インターミッション「さあ事件を推理しよう」(転生者『俺』の独白)
「なるほど、そういうことだったのか」
そのタイミングで、先ほどの女性が、白衣の老人を連れて戻ってくる。
「あら、ちょうど事件の記録を読んでいらしたのね。では、もう『一郎さん』ではなく『きいちろうさん』という呼び方に戻しても、大丈夫なのかしら」
「ふむ。そんなもの読むくらい、布団の中でも出来るじゃろう。ほら、無理せず、横になっておれ」
二人に促されて、俺は布団に戻ることになった。
あの手記を読んだ今なら、俺にもわかる。この二人が、
「それにしても、こんなことになるとは……。わしの診断ミスじゃ。すまん」
申し訳なさそうな声で、謝罪の言葉を口にする花上医師。俺が三日間も寝込んでいたことに、責任を感じているようだが……。
俺から見れば、多少の誤診は仕方ないと思えてしまう。この時代の、この村の環境なのだ。CTスキャンもMRI検査もないだろうし……。例えば、平成の世の都会の病院だって、満足に検査できない夜中の急患などは「後日、詳しく再検査」と言われるに違いない。
「本当は、大きな街の病院で、精密検査するべきだったのじゃろうが……。しかし、外の世界まで移送するのも一苦労でのう」
「絶対安静と言われましたからね。眠り込んだままのきいちろうさんを、下手に動かすことも出来なかったのですよ」
二人がかかりで弁解じみた説明をするので、俺は二人を安心させようと思って、告げる。
「大丈夫です。それくらいの事情、私にも理解できていますから」
今の俺は『日尾木一郎』なのだから、自分のことを口にする場合は『俺』ではなく『私』という言葉を使う必要があるはず。でもまだ慣れていないので、少しくすぐったい気分になった。
花上医師の「痛くないか、気持ち悪くないか」という言葉に、俺は「大丈夫です」と答え続けた。
嘘ではない。日尾木一郎の記録では、最後に酷い頭痛で苦しんだという記述があったが、今の俺に、そんな不快感は全く存在していなかった。三日も寝ている間に自然回復したのだろうか、あるいは、魂が入れ替わった影響だろうか。
根拠はないが、おそらく後者なのだと思う。そもそも、これが『転生』であるならば、俺は一度命を落として生まれ変わったことになる。その結果『日尾木一郎』になったというのであれば、ちょうど彼も亡くなり、そこへ未来からやって来た魂がスッポリと収まったのだ。空っぽになった肉体を使わせてもらっている、と俺は解釈していた。彼が死んだ時点で、死因と関連する頭痛云々も、いったんリセットされたに違いない。
もちろん、過去に来てしまった点は説明できないが……。もしかすると、魂だけの状態では時間という概念がなくなり、過去も未来も現在も一緒くただったのかもしれない。
「ふむ。一応、今日一日は横になって休むように」
「はい。布団の中で、これを読んで過ごします」
日尾木一郎の手記を手に持って、軽く振ってみせると、花上医師よりも、葉村珠美の方がそれに反応を見せた。
「あら、きいちろうさん。もう、それは読み終わって、ちゃんと思い出したのでは……?」
「ええ。でも、今度はもう一度、じっくりと事件を推理し直すために読もう、と思いまして」
嘘ではなかった。
いや、ちゃんと思い出したかと言われたら、厳密には「はい」とは答えられない。確かに、少しずつ『日尾木一郎』の記憶は蘇ってきたが、まだまだ頭の中に
だから、最初に事件記録を読んだ時には、完全に他人事の目線だった。まるで、出来損ないの推理小説でも読むような……。
この記録に書かれた範囲は、推理小説でいうならば、ちょうど事件編が終わった辺りだと感じられた。いわば、解決編の直前で作者急逝により断筆となった推理小説だ。
その意味では、事件の推理をするにはピッタリの場所かもしれない。
そもそも、最初に読んだ時に、いくつか気になる箇所もあった。「あれ? これって……」と違和感が生じて、一瞬、読み進められなくなるような引っ掛かり方だ。
今度は新しい観点で、事件について考察しながら読んでいこう。そうすれば、当時の状況に関連して、もっともっと『日尾木一郎』の記憶を思い出すことが出来て、俺と彼の一体化も進むに違いない……。
そんな考えの俺を一人、部屋に残して、二人が立ち去る。
「また何かあったら、いつでもわしを呼ぶんじゃぞ」
「では、きいちろうさん。お大事に」
二人の姿が見えなくなり次第、俺は、また最初から手記を読み始めた……。
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