第二十二章「死んだはずの人間・その二」(転生者『俺』による解決編)

   

 俺は先ほど、木田きだ巡査の推測――「朝子あさこさんは規輝のりてるさんをかばった」という考え方――には腑に落ちない部分がある、と口にした。

 そう、あくまでも『腑に落ちない部分がある』というだけだった。俺が納得できなかったのは、かばったのを「可愛がっていたから」という単純な理由で説明するロジック。その結論そのもの――朝子が守ろうとした相手が規輝だったという点――は、俺も受け入れていたのだ。

 例えるならば、高校数学で「途中の導き方は間違っているのに、解答だけは正しかった」という事例と同じかもしれない。その場合、大学受験か何かで記述問題だったら、大幅に減点されるだろうけれど。

「では、やはり、あの写真は……。私の思った方が、本当の『規輝』つまり弟の写真だったのですね」

 珠美たまみさんが、ポツリと呟いた。

 そう、二枚の写真だ。あれに関しては、珠美さんと他の者との証言が食い違っていたが(第十八章参照)、珠美さんが指し示した方こそが本物の『規輝』だったはず。そして、この食い違いがあったからこそ、赤ん坊が入れ替えられたという推理が、俺の頭に浮かんできたのだった。


 以下は、あくまでも想像なのだが……。

 珠美さんは、生まれた直後の『規輝』を見た。しかしまもなく、何らかの理由で本物の『規輝』は死んでしまった。昭和の田舎村で、しかも自宅での出産ともなれば、そうした事態も起こり得る。衛生観念にも、多少の問題があったのだろう。

 そのような状況になって、『規輝』を取り上げた産婆は、酷く慌てたに違いない。村の外から呼ばれた産婆だとしても、緋蒼村における蒼川そうかわ家の地位については、聞かされていただろうから。

 この村の全ての権力を握っているとまで言われる、二大名家。その片方の息子を死なせてしまった。ひょっとしたら生きて村を出られないのではないか……。そこまで心配したかもしれない。

 幸か不幸か、御披露目おひろめ式という制度があったため、まだ誰も赤ん坊を見ていないはずだった(第十八章参照)。しかも偶然、同じ日に同じ屋敷で、もう一人の男の子が生まれていた。同じ屋敷といっても、住み込みの使用人みたいな扱いを受けていた夫婦の赤ん坊だ。重要度は比べるまでもなく、その元気な男の子と、死んでしまった赤ん坊とが交換された……。


「そうです。その本物の弟さんは、生まれてすぐに亡くなってしまった……。この赤ん坊のすり替えに、誰と誰が関与していたのか、そこまでは私にもわかりません。産婆の独断だったのか、村長も承知の上だったのか、あるいは……」

「少なくとも、お母様は知らなかったでしょうね。御披露目おひろめ式までは、顔も見ていないのだから。亡くなったのは、私がこっそり覗いた後で、御披露目おひろめ式よりは前なのでしょう?」

「そういう話になるでしょうね。もしも御披露目おひろめ式の後ならば、村の皆も『本物』を見ていることになってしまいますから」

「ならば、やはりお母様は知らなかったんだわ。ああ、可哀想なお母様。ようやく男の子が生まれると、あんなに喜んでいたのに……」

 それについては、記録の中でも、木田巡査の発言という形で書かれていた。蒼川の御当主がとても喜んでいたとか、写真を常に持ち歩いていたとか(第九章参照)。もしも規輝が偽物だと知っていたならば、そんな態度になるはずもなかった。

「そうなると……。村長さんは知っていたかもしれないわ。いいえ、むしろ村長さんが言い出したことかもしれないわね。産婆さんを連れてくる手配をしたのも村長さんだったし、その産婆さんに不手際があった場合、村長さんも責められたでしょうから」

 珠美さんの言葉を聞いて、俺は妙に納得してしまった。その状況では、むしろ外部の人間である産婆より、村の人間である村長の方が強く非難されたに違いない。いくら蒼川家が村の権力者だとしても、外部の人間を処罰することは出来ないだろうから、蒼川家の使用人である村長こそ、スケープゴートに相応しい人材だった。

「朝子さんは、どっちだったのかしら。知っていたのか、あるいは、知らされていなかったのか……。きいちろうさんは、どう考えます?」

「さあ、どうでしょう。おそらく知らなかったんじゃないかと思いますが……。ただ、朝子さんが規輝さんを可愛がっていたという話から考えて、たとえ真相を知らなかったのだとしても、持ち前の直感で、何か察していたかもしれませんね。少なくとも『なんとなく他人のような気がしない』くらいは感じていたのでしょう」

 そして、薄々察していたからこそ、写真を見て真相を悟ったに違いない。記録の中でも、彼女の様子は『何か考え込んでいるようにも見えた』と書かれていたくらいだ(第八章参照)。あのタイミングで、おそらく朝子は真相に辿り着いたのだろう。


「では、きいちろうさん。あなたの結論としては、一連の事件の犯人は規輝だった、ということになるのかしら。最後に亡くなった規輝と、自殺した朝子さんと、朝子さんが殺した緋山ひやまの御当主を除いて、全部で七人。その七人を全員、規輝が殺したということかしら?」

 話をまとめようとする珠美さんに対して、俺は首を横に振った。

「私が村に来る以前の二つ、つまり良美よしみさんと直次なおつぐさんの事件に関しては、何とも言えません。記録にも詳細は書いてありませんから。でも、華江はなえさんと村長と信子のぶこさんに関しては、間違いなく規輝さんです」

「あら、言い切りましたのね」

「ええ。珠美さん自身も襲われたから、あの夜の信子さんの事件については、説明不要でしょう。そして華江さんと村長に関しては、規輝さんの共犯者にアリバイがある以上、規輝さんが犯人に違いない」

「共犯者? それって……」

 珠美さんは、日尾木ひびき一郎いちろうの書いた事件記録に目をやって、木田巡査の推理が記されている辺りを指し示した。

「いいえ、違います。その推理は、既に崩壊しています」

 あの時の木田巡査は「緋山ひやま一義かずよしが残した写真は二枚だから、その二人が犯人」という考えを披露していた(第十五章参照)。しかし、その片方は結局、亡くなった本物の『規輝』の写真だった。だから、木田巡査の理論は成立しない。二枚の写真で一義が伝えたかったのは、現在の規輝が偽物であること、つまり蒼川家の血縁ではないという話だったのだろう。

 ただし一義としても、はっきり「そうだ」と悟っていたわけではなく――それならば規輝を偽物として告発していたはずだから――、あくまでも「かもしれない」と疑っていただけだろうが……。ともかく、共犯者云々は、また別の話となる。

「先ほど、私は言ったはずです。『第三者的な目線で記録を読み直せば、一義さんを殺せる人物は一人しかいない』と。もっと正確に言えば、その同じ『一人』だけが、陽子ようこさんを殺せたのです。まだ記憶が曖昧なまま事件記録を読んで、最初に私が理解した真相が、その二つの事件に関するものでした」

「その『一人』が、規輝の共犯者ってことね。それにしても、きいちろうさん、ずいぶんと持って回った言い方だけど……」

「そうですね。この際だから、もう少しだけ、遠回しな表現をしてみましょうか。少し前に、朝子さんがかばった規輝さんに対して、私は『死んだはずの人間』という言葉を使いましたが……」

 本来、俺は、こうしたけむに巻くような言い方は好きではない。だが、今の状況には、むしろ相応しく思えた。

「……この共犯者も、ある意味では『死んだはずの人間』でした。その人物は、自分の戸籍の上では亡くなったことになっています。その上で、逆に実際は死んでいるのに書類上は生きている、という人間の戸籍を手に入れて、他人の名前を使える状態で活動している……」

「きいちろうさん。その話って、事件の記録を読んで推理できる範囲を逸脱しているのではないかしら。そこまで具体的に言えるのは……」

 言葉を挟む珠美さんに対して、彼女の目をしっかりと見据えながら、俺は次の台詞を言い切った。

「そうです。規輝さんの共犯者は、つまり一義さんと陽子さんを殺した犯人は、この私。日尾木一郎です」

   

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