第11話 真相心理

 淡黄に染まったコートを着た、そのやや垂れ気味の優しげな眼差しを向けてくるこの男を、俺は知らない。


 やはりと言ったところか、初回の召喚で俺のことを認知したプレイヤーは相当数いると考えられる。


「嘘をついても無駄だよ。軍師の書で確認できるからね」


 男はニッコリと笑った。


「最初から嘘をつく気なんかないさ。俺が龍宮寺咲人だ。あんたは?」


 相手に隙を見せぬよう、俺は気丈に振る舞った。


「僕はショウゴ。いきなり話しかけて悪かったね、召喚の時はあんなに目立ったんだ、君が警戒するのも無理はない。僕は別に君と戦いに来たわけじゃないんだ。少し、話を聞いてほしい」


 ショウゴは俺が座っていたテーブルの向かい側に腰掛けた。


「君、もうクエストは受注したの?」


「いや、まだだけど。あまり目立ちたくないから、クエストボードに人が集中している今は受注を避けてるんだ」


 俺は言葉と共にクエストボードの方に目を走らせた。


「それは丁度いい。僕がさっき受注したクエストに同行してくれないか?」


 ショウゴは自身の軍師の書を開き、受注クエストの項目を開いて俺に見せた。


「盗賊掃討依頼か。場所は・・・ここから南西の古城・・・報酬は5000エル!?」


「相手はたかが盗賊、金策としては破格のクエストだ。しかし僕の手持ちだとこのクエストは厳しくてね。先程なけなしの貯金で課金して110連で引いてきたんだけど。」


 ショウゴは兵舎の項目を開きユニット詳細の画面を見せる。


「レアリティ☆2 ユニット名ウィフ(男)・兵種 神官・属性 神言」


 ウィフは「EC1〜黒き竜と古の王国〜」にて序章で仲間になる回復役だ。育てれば割と回復兼バフ役として最後の方まで使えるユニットだ。だが攻撃には向いてないから単体での攻略は難しい。だからこそ協力の持ちかけか。


「運良く☆2だったんだけど、まさかサポート特化とはね。いくらレアリティが高くても、攻撃性能が☆1並みじゃ心許ない。そこで、金光を引いていた君を思い出したわけさ、龍宮寺咲人君。」


 協力する気はさらさらなかったが、これは悪い話ではない。回復兼バフ役がいれば、単純にLOSTユニットが出づらくなり、攻略が安定する。しかも、回復ユニットしか使えないのであれば、俺に対して攻撃を仕掛けてくる心配もない。悪い話じゃないな。


「・・・いいだろう。報酬は山分けでいいか?」


「おお、協力してくれるか、ありがとう! もちろん山分けで問題ないよ! 寧ろサポート側の僕が少なくてもいいくらいだ! 後は、君のユニットを見せてくれないか?」


 俺は自分の軍師の書を開き、兵舎のユニット詳細をショウゴに見せた。


「マルポロか・・・。マルポロは力と物防が低いが、そこをバフで補ってやれば元々高い敏捷と技量も相まって万能になる。こいつは都合がいいな」


「よくわかってるみたいで安心したよ、エレ・・・ECはナンバリングコンプしてるのか?」


「ふふ、ナンバリングコンプどころか、リメイク作も含めて全てやってるからね。このあいだの7リメイクみたいな目に見えての地雷作でも、性悪女に惚れたみたいにちゃんと買ってプレイしたさ」


 ショウゴは誇らしげに口角を上げた。


「俺と同じだな。ま、7リメイクは思った通りのクソゲーだったけど」


 2人の笑い声が酒場に広がり、鳴り響く音楽と調和した。


「EC熱はお互い負けてないな! じゃ、フレンド登録しようか」


 ECは人気ゲームではあるが、ナンバリングと、過去作のリメイクを合わせるとかなりの数になる。俺のように全てプレイしている人は中々いないはずだ。


 俺たちはフレンド登録を終え、飲み物を飲みながら軽く互いの自己紹介をした。


「ショウゴさん26歳なんですね。タメ口ですみませんでした」


「いや、別に畏まらないで、ラフでいいよ。その方がこれから行動を共にしていく上でストレスにならない。年齢での上下関係の徹底は、日本の悪い慣習だ」


「そうか、じゃあそうするよ。クエストの出発はいつにする?」


「夜遅いからな。南西の古城はステーションから馬車で行けるが、今日はもう馬車は出ていない。フィールドを歩いて向かうのもいいが、夜はどうも出現する魔物が強くなる上、数も多いそうだ。視界も悪くなる場所が増えるし、明日の朝、酒場の開店時間にまたここで落ち合わないかい? 朝はレストランになるそうだから、朝食がてらってことで」


「そうだな。ならひとまず今日は解散しようか」


「あっ!」


 席を立つ俺を呼び止めるようにショウゴさんは声を発した。


「咲人君、今晩泊まる宿は決まってるかい? 実はこの酒場の裏に20エルで泊まれる宿があるんだけど、そこに泊まるといいよ」


「20エルか、安いな。そこにするよ」


 宿は一応物色したが、どこも50〜100エルのところばかりだ。少しでも節約したい俺にとって一泊20エルは助かる。


「僕はもう宿をとってしまってて、そのあと見つけたから少し後悔だよ。宿主にキャンセルするのも悪いから今日はそこに泊まるけどね。あ、あともう1つ」


 ショウゴさんは軍師の書を開けて、ヘルプ項目を開いた。


「ここに書いてあったんだけど、ユニットは兵舎に入れてるよりは少しでも外に出して、行動を共にした方が経験値が入っていいみたいだ。戦いだけじゃなく、見たり聞いたりする事でもレベルが上がるみたいだね。手持ちがバレるから、出す場所は選んだ方がいいけど」


「そうなのか、ありがとうショウゴさん」


「それじゃ、僕は予約した宿に行くよ。おやすみ、咲人君」


 俺はショウゴさんと別れて、早速酒場裏の宿に向かった。


 宿は特別寂れているわけでもなく、ごく普通の石造りの建物だった。中に入ると、中年男性の店主が出迎えてきた。


「こんばんは。お泊まりでしょうか?」


「ああ。一泊20エルと聞いたんだが・・・」


「はい。食事等のサービス料は別途でございますが、宿泊は一泊につき20エルでございます」


 俺は20エルを支払い、鍵を受け取って階段を上がる。軋む木製の扉を開けると、そこはベッドが一つ設置してあるだけの簡素な部屋だった。あとは身体を拭く為のものだろうか、タオルと水桶も隅に置いてある。まぁ野宿をするよりは全然マシだ。


 俺は上着を脱ぎ、備え付けてあるタオルを水に濡らし身体を拭くと、軍師の書の衣装項目を開いて、初期登録してある布の寝巻きに着替えた。


「さて、ここなら誰にも見られてないし・・・」


 俺は兵舎にいるマルポロを呼び出そうと思った。人目につく場所で彼女を出すのはまずいが、先程の話を聞いて出来るだけ兵舎から出せる時は出そうと考えた。なにより、単純に彼女と話がしてみたかった。


 「兵舎から出す」の項目を押すと、軍師の書から召喚の時と同様、金色の光が飛び出て、俺のそばに降りた。


「おお! 軍師殿!」


「マルポロ、悪かったな。長いこと兵舎に閉じ込めてしまって」


「そんなこと、気になさらなくても大丈夫である! ここは・・・宿であるか?」


「そうだ。あれからのことを話せば色々と長くなるが、とりあえず・・・ん?」


 マルポロは顔を赤らめ、妙にもじもじしている。


「どうした?」


「えぇっと、その・・・ぐ、軍師殿。拙者は幼少より剣の修行のみに明け暮れていた身・・・そ、その、夜の営みには疎くて・・・で、でも! 軍師殿がその気であるなら、拙者も頑張るである!!」


「「はぁ!?」」


 何やらとんでもない勘違いをしているようだ。仮にも男女が夜の宿で2人という状況にマルポロは察したのだろう。


「ち、違う違う! そんなつもりは更々ない! 第一お前、まだ14歳だろ! あと3年は純粋でいろ!」


「こ、これはとんだ赤っ恥! 失礼したである!」


 マルポロは深々と頭を下げた。メルエヌといい、なぜそっち方面の勘違いをしてしまうのか。


「ま、まあ横に座れ」


 ビビ割れたカンテラの灯りを中心に、部屋は明暗のグラデーションを描いている。裏路地に面するこの宿屋の外にはあまり街灯がなく、部屋の窓から覗く景色はただの暗闇だ。


 マルポロは腰に差した剣を横に置き、ベッドに腰掛けた。


「さて、マルポロ。1つ尋ねるが・・・」


 俺は気になっていたことがあった。召喚されるユニットはECのゲームキャラだが、そのキャラ達には登場する本編の記憶があるのか、また、その記憶は本編のどの辺りの記憶なのか確かめてみたかった。


 マルポロの場合、登場作は「EC3〜終幕の千年王国〜」だ。ストーリーとしては実質1の続編という立ち位置で、簡単に言えば1のエンディングで主人公たちが建国した国が、千年の時を経て復活した1のラスボスによって滅ぼされるが、1の主人公達の子孫の活躍によって、再びラスボスを倒すという、まぁなんとも続編モノとして王道なストーリーだ。


「お前の母国、神聖アリーティス王国は黒竜王ダマスクスによって滅ぼされたが・・・」


「むむ! 軍師殿は、我々の国の史実を存じているであるか!?」


 やはり、ゲーム本編の記憶はあるようだ。


「ああ、知っている。それで、ダマスクスはどうなった?」


「我々の活躍により、ダマスクスは滅ぼされ、見事母国は再興を遂げたであるよ!」


 マルポロは嬉々として返答した。


 このマルポロの時系列は、14歳であることも鑑みて本編終了直後で間違いないだろう。


「で、お前はなぜ今ここにいる? そしてなぜ俺に従っているんだ?」


 マルポロは「えぇっと・・・」と小声で呟き、少しの間、口を閉じた。


「それが、わからないである。母国が再興し、それから故郷へ凱旋した事までは覚えているであるが・・・いつの間にやらここにいて・・・。軍師殿に従っているのは、使命感とでも言うべきであるか、その・・・うまく言い表せないであるな」


「ただ、軍師殿のことは信頼できるし、尊敬しているであるよ。だから拙者は軍師殿の言うことを聞くである!」


「・・・そうか」


 フローラと話した時にも感じていたことだが、間違いない。ゲームマスターに作られた人間は記憶も巧妙にインプットされていて、自身の存在に違和感が無いようにしてある。そして、曖昧ながらもこの世界にいることを受け入れ、召喚した者の命令を聞くように作られている。


「じゃあ、もう1つ聞くが・・・」











 バァン!!!!!!











「!!!!」


 俺がそう言いかけた途端、マルポロは目にも留まらぬ速さで傍らに置いていた剣を抜き、部屋の扉を蹴り開けた。


「ま、マルポロ! 一体どうした!」


「殺気を感じたである! む!」











「「軍師殿!! 危ない!!!!」」











 ガシャアンと音を立て部屋の窓が破られる。入ってきたのは男だった。覆面を着け、剣を手に持っている。


 男は俺の姿を視認すると、そのまま剣を振り下ろしてきた。











  刹那











「はーい。みんな上手に遠足の班が作れたかなー?」


 ガヤガヤと騒ぐ子供の声が飛び交う小学2年生の教室。その隅に、俺はズボンのポケットに手を入れて黙っていた。それを見かねた担任の女が俺の目の前に立つ。


「龍宮寺君、また1人になって! みんなと仲良くしなきゃダメだよ? ほら、あの子達に話しかけて、僕も入れてーって言ってみようよ」


 今思えば、大学を出たばかりのこの若い女の青臭い正義感が、子供ながらに見え透いてて嫌だったのかもしれない。


 子供は、大人に価値観を押し付けられると、すぐにそれが自分の価値観に変わる。この女はそれを知っていて、クラスを割と上手く自分の思い通りにコントロールしていたつもりになっていたが、一筋縄ではいかない俺に対してはかなりしつこかった。


「ん?」


 ある日自分の机の中のものが全てゴミ箱に捨てられていた。気づいて立ち尽くす俺を見て、数名のクラスメートがクスクスと笑っている。その後も靴を隠されたり、机に落書きをされたり、ランドセルを校庭に捨てられるといったことをされた。


 人は攻撃しやすい対象を見つけると、決まっていじめという行動に走る。誰とも話さず、大人しく、なんの後ろ盾もないと周知されきっている俺は、群れている奴らにとって格好の餌食だった。


 その後、俺に嫌がらせを行なっていたグループは学校に来なくなるか、転校していった。理由は火事で家がなくなったり、万引きの濡れ衣を着せられたり、多額の借金を背負ったり・・・。そのいじめグループが消えても、新しく嫌がらせをする奴はどんどん出ててきたが、その度に学校から人が消えていき、やがて俺に近寄る人すらいなくなった。


 人は無抵抗の誰かを傷つけることによって優位に立ったと思え、そのことに快感を覚える。事実いじめっ子達は、その快感欲しさにいじめを行なっているのだろう。俺もそうだからわかるのだ。いじめっ子達を1人1人追い詰めて潰している時、自分がそいつらより有能で、優秀で、逸脱しているという感覚に陶酔していた。


 無論、俺は何もしてこないやつには攻撃しない。傷つけるのは、傷つけられる覚悟がある奴だけに許される行為だと考えていたからだ。


「ごめんな、咲人。今日も遅くなりそうだ。出前呼んでるから受け取って食べてくれ。お金はテーブルの上に置いてあるから」


「うん。わかった」


 母さんがいなくなってからというもの、父さんからの電話はいつもこれだ。これ以外の内容の話を父さんとしたことはあまりない。


 父さんはいつも俺が寝た後帰ってきて、いつも俺が起きる前に出かける。休日はずっと寝ていて、起きたと思えば俺に構うことなく何処かへ出かける。多分ギャンブルだったんだろう、不機嫌で帰ってくることが多かった。俺の運の悪さは父親譲りなのかもしれない。一度、父さんが夜帰ってきた時の様子を見てやろうと思い、薄目を開けて起きていた。0時過ぎに帰ってきた父さんは、パソコンを弄りながらカップラーメンをすすり、シャワーを浴びてすぐ寝ていた。


「明日から、母さんいなくなるから」


 目を腫らして、頬をこけさせた父さんがそう呟き、ため息をついてソファーに深く腰掛ける。遠く幼い時に見た場面を、未だ鮮明に覚えている。


 うちは裕福な方だったが、母さんがいなくなった日を皮切りに生活が一変した。食事は質素なものや出前ばかりになり、お小遣いも貰えなくなった。父さんは暫く会社を休み、毎日酒を飲みながら、母さんのことを貶していた。その姿をドアの隙間から覗いていた俺は、薄々母さんがしたことに気づいていたが、それについて父さんに話すことはなかった。ただ、その日から俺はずっとゲームばかりするようになっていた。


 俺は・・・本当は独りが嫌だったのかもしれない。


 顔では強がっていても、心のどこかではいつも泣いていた気がする。誰かと一緒にいるという実感・・・。俺がエレメントクライシスに求めていたのは、支配欲・征服欲ではなく、常に仲間と共に志を持つという団結感だったのかもしれない・・・。今となってはもうどうでもいいことだが・・・。











 スローモーションで振り下ろされる剣を前に、俺は動けない。そして、一度死んだ俺が今思っていることはただ、ひとつ。











「俺は・・・・・・ここで、死ぬ」











 第11章 「真相心理」

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