第二十四章「幽霊の正体」(転生者『俺』による解決編)

   

「それは違います!」

 俺は、力強く言い切った。

 信じてもらえるとは思えないが、これだけは日尾木ひびき一郎いちろうの名誉のためにも、しっかりと伝えなければならない。

「あれは、計画に従ったものではありません。計画通りに進めれば、珠美たまみさんの命まで脅かすことになりますが……。それだけは絶対に嫌でした。あの時は、あなたを助けたくて、もう無我夢中で……」

 確かに日尾木一郎は、連続殺人に加担した。極悪人と言ってもいいかもしれない。だが少なくとも、珠美さんを救いたいという気持ちだけは、純粋だったのだ。

 そのために彼は、体を張って蒼川そうかわ規輝のりてるに立ち向かって、その時の傷が原因で、肉体だけを残して亡くなった。そして空いた肉体からだを今、俺が使わせてもらっているのだから……。彼の真意を珠美さんに伝えることは、せめてもの俺の義務だと思えた。

「わかりました。きいちろうさんの言葉、私は信じましょう。今のきいちろうさんは、嘘を言っているようには見えませんからね」

 意外なほどアッサリと、こちらの言い分を認めてくれる珠美さん。俺は少し呆気にとられてしまうが、

「ごめんなさい。私の質問のせいで、順番がおかしくなりましたね。きいちろうさん、最初から順を追って、話してくれないかしら」

 彼女に水を向けられて、日尾木一郎としての告白を続けることにした。緋蒼村へ来るまでの事情説明は終わったはずだから、その続きから語るべきだろう。


「列車の中で一義かずよしさんと出会ったのは、全くの偶然でした。おかげで、簡単に緋蒼村へ入り込むことが出来ました。もし彼がいなければ、ここへ来るだけで一苦労だったかもしれません」

 俺は苦笑する。

 日尾木一郎は元々、旅の途中で何となく立ち寄ったというていよそおって、村に入るつもりだった。辺鄙な場所にある村とは聞いていたが、これほど極端な環境とは思っていなかったらしい。

 記録にある描写を読んでも、日尾木一郎の記憶を探っても、実際の緋蒼村は『辺鄙』なんて表現を超越している。交通手段の発達している時代から来た俺にとっては、陸続きであっても、まるで絶海の孤島のように感じられるくらいだった。

「下手をしたら私は『用事もなく、たまたま山奥の村に来るなんて、不自然だ』と思われていたでしょうね」

「それよりも、よそ者嫌いなお母様のせいで、村に入れてもらえなかったでしょうね」

 ああ、珠美さんの言う通りだ。蒼川の御当主である信子のぶこが『よそ者嫌い』である以上、そちらが最大の難関となったに違いない。

 しかし、その程度の計画だったのだ。細かく綿密な打ち合わせの上で練られたわけではなく、むしろ齟齬の多いものだった。行き当たりばったりの、大雑把な計画に過ぎなかった。

「でも幸運なことに、私は『緋山ひやま家の一義さんが連れてきた探偵』という身分で、村に来ることが出来ました。探偵という役回りは、便利な立場です。捜査の進み具合を知ることになり、どれくらい規輝が疑われているのか、それも知ることが出来ました。まあ、それは後々ということで……」


 日尾木一郎が村へ来た時点に話を戻す。

「まず私は、駐在所へ連れて行かれましたが、荷物だけは、先に緋蒼屋敷に運び込まれました」

 一義が自ら「僕が屋敷まで運んでおこう」と発言したと、記録には書かれている(第三章参照)。

「その荷物の中から、私が持参した道具を規輝が勝手に取り出し、使ったのです」

 日尾木一郎と規輝との協力関係は、秘密にする必要があった。なるべく村では接触しないようにしており、規輝は日尾木一郎自身が屋敷に来るのを待たずに、黙って必要な道具だけ持っていったのだった。

「ああ、あの時ね。きいちろうさんの部屋に向かう規輝を、私が見たという話……」

「そう、それです」

 日尾木一郎の部屋は『近くにも小さな玄関口があったため、誰にも告げることなく、出入り可能な状態』という好条件に位置していた(第五章参照)。それなのに規輝は、道具を取りに来た時も、返しに来た時も、はっきりと姿を見られてしまう。最初は珠美さんに、二度目は村長に、それぞれ知られてしまったのだ。

 二度も部屋を訪れたことに関しては、珠美さんに「あら、変ね」と言われて、話題のネタにされるくらいだった(第六章参照)。

「それで、その『道具』というのは、何だったのかしら?」

「小型の幻灯機です」

 珠美さんの言葉に、俺はそう答えておいた。

 もしかしたらスライド映写機と述べた方がわかりやすいかもしれないが、そもそも、そんなに立派な機械ではない。ハンドメイドの小型の器具であり、日尾木一郎のジャンパーのポケットに収まるほどのミニサイズだった。

 スライド映写機にしたところで、パワーポイント普及以前の代物シロモノだから、むしろ昭和の道具だろうと思う。しかし昭和の人間に対しては、なるべくカタカナ言葉は使わない方がいいのではないか、と俺は考えてしまった。日尾木一郎が『幻灯機』と呼んでいたようだから、その表現に従うことにしたのだ。

「幻灯機といっても、たいした機械ではありません。紙工作に毛が生えた程度です。人の形になるように穴を開けて、そこに薄い紙を貼って、小さい照明の周りを覆いました。一応これで、人影らしきものを映し出すには十分ということで……。規輝の手紙で指示されて、私が用意したものでした」

「人影らしきもの……。あら! では、その幻灯機なるものが、私の見た幽霊の正体でしたのね?」

「そうです。あれは、幻灯機で照らし出されたものでした。珠美さんと一緒にいた規輝が、あらかじめ近くの茂みに幻灯機をセットしておいたのです。自分以外の目撃者が必要ということで、珠美さんが選ばれたようですね」

 こうして規輝が『幽霊』を作り出したのは、彼が提案した『直次生存説』のためだったが……。木田きだ巡査がバッサリと否定したように、あまりにも稚拙な『直次生存説』に過ぎなかった。

 しかも、この幻灯機の存在が、予期せぬ悲劇に繋がってしまう。

「そういえば、私がきいちろうさんと出会ったのは、あの幽霊騒動の直後でしたわね」

 しみじみと言う珠美さんに対して、何と返せばよかったのか。とりあえず、俺は話を進めることしか出来なかった。

「そうですね。そして珠美さんと出会った後、私は永瀬沼ながせぬまへ行き、続いて華江はなえさんや陽子ようこさんと知り合いました。二人と一緒に屋敷へ戻ってからは、珠美さんや村長も加わり、少し話をして……。それから、私一人が自分の部屋へ向かったわけです」

 あの時。

 部屋へ入った日尾木一郎の目に飛び込んで来た光景は……。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る