第二十七章「真相に気づいた者たち」(転生者『俺』による解決編)
「次は、
華江の弟として育てられてきた
実際、華江の事件の当日、彼女は「相談したいことがある」と言って、
「華江さんを殺したのは、規輝でした。単純な事件のはずでしたが、犯行の後で、ちょっとした偽装工作がありました」
華江が殺されたと知らされた時、日尾木一郎は、駐在所で木田巡査と一緒だった。一連の事件について話し合っていたわけだが、あの時点で木田巡査は、規輝のことを強く疑っていた(第十五章参照)。
そんな時に、新たに発生した殺人事件に関して、規輝のアリバイがなかったら、さらに疑われるかもしれない。何とか偽のアリバイを用意できないだろうか。そう考えた日尾木一郎は……。
「まだ村長のアリバイが確認されていないことを利用して、私は規輝に『村長と一緒にいたと言うように』と指示を出しました」
問題の時間に村長が誰かと一緒にいたのであれば、破綻してしまうプランだろう。しかし木田巡査も花上医師も、村長に確認する前から「この時間ならば、一人で働いていたはず」と思い込んでいた(第十六章参照)。だから日尾木一郎も、その考えに乗っかったのだ。
「もちろん、村長に確認されたら、嘘がバレてしまうわけですが……」
実は、華江や陽子とは別に、村長も既に真相に気づいていた。ただし、村長は真相を暴露するというより、むしろ口止め料を請求する魂胆だったようだ。最初にそれとなく村長が日尾木一郎に接触してきた時には、まさか日尾木一郎も脅迫されるとは思わず、うっかり記録に書いてしまうくらいだった。陽子が殺された直後に『一連の事件について、色々と考えてきました。そうすると、おぼろげながら浮かび上がってきた事実があるのです』という村長の発言が記述されているが、これこそが、その『最初の接触』だったのだ(第十三章参照)。
二回目からは、もっと露骨な言い方になってきたため、日尾木一郎も、さすがに記録には残さなかった。それでも、金で解決できるくらいならば大きな問題にはならないと思っていたし、金額次第で偽のアリバイを証言させることも可能だと考えていた。そう、甘く見ていたのだ。
だから……。
「木田巡査が村長に確認する前に、規輝が先回りして『口裏を合わせるように』と村長に言い含めるのは簡単……。私は、その程度に考えていました。ですが、規輝の意図は違いました。彼が考えていたのは、口封じだったのです」
規輝は、日尾木一郎以上の悪党だった。悪党の理屈としては、真相に気づかれたならば、金で
事の善悪を別にすれば、規輝の判断の方が正しかったのではないか、と俺でも思ってしまう。
「規輝の真意に気づかぬまま、彼に指示を出してしまったわけですが……。華江さんが殺されたと聞いて以降、ずっと私は木田巡査と行動を共にしていたため、そうした指示を、尋問の前に規輝に口頭で伝えるのは不可能でした。しかし……」
ここまでは、陽子の事件の直後と似ているかもしれない。あの時は、
問題は、この先だ。日尾木一郎は、規輝に連絡する隙を、うまく
「……幸い、規輝を尋問する際に木田巡査は、横に座っている私には目もくれず、正面の規輝だけを見据えていました。だから途中で私は、木田巡査に気づかれないよう、声を出さずに口の形だけで、規輝に細かく伝達できたのです」
この座席配置も、事件記録には書かれていたし、尋問中に規輝がチラチラと日尾木一郎を見ていたことまで、はっきりと記されていた(第十六章参照)。
問題は、口の形だけで色々と正確に伝えられるのか、という点だが……。
幸か不幸か、規輝には読唇術というスキルがあり、そのことを
「そして規輝は、私の指示を受けて偽のアリバイを述べた後、村長を殺しに行きました。金で懐柔するのではなく、殺してしまうという時点で、もう私の想定の範囲外でしたが……。さらに規輝は、おそらく捜査を撹乱するために、勝手な判断で火事騒ぎまで起こしたわけです。正直、火事は余計だったと思います」
偽のアリバイの裏付け証言をしてもらう予定だった村長が消えたことで、日尾木一郎の想定していた計画は、微妙に狂ってしまった。
それでも翌日、木田巡査は「村長に尋ねるだけで露見するような嘘を、あの場で口にするとは考えられない」という立場を示してくれた。そこで日尾木一郎は、それを助長する方向性で「まだ村長から木田巡査が話を聞いていないなんて、あの時点の規輝は知らなかった」という点を指摘している。「だから規輝が嘘のアリバイを述べたはずがない」と強調したのだ。結局、木田巡査は「アリバイは重視しない」という態度になってしまったが……。そうした日尾木一郎の懸命なフォローは、記録にも書き記されていた(第十七章参照)。
これで、村長の事件に関しても語り終わったと思う。
もう、話すべき事件も、残り少なくなってきた。
「そして、蒼川の御当主の事件。あれも、規輝個人の独断でした。もちろん、蒼川家の財産を規輝に継がせるためには、彼女が生きていては困る状況でした。でも『いつ、どのように』という相談は、まだ全くしていませんでした。ましてや、珠美さん、あなたを殺すなんて話は出ていませんでした」
もちろん、元々は「場合によっては規輝も殺して、最終的には珠美さんも……」という計画になっていた。だが、あの時点で、日尾木一郎は考えていたのだ。そんな『場合』にはならない、その可能性は回避できた、と。
ところが規輝は、御当主の
だから、遺産相続には無関係な珠美さんまで、まるでついでのように殺そうとした……。
「それで、きいちろうさんは、命をかけて……。それまでの協力者と対立してまで、私を助けてくださったのですね」
「そうです」
俺は日尾木一郎の代わりに、はっきりと肯定しておいた。確かに日尾木一郎は、『命をかけて』珠美さんを救ったのだから。
日尾木一郎は、一義や陽子を殺してしまった犯人ではあるが、それでも彼の中で、どうしても殺せない人間は存在していたのだ。例えば珠美さんだけではなく、自分の親を殺せと言われても出来ない、と思っていたらしい。
その意味で、平然と自分の家族を殺せる規輝のことを、日尾木一郎は恐ろしいとすら感じることがあった。だが俺に言わせれば、規輝が蒼川の人々を殺すことが出来たのは、彼らと血が繋がっていなかったからではないだろうか。
もちろん、赤ん坊の頃に交換されたのを、規輝自身が知っていたはずはない。それでも、知らないながらも、身内とは思えないような感覚もあったのではないだろうか。そうでなければ、あまりにも冷酷すぎる……。
ようやく、俺が知る限りの、連続殺人の全貌を語り終えた。
「……以上です」
ポツリと一言で、話を締めくくる。
日尾木一郎の記録によれば、緋蒼村では外の世界の法律は通用しない、ということだった。最初に、まるで釘を刺されるかのように、一義からそう言われていた(第二章参照)。
ならば……。
「私の処分は、どうなるのでしょうか。この村の慣例では……。死刑でしょうか、あるいは無期懲役でしょうか」
俺は珠美さんに――今や村でただ一人の『御当主』となった彼女に――、運命を委ねる質問を向けた。
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