第5話 死人を送る(チュートリアル)

 ガチャガチャと重量感を感じさせる金属の足音を立て、騎士団は村人達の怯えや戸惑いに目を向けることなく、団長のスケイルを先頭に、まっすぐと村長の家へと歩を向かわせた。


「あっ・・・これは騎士団長様。本日はどのようなご用件でしょうか? 今期分の税は既に納めておりますが・・・」


 開かれた玄関扉に立ちはだかるスケイル団長を前に、フローラは普段の振る舞いを忘れぬよう努めた。


 敵にこちらが用意周到で待ち構えていることを勘ぐられてはいけない。全ての計画を確実に進めていくためにも、些細な綻びが積み上げた礎を崩さないようにしなければ・・・。そんな思考が、フローラの集中力を極限まで研ぎ澄ますに至らせた。


「税ではない、ま、関係はあるがな。今この家に若い旅の男が来ておるのだろう?その男を我々に引き渡せ」


 スケイルはあご髭をさすりながら、絶対強者である自身の立場を誇示するかの如く、フローラを見下ろした。


 その身長差と圧迫感に、自ずとフローラはうろたえた。だが、これでいい。ただの村娘が王国の騎士団長を前に、下手に冷静でいる方がよっぽど不自然だからだ。


「は、はい、話は父から伺っております。どうぞ、こちらへ」


 内心、何かの嘘であってほしい。そんな淡く小さな望みが、静かに断たれた瞬間だった。


 王国は本当に咲人様がこの家にいることを知っていた。騎士団の人間と直接やり取りをするのは、この村では村長である父ただ1人。その父が密告者ならば、全ての辻褄が合ってしまう。自分達の幸せの為に、人1人・・・、いや、2人の運命をあらぬ方向に変えてしまう、そんな許されぬことを父はやってしまった。


 フローラの胸中に複雑な思いの鎖が絡みついた。しかし済んだことをあれこれ考えても仕方ないと、すぐさまその鎖を払いのけ、前を向いた。


「昨晩はこの部屋に寝かせて・・・あれ?」


 寝室の扉を開けたフローラは部屋の中を一見し、咲人がいないことを確認した。


「む、おらぬのか? まさか私達が来ることを事前に伝え、逃してはおるまいな?」


 スケイルは茶色く濁った目を細め、その疑いの眼差しをフローラに向けた。


「と、とんでもございません! 昨日出会ったばかりの旅人に、情など芽生えるはずもありま・・・」


「ご報告申し上げます! 団長!」


 フローラの消えゆくような言葉尻を、騎士の規律正しく訓練された発声がかき消した。


「この家の長女であるリーリアという女が、旅の男は村の放牧地に向かったと申しております!」


「よし、放牧地に向かう! 娘よ、案内せい!」


「は、はい!」


 フローラはホッと胸を撫で下ろした。もしもこのタイミングで騎士が報告に来なかったら、悟られていたかもしれない。情などないと最後まで言い切れなかったのは、自分の、咲人様に対する想いが隠しきれないまでに大きくなってしまったということだと、フローラは気づいた。


 作戦は上手くいっている。あとは放牧地まで騎士団を案内すれば、私の仕事は終わりだ。あとは咲人様、マルポロ様、マギカルちゃん・・・どうか頑張って。


 フローラは湧き出る思いの数々を隠しながら、ただひたすら表情を取り繕った。






                   *






 「騎士団が交戦圏内に入った。もうすぐだ」


 開いた軍師の書に映し出されたビジョンには、放牧地一帯のマップが描き出され、敵側表示である騎士団の赤いアイコンがこちらに向かって進んできている。


 現在、俺たちのいる広い放牧地の一角は森に隣接しており、柵の外は茂みや木に囲まれていた。


「おぉ〜! 敵の情報が筒抜けであるな! これはすごい魔導である!」


 マルポロが感動の声を上げた。


「す、すごいわ・・・。こんな魔導は見たことがない。これなら敵の位置も把握できるし、作戦の組み立て、指揮も行いやすい・・・。究極の軍師魔導だわ!」


 マギカルも目を輝かせながら、興味津々といった様子だ。やはり魔導一家の娘だけあって、理を逸脱したものの類には目がないといったところか。


「よし、お前たち配置につけ。6人の弓兵隊は交戦地の東西に3名ずつ。草刈りに扮して時を待て。4人の槍部隊とマルポロは牧草をつけたマントをつけて距離を取り、敵に見つからないよう待機。あと厚手のブーツは忘れずに履けよ。マギカルはすぐそこの木の上で待機だ。俺が命令したら、即動けるようにしておいてくれ」


 俺は声を交えつつ、自軍ユニット表示である青のアイコンを動かしながら、まるでゲームのエレクラさながらの操作で、みんなに指示を出した。軍師の書を介することで、離れていても俺の声は命令したユニットに届くようになっている。


「騎士団が全員剣・・・斬撃属性なのに対して、村の人が使える近接武器は全部それに対して有利な刺突属性の槍・・・、そして刺突属性の矢を放つ弓か・・・。その辺の配慮は本当にチュートリアルだな」


 俺は今一度、デュリエットに教授されたECBJの戦闘システムの話を思い出した。






                   *






「続きまして、気になる戦闘システムの方でーすが、基本的に歴代のシリーズと同じでぇす♪ 形式で言えば一番5が近いかもしれません♪ ユニットの力と武器攻撃力を合算して割り出した値に、相手の物防、もしくは魔防の値で引いたものに、攻撃命中率、攻撃回避率、クリティカル率を加えて算出したものがダメージになります♪ 戦闘でユニットの生命力が0になればユニットロスト! つまーり! 三途の河で美女だらけの水泳大会の撮影でぇーす♪ こぉれは天国ぅ☆ ポロリもあるよ♪」


 デュリエットは翼をひらひらと揺らし、空中遊泳しながら喋っている。今しがた口にしたつまらないブラックジョークとかけているのだろう。


「兵種特攻などがあればダメージは増し増し! あとは秘技ゲージを溜めて秘技をブッパ! 一発逆転なんてことも♪」


「そ〜し〜て〜♪ ECお馴染みの武器属性によるの三竦みもございまぁす♪」


 デュリエットは一枚の表を取り出した。


「貴方はもう熟知していることだと思われまーすが、剣や槍や槌や弓にはそれぞれ属性が付いています♪ 単純に説明すると、剣などの斬る武器は斬撃、槍などの突く武器は刺突、槌などの叩く武器は打撃、弓なんかは普通の矢は刺突ですが、石矢や刃矢なんかもありますので、同じ武器種であっても属性は多彩でーすね♪ んで、三竦みでーすが、斬撃→打撃→刺突→斬撃と、矢印方向に強く、逆は弱くなっておりまーす♪ 今更ですね♪」


 デュリエットは手に持った表を指差した。


「因みに、ECBJでは三竦み有利な相手には命中率や与ダメージが増え、被ダメージ減少! 逆に不利な相手にはそれらが減ったり増えたりしちゃいまーす♪」


「ひとつ質問だ。斧はどの属性に入る? 作品によって斬撃と打撃に分かれていたはずだ」


「い〜いしつもーんですね♪ りゅーぐーじすぁーきとすぁん☆ ECBJでは斧は打撃に属しますよ〜♪ ま、属性はアイコンで表示されますんで、わかりにくい武器があってもアイコンを見れば一目瞭然! ってわけなので、安心してくーださい♪」


「了解だ」


 俺は少し落ち着きを取り戻し、冷静に質問できた自分に安堵した。いつまでも取り乱していてはこの先生き残れない。そんな予感がひしひしと胸を打つ。


「じゃ、物理武器の説明が終わったので今度は魔法武器でーすね♪ 魔法武器の区分は、主に魔導院で学べる正統派な魔法である魔導、神に従えるもののみに使用を許される神言、邪教の教えである呪術、の3つになりまーす♪ こちらも物理武器と同様三竦みがございまーして、魔導→神言→呪術→魔導ですね♪ この関係の理由を申し上げるなら、魔導は人とし生ける者の創造せし奇跡、神の御力とは対極に位置してそれが神への抵抗に繋がるわけですね♪ 神言は神の力を借り入れ、この世の邪をその光でうちはらい、呪術はそもそもが人を呪うが為にあるもの・・・というわけですね♪ あれぇ?わかりにくかったですかぁ?」






                   *






「普通の騎士なら刺突で有利な槍部隊と、弓兵の後方支援で抑えることができる。あとはこの作戦でスケイルの動きをどれだけ封じれるかだな」


 俺は足元の柔らかい泥に浸かった、履いている厚手のブーツを踏みしめ、鋭く前方を見た。もう騎士団が目視できるほどに迫ってきていた。


「さぁ来い・・・! たっぷり蹂躙してやる。」


 口元に浮かべた仄かな笑みは、絶対的な自信の表れだった。そして左目に締めた眼帯に刻まれたVの文字をさすった。


「・・・・いたな。取り囲め!」


 スケイルは俺を見つけると、すぐさま騎士達に命令を出し、自らも俺の立つ一帯の泥の地に足を踏み入れた。


「・・・あんたは? これはなんのつもりだ」


 俺の10メートル手前に迫ったスケイルは、一旦その足を止めた。


「王国騎士団長スケイルと申す。貴様はこの国に足を踏み入れ、我が王国民となった。男子には徴兵の義務がある故、連れに参ったのだ」


「フ、・・・・それで?」


「なに・・・?」


 嘲笑うかのように返答した俺に対し、スケイルは自身の眉間を歪め、額に血管を浮かべた。


「立場がわかっていないようだな。もしかして気でも触れているのか? こんな泥まみれの場所にいるのも、世の摂理を知らない幼子のように精神が育っておらぬが故に泥遊びでもしていたのか?」


 スケイルはごつい歯並びを晒して、逆に煽り返した。


「摂理・・・? なんだそれは」


「強者が弱者を支配する。それが摂理だ。力なき者は力ある者に従い、すがって生きるしかない・・・・ということだ。これでわかっただろう?」


「なるほど・・・よくわかった」


 俺はピンと立てた右手の人差し指を、スケイルに向けた。












「ならばお前が弱者で、俺が強者だ。だからお前は、俺に従う義務がある。そして命じよう、お前は・・・・・ここで死ね!」












 その瞬間スケイルはカッと目を見開き、力を込めた顎で歯を噛みしめると、腰に差した分厚い大剣を勢いよく抜いた。


「調子に乗るのもいい加減にせい!! この痴れ者が!!! 徴兵などもうどうでも良いわ!!! スケイルソードの血錆にしてくれる!!!!!!」


スケイルは腰を深く落とし、一気に間合いを詰める姿勢に入った。


「フ、待ってたぜ。この時を・・・! マギカル! やれ!!!」


 即座に軍師の書を構築した俺は、流れるようにマギカルに指示した。


「了解、咲人ちゃん! 悪逆非道な王国騎士団よ、我が魔導の前にひれ伏せ!!」


 魔導詠唱したマギカルの伸ばした指先から、冷気の光がほとばしり、ガチガチと凍結音をたてながら、泥でぬかるんだ辺り一帯の地面をあっという間に凍らせていった。


「な、何!? クソ、罠だ!!! 全員退けい!!!!」


 秒速で理解に達したスケイルは、俺を取り囲む騎士団に退避の令を叫んだ。






                  *






「足場を凍らせて動けなくする・・・?」


 マギカルはやや解せない面持ちで、首を傾げた。フローラも同様だ。


「その通り。スケイルとはまともにやり合っても勝てない。運良く勝てたにしても、何人かの犠牲は免れないだろう。それでは意味がない」


 俺はマギカルに差し出されたハーブティーを飲んで、もう一度口を開いた。


「だが、自由に動けなくすれば、こちらから一方的に攻撃を仕掛けることができる。いくら奴が歴戦の猛者とはいえ、足のバネを封じてしまえば、攻撃もままならず、防御姿勢も満足にはとれないだろう。そうなれば、マルポロの速さに対しての対抗手段が無くなり、こちらの勝利だ」


「待って、咲人ちゃん。いくら私のブリザーが強力とはいえ、土の地面を凍らせるのには時間がかかる。その間に退避されたらもう逆転は不可能よ。そもそも土を踏んだ時のめり込み程度で、足元を封じることができるの?」


 マギカルは丸メガネをクイっと上げ、作戦に対する疑問を並べた。


「当然、そのままでは凍らせない。足場は変えるさ」


「ど、どうするのですか・・・?」


 フローラは一雫の汗を顔につたわせ、俺を見つめた。


「牛舎で飼っている牛を使う。あの牛達を放牧地の一角で走らせて地面を緩ませ、そして鍬などの農具で更に緩めた後、井戸の水をたっぷり撒くんだ。足首が浸かる程の、泥地帯を作る」


「な、なるほど。その泥地帯を私のブリザーで凍らせて、足の自由を奪うと。確かに泥なら水分をたくさん含んでいるから早く凍る上に、足も深く浸かるね」


「当然、スケイルはブリザーを放った瞬間、これが罠だと気づき退避命令を出すだろう。そこでリーリアさんの集めた、武器を扱える村の人を使って、威嚇を行う。退路さえ封じれば、もうこちらのものだ」






                   *






「ぐあ!!!」


 騎士の数人が叫び声と共に、地に膝をつけた。その肩には、鋭利な鏃の矢が深々と突き刺さっており、村の弓兵隊が辺りを取り囲んだ。


「草刈りどもは背の籠の中に弓と矢を隠しておったか! ・・・だが恐れるな! たかが女の村人共だ!! 距離を詰めれば弓など!!! ・・・な!?」


 スケイルの考えを見越していたかのように、槍兵隊が弓兵隊の前方に並び、騎士団の泥地帯からの退却を拒んだ。


「しまった・・・!!!」


 足場が完全に凍りつき、騎士団全員が凍った泥に足を入れたまま動けなくなった。足の装備を脱ごうにも、足甲はガッチリと固定されて脱ぐことができない。


 俺は予め履いていたブーツを脱いで凍結した地面を脱し、スケイルから距離をとった。


「団長殿!!! フェアではないが悪く思わないでほしいである!!!」


 牧草マントを纏って伏せていたマルポロが、マントを外して一直線にスケイルめがけて駆け出した。


「馬鹿が!!! こんな氷、スケイルソードで叩き壊してくれる!!!」


 スケイルは大剣を大きく振りかぶり、勢いよく地面に叩きつけた。ギィイィン!! と衝突音が響き渡る。


「・・・なんだと!?」


 足場の氷は割れることなく、やや剣先の痕跡を付けただけでその形を保っていた。


「私のブリザーを舐めてもらっちゃ困るね。ちっとやそっとじゃ壊れない魔導の氷・・・それとも、団長さんが思ったより大したことないのかな?」


 木の枝に腰掛けたマギカルは、スケイルの一撃で割れない自身の魔導を誇った。


「隙ありである!!!!」


 呆気にとられているスケイルに対し、マルポロは剣を抜きつつ飛びかかり、身を回転させることで威力を高めた剣撃を、スケイルの首元に食らわせた。


 ガキィィン!!! 


 首元の装甲が割れたものの、スケイルにそこまでのダメージはないようだ。


「甘い!!!!」


 スケイルはマルポロの攻撃後の隙を突いて、得意の横薙ぎを放った。圧のこもった、頭の中まで揺れてしまうような重い風切り音がこだまし、着地した剣先が氷と擦れてギャリギャリと音を立てた。


「なに!?」


 攻撃に手応えを感じなかったスケイルは急ぎ視線を前に向けると、華麗に空中で体を舞わせたマルポロが同時に地に降り立った。


「馬鹿な!? 避けられるはずがない!!!」


 スケイルは理解の追いつかない様子で、顔を汗で濡らしていた。


「受撃反殺・・・、足を封じられたお前が今、普段のスピードで攻撃できるはずもない。いくら攻撃後の硬直があるとはいえ、それだけではマルポロに刃を届かせるのは不可能だ」


「これが・・・最後である!!!!」


 目にも留まらぬ速さで間合いを詰めたマルポロは、大きく空に飛び上がると、一直線に団長の喉元へとその刃を向かわせた。先程装甲が壊れた為、もう攻撃を遮るものは何もない。


「ま、待て!!! 参った!!! 私の負! ・・・・・・!!!!」


 勢いよく突き立てられた剣はスケイルの首を貫通し、CTの表示と共にその息の根を止めた。ぐるっと白目を剥いた後、スケイルの頭上にはLOSTの文字が表示された。


「そ・・・そんな。団長が・・・・」


 騎士達は団長の敗北に肩を落として落胆し、完全に戦意を喪失したようだ。やはりチュートリアルのクリア条件は、スケイルの討伐で間違いなかったな。


「フローラ!!!」


 俺は戦闘が終わり、ひょっこりと出てきたフローラの元に駆け寄り、彼女の手を取った。


「無事、スケイルを倒すことができた。これも君やリーリアさん、村の人みんなのおかげだ。これで革命軍も動くはず、王国打倒に力添えできることがあれば、俺も協力しよう。とりあえず、ありがとう! フローラ!」


 俺は勢いのままフローラを抱きしめた。ふんわりとした白肌の感触。甘く穏やかに香る髪の匂い。彼女の全てが染み渡っていく。最初の悲劇を目撃しているからこそ、彼女を今こうして守れたことにこの上ない幸せを感じた。


 「ええ・・・。ありがとうございます、咲人様。私これで・・・」











「これで安心して死ねます」











「えっ・・・?」


 歓喜の言葉を期待した気持ちが、ズタズタに引き裂かれた。一歩引き、フローラを見ると、妙に青い顔をしていた。


「・・・・どういう意味だフローラ・・・・?」


 わけがわからない。助けたはずの笑顔が、希望への歓喜ではなく死を宣言する。彼女の想定外の発言に、俺は当然の疑問を抱かざるを得なかった。


「私は・・・貴方のチュートリアルの為だけに作られた存在。その役目が終われば、後は生きる意味もない。当然の死です。貴方がいなくなれば、この世界も消えます。所詮、ゲームのキャラですから」


「なん・・・だと!?」


 俺は自分の中で激しい何かがこみ上げてくるのを感じた。


「ふざけるな! こんなチュートリアルの為だけに作られただと!? バカな! 君は自分の意思を持ち生きてるじゃないか! 手の平の温かさ、脈の鼓動、豊かな感情!! どこからどう見ても人間だ!!! ゲームキャラなわけないだろ!!!」


 再びフローラの手を取り、叱責するかのように俺は叫んだ。瞬間、デュリエットに聞いたゲームのことや、軍師の書を思い返し、今の発言の矛盾に気がつく。だが、自分が繋いだと思った他人の希望。だがそれがこんな理不尽な形の終焉を待っているだけの身であったことに、憤りと悲しみを隠せなかった。


「ゲームのキャラはあくまでデータだ! フラグ管理の中でのみ動く電気信号だろう! 君の感情や表情や言葉は全て予め作られたものだと言うのか!?」


 俺が感情を爆発させるのに対し、フローラはどこか寂しげな表情で少し俯いた。下唇をキュッと噛み、瞼を強く閉じて目元に溜めた涙を落として再び俺を見た。


「電気信号じゃありません。咲人様仰る通り、私は生きた人間です。人間の生きる意味なんて、そんなに大それたものじゃないと思います。偉業を成し遂げる人もいれば、何もせず、何も果たすことなく死んでいく人もいる。私には明確な目的があるだけ幸せなんだなって・・・」


 2人の間に冷たい風が通り抜け、髪を揺らした。


 気がつくと周りには誰もいなくなっていた。マルポロも、マギカルも、騎士団も、村の人達も・・・・。


「・・・フローラ、お前はゲームマスターとやらに作られたのか? 先程の騎士団も、このことを理解して俺にやられたのか? お前はずっとこの事実を隠していたのか!?」


「いえ、先程まではこの世界がチュートリアルの為にあることなんて知りませんでした。普通に村でみんなと生活をしていて・・・子供の頃の記憶だってあります。でも咲人様がスケイル団長を倒した瞬間、つまりチュートリアルを終えた瞬間に突然、思い出すようにわかったんです。私の役目に」


 フローラは再び俯いて黙る。生きた人間がゲームキャラとして浪費される。そんな残酷な世界が・・・事実があってたまるものか。


 だから・・・フローラは、この娘は単なるゲームのキャラだ。どんなに精巧に作られていようが生き物じゃない。あの笑顔や、家族の為に流せる涙も・・・全てゲームマスターによって設定されたもの・・・偽りだ!


 俺は押しつぶされる胸中を支えるべく、必死にそう思うようにした。そう、思い込んだ。


「仮に君が生きているとして、ゲームマスターとやらは命を作れるのか? そもそもこの世界は一体なんなんだ。ゲームなら仮想空間じゃないのか?」


「ごめんなさい、私にもそれはわかりません。ただ、本当に・・・なんでこんなのことを考えているのか・・・話しているのか・・・そもそも私は今の今までゲームなんて単語・・・知らなかったはず・・・。どうして・・・・。私は咲人様と・・・もっと・・・」


 フローラは頭を抱え、再び涙をこぼし始めた。繰り返される嗚咽のトーンから、彼女の中で何かが混乱している様子が見て取れた。


「私は・・・私は本当に生きているのでしょうか」


 再び顔を上げたフローラの顔はもはやゲームキャラとは思えなかった。なんとも人間的な、人間より人間的な感情を露わにした、そんな顔。それ程までに彼女の顔は、生き物としての根拠を十分に持っていた。


「生きているさ・・・間違いなく、生きている! 君は生きている!! 俺が・・・保証する!!」


 俺は先程よりも強く、しっかりと彼女を抱きしめた。


 なにが電気信号だ! なにがゲームキャラだ!! こんな感情的な人間が、ただゲームの為に作られただけの存在なあるわけがない!


 俺は必死に守ろうとしていた自分の論理的な観点を、くだらない虚勢を一蹴した。


「嬉しい・・・。私生きているんですね。咲人様にその言葉を貰えただけで幸せです」


 フローラは俺の首に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。胸元に当たった彼女の目元から、熱く湿った感触が溢れ出した。


「私は・・・咲人様がいなかったら生まれてくることはなかったんです。泣いたり、笑ったり、苦しんだり、乗り越えたり・・・生きているからこそ味わえる感情の味。貴方がいたから、こうして知ることができた」


 世界がゴゴゴゴと音を立てて崩れ始めていく。地が裂け、空が落ち、木々はミシミシと無残に倒れた。


 フローラはそっと、俺の胸元を離れると、背を向け静かに歩き始めた。


「待て! まだ話しは終わって・・・」











「私、貴方の為に生まれてこれて、本当に良かった。」











 足場が崩れ、闇の中へ落ちていく。その最中思い出す、最後に振り返ったフローラの淀みのない笑顔。己の定められた死を快く受け入れる曇りのない笑顔。でもその笑顔の裏に確かにあったのは、生への執着。絶望への慟哭を抑え、振り絞った笑顔は、その本心を隠しきれてはいなかった。フローラは・・・あの子は本当はまだ生きていたいと、心の奥底では望んでいた。











 そんな・・・そんな気がするんだ。











 第5章 「死人を送る(チュートリアル)」

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