第二十一章「死んだはずの人間・その一」(転生者『俺』による解決編)
「ああ、完全に理解した」
誰もいない部屋で、敢えて口にする俺。自分に対する確認の意味だった。
続いて、読み終わった手記を閉じる。
いったい何度この事件記録を読み返したことだろう。最初は「もう一度」と思っていただけなのに、一度どころか、繰り返し読んでしまったのだ。
おかげで俺は、客観的に理解しただけでなく、
読み始めた時は布団に横たわっていた俺も、途中からは起き上がり、今では机に向かっていた。無意識のうちに額を
「これは……。やはり、
また独り言を口にする。だが厳密には、俺自身に対しての言葉ではなく、俺の中の『日尾木一郎』に対する呼びかけだった。もちろん、既に彼の意識や魂は消えているが、それでも俺の体の中には、元の持ち主に依存した部分も残っているような気がするのだ。
そう、今から珠美さんに話しに行こう。
こうして
いやいや。
そうした心情的な件は、後回しだ。
今現在の最優先は、連続殺人事件。そちらについて、きちんと珠美さんと話さなければ!
固い決意を胸に秘め、俺は彼女の部屋へと向かった。
「まあ、きいちろうさん! もう起き上がって大丈夫なのですか? 寝ているように言われたのに……」
自室にいた珠美さんは、俺の顔を見ると、まずは驚いた様子だった。
「大丈夫です。自分の体のことは、自分が一番よくわかっていますから」
「そんなこと言って、また無理をすると……」
「それよりも、珠美さん。お話ししたいことがあります」
俺が真面目な口調で述べると、彼女も態度を改めた。まるでお見合いの席であるかのように、背筋を伸ばして正座する。表情も、真剣なものに変わっていた。
「伺いましょう。どうぞ、そこに座って」
彼女に向き合う形で、俺も腰を下ろす。女性と見つめ合うのは少し照れくさいが、そんなラブコメみたいな意識をしている場合ではなかった。
「珠美さん。事件の記録を読み直して、私は……。犯人が誰なのか、理解できました」
「あら。犯人だったら、最初の
少し砕けた口調であったが、彼女の視線は、言葉とは裏腹だった。彼女も「それが真相ではない」と察しているのではないか……。そう思わせるような、射すくめるような目をしていた。
「確かに……。記録を読むと、表面的には、そう書かれているように見えます。でも、しっかり読み進めると、別の真相が浮かび上がるのです」
珠美さんは今、朝子と規輝の名前を挙げた。ならば、この二人の話から始めるのが良いだろう。
「朝子さんは、緋山の御当主を殺して、他の事件に関しても、自分がやったと告白しながら亡くなりましたね。でも
まあ、木田巡査の場合は、心情的な理由からという側面が大きかったようだが……。
「今となっては私も、木田巡査と同じく、朝子さんの言葉は嘘だったという立場です。なぜならば、彼女では
「あらあら。『第三者的な目線で』とは……。頭を打って三日も眠ったことで、きいちろうさんは、頭の中が一度リフレッシュされたのかしら? それで気分一新できたのなら、ある意味、怪我の功名かもしれませんね」
「まあ、そんなところです」
魂から完全に入れ替わったのだから、実際には『リフレッシュ』どころか、むしろ『リセット』だ。しかし、この事情だけは、珠美さんには説明できない。信じてもらえず、笑い飛ばされるのがオチだろう。下手したら「やっぱり頭がおかしくなって……」という扱いをされてしまう。
「ともかく。朝子さんが殺したのは、緋山の御当主ただ一人。他の事件に関しては、虚偽の告白でした」
「きいちろうさん。そこまで断言するのでしたら、教えてください。彼女は、どうして緋山の御当主を殺したのでしょうか? どうして、やってもいない殺人事件まで『自分がやった』と自白したのでしょうか?」
「それに関しては、だいたい木田巡査の推察通りです」
持参してきた日尾木一郎の手記を、俺は珠美さんの前に広げた。ちょうど、木田巡査の推理が披露されている辺り(第十五章)を指し示す。
「朝子さんが真犯人をかばった……。これは理に適った推理だと思います。彼女は
木田巡査が朝子を『直感で真実を見抜く人』と言い表したのは、記録の中でも、かなり早い段階だった(第三章参照)。
「だから朝子さんは、緋山家の一連の事件の罪を被るために、わざと目撃者の前で、御当主を殺してみせた……。ここまでは、木田巡査の推理が正解なのでしょう」
「この記録を読むと、きいちろうさんも、当時その推理を肯定していますのね」
「ええ。一応そこまでは、納得できる話でしたから。まあ、あの時点では、あくまでも『そうかもしれない』という程度の、消極的賛成でしたが……。ただ、木田巡査の『朝子さんは規輝さんをかばった』という推測には、今から見ても、腑に落ちない部分があります」
「どうして? 記録の中でも、その推理には、それなりの根拠が述べられているみたいだけど……」
ああ、やはり珠美さんは凄い。尊敬に値する女性だ。こうやって私と会話しながらも、今見たばかりの事件記録を目で追って、内容を正しく理解してくれている。これならば、話が早い。
「そう、その根拠です。朝子さんが規輝さんを可愛がっていたことを、かばった理由と考察していましたが……。さすがに、少し無理がありませんか? ただそれだけで、朝子さん自身と緋山の御当主の命を犠牲にするというのは……」
「でも、きいちろうさん。たった今『途中までは木田巡査の推理が正解』と言いましたね。誰かをかばって罪を被った、というところまでは正しいのでしょう? では朝子さんは、本当は誰をかばったのですか?」
「私が思うに……。女である朝子さんが、そこまで命を張って助けたいと思う相手は、一人だけではないでしょうか。自分がお腹を痛めて産んだ、自分自身の息子です」
「でも、朝子さんの息子さんは……」
「ええ、そうです。亡くなったことになっていますね。いわば、死んだはずの人間です」
関係者リストのような形で書かれていた部分には、確かに『残念ながら朝子の赤ん坊は、生まれてまもなく息を引き取った』という記述があった。しかし、それだけではなく『その出産日は、ちょうど蒼川家で規輝が生まれたのと同じ日』とも書かれていた(第四章参照)。
「こう考えてみては、どうでしょうか? 朝子さんの息子は、実は死んでいなかった。朝子さんは、その『息子』をかばったのです。蒼川規輝として育てられた、彼女の息子を」
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