第十四章「第二の密室殺人」(日尾木一郎の記録)

   

「今度こそ、不可能だ……」

 木田きだ巡査が、苦悩の声を上げる。

 その日の夕方、一通りの現場検証を終えた私たち二人は、蒼川そうかわ陽子ようこの事件について、駐在所で検討していた。

 彼の『今度こそ』という発言は、おそらく、緋山ひやま一義かずよしの事件と比較した上で出てきた言葉なのだろう。

 ちなみに、陽子の胸に刺さっていた果物ナイフは、蒼川家の客間に飾ってあったナイフセットのうちの一本だったらしい。調べてみたら、三本セットのはずが二本になっていたとのことで、凶器に関しては、今はそれ以上追求するつもりもないようだった。それよりも、今現在、木田巡査の頭を悩ませているのは……。

「そうですね。一義さんが殺された時も、不可能犯罪が現実に発生したと思いましたが……」

 私は、とりあえず木田巡査の言葉を肯定することにした。

「……それは通常の出入り口しか想定していなかったからこそ『不可能』だったわけで、視野を広げてみたら、不可能ではなくなった。でも、今回は違う」

 今回の現場には、屋根裏のような、別の経路は存在していない。あの土蔵には、採光用らしき小窓はあるが、とても人間が通れるような大きさではなかった。しかも鉄格子がガッチリとはまっているので、腕をくぐらせることすら出来なかった。この点は、私と木田巡査が実際に試してみただけでなく、あの場にいた葉村はむら珠美たまみが「女の細腕なら」と協力してくれたが、それでも無理と判明したのだった。


 こうして私は、土蔵そのものの密室状態に関して思いを巡らしていたのだが、どうやら木田巡査の『不可能』という言葉は、その意味だけではなかったらしい。

「きいちろうさん。あなたも見ての通り、土蔵の周りには、犯人が隠れるような場所はありませんでした。一番近くの茂みですら、結構、離れている」

 この『一番近くの茂み』というのは、幽霊騒動の際に珠美と規輝のりてるが立っていた場所として、木田巡査が指し示した場所だ。つまり、あの悲鳴の瞬間、私がいたところのすぐ近くだ。私や木田巡査の立っていた辺りが、犯人が隠れられそうな場所として、最も土蔵から近いポイントだったということになる。もちろん、そこに誰かいたのであれば、私も木田巡査も、当然のように気づくはずだった。

「ならば、犯人は、どうやって現場から逃げて行ったのでしょうか? 悲鳴が聞こえた後、きいちろうさんは規輝さんを探しに行きましたが、少なくとも私は、あの場にとどまっていました。陽子さんが殺された時からずっと、私という見張りがいたことになります。もしも近辺に犯人が隠れていたとしても、私に見つからずに脱出できたとは思えません」

 木田巡査は話を続けた。

「仮に、犯人の逃走を私が見落としたのだとしましょう。あの時、私の意識は、悲鳴のあった土蔵の方に向いていたわけですからね。まあ実際には、私は見落としてなどいない、と断言できますが……。それでも、だとしても、やはり説明がつかない。あの土蔵には、鍵がかかっていたのだから」

 ようやく、話が土蔵そのものの密室状態に戻ってきた。ただ、密室とはいえ、錠前式だから、鍵さえあれば外から開閉できる密室だ。

「ちょっと待ってください。少し詳しく説明してもらいたいのですが……。あの土蔵の鍵って、先ほど使った鍵、あれ一つだけなのですか?」


 私の質問に頷いてから、木田巡査が説明し始める。

「あの土蔵が建てられたのは、百年以上昔のことだと言われています。作られた当初は、予備の鍵もあったのかもしれませんが、今では、一つしか残っていません。もう長い間、土蔵は本来の用途で、つまり何かを保管する場所としては使われていなかったのですが……。それだって、鍵が一つしか残っていないから、という理由だったのかもしれませんね」

 確かに、先ほども陽子の死体以外は何もなかったわけだから、もう『土蔵』としての役目は果たしていなかったのだろう。

「その鍵は、本来、代々の『蒼川の御当主』が管理するべきものでした。でも最近では、なぜか規輝さんが所持していました。規輝さんは小さい頃、悪さをする度に土蔵に閉じ込められたとか、それで鍵を盗み出してしまったとか、そんな噂を私も耳にしたことがあります。真偽のほどは不明ですが、とにかく、最近では土蔵は使われず、開けられることすらなかったわけです。先日の、幽霊が出たという一件までは」

「おや、この事件に、幽霊騒動が関わってくるのですか?」

 思わず私が口を挟むと、

「まあ『関わる』というほどでもないですが……。幽霊が出た、という話の後で、私は一通り周辺を調べてみました。結局、何も重要そうな手がかりは見つかりませんでしたが……。その際、一応は土蔵も開けて、中を見てみたのです」

「ああ、だから鍵の持ち主についても、知っていたのですね」

「そうです。もちろん、借りた鍵は、用事が終わり次第、規輝さんに返しましたよ。どうやら、あれ以来、鍵は規輝さんの上着に入れっぱなしだったようですな……」


「では、犯人は……。規輝さんのジャンパーから鍵を盗み出して、事件の後で、こっそり元通りに返したことになる……」

 私は、状況を整理する意味で、あえて口に出した。だが木田巡査は、私の発言をきっぱりと否定する。

「それは違う。規輝さんから鍵を盗み出して使うことは可能だとしても、返すことは不可能でしょう。よく頭を使って、考えてみてください」

 私に言い聞かせるように、木田巡査は話を続けた。

「死体を検分した花上はなうえ先生も『まだ殺されたばかり』と言っていたでしょう? つまり陽子さんが殺されたのは、私たちが悲鳴を聞いた、あのタイミングです。犯人は、その後で土蔵の鍵を閉めたことになります。でも、その頃、規輝さんは問題の上着を着たまま、珠美さんの部屋にいた。きいちろうさんが行くまで、二人きりだった。それについては、規輝さんも珠美さんも証言していましたね。だから、犯人が鍵を返しに行く機会は、どう考えてもなかったわけです」

 なるほど、こうやって状況を整理すればするほど、一義殺害以上の不可能犯罪ということになる。

 最後に木田巡査は、独り言のように呟いた。

「姿も見せずに、鍵のかかった土蔵に出入りした犯人。ちょうど幽霊が目撃された辺りですから……。こんなことは言いたくないですが、陽子さんは、本物の幽霊に殺されたのかもしれませんね」

 本物の幽霊。

 普通、幽霊といえば人間の幽霊のことを示すのだろうが……。

 もしかしたら、緋蒼村の住人である木田巡査は、化け猫の祟りという話を思い浮かべていたのかもしれない。

   

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