーが自身の頭を搔きむしりながら、俺を見た。


「今は猫の手も借りたい状況なんだ。それに、こいつのレアリティは☆4・・・。手懐けることができれば大幅な戦力アップになる。何としてでも、こいつには俺の言う事を聞いてもらわなければならない」


「んで、そいつは男なの? 女なの? それとも、お・か・ま??」


「んー。どちらでもあり、どちらでもないと言ったところだが・・・強いて言えば女か」


「何だよそれ。まるで男にも女にもなれるみたいな言い草だな」


「こいつの魔法は何でもありでな。自分自身の姿を自在に変えることができるんだ。だが、その力はあくま一端に過ぎない。とにかく、今から奴を出す。お前ら2人とも、武器は構えたままでいろ」


「了解」


 マルポロとヘンリーはそれぞれの武器を手に持って、集中した。


「いくぞ!!」


 シュイイイイイイン!!!


 軍師の書から金色の光が空に放たれ、そして目の前に落下した。だんだんと光が解けていき、やがて包まれていた人が露わになる。


 「こ、こいつは・・・!」


 ヘンリーがゴクリと自分の唾を飲み込んだ。恐らく緊張ではなく、欲情という意味で。


 草場の上に座っていたのは、神に仕えし巫女の、麗しい姿をした少女だった。白雪のような白い肌に、左右で白と黒に色の違う腰まで伸びた長く艶やかな髪。ドレスの隙間から覗く太ももは、タイツによって肉感を淫らに表しており、それは男であれば誰でも心奪われてしまいそうな美脚であった。


「ヴィ・・・クトリアス・・・生だとこんなにも・・・」


 緊張する俺の引きつった顔を、ゆったりとした目つきで、その長いまつ毛を揺らしながら、ヴィクトリアスは視線を向けてきた。











「貴方様ですね・・・。私をあの男から助けてくれたのは・・・。ありがとうございます。私はお伽世界の神、メルフェニクスに使えし巫女、ヴィクトリアス。誠心誠意、神の御力を借りてお仕えいたします。どうかこの命、貴方様の為に使わせて下さいませ・・・」





第31章 「お伽世界の巫女」

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無課金軍師の生存率 b @cobracco

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