第14話 イリュージョン・ドール

「結局、モーゼルさんには信用されないまま、目的地まで来ちゃいましたね・・・」


 しゃがんだ姿勢で両膝の上に手をちょこんと乗せ、ため息混じりに結奈がボヤいた。


 盗賊が根城としている古城は、村から徒歩で約40〜50分ほどの丘の上にあり、2階から上が倒壊している実質ワンフロアの建物だ。蔦などが壁面に絡みついており、かなりの築年経過を思わせる。


 俺たちは、丁度その古城が視界に入るくらいの、300メートル程離れた岩の陰に隠れて様子を伺っていた。


「まぁ、モーゼルさんの前ではユニットを出していないからな。指示だけ与える僕たちが強者に見えないのは当たり前だろう。とりあえず、ここなら敵の監視から死角になっているし、周りに気配もない。みんなユニットを出そう」


 ショウゴさんの言葉で、俺たちは軍師の書を開き、自身の所持しているユニットを全て出した。


「サッキーがマルポロ、ランスナイト、ハンマーナイト。結奈ちゃんがネア。そして僕がウィフにボウナイトとマジックナイトだ。さてと、どう攻めようか。見たところ城の周りには敵はいないみたいだが・・・」


「いや、敵はいます。気配が漏れております」


 ネアが古城の方を向いて、静かに呟いた。


「なんだって?」


「拙者も感じるである・・・。5人、いや10人近く隠れているであるな」


 マルポロもネアの横に立ち、同調した。


「なるほどな、盗賊達は姿を見せずに監視を行うことで敵を油断させ、ノコノコと現れたところを一気に襲うわけか。確かに、盗賊だとタカをくくって油断すれば、面食らってやられるだろう。地の利は奴らにあるんだからな」


「はぇえ・・・」


 俺がつらつらと口にした見解を、側で結奈がついていけない顔で聞いていた。もうシカトモードは解かれたらしい。


「じゃあ、どうする? こういう場合ゲームじゃ誰かを囮にして敵を釣り出してから各個撃破ってパターンだけど、今このパーティには高防御の受け役がいないし、少し不安だが・・・」


 ショウゴさんが岩壁に寄りかかって頭を悩ませている。


 敵が隠れている以上、安易にこちらからテリトリーに踏み込むのは危険だ。どんな場所が死角になっているかもわからない。しかし、このまま待っていても埒があかないしな・・・。


 俺は今持ちうる戦力と情報と道具を一から整理しながら、とりあえず軍師の書で周辺のマップを開いてみる。ビジョンに映し出されたのは平原と古城で、古城内の詳しい見取りは確認できず、またチュートリアルの時のように敵のアイコンは表示されていない。敵が潜んでいるのは確かだと思うが・・・。


「・・・・・・そうか、そういうことか!」


「ん? 何かわかったの? サッキー」


 合点がいった俺を、ショウゴさんと結奈が注目した。


「ああ。今マップを開いてみてわかる通り、この周辺に敵のアイコンは出ていない。しかし、敵は確実にどこかに潜んでいる。だが俺がチュートリアルで騎士団と戦った時、騎士団はちゃんとマップに敵アイコンとして表示されたから、敵となるユニットがいる場合はちゃんとマップに表示されるようにはなっているんだ」


「えっと・・・つまり・・・?」


 結奈が察せない様子で聞き返した。


「つまり、敵アイコンが表示されるには敵を一度目撃している必要があるということだろう? サッキー」


 ショウゴさんは寄りかかった背中を岩から離し、組んでいた腕を組み直した。


「そういうことだ。現に、ゲームのECでも隠れている敵はマップには表示されず、自軍ユニットの攻撃や接近を契機に表示されるようになる。そしてその後は隠れ直しても表示はそのままだ。つまり、一度見つけてしまえば、以降はその敵の位置を軍師の書でずっと把握できるということになる」


「なるほどな・・・。で、どうやって見つけるんだ? 接近すれば袋叩きは必至だ。犠牲を出すことになるぞ」


 俺は少し頭を巡らせ、その後ちらりとマルポロを見た。


「マルポロ、陽動できるか? 目的はターゲットの目撃のみ、攻撃は一切不要だ。敵見つけることと避けることのみに集中しろ」


「容易いである! このマルポロにおまかせあれ! 軍師殿!」


 マルポロは張った胸を叩き、作戦に対する自信を表した。


「よし、では各々のユニットに命令が通りやすいよう連合軍を組もう。軍師の書で・・・あれ?」


 俺は連合軍編成画面を開くも、ショウゴさんしか表示されていないことに気がついた。


「そっか! 結奈ちゃんは半ばサッキーに無理矢理連れてこられたから、まだフレンド登録してないんだよね」


「えぇっと・・・・」


 結奈は体を縮こませ、やや斜めに俯いた。


「よし、じゃあフレンド登録するぞ。結奈、コードを出せ。早く」


 俺は少し威圧感を持って結奈に近づいた。それに対し、結奈の左足が一歩後ろへ下がった。


「あの、やっぱり私足手まといですから、あなた達でやってください。もう・・・」


「何を言ってるんだ。ネアはお前のユニットだろ? 足手まといなんかじゃなく、お前の力が必要な」










「「「もうこれ以上人が死ぬところを見るのは嫌なんです!!!!!!」」」











 俺は瞬時に古城の方を確認した。・・・・・敵に動きはない、結奈の叫び声は聞こえてはいないようだ。


「ほら、そうやって敵のことばかり見て。良かったですね、大好きな戦が楽しめて。私はこんなところ・・・来たくなかった」


結奈は体を震わせ、唇を思いっきり噛み締めた。ポロポロと涙の粒が下に落ち、地面に当たって弾けた。 


「なんで私こんなところにいるの? 本当は今頃中学校に行って、休憩時間に友達と喋って、チャイムが聞こえたら急いで席に座って教科書を開く・・・。なのになんでこんな場所にいるの・・・? なんで日常の当たり前が・・・こんなに遠いの・・・!」


「結奈ちゃん・・・」


 ショウゴさんはかける言葉も見つからないと言った有様だった。


「・・・ネアは、何回目で召喚したんだ?」


 俺はあまり考えることなく、思いついた疑問を口にした。


「・・・虹の召喚石を一度使って召喚しました・・・。貯めてたお金・・・大学の学費貯金ではそれを買うのが精一杯だったので・・・」


 結奈は涙を拭いながら、俺の質問に答えた。


「だったら・・・!」


 俺は語気を強め、結奈の顔をしっかりと見た。


「それはお前に与えられた生命線だ。生きたい、諦めたくないから召喚石を買ったんだろ? あの確率下で虹の召喚石1つじゃ☆2すら引けないプレイヤーなんて山ほどいる。でもお前は引いたんだ、☆3のネアを! 唯一の生き残るチャンスを・・・! 戦が好きだと? 馬鹿言うな! 俺だってお前と同じ、嫌でも命をかけてゲームをしてるんだ!」


「龍宮寺・・・くん・・・」


「わかったならさっさと協力しろ。生き残るんだ、俺たちで。絶対に、絶対に裏切りはしない・・・そして、誰1人として死なせはしない! みんなで元の世界に帰るんだ・・・!!」






                   *






「おふふふふふふふふふふふ♪ もうじき、もうじきよ・・・チャロ村の終焉は。楽しみだわぁ♪」


 薄暗い古城の一室、周りをカーテンが覆い、蝋燭に灯された明かりが揺れる中、紫のローブを身に纏い、高いヒールをコツッ・・・と鳴らして、紅のドレスに身を包んだ錬金術師、ドロリィは微笑む。


「へへ、オメェが協力してくれたおかげでよ、こちとらここ1年仕事が捗って大助かりよ! 感謝してるぜ、操命の錬金術師さんよぉ!」


 盗賊団の団長ジンギャは、獣の皮で作られた厚手のブーツをギュッと踏みしめ、愛武器である石の大斧、ガイアアックスを肩で支えながら、幾ばくかの時間剃っていない顎の無精髭をさすり、笑った。


「しかし、チャロ村はアイテム錬金のメッカ、潰せば儲けが不味くなるんだが・・・」


「勘違いしないで! わ・た・く・し・は! 復讐の為にここにいるのよ! 盗賊稼業など二の次・・・。私の才能を恐れたチャロ村の錬金術師達は、道徳や倫理観という研究者に似つかわしくない綺麗事で私を迫害し、追放した。それは、私の提唱する理論が現実となるのを恐れていたから・・・」


 ドロリィはペロリペロリと自分の指を1本ずつ舐め、細めた目を天井に向けた。


「へっ、生きた人間を作ろうだなんて、とんだ研究だぜ。だが、オメェはもう・・・」


「そう、私には見えている。この果てない考究の終わりが、不可能とされていた錬成理論の終着点が・・・!!」


 ダッダッダッダ!!!


「申し上げやす! ジンギャ様!!」


 盗賊団の1人が焦った様子で部屋に踏み込み、息を切らしていた。


「どうした! またチャロ村が金で雇った連中がきたのか? それぐらい報告しなくともてめぇらで処理しろ!!」


「いえ・・・! それが、そうなんですが妙なんでありやす! すばしっこい女のガキが監視の連中に近づいて、そのまま逃げて隠れたんでさぁ! そしたらなんと、隠れてんのに弓で正確に射抜いてくるわ、火球の魔導を飛ばしてくるわ・・・。だから慌てて奴らを倒しにかかったら、これまた凄腕の槍使いの女にコテンパンにされるわで・・・、あっしらではとても処理しきれやせん!」


「なん・・・だと!? それじゃ外にいる監視の連中は・・・?」


「みんな・・・やられちまいやした」


 ジンギャはゴクリと喉を鳴らし、顔を汗をつたわせた。






                   *






 ガキイイインという衝突音と共に、剣が空を舞い落ちて、平原の地面に突き刺さった。


「な、なんだその槍は!? まるで・・・鞭のような・・・!」


 盗賊の男は武器を失った拍子に腰を抜かし、歩み寄るネアを見上げて体を震わせた。


「テイルスピアは、槍と鞭の両方の性質を持つ。柔を持って敵をいなし、剛をもって敵を貫く! 覚悟せよ!」


 動く蛇のように槍は、ネアの一振りで一本の剛槍と化し、盗賊の身を貫いた。


「これで8人目か。マルポロも周辺を1周したし、粗方片付いたと見ていいだろう。だが油断するな、貴族直属の依頼を受けるようなベテランもやられている相手だ。かなりの実力者がいてもおかしくない。念の為ウィフの神言【アーマーラック】で敵のクリティカルを下げておくのと、【リライフ】で生命力を回復しけおけ」


 俺はマップを確認しつつ、できるだけ迅速に各ユニットに指示を送った。


 連合軍を組んだ際、他者プレイヤーのユニットに命令を通すには、そのユニットを所持しているプレイヤーの承認が必要となる。ショウゴさんと結奈は今のところ俺の言う通りにユニットを動かしてくれているが、例外的にユニット自身が自発的に拒否する場合もあるらしいので注意だ。


「順調順調♪ お得意のゲリラ戦法を封じられたとなれば、お相手さんに残されたカードは大幅に限られる。規律の取れた軍隊ならまだしも、好き勝手やってる盗賊だしな。統率の取れなさは、そのまま剣の力量での決着に直結する。そうなれば、敵の主力武器が剣である以上、ネアがいる限りもらったも同然だ。しかし、サッキーの読みと指示の速さには驚きだねー」


 ショウゴさんはニヤっと薄笑いを作り、自身の軍師の書の紙面を見ながら確信的に話した。


「す、すごい・・・。やり方ひとつでこんなにあっさり敵を倒せるなんて・・・」


 結奈は感動的な眼差しを俺に向け、キラキラと輝かせた。彼女の目から、俺に対しての軽蔑はほぼ消え去ったと踏んでいいだろう。


「結奈はECやったことあるのか? ゲームでも割とこんな感じで、一見攻略不可能に見えるステージも、やり方の工夫ひとつで割とあっさり行けるようになってたりするんだ」


「は、はい! なんなら私リメイク含め全シリーズクリアしてますよ! 全部ノーマルモードでストーリーだけ楽しむ勢だから、ゴリ押し戦法しかしてなくて・・・。だからハードでもすごく難しいのに、1番上の難易度のルナティックなんてとてもとても」


「そうなのか。極めれば面白いぞ。俺なんかはルナの全員生存攻略がモチベーションだからな」


 難易度の話は予想通りだったが、南條のようなゲーマー女子と違い、結奈のような一見普通の女の子がECシリーズを全てプレイしているというのは意外だ。


「・・・もしかして、この世界に連れて来られる条件が【ECシリーズを全てプレイしている】だったりするんだろうか・・・」


 その条件ならばあらゆる面で理解が繋がる。ECBJは事前登録の時点でプレイヤーは100万人を超えていた。その全員がここに送られたとなると明らかに数が少ない。ゲームマスターによる選別が行われたと考えるのが道理だろう。そして、ECは人気シリーズではあるが、リメイク含めその全てをクリアしている人間はかなり限られる筈だ。その条件でふるいにかけたとすれば、今の人数にも納得がいく・・・!


「な!? サッキー!!!! マップを見ろ!!!!!」


 ショウゴさんが突然焦りを帯びた叫び声を上げた。その緊急性に、慌てて俺は我に帰る。











「・・・なに! ・・・どういうことだ!?」











 敵のアイコンなど一切出てはいなかった。しかし裏腹に画面に映っているのは、ボウナイト、マジックナイトの両名がLOST・・・つまり、死んだという表示だ・・・! なぜ・・・・!!!


「全軍!!!!! 周囲に警戒しろ!!!!! 何かがいる!!!!! ボウナイトとマジックナイトがやられ」


「きゃああああああ!!!!!!!!!」


 結奈が叫び声を上げ、俺の肩にしがみついた。


「・・・・!!! なんだこれは!?」


 ゆらゆらと目の前の地面から「何か」が湧き上がってきた。その半透明で虚ろとした「何か」は、明確に俺たちに対しての殺意を孕んでおり、本能的に危険であることを予感させた。











「おふふふふふ♪ 刮目するがいいわ愚民共・・・。私の編み出した究極の錬金魔導・・・・【イリュージョン・ドール】を・・・!!」










 第14章 「イリュージョン・ドール」

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