第十五章「駐在さんの名推理」(日尾木一郎の記録)

   

 蒼川そうかわ陽子ようこの葬儀は、しめやかに行われた。葬儀の後の酒の席も、緋山ひやま一義かずよし直樹なおきの場合とは、大きく雰囲気が異なっているように感じられた。

 一義の葬儀の時は、婚約者であった陽子が激しい感情を垣間見せたので、今度は華江はなえに目立った動きがあるかとも思ったが……。あれだけ陽子を可愛がっていた華江なのに、深い悲しみに包まれた態度を見せるでもなく、犯人に対する憎悪をあらわにするでもなく、むしろ淡々と参列者に対応していた。

 彼女の冷静さは、かえって不気味だった。いっそのこと、髪を振り乱しながら「私の可愛い陽子を殺したのは誰!」くらい叫んでくれた方が、彼女には相応しいと思うのだが……。これでは「内に溜め込んだ感情が、いつか爆発するかもしれない」と少し心配になるほどだった。

 なお、私が注目していたのは、華江だけではない。今回は、私も飲み過ぎないように注意して、大人しく周囲全体を観察していた。しかし、まるで私の邪魔をするかのように、蒼川そうかわ信子のぶこが近づいてくる。延々と長話を聞かされたが、まとめてしまえば、用件は二つだけだった。

 まず第一に、緋山家の事件に蒼川家は関係ない、ということ。だから、その証拠を早く見つけ出せ、と言われてしまった。

 第二に、今度は蒼川家が狙われているようだ、ということ。だから、これ以上の犠牲者が出ないうちに事件を解決しろ、と命じられた。

 しかし、そうやってかされたからといって、事件に対する私のアプローチが変わるわけでもない。葬儀の翌日、いつものように私は、駐在所へ足を運んだ。


 この日も、陽子の事件について検討するのだった。

 緋蒼屋敷の住人は、もはや五人しか残っていない。そのうち、御当主である信子と、その娘の華江と、村長である浜中はまなか大介だいすけには、アリバイと呼べるものはなかった。逆に、葉村はむら珠美たまみ蒼川そうかわ規輝のりてるの二人は、ちょうど一緒に部屋で話をしていたのだから、アリバイがあると言って構わないだろう。鍵のかかった殺害現場があって、その鍵の唯一の持ち主にはアリバイがある、という状況だ。

「今回の謎を解明するには、一義さんの事件のように、大きな発想の転換が必要かもしれません」

「きいちろうさん、先日も似たようなことを言っていましたね。一義さん殺害に関しては、視野を広げてみたら不可能犯罪ではなくなった、と」

「そうです。だから今回は、まず『鍵が一つしかない』という思い込みを捨ててみましょう」

「はあ? 何を言い出すのです?」

 木田巡査は呆れたような声を上げるが、私は構わず続けた。

「私たちは、規輝さんの持つ鍵が使われたという前提で議論してきました。その大前提を崩して、あらかじめ犯人が合鍵を作って秘密裏に所持していたと考えれば……」

「いやいや、その考えは駄目でしょう」

 木田巡査は、私に最後まで言わせてくれなかった。

「きいちろうさん、あなたは、まだ都会的な物の見方をしている。この村では、こっそり合鍵を作るなんて出来やしません。使われたのは、規輝さんの上着のポケットに入っていた、あの鍵に間違いないのです」

 そう言われると、私としては、返す言葉もなかった。しばらく木田巡査も黙り込んでいたが、何か思いついらしく、また口を開く。

「私たちという目撃者がいたのに、どうやって犯人は土蔵に近づき、また、そこから逃げ出したのか。こちらの方は、鍵の問題よりも大きな謎でしょう。ですが、あまりにも大きな謎なので、やはり、まずは鍵の件に集中して、そちらを先に片付けてしまいしょう」

 仰々しく言っているが、要するに、今まで通り土蔵の密室について議論しよう、というだけだ。しかし水を差すのも悪いので、私は、とりあえず頷いておく。それを見て、木田巡査は続けた。

「鍵をずっと持っていたのは、規輝さんです。その一点を重視するのであれば、一番怪しいのは規輝さんということになる」

「でも、彼にはアリバイがあるのでしょう? 珠実さんが嘘をついているとも思えないし……」

「きいちろうさん。そのアリバイとやらを考え始めたら、あなたが解決したつもりの一義さん殺害。あれだって同じじゃありませんか。一義さんが殺された頃には、関係者全員にアリバイがあるのですから」

 さらに木田巡査は、少し考え込むような声で、

「天井裏の痕跡にしたところで、誰かが最近あそこを通ったというだけで、それが一義さんを殺す際だったと決まったわけではない。そもそも、どこに通じているのか不明な以上、秘密の通路としては中途半端。せいぜい、一時的な身の隠し場所という程度の意味しかないのかもしれない……」

「そこまで話が戻るのですか?」

 これでは、せっかく解決したつもりの一義の事件が、また振り出しに戻ってしまう。

「まあ、その話は置いておいて……。一義さんの事件を引き合いに出したのは、いったんアリバイのことは棚上げにして考えよう、と提案したかったからです。ほら、きいちろうさんの言っているように、見方を大きく変える、というやつですね」

 いやいや、それは少し違うと思うが……。だいたい、事件について捜査する者が『アリバイのことは棚上げ』なんて言い出すのは、暴論ではないだろうか。

「そう。アリバイのことさえ無視してしまえば……。犯人は鍵の持ち主ということになります」


 そう言い切った木田巡査の瞳には、今まで見たことのないような輝きがあった。彼の頭脳は目まぐるしく回転したようで、彼の口からは、怒涛のような推理が噴き出してきた。

「緋山家の一連の事件と合わせて考えると、規輝さんへの疑惑は、さらに大きく膨れ上がります。緋山家の四人が亡くなって、その遺産を手に入れたのは、規輝さんなのですから。動機としては十分でしょう。しかしその遺産は、規輝さんの想像した額には達していなかった。だから今度は、蒼川家の財産まで手に入れようと考え始めたのです」

 このように木田巡査が考える根拠の一つは、一義かずよし直樹なおきの合同葬儀における、規輝の振る舞いなのだろう。私は直接目撃したわけではないが、遺産が公表されて規輝が落胆していたという話は、聞いただけでも私の印象に強く残っていた。

 しかし、この木田巡査の推理には、否定すべき点がある。少なくとも、これだけは指摘しておかねばなるまい。

「ちょっと待ってください。規輝さんが緋山家の人々を殺した、というのは事実に反します。緋山連続殺人事件の犯人は、亡くなった朝子あさこさんです。彼女の告白は、あの場にいた木田巡査も聞いているではありませんか」

「いいえ、きいちろうさん。あなたこそ間違っています」

 彼は、大きく首を横に振る。

「確かに、朝子さんは緋山の御当主を殺した。でも、他の三人を殺したのは違う」

「……何か根拠でもあるのですか?」

 自信たっぷりの口調に、思わず私は、そう問いかけてしまった。

「根拠は、動機です。朝子さんには、三人を殺す理由がない。百歩譲って、緋山の御当主を殺す動機はあるとしても」

 思えば、これまで木田巡査は「朝子さんは犯人ではない」と言い続けてきたような気がする。ただし、そこに明確な根拠はなく、あくまでも心情的な主張に過ぎなかった。ここで彼が持ち出した『動機』というものも、物的証拠とは違うが、それでも今までよりは合理的な説明を捻り出したらしい。

花上はなうえ先生が言っていたじゃないですか。朝子さんは余命半年で、おそらく本人も気づいていたはず、と……。そんな彼女が緋山の御当主を殺したのは、他の三人を殺した真犯人をかばうためだったのです」


 この解釈は、珍しく筋が通っているように、私にも思えた。

 あの時点で、もしも誰かをかばうために浜中朝子が「私が犯人です」と名乗り出たところで、誰も信じなかっただろう。一義殺害の不可能状況に関して、彼女には説明できなかったからだ。

 だが、そんな説明をすっ飛ばして、確実に皆から「犯人だ!」と思ってもらう手段がある。それは、衆目にさらされた状態で、実際に殺人を実行することだった。もちろん無関係な殺人では駄目だ。一連の事件の一つと思われる『殺人』が必要となる。

 ちょうど『一連の事件』に含まれそうな、緋山直樹が残っていた。放っておいても、まもなく病気で亡くなる人物であり、だから朝子としても罪悪感は小さかったのかもしれない。

 直樹の立場から見ても、病死よりは朝子に殺された方が、結果的に救われたという可能性があるだろう。誰が息子や娘を殺したのか不明のまま、あのまま病気で苦しみながら死ぬのとは違って、少なくとも「犯人は朝子だったのか!」と解決した気分で死ねたはずだ。もしかすると、さらに「これだけ目撃者のいる前で犯行に及んだのだから、朝子も確実につかまるはず」とまで思いながら、亡くなったのかもしれない。

 そこまで考慮した上で、浜中朝子が、緋山直樹を殺したのだとしたら……。

「なるほど。それは、あり得る話ですね」

 私は、木田巡査の推理に同意を示した。それに満足したのか、木田巡査は、さらに説明を続ける。

「では、朝子さんは、はたして誰をかばったのか。ここで思い出して欲しい点が三つあります」

 木田巡査が列挙したポイントは、以下の三点だった。


 第一に、一義の残した封筒の中の写真には規輝が写っていたこと。これは、複数の人間が確認しているから、間違いようのない事実だろう。

 第二に、その写真を朝子も目撃したこと。確かに、私が封筒を開けて写真を調べていた時に、ちょうど朝子がやってきたし、そもそも「この写真は規輝だ」と最初に私に告げたのは彼女だった。

 第三に、朝子が規輝を特別に可愛がっていたこと。これは最初に私が木田巡査から聞いた情報――関係者リストのような形でまとめたもの――の中にもあったが、私自身、朝子が規輝のことを好意的に話すのを耳にしていた。


「これらを考え合わせると、一義さんが伝えたかった真犯人は規輝さんであり、朝子さんはそれを知って、規輝さんをかばった、ということになります」

「ちょっと待ってください。一義さんが殺された頃、規輝さんは、この駐在所に来ていたのでしょう? それこそ鉄壁のアリバイです」

「そうです。いくらアリバイのことは棚上げにしようと言っても、他ならぬ私と一緒だったのでは、さすがに嫌疑の外に置きたくなります。しかし、よくよく考えている間に、一義さんが残した写真の、もう一つの意味に気づいたのです」

「もう一つの意味?」

「そうです。一義さんの写真は、二枚あったでしょう? 規輝さん以外の、もう一人の人物が誰なのか、まだ定かではありませんが……。この『二枚』ということに、重要な意味があったのです」

 私には、木田巡査の言いたいことが理解できなかった。そんな私の顔を見て、

「まだ、わかりませんか? 二枚の写真、その片方が犯人……。つまり、もう片方も犯人なのです! もう一人の人物は、規輝さんの共犯者なのです! 規輝さんにアリバイがあるのであれば、一義さんを殺した実行犯は、この謎の共犯者なのです!」


 この推理が正しいと仮定した場合、その『謎の共犯者』の年齢も推定できる。二枚の写真は、同じ頃に撮影されたもののようだったから、共犯者も規輝と同じくらいの年頃ということになるだろう。誰なのかわからぬ、謎の人物なんて想定した場合、私のように村の外から来た人間が真っ先に疑われそうなものだが、これならば疑惑の対象外にしてもらえそうだ。この記録の最初に記した通り、私は一義よりも年齢が上なくらいだ。だから、明らかに規輝よりは年上ということになる。

「一連の事件の犯人は……。財産目当ての規輝さんと、謎の共犯者なのです!」

 木田巡査が、このように断言した、ちょうどその時。

 花上医師が、駐在所に駆け込んできた。

 そして、叫んだ。

「華江が殺された!」

   

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