第17話 神の領域

「「「ウオオオオオオオ!!!!!!」」」


 巨人は真っ青に輝く空を仰ぎ、再び吠えた。その口から発せられた轟音の雨は破壊の波となり、古城を完全に倒壊させた。


「奴は錬成物である以上、音に反応する半透明の魔物と同じく、何らかのルールに則って動いているはずだ! 第1に考えられるのは心臓部に埋め込まれているドロリィを守護するということ! 魔導錬成されたものは、術者が意図的に魔導を解除したり、或いは死んだり気を失ったりすれば存在を保つことができなくなる! つまり弱点は心臓部だ!」


 俺は巨人の雄叫びが巻き起こす轟音の凄まじい衝撃に耐えながら、懸命に声を伝えた。


「でも心臓部に攻撃を届かせる為の足場がないぞ!! 15メートルはあるあの高さに、この殺風景な平原の中では、己の脚力のみで到達するしかない! それは無理だ!!」


 ショウゴさんも必死に声を鳴らしている。


「あっ! 2人共見てください!! 巨人が!!」


 巨人は俺たちの存在を意に介さず、立ち上がった方角とは反対方向に体を向けて動き出した。


「チャロ村の方角だ! 奴は直接村を潰しに行くつもりなんだ!!」


 俺は急ぎ軍師の書を構築し、マップを開いて確認した。


 ・・・確かにショウゴさんの言う通り、チャロ村に向けて移動している。このまま何もしなければ俺たちの命はほぼ確実に助かる・・・が、それでは意味がないんだ。ここで奴を止めなければ村の多くの人間が犠牲になる。何より、相手が強いから諦めるなどという選択は、俺の辞書にはない!!


「ネア! お前達なら奴に追いつけるはずだ! 足の動きに警戒しつつ回り込んで攻撃し、注意を引き付けろ! ドロリィの錬成する全ての魔物の構成物がほぼ同じなら、テイルスピアでの攻撃は有効なはずだ!」


「な!? 戦う気かいサッキー!? 心苦しい選択にはなるけど、このまま巨人を放っておけば確実に行きて帰れるんだぞ!? 空手の帰還にはなるが、勝つことより生き残ることを優先しよう!」


 ショウゴさんは今まで片鱗も見せなかった険しい表情を俺に向けた。


 天秤にかけて重いのは、当然自分の命・・・。自分の命より大事なものなんて、所詮は口でしか言えない綺麗事。本能の根底に根ざすは、生命の最優先維持・・・。だが・・・!


「ショウゴさん・・・。俺がこの世で最も嫌いなこと、教えようか。勝算があるのに、逃げること・・・。万が一勝てるかもしれないが、負ける可能性の方が高いから勝負しない。目の前に転がる勝ちを、負けに怖気て拾わないことだ!!!」


「な・・・・に!? 勝算があるのか!?」


「・・・俺は、今まで負けることだけを考えてきた。己が辿るであろう負けを空に上げて、負いの雪を降らせてゆく。だが雪は、ある部分を避けるようにして降り積もり、固まり、やがて一本の道を形成するんだ。それが、勝ち筋・・・。」

 









「負い目を知らない奴に勝ちはない。その信念の下に俺は常勝を果たしてきた。この戦いも・・・断じて例外なんかじゃない!」











 ショウゴさんはごく僅かな時間、目を閉じて俯いた後、険しい顔を解いて再び柔らかい表情を向けた。


「・・・信じるよ、サッキー。君がいなければ魔物が湧いた時点で諦めていたクエストだ。最後の選択も、ここまで導いてくれた君に選ぶ権利がある。だが、決して負けるな!」


「あぁ! ネア! 頼むぞ!!」


「御意!」


 ネアは驚くべき俊足で巨人の前方に回り込み、テイルスピアを伸ばして鞭状にして足を打った。


 テイルスピアの主な特徴は2つだ。1つは槍と鞭の両方の性質を併せ持ち、攻守ともに優れた立ち回りが可能。そして3つ目は、武器のリーチを2〜10メートルまで変えることができる。中距離武器が相手でも使用者に柔軟な攻撃手段を提供し、非常に強力だ。


「ウオオオオオォォオ・・・・・」


 巨人は足を止め、真下に佇むネアに注目した。


「ウゴォオオオオオォオオオ!!!!」


「!?」


 巨人は右手を握り固め、大きく空に振りかぶると、そのままネアめがけて叩きつけた。


ドゴオオオオオオオン!!!


 大きく土が舞い上がり、地面が揺さぶられた。


「ネアー!!!!!!」


 当たればひとたまりもない攻撃を目にした結奈がネアの安否を案じ、 叫ぶ。


「LOSTの表示もないし、生命力も削れていない! 安心しろ結奈!!」


「ウオオオ・・・!」


 ネアに攻撃を避けられたことに気づいた巨人は、その体を潰さんと再び腕を振り始める。


「くっ!」


 意外と機敏なその動きに、ネアは回避が精一杯のようだ。体術に相当の心得があるネアだからこそ、避け続けられている。


 ズゥン!!!


 ノーモーションで叩きつけた左手から上がった土が、ネアの眼前を覆った。


「しまった!!!」


 巨人は出来た死角から右手を振りかぶって致命の叩きつけを繰り出した。


「ハッ!!!」


「「ウグオオオオオオオオオ!!?」」


 地面を大きく抉るかに思われた巨人の右手は、目的を成すことなく親指以外の指を失っていた。恐らく切り落とされであろう指が、ズズンと音を立てて落ち転がる。


「剣神の娘マルポロ!! ただいま見参である!!!」


 剣を手に、マルポロが巨人の前に降り立った。


「き、君はマルポロ殿!! 身体はもう大丈夫なのか!?」


「ドロリィが巨人を造る為に魔導を解いたお陰で、筋力が戻ったである! ネア殿、共にこの巨人を倒すであるよ!」


 直後、並んだ2人の体に、蝶が舞うようなエフェクトが出現した。


「こ、これは何であるか! 体が軽いである!」


「私の神言術のひとつ、【バタフライ・ソウル】です。これで蝶の如く舞うことができるはず」


 神官ウィフが2人の後ろで神言を唱えていた。


「私は老体が故に戦いは得意ではありませんが、神の御力により戦闘の補助はできます。どうか、お気をつけて」


 ウィフはそう告げると、巨人から少し距離を取った。


「計算通りだ。敢えてネアに攻撃を避け続けてもらったお陰で、巨人の攻撃パターンも読めた」


 俺は2人に軍師の書で行動の指示を出し、そして全てを委ねた。


「倒すのはお前達だ! 全霊を持ってかかれ!!!」


「「承知!!!」」


 マルポロとネアはそれぞれ巨人の両サイドに散ると、巨人は早く2人を仕留めようと両手で叩きつけを行なった。


「チャンスである!!」


 意識を分散させた叩きつけに精度はなく、2人は軽々と躱すと、手が地面に触れて降りている僅かな時間を利用して腕に飛び乗った。


「そりゃあ!!!」


 巨人の右腕に乗ったマルポロは、剣を深々と突き刺した。


「ウオオオオオアアアア!!!!!」


 巨人はその痛みに激しく反応し、マルポロの乗った右腕に集中した。蚊を払うように左手がやってくる。


「今である!! ネア殿!!!」


「ゆくぞ! 巨人!!!」


 巨人の注意がマルポロに向いた隙を利用し、ネアが最大まで伸ばしたテイルスピアを構え、腕から飛び上がった。同時にマルポロも左手を避けて宙に上がる。


「常に心臓部を最優先に保護して動いている状態の奴を、正面からの攻撃で倒すのは至難の技だ。だが、2人のどちらか片方に攻撃を集中させることができれば、必ず隙が生じる。その隙を狙われていない片方が突けば・・・!」


「「「ウオオオオオ!!!!!!!!」」」


「なっ!?」


 巨人は一際大きな雄叫びを上げ、その凄まじい音圧は1番近い位置にいたマルポロの体を吹っ飛ばした。


「「マルポロ殿ー!!!!!!」」


 ガラ空きの心臓部を無視し、ネアはナイフを巨人の肩に突き刺して身を安定させ、テイルスピアをマルポロへと伸ばした。テイルスピアは限界を超えて長くなり、落下するマルポロの足に巻きついた。


「ね、ネア殿!? なぜ!!」


 マルポロは心臓を攻撃をせず、自分を助けたネアに解せない様子だった。


「君を助ける方法があった、ただそれだけだけだ! そして!!」


 ネアは鞭状にしたテイルスピアを巨人の肩に引っ掛けて飛び降り、落下する自重を使って、テコの原理でマルポロを再び飛び上がらせた。


「やれ!!! マルポロ殿!!!」


 巨人はネアがナイフを突き刺したお陰でそちらに気を取られている。心臓部は何も警戒を置かれていない、曝け出された状態だ!!


「貫け!!! 我が剣よ!!!!!!」






                   *






「んぅ・・・・・・。ここは・・・どこかしら。なんだか、懐かしい匂いがする」


 重さを感じさせる瞼を少し頑張って開けると、陽の落ちかかった、黄色と赤と紫のグラデーションに描かれた空が見えた。


 全ての魔力を放出し、全身が気怠さと喪失感に包まれていることをドロリィは理解した。


「気がついたか、ドロリィ」


 己が肉体が転がっているのは、鉄格子に囲まれた庭の中心。赤青黄色紫・・・庭を彩る花々は静かに風と踊り、チャプチャプと心地の良い水音を奏でる噴水が気を落ち着かせた。


「お師・・・・・・様?」


 ドロリィは虚ろな視界から、傍に立つ男性の顔を、手繰った記憶と結んで識別した。


 モーゼルは少し口元を緩め、その丸みのあるゴツい手を優しくドロリィの頬に触れさせた。


「まだ・・・ワシのことを師と呼んでくれるのか、お前は。フフ、嬉しいのやら、悲しいのやら・・・」


「私は・・・・・・負けたのですね」


 ドロリィの目尻から、微かな涙が伝い落ちた。


「うむ。・・・だが、あの者達はお前を殺さず、急所を逸れた傷を魔法で塞ぎ、ここまで運んできた。生殺与奪を有した彼らがお前の生を選び、再びワシとお前を巡り合わせた。これも数奇な運命か・・・」


 モーゼルは葉巻をくわえ、魔導で指先にごく僅かな火灯した。吹き出した煙が、夜空へと変化を終えた上へと浮かび、消えていく。


「お師様・・・私は」


「人は・・・命を造れない」


 なにかを告白しようと口を開いたドロリィの言葉を覆うように、モーゼルは声を強めた。


「完全なる命を生み出すのは・・・それすなわち神の領域。先人の錬金術師達も幾度となく神の力を求めた。だが、人には人ゆえの限界がある。生命錬成は魂の生成をもって完成する。が、魂には構成物質がない。その概念を覆せない以上、我々が神に到達することはできぬのだ」


「で、でも! 私の理論では、確かに生命錬成は可能なのです!」


「あれは生命錬成には繋がらぬ研究だと何度も言っただろう。仮宿に、ただ自分の意識を分け与えているだけの錬成は、魂の構築には至らない。だが、それを実現させただけでも大した偉業だ。他の錬金術師が嫉妬するのも無理はない」


「・・・お言葉ですがお師様、生命は生命から生まれるものです。私は・・・私の意識から生まれたものは、それはもう生命だと思っています。どんな・・・形であれ」


 そう口にしたドロリィの顔は、ひどく悲壮感が漂っていた。


「・・・・・・いつか本当の神に出会ってみたいものだな。この世界の何処かにいるはずの・・・神に・・・」






                   *






「「いっただきまーす!!」」


 館の大広間に特設された、豪華絢爛な食事の並ぶパーティ会場は、仕えるメイド達が大急ぎで作り上げたものだ。超一流の手際の良さである。


 俺たちが1年近く村を悩ませた盗賊達を掃討したので、そのお祝いをということらしい。



 「なんだい、その挨拶は・・・?」


 村の錬金術師達が多数入り混じる中、食事を前にして手を合わせた結奈に疑問が投げかけられる。


「これは、食材に感謝する意味があるんです! 元はひとつひとつ生命があったわけですからね! その生命に感謝して、いただきます!」


 結奈は誇らしげにウィンクをした。


「結奈ちゃん、すっかり明るくなったよね。あれが本来の彼女の姿なんだろうね」


ショウゴさんは腕を組み、ニヤニヤしながら結奈を見つめた。


「そうだな」


 あの時、ドロリィにトドメを刺すこともやむなしと考えていたが、急所を外したマルポロの心情を察して、ウィフに回復させた。その後、村に運んで身柄をモーゼルに引き渡して、俺たちのクエストは完了した。


 俺たちが村に帰還すると、すぐに村の兵士達が古城に派遣された。崩れた古城の下敷きとなり、死んだかに思えていたジンギャと他数名の盗賊達は奇跡的に無事であり、全員お縄についた。


 シュイイイイイイン!!


「ん?」


 突然俺の軍師の書が形成され、開かれた。ビジョンには交信待機中と書かれている。発信者は・・・南條鈴莉・・・。


「悪い、少し席を外す」


 俺はため息を漏らしつつ、足早に庭に出ようとした。


「あっ、龍宮寺せんぱーい!!!」


 ご機嫌最高潮な結奈が、部屋を出かけた俺に手を振ってきた。


「先輩! 私達って最高のパーティですね!!」


「あ、あぁ! もちろん!」


 結奈のその眩い笑顔に、自然と俺も嬉しくなっていた。結果的に結奈と出会っていなければ、今回のクエストは達成できなかったかもしれない。でも、そんな攻略上の都合以外でも、あいつと出会えて良かったと俺は思っている。


 庭に駆け出た俺は、渋々と交信開始のボタンをタッチした。


「あっ! やっと出ましたね龍宮寺さん! 朝はいきなり切るなんて酷いじゃないですか!」


 早速始まった責めたてモードで、俺のめんどくささは沸点近くに達した。


「急いでたんだよ。で、何の用だ」


「ちょっと聞いてくださいよ! 今日みんなで難しめのクエストに行ったんですけど! フリードルがですね! めっちゃ大きな火竜相手に! 馬にも乗らず向かっていって! 大丈夫かなぁ〜って思ったんですけど! でも一瞬でやっつけちゃったんです! 私ほんっっとときめきまくりで! 下なんかもう」


「はい交信終了。あばよ」


 俺は額に血管を浮かばせ、苛立ちのあまり軍師の書を叩き閉じた。


「お主・・・龍宮寺と言ったか?」


 ふと名前を呼ばれ振り向くと、モーゼルがいた。


「あ、あぁ。何か御用でも?」


「少し、話がある。ワシの部屋に来てくれぬか? 人目につかぬところで話したいのだ」


「え?」


 一瞬危ない趣味を危惧させたが、やけに神妙な面持ちからすぐに可能性を否定した。だが、そうじゃないとなると想像がつかない。


 俺たちは初めて館に入った時と同じルートで、モーゼルの部屋に向かった。


「入りたまえ」


 モーゼルは俺を先に部屋へ入れると、周囲を確認して扉を閉じ、鍵を閉めた。続いてカーテンを全て閉めた。


「サンライト・ミスト」


 モーゼルが魔導を詠唱すると、部屋全体に光の霧が漂い始め、真っ暗だった室内を明るく照らした。


「やけに警戒していますね。一体何が始まると言うのです?」


 全く察しのつかない俺に対し、モーゼルはゆっくりと目を向けた。


「ワシは・・・その者の近い未来を顔相で見ることができる。幸か不幸か、大まかにではあるが・・・・・・」


「フ、この世界にいる時点で、俺の顔相は最悪だろうよ・・・。でもなぜ、俺だけなんです?仲間の2人はそこまで問題なかったんですか?」











「・・・お主には、かなり顕著な死の相が出ている」












「なんだって・・・?」


 俺の顔は必然と険しいものになった。


「最初に会った時、確かに他の者にも少し出てはいたが、お主だけ比べ物にならない程に死相が強く出ていた。それを見て、ワシは今回も駄目かと落胆したのだ。だがお主達はやり遂げた。その報せを聞き、杞憂であったかとお主の顔を見ると・・・驚いたことに死相が更に強くなっていたのだ。戦いを乗り越えたにも関わらず・・・!!」


 俺は口を震わせ、緊張からゴクリと唾を飲んだ。


 死相だと・・・!? このゲームをプレイしているならあの2人だって死と隣り合わせのはずだ。何故俺にだけ、そこまで強い死相が出るんだ・・・!


「最近、今日の戦い以外で、命を狙われたことはないか? そして命を狙って来た者を、仕留め損なってはいないか?」


 俺はハッとして昨晩の襲撃を思い返した。もしかして奴が・・・まだ近くに潜んでいるのか!?


「・・・ある。そいつが・・・俺の命を現在進行形で狙っている・・・ということか?」


「それしか考えられまい。今扉を閉じ、カーテンを閉めたのも、その者の襲撃を防ぐ為だ。・・・よいか? 龍宮寺」











「死は、すぐ隣に潜んでおる。その死は存在を悟られぬよう、じっと息を殺し・・・今もお主を見ておるのだ・・・!」











 第17章 「神の領域」

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