第15話 疑わざる者生きるべからず

「ネア!! マルポロ!!! 誰でもいいから早く戻ってこい!!!」


 地面から浮き出てきた半透明の「何か」は、人間の上半身を思わせる形に形成されつつあった。


「きゃあ!!!」


 次の瞬間、「何か」は俺の肩にしがみついた結奈に飛びかかり、その勢いで結奈を俺から引き剥がした。その体は上半身のみ形を保っており、下半身はドロドロのジェル状だった。


「オオオオオオオオオォォオオ・・・・」


 おぞましい呻き声を上げながら、「何か」は仰向けに倒れた結奈の上にのしかかると、彼女の首をググッと締め上げた。


「ぐくっ・・・・・。カハァ!!! あああああああああ!!!」


 結奈は苦悶の声を漏らしながら、真っ赤に染め上げた顔から大量の涙と汗を流し、その苦しみを訴えた。


「クソっ!!!」


 このままでは結奈が殺される・・・!! 俺は相手が異形の存在であろうことも意に介さず、一心不乱に結奈の首を掴んでいる手を引き剥がそうとした。


「オオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・!」


「な、なんて力だ・・・!!! ビクともしやがらない!!! ちっくしょう!!!」


 俺は無駄な抵抗だとわかっていながらも、顎が痛くなるほどに歯を食いしばり、懸命に腕に力を込めた。


「オオオオオオオ!!!」


「ぐはっ!!?」


 突然「何か」が結奈から手を離すと、俺のみぞおちめがけて腕を振るい、その凄まじい力の衝撃で5メートルほど体が吹っ飛ばされた。


「ぐ・・・! ガハッ!!」


 俺は立ち上がろうとするも、激しい吐き気と立ちくらみに襲われ、同時に視界が激しく揺れて、その場に倒れこんだ。まるでジャングルジムの上から落下した時のように、呼吸が困難な状態だ。


「結奈様!!!」


 視覚情報のコマ送りにワンフレームだけ映った鞭の閃光が、結奈にのしかかる「何か」を真っぷたつに斬り裂き、直後、その割れたふたつは50以上の破片に分断され消滅した。


「ケホッ!!! ケホッ!!! ・・・・ハァハァ・・・・ネア・・・ありがとう」


 結奈は荒い呼吸により掠れた声で、ネアに感謝を述べた。


「結奈様、ご無事でなにより・・・。しかし、今の魔物のようなモノは一体・・・」


「わからない・・・。が、僕のマジックナイトとボウナイトは奴にやられたと見ていい。奴が結奈ちゃんにしがみついている時に一瞬マップを確認したんだが、敵アイコンは出てなかった。それにあのしがみついたら離さない腕力、遠距離武器を扱うユニットは掴まれたら最後、振りほどけないってわけだ」


「クソっ・・・。難攻不落のカラクリはこういうことか・・・。情報が欲しいな・・・」


 俺は思わず悪態をついてしまう。突然湧いてくる姿の見えない敵・・・! 奴は魔物なのか・・・・それとも・・・。


「軍師殿!!! ご無事であったか!!」


 マルポロがやや息を切らしつつ、岩陰に戻ってきた。ウィフや☆1兵士達も一緒だ。


「あぁ、なんとかな。マルポロ、敵はもう全員片付けたのか?」


「そのはずであるが・・・さっき急に地面から足のついていない人のような魔物が出てきたである。驚いたことに、そいつは気配を一切出すことなく、拙者に襲いかかってきたである」


「マルポロも襲われたのか!? となると奴はこの辺りを複数匹で徘徊している可能性が高いな」


 ショウゴさんは顔を曇らせた。


「・・・・・・・奴は生き物じゃない、ってことか」


「え?」


 俺がボソリと口にした言葉に、みんなの視線が集まる。


「奴は軍師の書にもマルポロにも見つけられなかった。てことはつまり、元々生き物として存在していないのと同じなんだ。生命の宿っていない完全な無機質、仮初めの生体。だが俺たちに明確な殺意を抱いて動いている。ここがミソだ」


「・・・そうか! ロボットに当てはめれば説明がつくね!!」


 ショウゴさんは納得した様子で相槌を打った。


「そう、要は奴を造って操っている人間がどこかにいるってことだ。そいつさえ突き止めてしまえば、もう制圧したも同然だ」


「で、でもどうやって突き止めるんですか? 多分古城の中に操ってる人はいるんでしょうけど・・・。中に入るのは絶対危険だと思います。最悪死んじゃうかも・・・」


結奈は自身の不安をあられもなく吐露した。


ザザッ!!


「ん!?」


 付近で足音が聞こえ、警戒状態にある俺たちは一斉にその音に目を向けた。


「おいてめぇら!!! そんなとこで何してやがる!! ここら一帯は大盗賊王ジンギャ様の領域だ!!! この神聖なる地で気安く足休めなんかするんじゃあねぇぞ!!! この俺様が直々に成敗し、うご!?」


 現れたのは魔物ではなく盗賊の1人の男だった。あろうことかすぐに剣を振るわず、悠長に前口上をしていたせいで、いとも簡単にネアに後ろを取られてしまった。盗賊の首元に突きつけられた槍先は、一瞬も待たずに首を切り落とせる位置どりだ。


「咲人殿、こいつに例の魔物のことについて尋ねられては? あと、古城に踏み入る際に同行させれば、良い案内役になるかと」


「そうだな。おい、お前。半透明の足がない魔物について何か知っているか? 答えれば命は助けてやる」


 俺は、ネアに拘束されて足をヘタれさせている盗賊を真っ向から見下ろした。


「へっガキがいきがりやがって! 俺あ仲間内でもいっちばん口が固くて有名だぜぇ? 鋼のマウスを持つ男ヘンリーたぁこの」


「わかった。ネア、さっさと引導を渡していいぞ。喋らないならこいつは用済みだ」


「御意」


 ネアは槍を持つ両手に力を込めた。


「あー!!!!! まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまってえええええ!!! あの魔物は錬金術師ドロリィが錬成したやつだ!!! ドロリィが錬成したやつぅ〜!!!!!!」


 己の死を悟った瞬間、盗賊ヘンリーはその豪語した鋼のマウスを容易く割り、顔中から脂汗を吹き出し、口を高速で動かした。


「あれれれぇ? 鋼のマウスはどこへ行ったのかな? それじゃマシュマロマウスじゃないか??」


「へへへ、旦那も冗談きついぜ〜。確かに鋼のマウスだったが、旦那の尋問はその硬さを上回ったんだ! 俺も男、負けたからにゃ一生ついていくぜ! よろしくな!」


「えーっと、マップのアイコンだとお前まだ敵アイコンのまんまなんだけど、嘘ついてるよな? 裏切る気満々だよな?」


「ギクッ!? いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!! 男に二言はないぜ旦那よぉ!! 裏切るだなんてそんな、かっこ悪いことはできねぇ!!! それが、ヘンリーというナイスガイの生き様よぉ!!」


「盗賊の吐くセリフかねぇ?」


 横でショウゴさんがちらりと笑った。


「まぁそれはいいとして、錬金術師ドロリィってのは何者だ? あの魔物がそいつの錬金術で錬成されて俺たちに襲いかかってきたということは、古城の中のそいつは俺たちの存在を既に認知しているということでいいのか?」


「そ、そうだな。アジトの見張りの連中がボスに報告しに行って、そっからドロリィが錬金術を使って奴らを仕向ける流れだ。今までも幾度となくチャロ村の連中が雇った奴らが俺たちを捕まえに来たが、どんな剣の達人もあの錬金術の前には歯が立たなかった」


「でもまたなんで、そんな凄い錬金術を使える人が盗賊なんかに肩入れしているんだろうね?」


 ショウゴさんが首をかしげる。


「ド、ドロリィは元々チャロ村で錬金術師をやっていたんだが、奴の研究内容である生命錬成って奴は、錬金学術の常識的には長年不可能とされていたことだったそうだ。でも、ドロリィはまだ机上の空論の域を出ていないが、今後実現可能な範囲まで研究を持っていったらしい。しかし、そのことが逆に他の高名な錬金術師達のプライドを逆撫でする結果となって、その・・・なんだ、倫理や道徳の観点から批判され、遂には村を追放されてしまったそうだ。それで俺たちに味方することで独自に錬金術を磨いて、近々チャロ村を滅ぼすことができるまでに昇華させたらしい。これは奴の言葉をそのまんま借りた偽りのない事実だ」


「・・・そういうことか、どうりでな。フ、事情はどうあれ、俺たちは請け負った依頼を全うするだけだ。そして今の話で打開の糸口も見えた」


「ほ、本当ですか? 龍宮寺・・・先輩・・・?」


 結奈は俺の呼称にやや迷いながら、目を向けてきた。


「ヘンリー。城の外周の見張りは何人だ?」


「き、9人だ。俺はちょっとサボってて・・・、戻ったら旦那達を見つけたんだ」


 ヘンリーは少々罪悪感を含んだ顔で、両手の指先をちょんちょんと合わせた。


「なら隠れている奴はもう居なさそうだ。恐らく城の正門に近づけばまたあの半透明の魔物が出てくるだろう。さらに中からの援軍も考えられる。それを利用するんだ」


「それを利用する?」


 ショウゴさんは不思議そうな顔をした。


「敵の兵力を正門に集中させて、他の部分を手薄にさせるんだ。ネアを筆頭にランスナイトとハンマーナイトでゆっくり正門から進軍して、バックでウィフが回復と防御バフをかけ続ける。あの魔物はドロリィの魔力が尽きるまで延々と出てくると考えていい。だから突破を図るというよりは防衛して持ち堪えるスタンスでいてくれ。その間、俺とマルポロが裏から城に侵入して、ドロリィを倒す。たとえ見回りがいたとしても不意打ちで倒せば問題ない」


「待てサッキー。ドロリィの他に盗賊の親玉もいるんじゃないのか?さっきヘンリーが言ってた盗賊王ジンギャとかいうのが」


「おいヘンリー。ジンギャが愛用している武器を教えろ」


「が、ガイアアックス・・・。石の大斧だ。食らったらひとたまりもないぜ」


「斧か、好都合だ。じゃ、行くか」


「行くか、って旦那ァ! ガイアアックスの威力なめてもらっちゃ困るぜ!! 当たれば体が跡形もなく吹っ飛ぶぞ!!!」


「俺の相棒のマルポロは、そんな攻撃に当たるほどマヌケじゃない。それに、ドロリィが錬成に集中している以上、加勢の心配もない。一騎打ちなら素早いマルポロに分がある」


「ぐ、軍師殿・・・。そこまで褒めていただき拙者は感激で胸がいっぱいである〜! 大好きである! 軍師殿〜!!!」


 マルポロは勢いよく俺に抱きついてきた。


「お、おい! マルポロ! よせ!」


「大丈夫かぁ・・・? ほんとに・・・。」


 ヘンリーは一抹の不安を抱えつつ、ネアの拘束を解かれ立ち上がった。






                   *






「おふふふふ♪ ・・・来たみたいね、招かざるお客様達が」


 ドロリィは自身の指先に、ちゅっ、ちゅっ、と口づけしながら、目を閉じて小さく笑った。


「2人殺ったそうだな。あと何人だ?」


 ジンギャは空の酒瓶を片手に笑っている。


「8人ってところかしら。さっき私の子供達を出した時に反応した数がそのくらい。いずれにせよそこまでの大部隊ではないわね。今正門に向かっているわ」


「よし、正門の奴らを片付けろ!! ドロリィの召喚した魔物達と協力してな!」


「へい!」


 盗賊達は返事をして正門へと駆けた。


「あら、ジンギャ。あの子達は魔物なんかじゃないわ。私の可愛い子供達♡ れっきとした人間よ?」


 ドロリィは鋭い目線でギロリとジンギャを睨みつけた。


「あっ・・・・、あぁそうだったな。すまねぇ」


 ジンギャはドロリィの持つ異常性にやや怯えを見せ、姿勢を正した。


「おふふふ♪ そ・れ・と♡」






                   *






 正門付近からは次々と魔物が湧き上がり、その数は50を超え、進軍したネア達を取り囲んだ。


「くっ! ネア! 頼んだぞ!!」


「承知!!!」


 ショウゴさんの声に返すと、ネアはテイルスピアを鞭状にして魔物に次々と打ち付け、打たれた魔物は風船のように弾け飛んだ。☆1兵士の2人も武器を使って魔物を倒している。


「こ、こいつら力は強いけど、掴まれさえしなければ全然弱いですね!」


 結奈はテイルスピアを振るうネアの頼もしさに、少しばかり安堵を覚えたようだ。


「だが、数が尋常じゃないよ。このままじゃジリ貧だ。サッキーが早いところドロリィを倒してくれないことには安心できない。どうにもならなくなれば、サッキーの言った賭けに出るしかなくなる!」


 ショウゴさんの表情は依然として苦しいままだ。


「思った以上の数だな・・・。早くしないと打ち負けてしまう。できれば危険な賭けはしたくないからな。急ぐぞ!!!」


「承知である! 軍師殿!」


「へ、へい! 旦那ァ!」


 俺とマルポロはヘンリーの指し示す場所に足を走らせた。


「軍師殿、危険な賭けとは何であるか?」


 マルポロは並走しつつ横目をこちらに向けた。


「ん? あぁ、あの魔物のことなんだが、主に数多くの兵を作り出して動かす魔法は、召喚系と錬成系に分けられるんだ。特徴として、召喚系の魔法は生物、生き物を召喚してそいつらに命令を下して使う。しかし生き物には必然と自我が備わるから、命令に忠実でないことも多い。一方で錬成系の魔法は無生物を錬成して使うんだが、そいつらは自分で意思を持って動けず、機械のように行動をインプットしなきゃいけないんだ。命令にはこの上なく忠実だが、それ故に造りがシンプルで単純な法則性の下でしか動けないんだ。だからそれを逆手にとって、上手くいけばあの魔物の動きを止められるかもしれない。・・・相応のリスクはあるがな」



 城の外周を半周すると、ヘンリーはとある草陰で動きを止め、草をかき分け始めた。


「窓から入るより、安全で確実に侵入できる経路を紹介するぜ、旦那」


「・・・! これは!?」


 その草陰の中には、巧妙に草や葉でカモフラージュされた、下に伸びる小さな階段があった。


「地下だ旦那。ここからならドロリィの索敵範囲からも外れて中に入ることができるんだ。この入り口はアジトのメンバーしか知らないから、まさか敵が入ってくるとは思わんぜ」


 ヘンリーは天井の低い頭上に気をつけながら階段を降り始め、俺とマルポロもそれに続いた。


 30秒ほど階段を降りると、蝋燭に照らされた地下道に出た。石壁はジメッと湿っており、ぬめりを帯びた感触が気持ち悪い。歩く度にぴちゃぴちゃと足音が鳴った。


「旦那なら本当にジンギャの野郎をぶちのめしてくれるかもしれねぇな! 期待してんぜ!」


「裏切るのはカッコ悪いんじゃなかったのか? 元主人に向かってそんな言い草はないだろう」


 俺は少し呆れてマップを確認してみると、ヘンリーのアイコンが味方の青色表示に変わっていた。本当に俺たちの信じているのか、はたまたテイルスピアに怖気付いただけなのかはわからないが、ひとまずヘンリー裏切りの線が消えたのは安心できる。


「俺はわかるんだ。旦那の相棒のマルちゃん、背丈は小さいし、まだ子供だが」


「ぶ、無礼者! マルちゃんとはなんであるか!! それに拙者は子供ではないである! 背だって・・・これから伸びるかもしれないし・・・」


 マルポロはやや不貞腐れ気味に唇を尖らせた。


「最後まで聞けよ! だからよ、見た目はそんなだけどわかんだよ。内に秘めた闘志というか旦那のためなら何事をも顧みない覚悟というか、あっ着いたぜ」


 結局ヘンリーが何を言いたかったのかわからないまま、古城の一室に繋がる梯子の前にたどり着いた。


「ここを上がって、玉座の間を抜けると長い廊下があってその先に大臣室がある。ドロリィはそこでいつも錬金術の研究をしてるんだ」


「・・・急ごう」


 梯子を上ると、朽ちた玉座の置かれた広間の端に出た。いくつもの柱の間に立てられた燭台に火が灯されており、ひび割れた天井から差す光と共に中を薄明るく照らしている。


「・・・奴らはいねえようだ。さぁ、旦那こっちに」












「そこまでだ! 侵入者め!」











 突然の声に構えると、柱の影に隠れていた盗賊達が次々と飛び出し、俺たちを取り囲んだ。


「なに!?」


「残念だったな・・・。ここで死んでもらおう」


 俺たちの侵入はほとんど完璧だったはず・・・! ただ一つの不安要素を除いて・・・!! ヘンリー・・・やはりこいつは・・・ッ!










 第15章 「疑わざる者生きるべからず」

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