第四章「事件の概要」(日尾木一郎の記録)
「それで、
「ああ、それなんですが……」
私が正直に、
「……呆れた。まるで何も知らないのと、同じじゃないですか」
「では、最初から順を追って話すとしましょうか。そうですねえ、では、関係者の説明から……」
彼の話を一字一句ここに書き記すのは、冗長になるだろう。
とりあえず今は、なるべく要点だけに絞って、まとめて書いておこうと思う。
まずは、現在、緋蒼屋敷に住んでいる人々について。
緋山一義は、厳密には『現在』というより『今日これから』であるが、彼も関係者ということで含む。
緋山一義、三十歳。直樹の長男である。本来、あと二、三年は外の世界で働いてくる予定であった。それから村へ戻って陽子と結婚するつもりであったが、弟や妹が亡くなったことで、その予定が早まった。緋山家断絶の危機ということで、すぐにでも家庭を持って、子孫を残したいらしい。ただ、
蒼川陽子、二十五歳。華江の妹。明るくて陽気な、誰からも好かれる女性であり、ある意味、華江とは対照的かもしれない。その華江から向けられる愛情を、小さな頃から陽子は
以上が、現在の緋蒼屋敷の全住人である。
続いて、緋山直次と緋山良美の事件について。
最初の事件が起こったのは、蒼川規輝が村へ戻ってきた一週間後のことであった。
いつまでたっても起きてこない良美を朝子が起こしに行くと、布団の中には誰もいない。人が寝ていた温もりも、既に消えていた。夜中のうちに、どこかへ出かけたらしい。捜索の結果、
翌日の夕方、今度は直次が行方不明となった。そして二日後、
なぜ直次が涼雲山へ行ったのか、それは不明であるが、現場の状況から判断する限り、彼はその山の高い崖から足を滑らせたようであった。落下の衝撃は凄まじく、顔も判別できないほどの、ぐしゃぐしゃな死体となっていた。緋蒼村のような狭い世界でなければ、身元の特定も難しかったかもしれない。ただし、そのような状態でも、死因となった後頭部の傷だけは、はっきりと残っていた。
……以上が、木田巡査から得られた情報をまとめたものだ。村長夫妻の説明の部分で、現時点での私見も加えたが、ごくわずかに過ぎない。そもそも木田巡査という個人の口を通した時点で、だいぶ偏っている感もあるが、まあ仕方ないだろう。
ただ、これくらいの話ならば、わざわざ駐在所に立ち寄る必要はなかったのではないか。緋蒼屋敷へ直行して、そこで住人から直接聞いても良かったのではないか。そんなことも感じてしまう。
特に、住人に関する説明は、実際に目で見てからの方がわかりやすいだろう。先ほど列挙した九人のうち、私が緋蒼村に来て会ったのは、緋山一義、蒼川信子、浜中大介、浜中朝子の四人だけ。残りの五人――緋山直樹、葉村珠美、蒼川華江、蒼川陽子、蒼川規輝――に関しては……。全部が全部ではないが、まるで探偵小説の『登場人物』のページを読まされたような感覚すらある。顔もわからぬ人物の情報を詰め込まれたところで、正直、どれだけ覚えていられるものなのか。おそらく、ここでまとめた『関係者の紹介』は、後になって――特にその人物と初めて出会った直後に――何度も読み返すことになるだろう。
いや、否定的に考えるのも、あまり良くないかもしれない。これはこれで、いちいち屋敷で話を聞くより、手間が省けたと思っておこう。
「周囲の意向はともかく……。別に私は、探偵をしに来たわけではない。小説のネタが拾えるだけで構わないのだ」
誰もいない道を進みながら、自分に言い聞かせるように、敢えて私は声に出してみた。
木田巡査から教えられた通りの道を、緋蒼屋敷に向かって、ひたすら一人で歩く。
こうして歩いていると、ただの閑散とした田舎村だ。車の中でも感じたことだが、やはり、連続殺人の舞台とは思えない。
ふと見上げると、空は赤くなってきていた。これも、緋蒼村の『緋』なのかもしれない。そんな夕焼け空を背景に、一羽のカラスが飛んでいく。
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