第十五章「駐在さんの名推理」(日尾木一郎の記録)
一義の葬儀の時は、婚約者であった陽子が激しい感情を垣間見せたので、今度は
彼女の冷静さは、かえって不気味なくらいだった。いっそのこと、髪を振り乱しながら「私の可愛い陽子を殺したのは誰!」と叫んでくれた方が、彼女には相応しいと思うのだが……。これでは「内に溜め込んだ感情が、いつか爆発するかもしれない」と少し心配になるほどだった。
もちろん、私が注目していたのは、華江だけではない。今回は、私も飲み過ぎないように注意して、大人しく周囲全体を観察していた。しかし、まるで私の邪魔をするかのように、
まず第一に、緋山家の事件に蒼川家は関係ない、ということ。だから、その証拠を早く見つけ出せ、と言われてしまった。
第二に、今度は蒼川家が狙われているのではないか、ということ。だから、これ以上の犠牲者が出ないうちに事件を解決しろ、と命じられた。
しかし、そうやって
この日も、陽子の事件について検討するのだった。
緋蒼屋敷の住人は、もはや五人しか残っていない。そのうち、御当主である信子と、その娘の華江と、村長である
「今回の謎を解明するには、一義さんの事件のように、大きな発想の転換が必要かもしれません」
「きいちろうさん、先日も似たようなことを言っていましたね。一義さん殺害に関しては、視野を広げてみたら不可能犯罪ではなくなった、と」
「そうです。だから今回は、まず『鍵が一つしかない』という思い込みを捨ててみましょう」
「はあ? 何を言い出すのです?」
木田巡査は呆れたような声を上げるが、私は構わず続けた。
「私たちは、規輝さんの持つ鍵が使われたという前提で議論してきました。その大前提を崩して、あらかじめ犯人が合鍵を作って秘密裏に所持していたと考えれば……」
「いやいや、その考えは駄目でしょう」
木田巡査は、私に最後まで言わせてくれなかった。
「きいちろうさん、あなたは、まだ都会的な物の見方をしている。この村では、こっそり合鍵を作るなんて出来やしません。使われたのは、規輝さんの上着のポケットに入っていた、あの鍵に間違いないのです」
そう言われると、私としては、返す言葉もなかった。しばらく木田巡査も黙り込んでいたが、何か思いついたらしく、また口を開く。
「私たちという目撃者がいたのに、どうやって犯人は土蔵に近づき、また、そこから逃げ出したのか。こちらの方は、鍵の問題よりも大きな謎でしょう。ですが、あまりにも大きな謎なので、やはり、まずは鍵の件に集中して、そちらを先に片付けてしまいしょう」
仰々しく言っているが、要するに、今まで通り土蔵の密室について議論しよう、というだけだ。しかし水を差すのも悪いので、とりあえず頷いておく。そんな私を見て、木田巡査は続けた。
「鍵をずっと持っていたのは、規輝さんです。その一点を重視するのであれば、一番怪しいのは規輝さんということになる」
「でも、彼にはアリバイがあるのでしょう? 珠実さんが嘘をついているとも思えないし……」
「きいちろうさん。そのアリバイとやらを考え始めたら、あなたが解決したつもりの一義さん殺害事件。あれだって同じじゃありませんか。一義さんが殺された頃には、関係者全員にアリバイがあるのですから」
さらに木田巡査は、少し考え込むような声で、
「天井裏の痕跡にしたところで、誰かが最近あそこを通ったというだけで、それが一義さんを殺す際だったと決まったわけではない。そもそも、どこに通じているのか不明な以上、秘密の通路としては中途半端。せいぜい、一時的な身の隠し場所という程度の意味しかないのかもしれない……」
「そこまで話が戻るのですか?」
これでは、せっかく解決したつもりの一義の事件が、また振り出しに戻ってしまう。
「まあ、その話は置いておいて……。一義さんの事件を引き合いに出したのは、いったんアリバイのことは棚上げにして考えよう、と提案したかったからです。ほら、きいちろうさんの言っているように、見方を大きく変える、というやつですね」
いやいや、それは少し違うと思うが……。だいたい、事件について捜査する者が『アリバイのことは棚上げ』なんて言い出すのは、暴論ではないだろうか。
「そう。アリバイさえ無視してしまえば……。犯人は鍵の持ち主ということになります」
そう言い切った木田巡査の瞳には、今まで見たことのないような輝きがあった。彼の頭脳は目まぐるしく回転したようで、その口からは、怒涛のような推理が噴き出してきた。
「緋山家の一連の事件と合わせて考えると、規輝さんへの疑惑は、さらに大きく膨れ上がります。緋山家の四人が亡くなって、その遺産を手に入れたのは、規輝さんなのですから。動機としては十分でしょう。しかしその遺産は、規輝さんの想像した額には達していなかった。だから今度は、蒼川家の財産まで手に入れようと考え始めたのです」
このように木田巡査が考える根拠の一つは、
しかし、この木田巡査の推理には、否定すべき点がある。少なくとも、これだけは指摘しておかねばなるまい。
「ちょっと待ってください。規輝さんが緋山家の人々を殺した、というのは事実に反します。緋山連続殺人事件の犯人は、亡くなった
「いいえ、きいちろうさん。あなたこそ間違っています」
彼は、大きく首を横に振る。
「確かに、朝子さんは緋山の御当主を殺した。でも、他の三人を殺したのは違う」
「……何か根拠でもあるのですか?」
自信たっぷりの口調に、思わず私は、そう問いかけてしまった。
「根拠は、動機です。朝子さんには、三人を殺す理由がない。百歩譲って、緋山の御当主を殺す動機はあるとしても」
思えば、これまで木田巡査は「朝子さんは犯人ではない」と言い続けてきたような気がする。ただし、そこに明確な根拠はなく、あくまでも心情的な主張に過ぎなかった。ここで彼が持ち出した『動機』というものも物的証拠とは違うが、それでも今までと比べたら、いくらか合理的な話に思えた。
「
この解釈は、珍しく筋が通っているように感じられた。
あの時点で、もしも誰かをかばうために浜中朝子が「私が犯人です」と名乗り出たところで、誰も信じなかっただろう。一義殺害の不可能状況に関して、彼女には説明できなかったからだ。
だが、そんな説明をすっ飛ばして、確実に皆から「犯人だ!」と思ってもらう手段がある。それは、衆目にさらされた状態で、実際に殺人を実行することだった。もちろん無関係な殺人では駄目だ。一連の事件の一つと思われる『殺人』が必要となる。
ちょうど『一連の事件』に含まれそうな、緋山直樹が残っていた。放っておいても、まもなく病気で亡くなる人物であり、だから朝子としても罪悪感は小さかったのだろう。
直樹の立場から見ても、病死よりは朝子に殺された方が、結果的に救われたと考えられる。誰が息子や娘を殺したのか不明のまま、あのまま病気で苦しみながら死ぬのとは違って、少なくとも「犯人は朝子だったのか!」と解決した気分で死ねたはずだ。もしかすると、さらに「これだけ目撃者のいる前で犯行に及んだのだから、朝子も確実に
そこまで考慮した上で、浜中朝子が、緋山直樹を殺したのだとしたら……。
「なるほど。それは、あり得る話ですね」
私は、木田巡査の推理に同意を示した。それに満足したのか、さらに彼は説明を続ける。
「では、朝子さんは、はたして誰をかばったのか。ここで思い出して欲しい点がいくつかあります」
木田巡査が列挙したポイントは、以下の三点だった。
第一に、一義の残した封筒の中の写真には規輝が写っていたこと。これは、複数の人間が確認しているから、間違いようのない事実だろう。
第二に、その写真を朝子も目撃したこと。確かに、私が封筒を開けて写真を調べていた時に、ちょうど朝子がやってきたし、そもそも「この写真は規輝だ」と最初に私に告げたのは彼女だった。
第三に、朝子が特別なくらいに規輝を可愛がっていたこと。これは最初に私が木田巡査から聞いた情報――関係者リストのような形でまとめたもの――の中にもあったが、私自身、朝子が規輝のことを好意的に話すのを耳にしていた。
「これらを考え合わせると、一義さんが伝えたかった真犯人は規輝さんであり、朝子さんはそれに気づいて彼をかばった、ということになります」
「ちょっと待ってください。一義さんが殺された頃、規輝さんは、この駐在所に来ていたのでしょう? それこそ鉄壁のアリバイです」
「そうです。いくらアリバイのことは棚上げにしようと言っても、他ならぬ私と一緒だったのでは、さすがに嫌疑の外に置きたくなります。しかし……。よくよく考えてみたら、一義さんが残した写真の、もう一つの意味に気づいたのです」
「もう一つの意味?」
「そうです。一義さんの写真は、二枚あったでしょう? 規輝さん以外の、もう一人の人物が誰なのか、まだ定かではありませんが……。この『二枚』という点に、重要な意味があったのです」
私には、木田巡査の言いたいポイントが理解できなかった。そんな私の顔を見て、
「まだ、わかりませんか? 二枚の写真、その片方が犯人……。つまり、もう片方も犯人なのです! もう一人の人物は、規輝さんの共犯者なのです! 規輝さんにアリバイがあるのであれば、一義さんを殺した実行犯は、この謎の共犯者なのです!」
この推理が正しいと仮定した場合、その『謎の共犯者』の年齢も推定できる。二枚の写真は、同じ頃に撮影されたもののようだから、共犯者も規輝と同じくらいの年頃ということになるだろう。
誰なのかわからぬ怪人物を想定した場合、私のように村の外から来た人間が真っ先に疑われそうなものだが、これならば疑惑の対象外にしてもらえそうだ。この記録の最初に記した通り、私は一義よりも年齢が上なくらいだった。だから、明らかに規輝よりは年上ということになる。
「一連の事件の犯人は……。財産目当ての規輝さんと、謎の共犯者なのです!」
木田巡査が断言した、ちょうどその時。
花上医師が、駐在所に駆け込んできた。
そして、叫んだ。
「華江が殺された!」
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