第二十五章「第一の不可能犯罪の真相」(転生者『俺』による解決編)
「一郎君……。これは、いったい何だい?」
不信感いっぱいの表情で、問い詰めるかのような口調。
全てが露見したのだ、と日尾木一郎は思ってしまった。そして頭の中が真っ白になって……。
以上が、部屋に戻った時に日尾木一郎が目にしたものであり、俺が記録を読んで真相に気づいた瞬間、頭に浮かび上がってきた記憶だった。日尾木一郎が手記に書き落とした、いや、わざと書き残さなかった出来事だろう。
つまり。
日尾木一郎が部屋に入った時点では、まだ一義は生きており、その直後に殺されたのだった。
「今にして思えば、全てが露見した、というのは考えすぎだったのでしょう。しょせん幻灯機は、私が幽霊騒動に関わっていたという証拠に過ぎない。
日尾木一郎の記憶に従って、俺は、彼の自白の代弁を続ける。
「でも、あの瞬間は、そこまで考えられなかったのです。頭の中が真っ白というのは、自分でも何をしているのか全くわからない状態でした」
凶行の瞬間の記憶は、いくら思い出そうとしても、思い出せなかった。それだけ深く記憶の奥底に眠っているというより、本当に日尾木一郎は覚えていないらしい。無我夢中だったのだろう。
日尾木一郎の記憶が再開するのは、一義が倒れた場面からだった。一義の胸からは血が流れ出しており、その命を奪ったナイフは、日尾木一郎の手の中に握られていた。
それほど離れていない場所で、
「手足はブルブルと震えていましたが、妙なことに、自分が返り血を浴びていないことを確認するだけの冷静さは、持ち合わせていました。私はナイフを
ここで敢えて珠美さんに話すこともないと思って省略したが、日尾木一郎は後日、問題の幻灯機を
なお、日尾木一郎の手足が震えていたのは、犯行当時だけではなかった。
「……屋敷の入り口まで戻って、その場にいた珠美さんたちに『一義さんが殺されている』と告げました。そして一人で犯行現場へ戻って、また驚かされました」
一義の倒れていた場所が、変わっていたのだ。つまり即死ではなく、しかも最後の力で、壁に血文字を残していたのだった。
「その血文字の話なら、私も聞いていますが……。
珠美さんの言葉通り、日尾木一郎の事件記録でも、それについての記述があるのだが……(第八章参照)。
「後々になってからでは、そういう記号に見えるのも無理はありません。しかし、あの時点では別物でした。一義さんが残した血文字は、私には『一』と書かれているように見えました」
「『一』……。あっ!」
珠美さんが、一義の意図に気づいたらしい。
俺も推理小説で読んだことがあるが、こういうのはダイイング・メッセージと呼ばれるらしい。犠牲者が死に際に、犯人に繋がる手がかりを書き残す、というやつだ。小説では、暗号やパズルのような場合が多いが、いざ死のうとする時に、そんな回りくどい方法を考えるだろうか。少なくとも一義の場合は、もっとシンプルな話だった。
「そうです。一義さんは、私の名前を書き残そうとしたのです」
日尾木一郎は、村の者たちから『きいちろうさん』と呼ばれていたが、それは
「だから『一郎』と書くつもりだったのでしょう。でも、最初の一文字を書いただけで、彼は力尽きてしまった。あれでは、文字なのか、ただの棒なのか、わかりにくいと思いましたが……。それでも私は心配でした。そこで、短い縦棒を二本加えて、誰の目にも『一』とは見えないように細工したのです」
まだ日尾木一郎の記憶が完全には蘇らない段階で、俺は記録を読みながら「少し変だな?」と感じていた。緋山一義は即死に近い状態だったはず、という
そして。
この『一義は、ほぼ即死』という点を考えたところで、第三者目線で記録を読んでいた俺は、一義が殺されたタイミングに関して誤解があると気づいたのだった。
記録の中で日尾木一郎と木田巡査がまとめた状況説明では「犯人が部屋を出入りすれば、村長その他が目撃したはずなのに、誰もそれを見ていない」ということになっていた。だからこそ、一義の事件は不可能犯罪と考えられていた。
だが、実際に一義が殺されている以上、犯人は確かに出入りしたはず。何か前提が間違っているに違いない……。そう思ったところで、俺の頭に「日尾木一郎が部屋に入った段階では、まだ一義は生きていたのではないか」という可能性が閃いた。
日尾木一郎が部屋に入るところは皆に見られているから、その時点で一義が殺されていたという前提さえ覆してしまえば、もう「誰も犯人の出入りを見ていない」という問題点は消える。そもそも「一義が殺されていた」という点は、日尾木一郎の証言だけで成り立っていたのだから、日尾木一郎が犯人だと考えれば、謎は謎ではなくなるのだった。
「私としても、不可能犯罪のような状況を作り出すつもりなんて、全くありませんでした。私が部屋に入った時点で一義さんが生きていたと知られたら、どう見ても私が殺したと思われる。だから『もう死んでいた』と言っておくべきだ……。そう考えて行動した結果だったのです。でも、後になって冷静に考えたら、むしろ危険な状況になってしまいました。あの不可能犯罪の謎を解くことが、私を犯人だと告発することに直結しますからね」
浜中朝子が犯人だと名乗り出た時、日尾木一郎は「彼女がうまく説明してくれるかもしれない」と期待したらしい。記録にも『だが、その場の雰囲気に飲まれている場合ではなかった。私には確認すべきことが残っていた』とあったように(第九章参照)、最後まで食い下がったのだが、答えをもらうことは出来なかった。
「だから私は、私なりに偽の解決案を捻り出しました。あの部屋には隠し通路があった、という偽装工作です」
天井裏を誰かが通った形跡があったのは、後になってから日尾木一郎が
「同じ頃、木田巡査は木田巡査で、私とは別に『目撃者が多かったからこそ、気が緩んで犯人の出入りを見落とした』なんて解釈を考え出していましたが……」
あの場面で『もはや私の説を披露する必要もないかもしれない』という一文が記録にあったが(第十二章参照)、偽装工作の直後だったからこそ、余計にそう思ったようだ。
「……結局は私も、用意してきた隠し通路説を話す形になりました。まあ、木田巡査の反応を見る限り、私が想定していたほどの説得力はなかったようですが」
とりあえずこれで、この事件に関しては、語り尽くしただろうか。
では、いったん話を締めくくろう。
「以上が、一義さん殺害事件の真相です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます