第3話 天使はこの世の娯楽を嘆く
「だ・か・ら!!! 本当なんですってば!!! スマホが光ったと思ったら消えたんですよ!!! 突然!!! 咲人先輩が!!!!」
にわかに信じがたい、そんな懐疑的な面持ちを浮かべる体育教師の牧田に対して、つくしは目の前の机をバン! と叩き、言葉を強めた。
「わかった。わかった。それで、犬養以外に見た者はいるのか?」
現場である教室に残っていた数人の生徒達に牧田は問いかけた。
「消えたかどうかは見えませんでしたけど、確かに龍宮寺くんは教室にいました。教室の扉は開けたら音を立てて閉まるように出来てますし、出て行ったら分かると思います」
短髪の男子生徒が前に出て、教室のスライドドアを指差した。
「じゃああれか? 本当に龍宮寺は自分のスマートフォンを机の上に残して、突然光の中に消えたってのか? はぁ・・・あのなぁお前ら、嘘つくならもう少しリアリティのある」
「「本当に消えたんですってば!!!!!」」
つくしは人目も気にせず、思いっきり叫んだ。
あたしにだって信じられない、でも現実に起きてしまったことを信用させるには、嘘でないとわかってもらえるようにしなきゃいけない。つくしはそう思っての行動だった。
「まぁ、とにかくだ。探さないわけにも行かないだろうしな。お前達、悪いが学校の中探すの手伝ってもらえないか? 俺は龍宮寺の家に、あいつが帰ってきたら連絡してもらえるように電話するから」
全く信用の色を見せない牧田を横目で睨み、つくしは教室を出てピタリと立ち止まった。
学校なんかじゃない、咲人先輩もっと遠く・・・別の場所に行ってしまった。そんな気がしてならなかった。あたしの勘は、咲人先輩のことになるとよく当たるんだ・・・。
涙で霞んだ視界を拭い、つくしは再び歩き出した。
「あの、牧田先生」
三つ編みを両肩に垂らし、頬にそばかすを散らせた素朴な風貌の女子生徒が、小走りで牧田に駆け寄った。
「どうした? 浅野」
「私、南條さんと一緒に帰る約束してて、私の図書委員の仕事が終わるまで南條さん、教室で待ってくれてたんです。で、今戻って来たら・・・いないんです、南條さん。机の上にスマホだけ残して・・・」
えっ・・・。と小さく発し、牧田は荒く小刻みな呼吸を繰り返した。
龍宮寺と・・・同じ状況・・・。
*
「おはよーございまぁ〜す♪ 気分はどうですかぁ?」
甘ったるい水飴のような声が耳元で囁く。
「ん・・・は!?」
目を覚ますと、俺がいたのは村長の家ではなく、真っ暗で何も無い虚無のような空間だった。そして目の前にはその空間と対比されるかのよう白い衣に白い翼を生やした天使のような少女が佇んでいた。頭に装着した赤色の大きなリボンと、白いシュシュで結んだ桃色のツインテールがフリリと揺れている。
「ここはどこだ!? マルポロ! フローラ!!」
「やーっぱりぃわかんないですよねぇ〜。マスターは説明なしでも大丈夫だーって言うけど、案の定何もわからずにゲームオーバーになっちゃう人続出! お陰で私ら管理者は大忙しですよぉ」
少女は両頬に手を当て、やや暗い面持ちでため息をつく。ばっさりと綺麗に生え整った長いまつ毛が下を向き、口元はへの字に曲がっている。
「マスター? ゲームオーバー? なんのことだ! そもそもなぜ俺はこんな場所にいる!? 何か知っているなら教えろ!」
「そんなに一気に色々たくさん質問しないでくださいよぉ〜♪ まぁ不安になるのはわかりますけどねぇ〜」
我慢ならず怒気を放った俺をおちょくるかの如く、少女は口に手を当てくすくすと笑った。
「はじめに・・・私このゲーム、エレメントクライシスブレイブジャッジメント、通称ECBJの管理者の一人のデュリエットと申しまーす♪ イゴオミリシオキヲ〜♪」
デュリエットは紳士の挨拶をうろ覚えで真似たかのような、下手くそな礼を披露した。
「ゲーム管理者・・・、ということは、やはりここはゲームの中なのか? そんなバカな!?」
「そんなバカなもバナナもイチゴもグレープフルーツもありませんよぉ〜。私はメロンが好きですけどねぇ〜」
「正真正銘ここはゲームの中! そしてあなたは数多のプレイヤーの中の1人というわけなので〜す!」
デュリエットは右手を高々に振りかざし、ハイテンションで叫んだ。逆に俺は表情がフリーズし、呆気にとられている。
「さっきゲームオーバーと言ったな。俺はあの騎士団の1人に剣で斬られたが、あれで・・・」
俺は斬られた左顔面を手でさする。普段となんら変わりない感触・・・。傷は完治しているようだ。
「ポンピーン! そうでーす! あなたはきゃんわいいフローラちゃんを庇って〜お騎士さんの剣でぶった斬られて〜HPゲージプッツンして死んじゃいましたー♪」
「し・・・死んだだと? 俺はこれからどうなる!?」
俺は顔色をみるみる焦りの色に染めた。唐突に告げられた自分の死。これからどうなるのか、ここで全てが終わってしまうのか・・・。不安と恐怖で今にもどうかなりそうだった。
「安心してくださいよぉ〜。まだこれはチュートリアルです。クリアするまで何度でも復活させてあげますよぉ〜♪」
「そう。何度でも。四肢をもがれようと臓物をブチまけようと首を跳ね飛ばされようと、何度でも・・・・・ね♡」
デュリエットは人の死を軽んじるかのような狂気の笑顔を近づけてきた。俺は思わず身を引き、冷や汗を流す。チュートリアル? 生き返れるのは良かったが、自分の巻き込まれている事態への絶望や謎は十分残っている。
「あれー? 怖くなっちゃいました〜? そう、このゲームは簡単に無双できるようになるような生易しいものじゃないんですよ?」
「ど、どういう意味だ?」
「ふふふ早い話が、最近のポピュラーゲームとは違うんですよぉ〜♪ イージーモードの搭載、序盤に相応しくない性能のお助け武器やキャラ、充実した攻略サイト♪ お手軽なマルチプレイ♪ 自分で試行錯誤しなくてもあっという間にゲームクリア♪ ほんとになぁ〜にが面白いのやら♪」
デュリエットはくるっと身を回し、再び俺を見つめる。
「ま、口で言わずとも先程の体験で痛いほどわかっていただけたと思いますがね、龍宮寺咲人さん♡」
デュリエットはニヤリと口角を上げ、目を細める。
「なぜ俺の名前を!?」
意図せず声を上げる。初対面であるはずのデュリエットが、なぜ俺の名前を知っているのか。
「貴方のことはちゃーんとリサーチ済みですよぉ〜♪ エレメントクライシスシリーズを全作プレイ済み。しかももれなく最高難易度をノーリセット、全員生存クリアまでしてますね♪ このシリーズ、最高難易度は一手間違えれば高確率で犠牲者が出ますからね〜♪ ですからこれは中々凄いですよぉ〜☆ パチパチ〜♪」
デュリエットは小刻みな拍手を俺に向ける。
「・・・フ、そのくらいはガチのエレクラプレイヤーなら出来て当然だろう」
俺は戸惑いながらも自信に満ちた言葉で返す。やや楽観的ではあるが、こいつが何者であれ褒められて悪い気はしない。
「言いますねぇ! なら、このゲームならどうですか? この、貴方自身が実際の軍師となりユニットを指揮する、エレメントクライシスブレイブジャッジメントなら?」
「なに?」
「チュートリアルが終われば、本編が始まります♪ 本編では今回のように死ねば二度と生き返りません♪ つまりゲームオーバーは正真正銘、真の死を意味します♪ つまぁり! たったひとつの大事な大事な命をかけて、プレイしていただきまぁ〜す♪」
告げられた言葉は耳を疑うものだった。実際の死がつきまとうゲーム・・・。
「なんだと!? なぜ俺がそんな危険なゲームに参加しなきゃいけないんだ! 拒否権はないのか!」
「残念なーがらマスターの意向なんで私からはなんとも。連れてこられた以上はプレイするしかないということでーすね♪ これが♪」
「マスターってのは何者だ!? このゲームの製作者か? そいつに会うことはできるのか!?」
「さてね〜。その答えは貴方自身が本編をプレイして見つけてくーださい♪ んじゃ、長話もあれなんで、そろそろゲームの説明の方させてもらって、サクッとチュートリアルを終わらせちゃってください♪」
そう言うとデュリエットは指をパチンと鳴らした。すると俺の左目にVのデザインがなされた眼帯が、ひとりでに巻かれた。ちょうど怪我をした場所だ。
「その眼帯、記念にあげちゃいます♪ 己の過ちを戒め、逆転に変えて幸運を呼ぶラッキーアイテム☆ な〜んてね♪」
デュリエットは舌を出し、不気味な笑みを浮かべた。
「勝利のV、期待してますよ〜♪」
*
「軍師殿・・・!!! 軍師殿!!!」
俺が再び目を覚ますと、そこには金髪の少女の顔があり、辺りには木造の家々、古びた井戸、手入れされた牛舎・・・。最初に来た時とまったく同じ光景が広がっていた。
「マルポロ・・・!? これは!!」
周囲の状況とマルポロが生きていることから、時間が戻っているとみていいな。あの天使・・・デュリエットが言っていたことは本当か。
では早速・・・。
俺は右手を仰向けに伸ばし、念じた。すると
シュイイイン
光る粒子のようなものがひとりでに集まり、一冊の古びた本が構築された。
「本当に出た・・・。これが軍師の書か」
俺は驚きつつも、出現した本を手に取り静かに眺めた。
*
「まずは軍師の書。これはこのゲームの根幹を担う1番大事なものになりまーす♪ 戦闘でのユニットへの命令や、離れたキャラクターとの意思の疎通、マップの確認、アイテム収納やステータス確認まで全てこの軍師の書で行います♪ いわゆるメニュー画面ってやつでーすね♪」
「出し方は〜、手を本を持つ形に広げて、あとは軍師の書を出したいと念じるだけです♪ まぁ百聞は一見に如かずなシステムなんで、信じる信じない以前に自分でやってみてくーださい♪」
デュリエットは軍師の書が描かれたホワイトボードを出現させ、ふざけたジェスチャーを交えながら説明した。こいつの性格がだんだん見えてくる。
*
軍師の書を開くと、紙面からメニュー項目のビジョンが浮かび上がった。本というよりは映像を映し出す機械だ。浮かび上がったメニューはタッチパネルとなっており、タッチすると対応する項目が開いた。
「なるほど、本はアンティークだが、中身はハイテクというわけだ。それじゃ、まずマルポロのステータスの確認だな」
「軍師殿、それはどのような魔術であるか?」
マルポロは奇異の目をこちらへ向けた。
「まぁ見てろって」
マルポロ R☆☆ レベル8
生命力27
力11
魔力1
物防5
魔防15
敏捷28
技量21
運16
装備武器 鍛えたはがねの剣(属性・斬撃) 攻撃力+7
スキル 緊急迎撃
(生命力50%以下で敵から攻撃された際、反撃が可能な場合は先制反撃し、攻撃後連撃可能な場合は連撃する)
装備秘技 なし
マルポロは原作ゲームだと正直いらないユニットだ。スキルは中々強くて、敏捷や技量が高いおかげで回避率やクリティカル率は褒められるが、力や物防のステータスが低くて高難易度じゃまず育てられない。さっきの騎士団長との一騎打ちの時みたいに、敵にダメージを与えられず、反撃で落ちるからな。どんなに攻撃が速かろうが、生命力を削れなきゃ意味がない。無理して育てる程の成長率もなかったし、だからこその☆2か。
「ハッ! 軍師殿!! 後ろに!!!」
マルポロが剣を抜き、俺の前に立った。
「待てマルポロ! 敵じゃない!!」
向けた視線の先には怯えたフローラがいた。やはりこれから起こることは最初と同じようだ。
*
「え!? 気がついたらこの村に?」
「そうなのであるよ〜」
フローラの家に上がり、机を囲みながら会話するフローラとマルポロを横目に、俺はひとり肘をついて考えていた。
チュートリアルのクリア条件で考えられるのは、王国騎士団の撃退、もしくは騎士団長を倒す、恐らくこの2つのどちらかだ。だが、ざっと覚えているだけで15〜20人規模の集団だ。マルポロだけでどうにかなる相手じゃない。協力を仰がないと・・・。
さらに、注意すべき点としてあの村長のユーチが挙げられる。奴は今この状況をどこかで監視していて、俺たちのことを王国騎士団に伝えている。ここで下手に話を切り出して、敵に対策されてはクリアは困難を極める。あくまで最初のシチュエーションを相手に取らせないと、作戦自体の組み立てができないからな。
「あの、龍宮寺咲人様・・・でしたよね? なにか悩んでいらっしゃるようですが・・・」
フローラが心配した様子で語りかけてきた。
「あ、いや、大丈夫だ。なんでもない」
とりあえず頭の中で大まかな段取りはまとまった。あとはフローラを説得し、行動に移すだけだ・・・。
デュリエットにゲームマスター・・・。色々と謎は残るが、今は目の前のチュートリアルのクリアだ。必ず・・・フローラを、俺はこの子を守ってみせる・・・・・!
第3章 「天使はこの世の娯楽を嘆く」
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