緋蒼村連続殺人 ――転生したら殺人事件の真っ只中――

烏川 ハル

プロローグ「事件の渦中に飛び込んで」(転生者『俺』の独白)

   

 目が覚めた時、俺は不思議な感覚だった。

 まず気づいたのは、自分が寝ている場所の違和感。ベッドの上ではなく、畳敷きの和室に敷かれた布団の中だったのだ。古い映画に出てくる日本人を思い浮かべて、まるで他人事のように感じてしまう。

 そして、傍らには一人の女性が正座しており、心配そうに俺を見下ろしていた。俺が目覚めたのに気づくと、彼女の顔がパッと明るくなる。

「まあ! ようやく意識を取り戻したのですね!」

 見た感じ三十歳くらいだから、おそらく俺より年上なのだろう。『きれいなお姉さん』という雰囲気でもなかったが、すらりとした体つきで、整った顔立ちをしている。俺は今まで、スレンダー美人よりも肉付きの良い女性に惹かれることが多かったのに、そんな俺でも、彼女は魅力的に思えた。

 まつ毛が少し長い以外、顔のパーツに特徴はない。だが、昔どこかで「日本人女性全員の顔を画像処理コンピュータグラフィックスで混ぜ合わせて、平均的な顔立ちを作り上げると『美人』になる」という話を聞いたことがある。だから、彼女のように目立った点のない人こそ『美人』と呼ぶべきなのかもしれない。

 白い清楚なブラウスが良く似合っており、洋服にもかかわらず『和装美人』という空気を漂わせる女性だった。


「きいちろうさん、丸三日も眠り続けていたのですよ。あんなことがあった後だけに、もう心配で心配で……。きいちろうさんが、十一人目の犠牲者になってしまうのではないかと……」

 思わず周りを見回してしまうが、俺と彼女以外、部屋には誰もいなかった。ならば、彼女は俺に対して『きいちろうさん』と呼びかけたに違いない。だが、俺の人生において、そのようなニックネームを使われたことは一度もなかった。誰かと間違っているのではないか、とさえ思えてしまう。

「きいちろうさん……? 誰のことです?」

 初めて彼女に向ける言葉がこれというのは、少し間抜けな気もするが……。

「あら!」

 彼女は驚いたような表情を見せた後、眉間に皺を寄せて、俺の額に手を伸ばしてきた。その温もりが、俺の肌に伝わる。それだけで、なんだか心地よくなった。

「熱はないようだけど……。きいちろうさん、記憶が曖昧になっているのかしら? もしかして、私のことも、誰だかわからないのでしょうか」

 確かに、頭の中が混乱している感じだった。俺が何も言えないでいると、その様子から彼女は察したらしい。

「やっぱり……。では『きいちろうさん』ではなく『一郎さん』とお呼びすべきかもしれませんね。とにかく、私は先生を呼びにいってきます。まだ安静になさってね」

 彼女は立ち上がり、

「そうそう。机の上に、一郎さんが村に来て以降の、事件の記録がありましたね。あれを読めば、色々と記憶も蘇るのではないかしら」

 そう俺に告げてから、部屋を立ち去った。

 一人残された俺は、まだ理解に苦しんでいた。俺は『一郎』という名前でもないのだが……。

 とりあえず俺が覚えている限りでは、昨夜は友人たちとの飲み会があって、泥酔して、途中からの記憶が全くない。しかし今の女性が『丸三日も眠り続けていた』と言うからには、それは『昨夜』ではなかったのだろうか。『あんなことがあった後だけに』『十一人目の犠牲者に』という言葉から考えて、飲み会の途中あるいは帰り道で、大規模な事故にでも巻き込まれたのだろうか。

 まあ、今一人で考えても答えは出そうにない。俺は彼女の勧めに従って、机の上の記録とやらを読もうと思って、布団から起き上がった。

 体を動かした途端、妙な違和感を覚えたが、三日間も伏せっていたせいだと思ってスルー。古臭い茶色の木製デスクへと向かう。

 そこには確かに、分厚いノートのようなものが置かれていた。同じ机の上にある手鏡も目に入ったが、それを見て、俺は愕然とする。

 鏡に映し出されたのは、俺の顔ではなかったのだから。


 その瞬間、なんとなく俺は理解した。

 自分の魂が他人の体に入っている、ということを。


 いつのまにか別人になる、というのは非常識な話だが、ネット小説ではお馴染みの概念だろう。

 そうした小説で一番ありふれているのは異世界転生だが、ここは別に異世界というわけでもないらしい。普通に日本だ。ただし俺にとっては、異世界のようなものかもしれない。何しろ、ここは過去、それも昭和の日本なのだから。

 そう、今がいつ頃の時代なのか、俺にはわかる。一度この状況を認めてしまうと、少しずつ、この肉体の記憶が蘇ってきたのだ。

 断片的に思い出してきた事実を繋ぎ合わせると……。

 ひとくちに昭和といっても幅広いが、第二次世界大戦前とか終戦直後の混乱期とか、そこまで古くはないようだ。高度経済成長とバブル時代の間くらいだろう。身近な電化製品で説明するのがわかりやいと思うが、この体の記憶に出てくるテレビは、白黒ではなくカラー。ただし、まだ家庭用ビデオデッキは見たことがないらしい。

 そんな昔の田舎の村は、平成の世を生きてきた俺にとっては、それこそ小説の中でしか知らない世界だった。


 姿形が変わってしまい、現在の肉体が持つ以前の記憶にもアクセスできる、という状態。単純な転生とも時間移動とも違うようだが……。

 時間移動を言い出すのであれば、小説で過去へ移動する時には、肉体を伴う場合――狭義の時間移動タイムトラベル――と、過去の自分に意識だけが入り込む場合――時間跳躍タイムリープ――と、両方あったはず。その後者のような形で、魂だけが転生しても構わないのだろう。

 そもそも異世界ではなく過去への転生なのだから、ある意味「転生した」というより「時間跳躍タイムリープした」という方が近いのかもしれない。だが別人になっている以上、俺としては、やはり「転生した」という表現の方が相応しく感じるのだった。


 ただし、この体――『きいちろうさん』あるいは『一郎さん』と呼ばれる人物――の記憶が少しずつ蘇ってきたといっても、まだまだ虫食い状態で、ツギハギだらけの記憶に過ぎない。

 はっきりしているのは、この村はクローズド・サークルのような閉鎖環境にあって、連続殺人事件の真っ最中だということ。

 そして、もう一つ。その『きいちろうさん』は、事件の過程で、一人の女性に恋をしたということ。

 その惚れた相手こそが、先ほど俺の横に座っていた女性だった。

 どうやら、この殺人事件によって、彼女の命も脅かされていたらしい。『きいちろうさん』は、そんな彼女を守りたいと思ったらしい。

 ならば。

 今や『きいちろうさん』となってしまったこの俺が、代わりに事件の謎を解いて、その意志を引き継ごうではないか!

 はたして、俺も彼女に惚れるかどうか、それはまだ断言できないが……。

 ともかく。

 今、俺の目の前には『きいちろうさん』が事件に関して記した、詳細な記録がある。

 先ほどの女性の言葉通り、これを読むうちには、さらに『きいちろうさん』の記憶も蘇るに違いない。だんだん魂が肉体に定着して、俺と『きいちろうさん』が一体化していくに違いない。

 そう考えて。

 俺は『きいちろうさん』の手記を読み始めた。

 最初のページを見た感じ、この村へと向かうローカル線の旅から、話は始まるようだ。それは、この体の持ち主が、まだ『きいちろうさん』と呼ばれるようになる前の出来事で……。

   

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