第8話 リユニオン

「えーこれからですね〜、皆さんにユニットを召喚していただくんですけどもー!その前に召喚について説明をさせていただきたいと思いまぁ〜す! 基本的にユニットはこちらの希望の神殿にて、この召喚石と引き換えに加入するようになりまぁす♪」


 デュリエットは手に持った青い石を指差した。手のひらに収まるほどの、丸く深みのある青を含んだ石だ。


「まぁゲーム内でも加入条件を満たせば仲間にしたりできるんですけどね〜♪ もちろんレアリティも存在しまして、☆1〜☆5まで全てのレアリティが排出いたしまぁ〜す♪ 当然、性能はレアリティが上がるほど良くなりますので、頑張っていいユニットを引いてくださいね〜♪」


 皆がざわざわと一斉に喋り出す。


 石の入手条件は何なのか、排出率はアプリと同じなのか、ユニットは死んでしまえば二度と生き返らないのか。


 ここに来るまでの過程で、みんなこのゲームが命がけなのは重々承知しているはず。俺と同じく、出来るだけシステムに関する知識は取りこぼしのないように念入りに把握しておきたいのだろう。

 

「まぁまぁ皆さんまずはやってみるのが近道ですよぉ♪ 適宜説明は挟ませていただきますので、御安心くださいませ〜♪ あとは軍師の書のヘルプ項目に細かいことは記載されていますので〜、各自読んどいてくださーい☆」


 デュリエットはくるっと一回転した後、舌を出して笑った。


「ふざけるなー!! 真面目に説明しろ!」


 デュリエットの煽るような態度に、舌打ちや怒号が飛ぶ。


 当然だ、お手軽なスマホゲームが一転、恐怖のデスゲームに変わったわけだ。ギリギリの平常心に対してあのような接し方は誰だって腹が立つ。


「では早速、抽選番号と召喚石をお配りします♪」


 デュリエットは降り注ぐ罵声を軽く受け流すと、淡々と説明を再開した。まったく実に舐めた姿勢だが、案外図太い方がこういう役回りには向いているのかもしれない。


「召喚はお一人一回ずつしていただくようになります♪ なので、その順番を決める番号ですね♪」


 デュリエットが指をパチンと鳴らすと、プレイヤーの手元に、先程見せられた青い石と同程度の大きさの赤い石と、番号が書かれた手のひらサイズの紙が出現した。俺の番号は・・・51番。


「そこに書いてある番号順に引いていただきまぁーす♪ では1番さーん前へー!」


「ちょっと待て」


 テンポよく進めているつもりのデュリエットを1人の声が遮る。革の黒いロングコートに身を包んだ、前髪の長い長身の男が前に出てきた。


「お前がさっき手に持っていた石は青色だったが、今俺たちに配られた石は赤色だ。これには何か理由があるのか?」


 男は手にした石を前に突き出し、問いただした。


「い〜い質問が出ましたので、お答えしますね〜♪ 召喚石には青、赤、金、虹と4種類の色がございまして〜、それぞれ1回・10回・50回・100回分の召喚の引き換えとなっておりまぁ〜す♪ 具体的に申し上げますと〜、希望の神殿でのユニット召喚は先ほども申し上げました通りお1人様1回ずつです♪ なので、1回の召喚が終わればまた順番を待ってもらうようになります♪ そして〜ここで重要なのが1回召喚で召喚できる回数です♪」


 ここでデュリエットはくるっと1回身を回した。


「1回の召喚で1人ずつユニット召喚するよりも〜、10人一気に召喚、10人よりも50人、50人よりも100人一気にした方が効率が良いですよね〜♪ 要するに! 1度の召喚でたくさんのユニットさんを召喚した方が、時間短縮につながるわけで〜す!さらにさらに! 石は統合が可能でして〜、青10個で赤1個、といった具合に回数分の石があれば、上位の石と交換可能でございま〜す♪ 今回みなさんにお配りした赤の召喚石はスタートダッシュキャンペーンで、今なら10連召喚が無料!みたいなノリですね〜♪ あと、まとめての召喚には特典として、10回ごとに召喚数が+1されちゃいますので〜そういった面でもお得でございま〜す♪」


「オーケー、理解した。続けてくれ」


 男は一歩後ろに下がると、腕を組んで俯いた。


「では、1番の方! 前へ!」


 かくして、唐突ながらもユニット召喚が始まった。召喚者は神殿の中に入り、その間扉は閉ざされる。おそらくは他プレイヤーからの獲得ユニット覗き見の防止のためだろう。相手に手持ちを知られることが不利につながるこのゲームでは当然の処置だ。だが、扉の隙間から召喚の際の光が漏れるという欠陥構造・・・。俺の見立てが正しければ、この光はアプリ版に準拠していて、白が☆1、金が☆2以上確定、虹が☆5確定のはずだ。なのでレアリティの判別はある程度されてしまうな・・・。


「ふぅ、終わりました」


 1人目のプレイヤーが神殿から出てきた。小太りの情けなさそうな顔をした中年男だが、服装は紅のコートと、脇に剣を差していてやたらかっこいい。この人が召喚した光は全て白だったが果たして・・・。


「どうだった!? 何が当たった!?」


 たくさんの人が詰めかけて何が当たったかを質問する。光に関して俺と同様の予想をしている人も少なくないだろう。


「ああ、全部☆1のモブ兵士でしたよ・・・。引いたユニットは軍師の書に登録されて、出し入れ自由らしいです」


 あっさり言うのか、と俺は心の中で驚愕する。たとえ見立てが正しかったとして、このゲームは白光からの☆5昇格もかなりの低確率だがあり得る。光を見られていたとしても、手持ちの情報はできる限り伏せていた方がいいのだが、まだ普通のゲーム気分が抜けていないいい証拠だ。嘘をついている可能性もあるが・・・。


「咲人くんは何番だった? 俺は179番だからだいぶ後半だよ」


 倫太郎さんは俺の肩に手を乗せ、自分の番号が書かれた紙を見せてきた。


「俺は51番です。あの、倫太郎さん」


「なんだい?」


「先ほどの召喚過程を見た時に気がついたと思うんですけど、扉から召喚の光が漏れるじゃないですか。あれで召喚したユニットのレアリティが他のプレイヤーに悟られてしまうと思うんです」


「そうだな、俺もそれは考えていた。高いレアリティを引いた場合、マークされやすくなるからな」


「今回、初回の召喚で多くのプレイヤーが集まるこの場で引くのはあまり賢明じゃないと思うんです。様子だけ伺って後で人気が引いてから引くのが1番良くはないですか?」


「確かにその通りだ。だが、抽選券を配られているある種強制イベントのような今回のケースにその言い分が通るか・・・。ちょっと聞いてみるか」


 そう言うと倫太郎さんは10メートルほど離れた位置にいるデュリエットの方を向き、大きく声を出した。


「デュリエット! 今回の召喚は抽選番号を放棄して後で引くことは可能なのか!?」


 あまり大勢の前で目立ちたくない俺は、聞きたくても声が出ないので、倫太郎さんの場慣れした行動力が本当に頼りになる。


「それはできませんね〜♪ 今回は説明の一環ですので〜、必ず抽選番号の順番で一度召喚していただくようになりまぁす♪」


「わかった! ありがとう!」


 倫太郎さんは片手を上げ、ニコッと微笑んだ。良い返事でなくとも笑顔を忘れない、営業職の鑑だ。


「やはり・・・ダメですか」


 俺は少し肩を落として、ため息をつく。周囲の目が多い以上、この召喚で引くユニットに関してはあまり高レアリティが出られても困るということだ。しかし確率としてはそうそう出るわけでも無さそうだから杞憂で終わる可能性は高い。そもそもリセマラで召喚を150回して、一度も2%の☆5が出なかった身としては、寧ろ安心感がある。


「そう悲観しなくても大丈夫さ。何かあったら俺が助けるし、逆に咲人くんも俺を助ける。命を投げ出すまではいかないけど、少しでもお互いの生存率を上げるために尽くし合おうじゃないか」


 倫太郎さんはお手本のようなスマイルを作った。本当に笑顔が上手な人だなと俺は密かに感心する。


「そういえば、鈴莉ちゃんはどこに行った?」


「あっ」


 他プレイヤーの召喚に集中していて気づかなかったが、いつの間にか南條の姿が見えなくなっていた。


 そうこうしているうちに2人目の召喚が終わる。今回の人も全て白光だった。


「アプリじゃ11連もすれば、☆3☆4くらいは割と出ますよね。2人続けて☆1しか出ていないのはかなり排出率が抑えられているとみれますね」


 アプリの排出率だと☆2☆3☆4は全体の約68%を占める。22回連続で68%を外すのはそうそう起こる確率ではない。☆2以上の排出率が低くなっていると考えるのが妥当だろう。


 そして3人目も全て白光で召喚を終え、神殿から出てきた。これは☆2ですら1桁台の確率かもしれない。


「この分ならここでレアを引いて目立つことはあまりなさそうだな。まぁ、仮にもし引けば恐ろしく目立つことになるが」


「そうですね・・・。それだけは避けたいです・・・ん?」


 ちらりと横に目をやると、南條の姿を捉えた。数人の男に囲まれて、何やら話をしている。


「南條の奴、知らない男どもと話してますね。あれだけフレンド登録には気をつけろと言ったのに。」


 俺は少し言葉に苛立ちを混ぜた。


「あれはいわゆる出会い厨ってやつだな。こんな状況でも精力的に口説いてるとは、ある意味感心だな。咲人くん、止めなくていいのかい?」


「え? なぜです?」


「だって君、鈴莉ちゃんのこと好きなんだろ?」











「「はぁ!?!?!?」」











 人目もはばからず、思わず大声を上げてしまう。あれだけ毛嫌いしている南條を好きなどと誤解されては堪ったものではない。


「す、好きなわけないですよ! あんな脳みその9割が同人誌で構築されてるような女! 倫太郎さんはあいつの気持ち悪さを知らないから・・・!」


 必死に否定しようとつい熱くなってしまう。人は誤解されると、なんとかその誤解を解こうとしてあることないこと並べ、言葉に冷静さを失うものだ。


「でも咲人くん、鈴莉ちゃんと話してる時は側から見てて楽しそうだったよ」


「そ、そんなわけ・・・!」


「咲人くん!」


 倫太郎さんは唐突に俺の肩に腕を回し、耳元で囁いた。


「俺も33年生きてきて、あんな巨乳の美少女は現実でお目にかかったことはない。趣味趣向に多少の難があるとはいえ、ある意味あの存在は奇跡だ。せっかくクラスメートという大きなアドバンテージがあるんだから、この機を逃しちゃ損だぞ」


 重く、質量の篭った言葉が心にのしかかる。


 なんだろう、心の奥底の自分でも気づかないような、自覚できないような感情を見抜かれている気分だ・・・。いや、俺が南條を意識しているなんてあり得ない。今苛立ちを覚えたのも、先程注意したフレンド登録のことから来るものであって、決して嫉妬などではない! 本当だ!


 その後倫太郎さんと少し会話を挟みつつ、なんだか気恥ずかしい面持ちで順番を待つ。10人目が終わっても未だに白光のみ。ここまでくるとアプリ版の光の法則が適用されているのかいささか怪しくなってくるが、神殿から出てきたプレイヤーが皆一様に口にするのは「全て☆1だった」という言葉だ。単純に出ていないというのが濃厚だろう。


「こりゃあ相当低いな、☆2以上の排出率は。まともに手駒を揃えられるか心配になってくるぞ」


「えぇ。今回はオール☆1でも問題ありませんけど、憂うべきは今後ですね。これだけ出ないと主力を揃えるだけでもかなり大変そうです」


 俺は緊張と不安でゴクリと喉を鳴らした。


 30人目、40人目が終わってもまだ白光以外の光は発生しなかった。そして召喚を終えたプレイヤーが報告するのは、相変わらず☆1しか出なかったという事実。


「実は出てるんじゃないだろうか。白光からの昇格もあるんだし、レアリティを悟られたくない為にあいつら隠してるだけなんじゃないか?ここまで出ないのは流石に・・・」


 先程まで明るく振舞っていた倫太郎さんも、段々と言葉に疑いを募らせ始めた。


「おい! 流石にレアが出なさすぎじゃないのか!? ここまで40人が11連引いて、全部☆1じゃないか!」


 誰かが声高に叫ぶ。その後次々に確率に関しての不満が噴出し、言葉が入り乱れ何を言っているのか聞き取れないほどになった。


「落ち着いてくださいよ〜♪ ちゃーんと☆1〜☆5まで出ますってば♡ まだまだ半数以上の人が引いてないんですよ〜? お問い合わせは全員が召喚を終えてからお願いしまぁす♪」


 怒っていても仕方ない。俺たちはこの場にいる限り管理者の、デュリエットの言いなりになるしかないんだ。今はただ、☆1のユニットでどう戦うか、生き残るかを考えるべきだ。


「はぁ〜い☆ お次は50人目の方、前へ〜♪」


 今50人目・・・俺の番号は51番。次だ・・・・!


 胸の鼓動がだんだんと早くなっていく。ソーシャルゲームでガチャを引く前の鼓動のリズム・・・無課金で貯めたガチャ石を本命のガチャにつぎ込む前のあの緊迫感・・・。手のひらがジワッと汗で湿っていくのを感じる。


 神殿の扉から漏れる光は相変わらずの白光。光が止むと扉が開き、50人目の人が神殿から出てきた。


「はぁ〜い☆ では51人目の方、前へ〜♪」


 テンション高いデュリエットの呼び出しが胸を突き、ドキンと一際強く心臓が震える。


 いよいよ召喚だ。どうせ☆1ばかりだと分かっていても、やはり召喚前の緊張感はある。


「咲人くん! 神引きしてこいよ!」


 倫太郎さんがげきを飛ばす。


「ここで神引きしたら逆に困りますけどね」


 俺は気丈に笑ったが、言葉は震えていた。確率が存在する限り絶対はない。どうせ出ない、いやもしかしたら・・・俺の精神はその思考の狭間でずっと揺れ動いていた。


 人の間を抜け俺は神殿の前に立った。


「はい、では召喚石をお預かりします♪」


 デュリエットは召喚石を預かる際に、俺の顔を確認する。


「あ、龍宮寺さんじゃないですか♪ チュートリアルお疲れ様でした〜♪ 良いユニット引けると良いですね〜♪ 私、貴方は応援してますから〜♪」


 デュリエットは相変わらずの気色悪い笑みを浮かべる。


「お前、それ全員に言ってるだろ?」


「えへ☆ バレちゃいましたぁ♪ それでは中にお入りくださぁい!」


 神殿の中に入ると、ひとりでに扉が閉まった。常に人の声が飛び交っていた外の喧騒はシャットアウトされ、神殿内は無音になった。


 神殿内は非常にシンプルな造りで、目の前に階段があり、その上には6本の石柱に囲まれた、なにやら紋様が刻まれた祭壇が存在するだけだった。


 ひとまず階段を上がり、祭壇の上にたどり着くと、祭壇の真ん中にタッチビジョンが浮かび上がっている。書かれた内容は「赤の召喚石を使用して召喚を10+1回行います。よろしいですか?はい/いいえ」という同意画面だった。


「一応アプリゲームとしてこういう表示も出すんだな。」


 俺は「はい」の項目を押す。


 ビシュウウウウウウン!!


 すると神殿の天井は激しく発光を始め、同時に軍師の書が構築された。


「これは!? 軍師の書が!」


 天井から白い光が降り注ぎ、次々と軍師の書に入っていく。☆1ランスナイト、☆1ソードナイト、と軍師の書に光が入る度に引いたユニットの内容が簡易的に表示される。


「アプリ版と演出はほぼ同じだな。ユニットは・・・やはり全て☆1・・・む!?」


 10回目の召喚が終わった直後、今までの光とは明らかに違う金色の光が天井から降ってきた。そしてその光は軍師の書には入らず、俺の傍らに落ちた。


「こ、これはまさか! ☆2以上確定の金光!? なぜ軍師の書に入らない!?」


 光が徐々に解けてゆき、ユニットの全容が明らかになる。


 後ろを束ねた金髪に・・・腰に差した剣・・・小さめの体格・・・胸があるので女か・・・? どこかで見覚えがあるような・・・。


「・・・・」


 完全に光が解け、後ろに束ねた金髪が静かに揺れる。ユニットは閉じていた目を開き、俺を見た。まっすぐ向けられる碧色の瞳は大きな志を感じさせ、力強い。


「また会えましたであるな、軍師殿!」


 ユニットの頭上に「マルポロ」というキャラクター名と☆☆のレアリティが表示された。


 マルポロは俺の手を握り微笑む。同時に俺は血の気が引いていくのを感じた。











 まさか・・・まさかこのタイミングで引くなんて・・・!












 第8章 「リユニオン」

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