第6話 この世界は
「あわわ。だ、大丈夫ですか?」
完全にチュートリアルの世界が消え去り、深淵に落ちていくだけの俺を誰かが受け止めた。なぜか目が見えない。働く嗅覚と触覚を頼りに受け止めた人物を想像する。鼻に入ったのは女性的な香り、背に回るか細い腕の感触、細高い声・・・女か?
「あ、お、おろしますね・・・。よいしょ」
俺は受け止められたそいつに、足のつく地面に降ろされた。
「あのー、は、はじめまして・・・。あれれ?」
女の声が聞こえるが目が見えず、俺は手探りで周りの状況を知ろうとする。まごまごとしたその声は、そんな様子の俺を不思議にうかがっている感じだ。
「目が、見えないんだが」
俺はこのままでも仕方がないと思い、目が見えないことを打ち明ける。
「え? あ、あ! あわわ! 目を見えるようにするの忘れてましたぁ! 目が見えなくなるのはゲーム画面が切り替わるロード的な感じで・・・そ、そのAボタンを押さないと次に進めないような・・・ふえぇ、ご、ごめんなさぁい! 私ドジな上、管理者一年生なもので!」
慌てふためく声が耳に入る。管理者?やはりこいつもデュリエットと同じ、ゲームの案内役か。
「えい!」という掛け声と共に、俺の視界が開ける。目の前には、やはりデュリエットと同様、羽の生えた天使のような女の子が真っ黒な虚無空間に立っていた。異なるのは、透き通った薄水色の2つ結びのおさげに、目元にかかる長さの切りそろえられた前髪、少し戯けた自信のない顔か・・・あと胸が大きい(小声)。
「しょ、紹介が遅れて申し訳ありません龍宮寺咲人さん。私、BCBJ管理者の1人で、デュエットさんの後輩のメルエヌと言いますぅ。あ・・・えっと・・・・・そう! イゴオミシリオキヲ!」
何やらデュリエットから変な教育を受けていると匂わせる挨拶だと相手ながらに感じた。まぁ、デュリエットよりは話しやすそうな奴だ。
「ひとつ聞きたい。これから本編が始まるというが、さっさのチュートリアルの世界は本編の世界とは繋がってない独立したものなのか? あと、ゲームキャラが実際の生きた人間だったみたいだが、ここ自体電子上の仮想世界ではなく現実の、俺たちが住んでいたところとはまた別の異世界なんじゃないのか?」
俺はとりあえず疑問に思っていることを並べた。
「あっ・・・えっとまずチュートリアルはですね、あそこは確かに数ある異世界のひとつで・・・あーーーーー!!!!!!!!!!!! これ言っちゃいけなかった!!!!!!!!!!」
メルエヌは咄嗟に口を手で覆う。
「マスターぁ・・・。ごめんなさぁい・・・」
メルエヌは両膝を地につけ、顔を伏せた。
ここまで厳重に口止めされるような秘密・・・。余程の重大性を孕んでいるのだろう。
だがこれで仮想世界の説は完全に否定された。手段はわからないが、俺は確かに別の世界に転移しているらしい。だからフローラが実際の生きた人間であったということも納得が・・・いく・・・。
「そこまで話したんだ。全てを吐き出せ」
俺はメルエヌに歩を向かわせ、己の罪悪感に苛まれる彼女に無慈悲な言葉を浴びせた。不本意などと綺麗事を言っている場合ではない。これは命がかかっていることだ。
「うぅ・・・。勘弁してくださぁい・・・。お願いしますぅ・・・。話す以外ならなんでもしますから・・・。まずはお口でしますか?いきなり本番をされますか?それとも別の・・・、あっ少々変態チックでアブノーマリーな趣味をお持ちでしたら、こっちの」
メルエヌはおもむろに服を脱ぎ出した。
「ば、馬鹿!! なんでそういう話になってんだ! ていうかなんでもするって言っといて選択肢がそっちの方面しかないと勝手に決めつけるんじゃない!」
柄にもないこの焦りが、自身の経験のなさを暗示させる。確かに動画や本などでは多種多様様々なものを見てきたが、いざ自分がその状況に置かれると、案外何もできないものなのだ。
「とにかくだ。話せないのはわかったから、お前がここにきた役目を果たしてくれ。何か目的があっているんだろ?」
メルエヌはそうでした! と言わんばかりに、沈んだ表情を正し、脱ぎかけていた服を着なおした。
「わ、私の担当はキャラメイクなんです。デュリエットさんがゲームシステムの総括で・・・。つ、つまり管理者にはそれぞれ役割があるんですけど・・・」
「待て。俺の他にもプレイヤーはたくさんいるんだろ? キャラメイクだけでも、プレイヤーの人数分管理者が存在するのか?」
「あ、いえいえ。キャラメイクは私一人だけです。人数分私がいて・・・・・・・某夢の国のような・・・つまりその・・・みんなに一人のメルエヌちゃんです☆」
ゲーム基準に
「で、キャラメイク担当といったな。本編では俺の容姿を変えてプレイできるのか?」
「あっ、いえ、顔や体型は現実準拠になります。そもそも咲人さんイケメンだから作り変える必要なんて・・・あわ! なんでもないですぅ!」
メルエヌはまたもや口を手で覆った。
「・・・じゃあどういう意味でのキャラメイクなんだよ」
「あ、えっと、服装というか、本編で用いる衣装を決めていただきます。このカタログから、自分の好きな衣装を組み合わせてください。因みに1日の終わりに自動消臭、洗濯機能付なので、洗い物の心配をする必要はありませんよ!」
メルエヌは1冊の本を取り出し開いた。軍師の書と同様にタッチビジョンが出現し、頭部、胸部、腹部、腕、手先、脚部、靴、アクセサリー、下着などの項目に分けられた衣装の一覧が描かれていた。
「すごく細かいな。下着まで設定できるなんて」
「それはもちろん! かわいいランジェリーは女の子の60口径三年式15.5cm3連装砲ですから! 気合の入ったお下着で憧れの彼を悩殺K.O.しちゃい・・・・あわわ!!」
「・・・お前、そういうこと好きだろ」
「す、好きじゃありません! 第一私はまだ経験ないですぅ! 咲人さんいじわるですね! 早く衣装選んでくださぁい!」
顔を赤らめ憤るメルエヌを尻目に、衣装を選択していく。実はこういうキャラの着せ替え作業は地味に好きだったりする。対象は自分だが・・・・。
「よし終わったぞ」
「はぁーい!」
メルエヌが「パン!」と手を叩くと、自分の着ている服が選択した衣装に切り替わった。軍勝色のコートにインナー。黒色に限りなく近いこの藍色は、質実剛健な武士や軍人の縁起色だ。ユニットを指揮して、戦に勝つ。勝ちにこだわるこのゲームで
そして左目の眼帯は外さないことにした。死への戒め、もう2度と自分の命を失わないという決意の下に。
「じゃ、これからいよいよ本編開始か」
「そ、そうですね。あの、咲人さん」
背を向けた俺に対して、今一度メルエヌが声をかける。
「どうか、頑張って・・・生き残ってくださいね。貴方はたぶん・・・いい人だから」
「・・・あぁ」
俺は短く返事をした。こいつに、正確にはこいつのマスターに巻き込まれたわけだが、不思議ともう問いただす気は湧いてこない。この先にきっとあるはずの希望。それだけを見て俺は歩き出す。
「次は、宿屋の2階の角の部屋で深夜、ランプの灯りだけが揺れるベッドの上で会いましょうね」
「・・・お前、やっぱ好きだろ」
「あわわ! そ、それでは本編、頑張ってくださぁい!」
突然全身が眩い光に包まれていき、体が浮遊感を纏って上へ上へと飛んでいく。
黒い虚無の空間を突き出ると、そこは見渡す限りの美しい雲平原。すると、今度は逆に体は落ちていく。雲の隙間を縫って、どこまでも落ちていく。肌を切る蒼空の風に感動を覚えながら、俺は目を閉じた。
*
「現在プレイヤーの8割が本編を開始しましたね〜♪ まぁもうじき全員が参加すると思いまぁすよ♪ マスター♪」
マスターとの通信連絡用の書を開き、現状報告をする。管理者総括のデュリエットは5人の管理者の中で1番仕事が多くて忙しいのだ。
「・・・マスター、彼らに期待しすぎですよぉ♪ 私に会わずに軍師の書を開きゲームの概要を把握して本編開始した人なんて、1割にも満たなかったんですからねぇ♪ あっでも♡ そうじゃなくても見込みのある人は何人かいましたけどね〜。それじゃ、全員のゲームスタートが確認され次第、私も本編の方に向かいますので〜☆」
デュリエットはマスターとの通信を切り、連絡書を閉じた。そしてふぅーと長く息を吐き、目を瞑った。
「楽しいゲームになるといいね・・・・・・。ね、パパ」
*
体を纏っていた光が解け、俺は地に足をつける。
「ここは・・・・城下町か?」
周りを囲むレンガ造りの建物。やや遠方に見えるのはそびえ立つ西洋の城。川のように流れる老若男女入り混じった人の群れ。活気溢れる市場に、馬車の往来。俺が立っていたところは、盛栄極まる城下町の真ん中だった。
「さて、まずはどうしたものか」
俺は少し辺りを見渡した後、当てがないので仕方なく近くにあった路地に入り、軍師の書を出してみた。
「そういえば、マルポロはどこに行った? 今の状況を確認できるのかな」
軍師の書の「所持ユニットの確認」の項目をタッチする。すると、「所持ユニットがいません」と表示された。
「いないだと!? あいつはチュートリアルだけで、本編では使えないのか。ということは、どうやってユニットを集めるんだ・・・?」
色々な可能性が頭の中を
まるで説明がないとわからない。再びデュリエットが出てくるまで待つという考えが濃厚となった。
「その軍師の書・・・あんたエレクラのプレイヤーだろ?」
「!?」
突然話しかけられ思わず肩が硬直する。声の方を見ると、一人の男性が立っていた。襟の立ったワイシャツ風のトップスに下は黒のスーツズボン、長身で革のリュックを背負っており、黒の短髪に髭を生やした顔立ちは、少し大人の貫禄を感じさせる。
「そうですけど・・・あなたもプレイヤーですか?」
「おお、そうそう! 良かった良かったプレイヤーに会えたぜ。俺、今来たところだから心細くてね。街の人にゲームのこと聞いても知らないの一点張りだったから」
「自己紹介しようか。俺は狩屋倫太郎。歳は33歳! イゴオミシリオキヲ!」
「!」
俺は少し身構えた。管理者の挨拶・・・!
「じょ、冗談だって! ごめんごめん! 俺は管理者じゃなくてちゃんとしたプレイヤーだよ。まぁ管理者についてもちゃんと知ってるみたいだから安心だ」
「まったく、おどかさないでください」
「ははは、悪かった! あんたは見たところ若そうだね。まだ学生さんなのかい?」
「龍宮寺咲人17歳、高校生です」
「おお高校生! 若いな! ま、立ち話もなんだ、向こうのこじんまりした広場にベンチがあったから、そこで情報交換といこうじゃないか」
倫太郎さんの案内のもと、俺たちはそのベンチに向かった。脇にある細い路地を抜け、水路に架かる橋を渡ると、小さな広場に出た。
「よっこらしょ! あっいけね、30超えるとどうもいちいち動作に声が出てちゃうんだ」
ベンチに腰掛けた倫太郎がへへへと笑う。はぁ、と軽く濁し俺もベンチに座った。
ベンチからはちょうど広場の全容が見える。整備された花壇に囲まれた真ん中では、女の子が大型犬と遊んでいる。
「さっそくだが、聞いていいかい? 咲人くんは、ここに来る前はどんな状況だった?」
倫太郎さんは両手を組み、こちらを見つめる。
「・・・リセマラをしてました。中々☆5が出なくて、50回くらいやってたんですけど・・・」
「50回!? それはハマったね〜」
「それで、その50回目のリセマラの3回目の召喚をした時に、突然スマホの画面が発光して、気づいたらチュートリアルの村にいました」
「そうか・・・。やはりきっかけは俺とほぼ同じなわけだ。俺もリセマラを終えてゲームしてる途中にスマホが突然発光してあの草原に飛ばされた。おそらく、【最初の3回の召喚を終える】が転移の契機だな。なぜなら・・・」
「その3回の召喚の最後に召喚したユニットが最初のチュートリアルで使用するユニットになるから、ですね」
「その通り。そして村で、引いたユニットや村の人達を使って騎士団を倒した・・・だろう?」
「はい。俺は一度王国騎士に殺されちゃいましたけど・・・。それでデュリエットと会いました」
「こ、殺されたのか?」
「そうですね。そこではチュートリアルだから何度でも生き返らせてあげると言われましたが、本編では死んでも生き返らないから気をつけろと・・・」
「なるほど。あそこでは死んでも大丈夫だったのか。俺は最初あれこれしているうちに、恐らく防衛対象キャラだった村娘が殺されてしまってね。それであの黒い空間に突然送られて、デュリエットの説明タイムだった」
そこから俺たちは少し黙った。ワンワン! と犬の鳴き声が広場に響く。女の子は犬を抱きしめ、顔を舐められながら笑っている。
「咲人くん。君はこの世界はどんな形で成り立っていると思う?」
約30秒の沈黙を破り、倫太郎さんが口を開いた。
「・・・チュートリアルで出会った、あの村娘と話した限りでは、どう考えてもゲームのNPCとは思えませんでした。あの子は生きていたんです。だからここが仮想ゲームの世界ということはあり得ない」
「ほう・・・」
「もう1つ確信的な証拠があるんですが、キャラメイクの時にメルエヌという管理者と会いましたよね? 奴が口を滑らせた限りでは、チュートリアルの世界は数ある異世界の1つと言っていました。俺の見解ですが、ここは俺たちのいた世界とは違う、どこか別の異世界です。そしてゲームマスターは少なくとも人間を異世界に転移させる力、そして生命を生み出す力を持っている。恐らく人間じゃない、何か別の存在。かなり超常的ですが、今のところ見てきた印象ではそんな感じだと思います」
倫太郎さんは腕を組み直し、少し考える素振りを見せた。
「なるほど。俺はてっきり仮想世界だと思っていたよ。軍師の書のシステムなんか、思いっきり主人公がゲームの中に入るアニメやなんかで見慣れたものだったからね。管理者の言葉・・・なによりあのメルエヌは嘘がつけなさそうだ。信ぴょう性は高いだろう」
「そうですね」と二人で笑った。この人もメルエヌをからかったのかと思うと可笑しくてしょうがない。
シュイイイイイイン!!!
「!!」
突然念じてもいないのに2人の軍師の書が構築され、開いた。映し出されたビジョンにはデュリエットが映っている。
「軍師の皆さぁ〜ん♪ 大変長らくお待たせいたしましたぁ! これより、ゲーム本編の概要と、ユニットの入手について説明をいたしますので〜、城下町南東の外れにございます【希望の神殿】にお集まりくださ〜い♪ あ、街のマップは軍師の書で見れます故〜♪ それでは☆」
ブツッ! と通信が切れると、軍師の書はひとりでに閉じ、消えた。
「咲人くん聞いたか?【希望の神殿】に行こう!」
俺たちは早速マップを頼りに、希望の神殿に歩き始めた。いよいよ実際の死を伴うゲームが始まる。不安と恐怖を覚えながらも、その隙間に微かな高揚感が生まれていることに俺は気づかなかった。
第6章 「この世界は」
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