第二十六章「第二の不可能犯罪の真相」(転生者『俺』による解決編)

   

 緋山ひやま直樹なおきの事件に関しては、今さら語る必要もないだろうし、直次なおつぐ良美よしみについては、そもそも俺では話せることがない。だから緋山連続殺人事件の話は、これで終わりだ。

 しばらく俺が黙っていると、続きを促すかのように、珠美たまみさんが口を開いた。

「では、そうした事件に続いて……。緋山の家の遺産総額が思ったよりも少なかったために、今度は蒼川そうかわの人々が、殺され始めたのでしょうか?」

 緋山の葬儀の夜、公表された遺産額に対して蒼川そうかわ規輝のりてるが露骨に不満を見せたことは、日尾木ひびき一郎いちろうの記録にも書かれていた(第十一章参照)。しかも、その規輝の態度は、木田きだ巡査が規輝を犯人だと怪しむ根拠の一つにもなっていた(第十五章参照)。

 しかし、金銭的な理由だけで蒼川連続殺人事件がスタートしたと思われては、日尾木一郎だって心外だろう。

「いや、確かにそうした側面もありますが、それだけではないのです。彼らは、真相に気づき始めており、いわば口封じで殺されたようなものでした」


 俺は、まず蒼川そうかわ陽子ようこの事件から説明することにした。

「私は、陽子さんから呼び出されたのです。誰も来ない場所で二人きりで話したい、と」

 一義かずよしと結婚するはずだった陽子は、当然のように犯人を強く恨んでいた。緋山の葬儀の夜、その気持ちを日尾木一郎に告げていたくらいだ(第十章参照)。もちろん、その時点で真相に辿り着いていたならば、日尾木一郎に対して殺意を向けていたはずだから、まだ彼女は知らなかったに違いない。

 しかし、その後、事件に関して熟考するうちに、犯人は日尾木一郎しか考えられないという結論に至ったのだろう。記録を読んだだけの俺にも推理できたことなのだから、復讐に燃える当事者が真実を察するのは、不思議でも何でもない。そして、一度は木田巡査と相談しようと考えて、駐在所まで話しに出向いた(第十二章参照)。だが結局、木田巡査には告げなかった。犯人を告発するよりも、彼女は、自分自身の手で復讐することを選んだのだった。

「陽子さんが真相に気づいたのかもしれない……。そのことは一応、規輝にも報告しました。その規輝に勧められて、私は、陽子さんとの密会場所として、あの土蔵を選びました。鍵も、その時に規輝から預かりました。規輝は『いっそのこと誰も来ない土蔵で陽子を殺してしまえ』くらいに考えていたようですが……」

 だから規輝は、あの日、何かが起きることを事前に知っていた。陽子の事件に関して、規輝には「珠美さんの部屋にいた」というアリバイがあったわけだが(第十三章参照)、それは偶然ではなく、事前に知っていたからこそ用意されたアリバイだったのだ。

 日尾木一郎の指示ではない。規輝が、勝手に自分で用意したアリバイだった。だから日尾木一郎は、事件の直後に規輝の居場所がわからずに少し探してしまったし(第十三章参照)、また、そこから連携ミスも生じることになる。


「私としては、直接自分が手を下すのは、気が進まなかったのです。一義さんの一件で、既に私の手は血塗られていたわけですがね。でも、実は陽子さんの方が、強い殺意をいだいていました。私は先に土蔵で待っていたのですが、彼女は入ってきた途端『あなたが一義さんを殺したのね!』と言って、果物ナイフを手に、向かってきたのですから」

 話し合いのつもりだった日尾木一郎は、本当に驚いた。陽子が何かするにしても、まずは事件についてあれこれ言葉を交わして、それから行動を起こすのだろうと、甘く考えていたのだ。

「説得することも出来ず、もみ合っているうちに……。ナイフは、彼女自身の胸に刺さってしまったのでした」

 二度目だったからだろうか、あるいは、半ば正当防衛という意識だったからだろうか。今度は一義の時とは違って、日尾木一郎も、手足が震えることはなかった。

「とりあえず、そのまま土蔵の鍵を閉めて、急いで現場から離れようとしたところで……。今度は、木田巡査と出くわしました」

 まだ俺が第三者目線で記録を読んでいた時、最初は、この場面の位置関係を見落としていた。しかし注意して読むと、確かに『言われて私が後ろを振り返ると、木田巡査の視線の先に、土蔵があった』と書かれている(第十三章参照)。つまり日尾木一郎は、土蔵に向かって歩いていたのではなく、土蔵のある方角から歩いてきたところだったのだ。

「しかも、今から幽霊騒動について調べ直そう、という雰囲気でした。もしも土蔵の中まで調べることになったら、殺されたばかりの死体が発見される。そうなったら、ちょうど土蔵の方から歩いてきた私が、真っ先に疑われるでしょう。そう考えた私は、咄嗟に腹話術で悲鳴を聞かせたのです」

 これは、第三者目線で記録を読んでいた時、最後まで俺も、その意味に気づかなかった部分だが……。

 記録の中に『声の魔術師』という表現がある。緋山の葬儀の宴席で、泥酔した日尾木一郎の失態として、自分のことを「声の魔術師だ」と言った、という記述がある(第十一章参照)。木田巡査や花上はなうえ医師は、何か歌に関する話だと誤解していたが、実際は、腹話術が使えることを『声の魔術師』と言い表していたのだった。

「もちろん、腹話術による悲鳴など、どこから聞こえてきたものなのか、曖昧で不明瞭です。だから私は、真っ先に土蔵を指し示して、あたかも土蔵からの悲鳴であるかのように、誘導したのです」

 これも、はっきりと『「あそこです!」私は土蔵を指差した』と書かれている(第十三章参照)。先ほどの『声の魔術師』の件とは異なり、第三者目線で記録を読んでも、怪しいと思える部分だった。

「そうやって、陽子さんが殺されたのは私が木田巡査と出会った後だ、と思わせたかったのです。ただそれだけの目的でしたが、その結果、再び不可能犯罪を作り出してしまいました」


 推理小説では、犯人が意図的に用意する密室も多い。しかし、新聞やニュースで報道される現実の殺人事件では、そんなもの、ほとんど見たことがない。下手に偽装工作をすることで証拠が増えることにもなりかねないし、そんな手間をかけるくらいなら、他にやるべきことがあるのだろう。

 緋山一義の事件にしても、蒼川陽子の事件にしても、日尾木一郎は、意図的に密室状態を作るつもりはなかった。ただ、自分が疑われるのを回避しようと思って行動したら、そんな状況になってしまっただけだった。

「それから、木田巡査に鍵のことを聞いて、私は『鍵を持っているはず』の規輝を探しに行きました。本当は私が鍵を持っていたわけですが、そんなこと当然、木田巡査には言えませんからね。私が陽子さんを殺してしまったことは規輝の想定通りとしても、死体が発見されたのは予想外に早かった。だから、私は規輝に、状況が変わったことを伝える必要がありました。ところが……」

 ここで私は、少し伏し目がちで、珠美さんに視線を送る。

 私が言いよどむのを見て、珠美さんも理解したらしい。彼女は久しぶりに、言葉を挟んだ。

「ああ、ある意味、私がお邪魔でしたのね」

「まあ、そうです」

 日尾木一郎が規輝を見つけてから現場に戻るまで、二人きりになる時間は、彼らにはなかった。ずっと珠美さんが一緒だったからだ(第十三章参照)。しかも、この時まだ日尾木一郎は、土蔵の鍵が一つしかないことを、完全には理解していなかった(第十四章参照)。ここで、日尾木一郎と規輝との間に、明らかな連携ミスが生まれたのだ。

「私は鍵について、少し誤解していました。すぐに使えるのは規輝の鍵だけだとしても、どこかに保管用のスペアくらいあるものだと勘違いしていました」

 そしてスペアの鍵が存在するならば、規輝が持ち続けている鍵よりも盗みやすいだろうから、そちらを犯人が使ったと思われるに違いない……。日尾木一郎は、そう考えてしまった。

「だから手元の鍵は、本来『持っているはず』となっている規輝に返すべきだ、と勝手に考えたのです。土蔵まで戻る途中で、そっと規輝のポケットに鍵を忍ばせたのです」

 これを連携ミスと言わずして、何と言おうか。

 もちろん、その場で日尾木一郎と規輝が打ち合わせ出来たならば、「それでは、いっそうの不可能犯罪となる」と理解できただろう。だが珠美さんが同行していたために、相談は行われず、あのような事態を招いてしまった。

 しかし、逆に考えれば。

 むしろ、珠美さんが一緒で、良かったのかもしれない。

 全くの第三者目線で記録を読んだ場合、本来、珠美さんも容疑者の一人になるはずだった。何しろ最後に全てを相続したのは、珠美さんなのだから。だが彼女も共犯者であるならば、三人で打ち合わせも出来たはず。それが行われなかったことにより、彼女は規輝と日尾木一郎の仲間ではなかった、という理屈が成り立つだろう。

   

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