第二十六章「第二の不可能犯罪の真相」(転生者『俺』による解決編)
しばらく俺が黙っていると、続きを促すかのように、
「では、そうした事件に続いて……。緋山の家の遺産が思ったよりも少なかったために、今度は
緋山の葬儀の夜、公表された金額に対して
しかし、金銭的な理由だけで蒼川連続殺人事件がスタートしたと思われては、日尾木一郎だって心外だろう。
「いや、確かにそうした側面もありますが、それだけではないのです。彼らは真相に気づき始めており、いわば口封じという理由で殺されたようなものでした」
俺は、まず
「私は、陽子さんから呼び出されたのです。誰も来ない場所で二人きりで話したい、と」
彼女はその後、事件に関して熟考するうちに、犯人は日尾木一郎しか考えられないという結論に至ったのだろう。記録を読んだだけの俺にも推理できたことなのだから、復讐に燃える当事者が真実を察するのは、不思議でも何でもなかった。そして、一度は木田巡査と相談しようと考えて、駐在所まで話しに出向く(第十二章参照)。だが結局、木田巡査には告げなかった。犯人を告発するよりも、彼女は、自分自身の手で復讐することを選んだのだ。
「彼女が真相に気づいたかもしれない……。その可能性は、一応、規輝にも報告しておきました。規輝に勧められて、あの土蔵を密会場所として、陽子さんに指定したのは私です。鍵も私が、前もって規輝から預かりました。規輝は『いっそのこと誰も来ない土蔵で陽子を殺してしまえ』とまで考えていたようですが……」
だから規輝は、あの日、何かが起きることを事前に知っていた。陽子の事件に関して、規輝には「珠美さんの部屋にいた」というアリバイがあったわけだが(第十三章参照)、それは偶然できたアリバイではなく、事前に事件を知っていたからこそ作られたものだったのだ。
日尾木一郎の指示ではない。規輝が自分で考えて、勝手に用意したアリバイだった。だから日尾木一郎は、事件の直後に規輝の居場所がわからずに少し探してしまったし(第十三章参照)、また、そこから連携ミスも生じることになる。
「私としては、直接自分が手を下すのは、気が進まなかったのです。一義さんの一件で、既に私の手は血塗られていたわけですけどね。対照的に、陽子さんの方では、強い殺意を
話し合いのつもりだった日尾木一郎は、本当に驚いた。陽子が何かするにしても、まずは事件についてあれこれ言葉を交わして、それから行動を起こすのだろうと、甘く考えていたのだ。
「説得することも出来ず、もみ合っているうちに……。ナイフは、彼女自身の胸に刺さってしまったのです」
二度目だったからだろうか、あるいは、半ば正当防衛という意識だったからだろうか。今度は一義の時とは違って、日尾木一郎も、手足が震えることはなかった。
「とりあえず、そのまま土蔵の鍵を閉めて、急いで現場から離れようとしたところで……。今度は、木田巡査と出くわしました」
まだ俺が第三者目線で記録を読んでいた時、最初は、この場面の位置関係を見落としていた。しかし注意して読むと、確かに『言われて私が後ろを振り返ると、木田巡査の視線の先に、土蔵があった』と書かれている(第十三章参照)。つまり日尾木一郎は、土蔵に向かって歩いていたのではなく、その逆だった。土蔵のある方角から歩いてきた、という状況だったのだ。
「しかも、今から幽霊騒動について調べ直そう、という雰囲気でした。もしも土蔵の中まで調べることになったら、殺されたばかりの死体が発見される。そうなったら、ちょうど土蔵の方から来た私が、真っ先に疑われるでしょう。そう考えた私は、咄嗟に腹話術で悲鳴を聞かせたのです」
これは、第三者目線で記録を読んでいた時、最後まで俺も、その意味に気づかなかった部分だが……。
記録の中に『声の魔術師』という表現がある。緋山の葬儀の宴席で、泥酔した日尾木一郎の失態として、自分のことを「声の魔術師だ」と言っていた、という部分だ(第十一章参照)。木田巡査や
「もちろん、腹話術による悲鳴など、どこから聞こえてきたものなのか、曖昧で不明瞭です。だから私は、真っ先に土蔵を指し示して、あたかも土蔵からの悲鳴であるかのように、誘導したのです」
これも、はっきりと『「あそこです!」私が指差したのは、たった今、話題に上がっていた土蔵だ』と書かれている(第十三章参照)。先ほどの『声の魔術師』の件とは異なり、第三者目線で記録を読んでも、少し怪しく思える部分だった。
「陽子さんが殺されたのは私が木田巡査と出会った後だ、と思わせたかったのです。ただそれだけの目的でしたが、その結果、再び不可能犯罪を作り出してしまいました」
推理小説では、犯人が意図的に用意する密室も多い。しかし、新聞やテレビのニュースで報道される現実の殺人事件では、そんなもの、ほとんど見たことがなかった。下手に偽装工作をすれば、それに関連して、証拠が増える可能性も高くなるのだろう。また、そんな手間をかけるよりも、他にもやるべき後始末がたくさんあるのだろう。
緋山一義の事件にしても、蒼川陽子の事件にしても、日尾木一郎は、最初から密室状態を作るつもりはなかった。自分が疑われるのを回避しようと思って行動した結果、不可能犯罪の状況が出来上がっただけ、ということだった。
「それから、木田巡査から鍵について聞いて、私は『鍵を持っているはず』の規輝を探しに行きました。本当は私が鍵を持っていたわけですが、当然、木田巡査には言えませんからね。私が陽子さんを殺してしまったのは規輝の想定通りだとしても、死体が発見されたのは予想外に早かった。だから、私は規輝に、状況が変わったと伝える必要がありました。ところが……」
ここで私は、少し伏し目がちで、珠美さんに視線を送る。
私が言い淀むのを見て、珠美さんも理解したらしい。彼女は久しぶりに、言葉を挟んだ。
「ああ、ある意味、私がお邪魔でしたのね」
「まあ、そんな感じです」
日尾木一郎が規輝を見つけてから現場に戻るまで、二人きりになる時間は、彼らにはなかった。ずっと珠美さんが一緒だったからだ(第十三章参照)。しかも、この時まだ日尾木一郎は、土蔵の鍵が一つしかないことを、完全には理解していなかった(第十四章参照)。ここで、日尾木一郎と規輝との間に、明らかな連携ミスが生まれたのだ。
「私は鍵について、少し誤解していました。すぐに使えるのは規輝の鍵だけだとしても、どこかに保管用のスペアくらいあるだろう。勝手に、そう思っていたのです」
そしてスペアの鍵が存在するならば、規輝が持ち続けている鍵よりも盗みやすいだろうから、そちらを犯人が使ったと思われるに違いない……。これが、日尾木一郎の想定だった。
「だから手元の鍵は、本来『持っているはず』となっている規輝に返すべきだ、と決め付けて……。土蔵まで戻る途中、そっと規輝のポケットに鍵を忍ばせたのです」
これを連携ミスと言わずして、何と言おうか。
もちろん、その場で日尾木一郎と規輝が打ち合わせ出来たならば、「それでは、いっそうの不可能犯罪となる」と理解できただろう。だが珠美さんが同行していたために、相談は行われず、あのような事態を招いてしまった。
しかし、逆に考えれば。
むしろ、珠美さんが一緒で良かったのかもしれない。
全くの第三者目線で記録を読んだ場合、本来、珠美さんも容疑者の一人と考えられる。そもそも、最終的に全てを相続したのは、珠美さんなのだから。しかし彼女も共犯者であるならば、三人で打ち合わせも出来たはず。それが行われなかったことにより、彼女は規輝と日尾木一郎の仲間ではない、という理屈が成り立つのだった。
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