第12話 備えあれども憂いあり

 激しい金属の衝突音と共に、俺は死を実感する。心臓が停止し、意識が遠のいて、魂が抜け出ていくあの感じ。夢うつつの世界へ運ばれてゆく様な、幻想的な心地。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 尻餅をついた状態で唾を飲み込み、ゆっくりと前方を見上げる。


 俺は瞬間的理解が進んだ。まず生きていたということ。斬られていないこと。


 なぜ斬られていないのか? 覆面男が振り下ろした剣は、俺に触れるすんでのところで、マルポロの剣に受け止められた。


「ッ!」


「このマルポロを、甘く見るなである!!!」


 マルポロが剣を離し、追撃を加えようとするも、覆面男は機敏な動きで窓から外に飛び出し、逃げ出した。


「待つである!!!」


 マルポロが窓の外を覗くも、覆面男の姿は影も形もなくなっていた。


「くっ! 逃したであるか・・・。それにしても素早い動きである」


 マルポロは剣を鞘にスチャリと納めた。


「素早いのはお前だよ・・・。よくあの距離から受けが間に合ったな」


 部屋の扉から窓まで、優に6メートルは離れている。覆面男が剣を振り下ろした瞬間にはまだ扉付近にいたから、そこから移動したとなるとかなりのスピードだ。やはり☆2ユニットとはいえ常人離れしている。


「拙者のこの速さは母上譲りである! でも母上はもっともっと速かったであるよ! 拙者も精進を重ね、いつか母上の様な立派な剣士になりたいである!」


 母上・・・。そうか、確かマルポロの母親の設定は・・・。


「剣鬼ディライナ・・・又の名を千人殺し、だったよな。敵軍千人をたったひとりで相手にして、自身は傷1つ付けられることなく、血塗れた屍の山の頂上に立ったという話は知っている」


 ディライナという人物の逸話は本編中でも常軌を逸している。ただ、マルポロ本人のゲームでの成長率を考えると、本当の話かどうかは疑わしい。


「軍師殿・・・。拙者は母上を千人殺しなどと呼んで欲しくないである」


「えっ?」


 マルポロの顔を見ると、着せられた汚名を拭えないような悲しげな表情をしていた。


「わ、悪い。でも千人殺しなんて、剣士としては凄いことじゃないか。戦争ではより多くの敵を倒した者が英雄なんだ。なぜそう呼んじゃいけないんだ?」


「確かに、母上はその通り名の如く強く、素晴らしい剣士だったである。でも・・・村では皆母上のことを冷酷で残忍な人殺しだと怖がっていたである」


「母上は・・・、母上は本当は優しくて、女神様の様なお人である! それなのに!」


 マルポロは今にも泣き出しそうに顔を崩した。


「マルポロ、俺はディライナさんのことを冷酷な人殺しだなんて思っちゃいない。戦争で殺しは正義だ。正義を全うしている者に対して、それを非難する方が間違っているんだからな」


「・・・うん」


 マルポロは溢れた一雫の涙を拭い、小さく頷いた。


 余程の出来事だったのか、或いは感情的になりやすいだけなのかは分からないが、女の子を泣かせるのは忍びないとフォローはしたものの、あまり効果はなかった様だ。


 また、ディライナはマルポロが幼い時に病没しており、そのせいで彼女の中で母親が神格化されていることがうかがえた。それが余計ども「千人殺し」という通り名を嫌悪させていることも。


 その晩はやはり襲われたこともあり、マルポロにずっと側で警護してもらった。不安で中々眠れず、少し瞼を開いてマルポロを見ると、目を閉じることなくずっと黙って窓の外を見続けていた。


 そんなマルポロを見て、俺は昼の自分に対して恥ずかしさを覚えた。こんなにも俺に献身的な少女を召喚して、単に目立って危険だからという安直な理由で頭を抱えた自分に・・・。






                   *


 




「ご、ごめんなさぁい!! 遅れちゃいまし、はわぁ!?!?」


 大灯台の開けた展望台の窓に蹴つまずいたメルエヌは、ダイナミックに中へと転がり入った。


 辺り一面を取り囲む雄大な海が奏でる波音が静寂と踊る、海上都市クラークの夜明け前。石と色とりどりのサンゴで形成されたこの都市の中央にそびえる、王城とも違わぬ大灯台はシンボルであり、展望台からは世界の果てまでも見渡せるとの評判である。


「相変わらずね、メルエヌは」


 海上都市クラークの管轄者であり、ECBJの管理者の1人でもあるカルティノは、深海を表したような青髪のショートカットをした少女で、管理者の中で1番クールである。今しがたのメルエヌに対しても冷めた視線と言葉を向けた。


「あら、慌てんぼさんね。肉奴隷にして虐めてあげたいわぁ♡」


 天空都市レヴィノンの管轄者であり、同じくECBJの管理者の1人であるクインテルは、煌びやかな金髪を腰まで靡かせた大人の女性で、微笑みながら自身の大きな胸を揺らしていた。


「うひゃひゃひゃ!! ばーか! あーほ! ドジマヌケ〜! あっちの魔法でそのイカれた脳みそ矯正してやるから早く頭出せってーの〜!」


 魔法都市メイギスの管轄者であり、同じくECBJの管理者の1人であるトリーナは、芽吹き色の緑髪のポニーテールを振り回す褐色の幼女で、他の管理者の誰よりも口が悪い。


「ふえぇ、皆さんひどいですよぉ〜。いくら私がドジでヘタレで救いようがないこの世の産業廃棄物だからって、そんなに貶さなくてもいいじゃないですかぁ・・・」


 メルエヌは顔を真っ赤に染めて、透明な雫を頬に伝せた。


「いや・・・、貴方自身が1番自分のこと貶してるんだけど・・・」


 カルティノの冷静なツッコミに、他の2人も同意の首を縦に振った。


「こんばんわぁ〜☆ おやおや皆さん集まってまぁ〜すねぇ〜♪」


 デュリエットが窓枠に躓くことなく、ゆらゆらと羽を揺らして展望台に入ってきた。


「お、来たな〜大将!! 早速おっ始めようぜ!!」


 トリーナがパチンと指を鳴らすと、広々とした純白のテーブルが出現し、その上には、和洋折衷酒池肉林の豪華絢爛な料理と飲み物が置かれていた。


「それでは☆ECBJの本編開始を祝って〜♪ かんぱーい!!!」


「「「「かんぱーい!」」」」


 デュリエットの音頭に4人が合わせて、手に持った木製のジョッキをコンと鳴らし、そして中のブドウ酒をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲みきった。


「召喚所の休業時間を設けて正解でしたね〜♪ こうして打ち上げできましたしぃ〜♪」


 デュリエットはニンマリと笑いながら、2杯目のブドウ酒を飲み干した。


「みんなの召喚所はどんな様子だったの? クラークは結構召喚の引き良いプレイヤー多くてさ、一気に2体ネームドキャラ召喚した人もいてね、でも流石に☆5は出なかったけど」


「エンジェリア出ましたよ、☆5」


「ププゥ!!!?」


 カルティノは口に含んでいたチェリーを動揺で弾丸のように吐き出した。その弾は弾道にいたメルエヌの頭に直撃し、メルエヌは背中から床に倒れ、呻きながら悶絶した。

 

「あの馬鹿げた低確率を最初の召喚で引くなんて、凄まじい豪運ね・・・」


 カルティノはむせた呼吸を整えつつ、自分のジョッキにブドウ酒を注いだ。


「あらすごい。レヴィノンはパッとしなかったわ〜。ネームドキャラって言っても戦しか知らない冴えない☆3☆2のおっさんばかり・・・。もうちょっと可愛げのあるショタキャラとか、いじめ甲斐のあるバカ真面目な女の子とか引いてくれなきゃ昂らないのよね〜」


 クインテルは頬杖をつきながら、ブルーベリーを乗せたチーズクラッカーをボソッと齧った。


「原則ペナルティ時以外はユニットに手出ししちゃいけないんだから、寧ろ昂らない方が都合が良かったんじゃないの?」


 カルティノの言葉に、デュリエットが後ろめたそうにピクリと体を揺らした。


「わ、私の管轄の森林都市ツリーネルは、皆さんなんのトラブルもなくお利口さんでしたよ!」


 悶絶していたメルエヌが回復し、勢いよく身を起こした。


「そりゃ、あんたのとこは大人しいやつばっか集めたからねぇ。1番不安だったから」


 クインテルが気怠げに諭した。


「そっそうなんですかぁ〜!? うぅ・・・やっぱり私って産業廃棄物・・・。」


 メルエヌはギュッと目を閉じて、自身のジョッキに並々と入っていたブドウ酒を一気に天を仰ぐように飲み干した。


「そういえば1番お喋りなトリーナがまだ喋ってないじゃない。どうしたの?」


 カルティノが右隣で肉を頬張っていたトリーナに目を向けると、その瞬間、彼女の肉を食べる手がピタッと停止した。


「あっちのとこは、ヤバかったよ。ユニットキャラよりもプレイヤーが・・・」


 トリーナの先程までのふざけた声と表情が180度一変してシリアスなものとなった。


「プレイヤー?」


 4人は言葉の真相が気になり、まじまじとトリーナに視線を集めた。


「あっちも最初はたかが人間程度と全員舐め腐ってたけど、考えを改めたね。あいつは異質も異質、まさに魔神の目をしていた・・・。そう、あのプレイヤーは・・・・」











「このゲームを壊しかねない」











                   *





「ふぁ〜〜」


 不眠から押し寄せる欠伸に我慢しきれず、大きな口を開けてしまう。俺は丸テーブルに肘をつき、空腹に耐えかね注文した4エルのエッグベネディクトをよく噛んで味わいながら、コップに入った汲みたての水を飲んでいた。


 早朝にもかかわらず、混雑を極める酒場の朝。この街の目覚めはかなり早いようだ。みんなこの後ステーションに行って馬車や魔導機関車で遠出するのだろう。


「おはよう! サッキー!」


「え!?」


 振り向くと晴れやかな笑顔のショウゴさんがいた。あだ名で呼ばれるなんて生まれて初めてなので、少々動揺してしまった。


 ショウゴさんは銀のトレーに乗せられた、目玉焼きベーコンにバターパンが2個、それにコーンスープとレタスサラダという5エルの酒場ブレックファーストセットをテーブルに置いて、俺の向かいに腰掛けた。


「あまり眠れなかったみたいだね。安宿は寝心地が良くなかったかい?」


「いや、ベッドは十分だった。招かざるお客様に襲われてな」


「なんだって!?」


 ショウゴさんは口に運んでいたフォークを止めた。


「すまなかった。俺が宿を紹介したばっかりに」


「いや、ショウゴさんに非はないよ。召喚であれだけ目立ったんだ。ある程度の襲撃は予感してたさ、思ったより早かったけどな。それより、今日の話をしよう」


 俺はエッグベネディクトを食べきり、水を含んで口の中を洗浄した。


「そうだね、この後ステーションに向かって、馬車に乗り古城付近の村に行く。そこに依頼主がいるから、詳しく話を聞いて、いざ開戦・・・。大雑把にはこんな流れだ」


 ショウゴさんの説明を聞きつつ、俺は軍師の書を構築して開いた。


「俺の手持ちがマルポロにランスナイトとハンマーナイト、ショウゴさんの手持ちがウィフとボウナイトとマジックナイトか。うまいこと近接と遠距離に分かれているな」


「そうだね。だけどこのパーティで行くのは少し不安じゃないかい? クエスト情報によると敵の主だった武器は剣だそうだ。そうなってくるともっと刺突のキャラが欲しい」


「でも、どうする? 召喚石はないぞ。ログボで貰える石は3日に1個だし」


 俺の困惑したような問いかけに対して、ショウゴさんはフフフと口元を緩めた。













「もう1人、プレイヤーをスカウトしてみないか? サッキー。」












 第12章 「備えあれども憂いあり」

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