第13話 不穏な依頼
その広場の大きな噴水の周りには、多種多様な人々が集まり、賑わいを見せていた。小銭を投げられる旅芸人や、珍品を売り出す個人行商、スカウト待ちの歌い手、口笛を吹く待ち人、井戸端会議に精を出す女性達。現代に例えるならば、さながら駅前のシンボル像といったところか。
「サッキーよく観察してみてくれ。昨日あれだけのプレイヤーがいたんだ、普段攻略サイトに頼りきりで何をするかわからず立ち往生してる奴や、もう既にエルが底をつきそうで詰みかけてる奴が歩いてたりするはずだ。身なりである程度はプレイヤーと判断できるからな」
「オーライ・・・」
確かに、この世界の住人とプレイヤーとでは衣装構成がかなり異なっている。住人は基本的に中世ヨーロッパを彷彿とさせる、頑固で硬派な洋ゲーのキャラクターみたいだが、プレイヤーは日本のイラストレーターが趣味と偏見と性癖を込めてデザインした、如何にもファンタジーチックな服装だ。かく言う俺も、そこが気に入っているのだが。
それにしても、この王都エンジェリアの人口はどれほどのものなのだろうか。主要な通りや広場は、まるで全校朝礼の時の体育館のようにどこも人だらけだ。人混みは疲れるので、できれば早く別の場所に移動したい。
「くそっ。そもそもこんなことしなきゃいけなくなったのも南條のせいだからな」
*
「何!? もうパーティ組んで出かけただと!?」
忙しい酒場の一角、俺は開いた軍師の書のフレンド交信ビジョンに映し出された南條に向かって、困惑の一声を放っていた。
「いや、龍宮寺さん! 一緒に行きたいならもっと早く言ってくれないと〜。オンラインで部屋立てしたら、入室は早い者勝ちって常識ですよ?」
「ち、違う違う。そういう問題じゃなくてな・・・」
俺は眉間を指でつまみ、小さくため息を漏らした。
南條・・・というか☆5のフリードルがいれば別に属性なんて関係なく無双できると思ったのに・・・。こいつの能天気なオツムが誤算だった・・・。
「お前、昨日あんだけフレンド登録は慎重にって言ったよな? そんなにポンポン登録してると、そのうち足元すくわれんぞ? ただでさえ唯一の☆5キャラ所持プレイヤーだってのに・・・」
「龍宮寺さんも金光引いてたじゃないですか! そっちはソロで攻略してるんですか?倫太郎さんは召喚所に篭りっきりみたいですし」
うっ、と思わず声が漏れた。
「と、当然だろ! フレ登録なんてしなくてもこんな程度のゲーム、1人で十分だ。お前も寄生なんかに構ってないで、さっさとソロ攻略に切り替えた方がいいぞ」
「寄生なんかじゃないですよ! 皆さんとても良い人ですよ。ちゃんと報酬は山分けですし、今朝も朝ごはん奢ってもらいましたし!」
むっふふー、と享楽的な笑いが聞こえた。
報酬は山分け? ある程度の高難易度クエストなら、フリードルがいれば片付くだろうが、その場合一緒にパーティ組んでる奴らが余計だ。対等な働きじゃないのにローリスクで美味い報酬を得させるなんて、敵に幇助してるようなもんだ。お前のお人好しのせいで、いざとなった時こっちが不利になるかもしれんというのに・・・。
「ていうか龍宮寺さん何のキャラ引いたか教えてくださいってば! 私とっても気にな」
「はい交信終了。あばよ」
俺はパタンと軍師の書を閉じて、フッと本を消し去った。
*
「プレイヤーっぽい人は通りかかるけど、こ、声がかけられん・・・。知らない人に話しかけるの苦手だしな・・・」
俺は軽く地団駄を踏み、己のコミュニケーション能力の限界をひしひしと痛感した。
「サッキー!! ちょっと来てくれ!!!」
俺はハッと顔を上げ、声が発せられた方角へ顔を向けて、往来する人を避けながら、手招きするショウゴさんの元へと駆け寄った。
「誰か見つかったのか?」
「そうだ、あれ」
ショウゴさんが立てた右手の親指が指し示した場所には、噴水の傍でうずくまっている、白雪色の毛先を巻いたショートカットの少女と、それを励ます、槍を携えた女騎士がいた。
「あの女騎士。見覚えがないかい?」
ショウゴさんがニヤリと笑った。
「あの女騎士は・・・! 銀騎士ネア!!」
ネアは「EC9~烈剣の導き~」に登場する槍使いの少女で、18歳の若さで王直属の精鋭部隊に選ばれる程の使い手だ。専用武器であるテイルスピアは敵の攻撃を受け流すのに特化していて、更に攻撃側でもクリティカル率が高いから高難易度で重宝したユニットの1人だ。
「昨日俺が召喚所を抜けた後に引いたのか・・・。しかし、ネアならレアリティ☆3は固いはず、でもどうして何もせずあの子はうずくまってるんだ・・・?」
俺は目を細めて、首を傾げた。
「そ・れ・を! 今から確かめに行こうじゃないか。願ってもないチャンスだぜ、サッキー!」
俺たちは警戒されぬよう、優しく落ち着いた足取りと、
「何者だ?」
「え?」
少女の5メートル手前に近づいた時、ネアの「何者だ?」という声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、眼前に鋭く尖った槍先が向けられていた。
「うおっ!?!?」
俺とショウゴさんは突然の殺意に声を上げて仰け反った。
「あ、貴方達、誰ですか!?」
うずくまっていた少女が立ち上がり、こちらを確認してきた。目が腫れている様子で、どうやら泣いていたらしい。
「ぼ、僕たちは別にプレイヤー狩りじゃないんだ! 君に協力をお願いしたいんだけど・・・。」
ショウゴさんは引きつった笑顔で、震える口元を動かした。彼女の緊張を解くにも、向けられた槍先(殺意)が気になってしょうがない。
「は、はい。ネア、やめてあげて」
「はい、
ネアゆっくりと持ち上げた槍を下げ、身を一歩引き、足を揃えて直立した。
「君、朝ごはんは食べたかい? 結奈ちゃん・・・でいいのかな?」
ショウゴさんは警戒を解かれてホッとし、いつもの調子に戻って話しかけた。
「れ、
結奈はうつむき、両腿につけた手をギュッと握って肩を震わせた。
「奪われた!? 他プレイヤーにか!?」
俺は☆3所持プレイヤーから金を奪う猛者の出現を警戒するあまり、思わず声を荒げた。
「いえ、魔物です・・・。街の外で・・・」
「そうか・・・。でも何で魔物に?」
俺は安堵した反面、なぜまた魔物なんかに金を奪われたのかが気になった。
「ネアを召喚した後、それを見ていた男の人が、これからどんどんレアキャラ持ちが増えるから、すぐに街の外で魔物を狩ってキャラのレベリングをした方がいいって言ったんです。それを私、真に受けてしまって・・・」
そこまで言った時、結奈は顔を真っ赤にして、涙をこぼし始めた。
「私のせいで死んじゃったんです・・・。みんな・・・、ネア以外の☆1の兵士達さんが・・・。目の前で、みんな魔物に殺されて・・・・・爪で切り裂かれたり・・・頭を・・・・いやあああああああああああ!!!!!!!!!!」
結奈は突然悲鳴を上げて、頭を抱えてうずくまり、身をブルブルと震わせた。
「結奈様!!」
側で直立していたネアが、咄嗟に結奈を抱きしめ、頭をさすりながら呟き続けた。
「大丈夫です。結奈様には私がおります。ご安心ください。どうか・・・ご安心ください。どうか・・・・・・」
生まれて初めて目撃したであろう、人の死。しかもその死は人の感情を持たない魔物による非情な惨殺。そして責任はユニットを出した自分にある・・・。見た限りまだこの子は俺よりも年下だろう。俺でさえ本当は泣き出したくて逃げ出したいのに、この子はそれ以上のものを目の当たりにしてしまった。心が完全に折れ、ノイローゼ気味になるのも当然だろう。
「しかしそのレベリングを教授した男にまんまとハメられたな。今いるプレイヤーなんて、所詮は同時にゲームスタートした自分と同じプレイ時間の人間だ。アドバイスできるほどの根拠のある知識なんか持っていない。それに夜の間は魔物が強くなるそうだから、それを知っていて、ネームドキャラを引いた結奈ちゃんの軍の壊滅を目論んだんだろう」
腕を組んだショウゴさんが、冷静に自論を述べた。
「結奈、俺たちと一緒に行こう。このまま独りでいても、金を得られないまま今日が終わってしまえば、維持費が払えずにネアは送還されてしまう。俺たちにとってもそれは痛いんだ。」
「・・・・・。」
結奈は黙り込んだまま、踏ん切りがつかないといった様子で、下を向き続けていた。
「行くぞ。結奈」
「ひゃあ!?」
俺はこのままダラダラと説得しても無駄だと判断し、結奈の腕を掴んで無理矢理起立させ、ステーションの方へ連れ出した。
「貴様!! 結奈様に乱暴は許さんぞ!!」
ネアは即座に俺の首元に槍先を置いて、動けないようにした。
「ネア、お前もこいつに仕える戦士なら理解しろ。こいつは・・・、結奈はここで歩きださなかったらもう終わりだ。金も尽き、自分を守るユニットもいない。そうなれば瞬く間にこの残酷で厳しいゲームの毒牙にかかって死ぬだけだ。結奈を守りたければネア、お前も俺について来い。苦労はさせるかもしれない、だが後悔だけは・・・絶対にさせないと誓う」
「・・・・・お前は・・・一体」
ネアは槍を下げ、呆然と俺の顔を見つめた。
「龍宮寺咲人・・・・・ただの高校生だ」
*
4人掛けのソファーが備え付けられた馬車の中、俺とショウゴさんは、広がる平原の遠方にポツリポツリと見える魔物に警戒している。その横で結奈は、ステーションの売店で購入したアップルパイを頬張りながら、少し緊張した面持ちで下を向いている。
結奈の了解を得る前に、俺が手を引いてステーションに向かい、半強制的に馬車に乗せてしまった。俺は話しかけることは苦手だが、明らかな利が目の前に落ちていれば、行動に見境いがないタイプだ。結果的に結奈は黙ったままだが、餌付けもしたし、肝心のネアは半分納得させた。すぐに心を開いてくれることだろう、そう期待したい。
「ちょっとちょっと、サッキー。流石にこんな形で結奈ちゃん連れ出したんじゃ、いざって時にどういう行動に出られるかわからない。少し話をして打ち解けておくべきなんじゃないか?」
ショウゴさんがヒソヒソと小声で耳打ちしてきた。
「え、俺ぇ!? 俺口下手だから、こんな時に気の利いた話なんてできないぞ!」
同じく、声を潜めて返答した。
「まぁまぁそう気張らなくていいから、とりあえず質問たくさんしとけば、そのうち向こうからも話してくるさ。・・・多分な」
「その多分を引き起こす自信がないんだが・・・・。わかったよ。すればいいんだろ。まったく」
俺は短いため息を吐き、アップルパイを食べ終わって外を眺める結奈の肩をトントンと叩いた。
「な、なぁ結奈、お前歳はいくつなんだ?」
振り返った結奈は、なんとも神妙な面持ちをしていた。
「15歳ですけど・・・」
「えっと・・・・高校1年生か?」
「中学3年生です・・・」
「ふーん、・・・・・そっか」
静まり返った3人の耳に、パカパカと馬車引く馬の蹄の音と車輪のガタゴトと回る音が響く。穏やかな平原の風が吹き抜け、変な汗でしっとりとしていた額が冷えた。
「サッキー! 君が黙っちゃダメでしょ! もっと質問しなきゃ!」
再びショウゴさんが耳打ちを開始した。
「無理だって! ショウゴさんがやってくれよ! これが俺のコミュ力レベルの限界なんだよ! カンストしてるからもう上がらねぇし!」
「いや、サッキーがやることに意味がある! もっと女の子が好きそうな恋愛の話とかさ、したらいいんじゃないかな?」
「恋愛ぃ?・・・・・はぁー」
俺は再度結奈の肩をトントンと叩いた。
「・・・ゆ、結奈は好きな人とかいるのか? その・・・ちゃんと恋してるか?」
「・・・はぁ?」
その目元が鋭利に細まった時、俺は己が地雷を踏み始めていることにジワジワと気づき始めていた。
「あっ! もう彼氏がいるのか? 結奈は結構かわいいし、普通に」
「「ほっといてください!!!!!!!」」
その後、俺が何を言ってもまったく応答がなくなり、結奈は完全なシカトモードに入った。
「更に嫌われちゃったんだけど・・・。だから言ったじゃん・・・。俺口下手って・・・」
俺は意気消沈してショウゴさんにボヤいた。
「が、頑張ったよサッキーは! しょうがないさ! 無理矢理連れてきちゃったんだし!」
「それだけが理由じゃない気がしなくもないんだが・・・」
「そんなことより!!!」
ショウゴさんは表情を切り替え、意気揚々と軍師の書を構築し開くと、今向かっている南西の村について話し出した。
「南西の村・・・チャロ村では、アイテム錬金術が盛んらしい。持ち込まれるガラクタを有用なアイテムに変えることで、街の商会と取り引きをしてるそうなんだが、最近その取り引きをした商会の馬車を狙う盗賊が出たらしく、商売にならないそうだ。それで、その盗賊たちに懸賞金をかけたって流れさ。ま、クライアントがローコストハイリターンの生業だから、難易度に対して高い報酬が設定されているのも納得だろう?」
「そうだな。あわよくば報酬以外にも、アイテム錬金でなにかレアアイテムを作ってもらえるかもしれない。思った以上の役得があるかもな」
「お客さーん! 着きましたよぉー!」
馬車の馬を走らせていたおじさんの声と共に、ザザっと砂を擦る音を立てて馬車が停止した。
降りた先には、レンガを敷き詰めた外壁に囲まれ、壁の向こうに風車が見える村があった。監視塔付きの村の大きな門は丈夫な木でできており、その前には門番と思わしき鎧を着た男の兵士が2人立っていた。
「あのー、すみません。王都の酒場でクエストを受注したんですが、この依頼主の商人、モーゼルさんの家知ってますか?」
ショウゴさんは立っていた門番の1人に、依頼主の所在を尋ねた。
「モーゼルさんなら、門を入ってすぐ右手に大きな家があるから、そこを尋ねるといい」
「ありがとう。助かったよ」
ショウゴさんは兵士に礼を告げ、手招きで俺と結奈を誘導した。
その家の大きさはは如何にも大商人の風格を感じさせるものだった。鉄格子に阻まれた塀の先には噴水やよく整備された花壇の並ぶガーデンがあり、その奥の館は世界史の教科書に載っている貴族の洋館そのものだ。
ショウゴさんが、門に備え付けられた鈴をチリンチリンと鳴らすと、間も無く館の中からメイドの女性が出てきた。
「魔導水晶の伝令で、酒場からの連絡は受けております。ようこそいらっしゃいました。お館様のところまでご案内させていただきます」
館の中に入ると、大理石の床が敷かれ、綺麗な絵画や観葉植物、天井にはシャンデリアの吊りさがったロビーが広がった。赤絨毯の敷かれた螺旋階段で3階まで上がると、ひときわ豪華な取っ手がついた扉があり、その扉をメイドが右手でコンコンと叩いた。
「お館様、例の依頼を受注した方々がお越しになられました」
「通せ」
メイドがガチャリと扉を開き、取っ手を右手で支えたまま、俺たちに一礼した。部屋の中に入ると、紅いコートに金の装飾を散りばめた、少し頭の禿げた小太りの男が、葉巻を吸いながらこちらを見ていた。こいつが依頼主のモーゼルか。
「盗賊掃討の依頼を承りました。まず聞いておきたいのですが」
「揃いも揃って腑抜けた面構え・・・。死にに来たのか? お前達は」
ショウゴさんの言葉を断ち切り、モーゼルが突然棘を飛ばした。
「何だと?」
俺は思わず怪訝な顔を作った。
「所詮は我流で武器を振るうだけの盗賊の掃討・・・。なのにも関わらずこの高額報酬。美味い話だと思っておるのだろう・・・残念だが、敵は普通の盗賊ではないぞ」
「どういう意味ですか?」
モーゼルは葉巻を吸って蓄えた煙を、ふぅーっと勢いよく吐き出した。
「この依頼を出したのが丁度1年前でな、今に至るまでの間、58人の賞金稼ぎがこの依頼を受けにきた、中には貴族に信頼を置かれる程の凄腕もいたが・・・。」
「そいつらの誰1人として、生きて帰ってきてはおらんのだ。」
第13章 「不穏な依頼」
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