第十七章「火事の翌日」(日尾木一郎の記録)

   

 翌日。

 私が起床したのは、いつもより一時間か二時間くらい、遅い時刻だった。

 今日も駐在所へ向かおうと思いながら、自分の部屋で朝飯を食べていたところへ、木田きだ巡査がやってきた。

「昨日は大変でしたな」

 これが、木田巡査の開口一番だった。

「まさか、立て続けに二人も殺されるとは……」

 そして木田巡査は、昨日の状況を振り返る。

「まず、華江はなえさんが、彼女自身の部屋で殺されて……。それから、火事騒ぎがあって、皆の注意がそちらへ向いている隙に、村長まで殺された……」

 そう。

 昨日は途中までしか記す気力もなかったので、ここで少し補足しておこう。

 火が出たのは、例の土蔵だった。幽霊が目撃されたり、蒼川そうかわ陽子ようこが殺されたりした、あの土蔵だ。今は使われておらず、内部は空っぽだった土蔵に、火元となるような物があるはずもない。どう考えても、放火だった。

 発見が早かったこともあって、大事には至らなかったが、村長――浜中はまなか大介だいすけ――の姿が見えない。普通、あのような騒ぎが緋蒼屋敷で起こったならば、真っ先に彼が駆けつけても不思議ではないのに。

 当然、私と木田巡査は、一段落ついてから村長を探し回った。華江はなえ殺しのアリバイの件を尋ねる、という用事もあったからだ。その結果、私たちは彼の部屋で、絞殺された村長を発見したのだった。


 さて、今の私は、まだ食事の途中だ。だから、もっぱら聞き役に回るつもりだったのだが、ふと箸を止めて聞いてみた。

「あの火事も、一連の殺人事件と関係あると思いますか?」

 少し黙ってから、木田巡査は、自分の考えを述べ始める。

「無関係とは思えませんね。まず、偶然にしてはタイミングが出来過ぎている。もしも火事がなければ、村長殺害は、未然に防ぐことも出来たでしょう」

「え?」

 すぐには理解できない私。木田巡査も説明が足りなかったと自覚したようで、話を補足した。

「考えてみてください。火事さえなければ、あの後、きいちろうさんと私は、村長に話を聞きに行くはずだったじゃないですか。私たちが村長と一緒なら、犯人が殺しに来るのは無理だったでしょう。逆に犯人が私達より先んじて村長のところへ行っていた場合、ちょうど私たちが、殺しの現場を取り押さえることも可能だったかもしれない。そう考えると、私は悔しいのです」

 なるほど、言われてみれば、そういう考え方も出来るだろう。

「それにね、きいちろうさん。火事の現場があの土蔵だったということも、偶然とは思えないでしょう。あの土蔵は、いわく付きだ。幽霊騒ぎの件はともかくとしても、陽子さんが殺された事件については、そうもいかない。あの状況の謎だけは、解決させる必要がある」

「そうですね……。陽子さんの事件は、考えれば考えるほど、わけがわからなくなります。土蔵には鍵がかけられており、その鍵は規輝のりてるさんが持ったままだった。規輝さん以外の誰かが犯人であった場合、こっそり鍵を拝借していたことになりますが、結局は規輝さんのジャンパーから鍵が出てきた以上、犯人が犯行後に鍵を返したはずです。でも、その機会はなかった……」

「その『規輝さん以外の誰か』が、私の提案したような『謎の共犯者』だとしても、話は同じですな。事前に規輝さんが共犯者に鍵を渡したとしても、犯行の前後、ずっと規輝さんは珠美たまみさんと一緒にいたのだから、やはり共犯者が鍵を返す機会はない……」

「そう、それです。規輝さんは珠美さんと一緒だった。だから、先ほどとは逆に『規輝さんが犯人だった場合』というのを考えてみても、すぐに行き詰まる。規輝さんには、アリバイがあるわけです」

 木田巡査が頷いたのを見て、私は先を続ける。

「そもそも、そうした土蔵そのものの密室状況に加えて、もう一つ。犯行時刻に近くにいた私たちには、現場から犯人が逃げていく姿は、見えるはずなのに見えなかった……。これも問題です」

 陽子殺しの問題点に関しては、以前に駐在所で木田巡査も整理していたが、こうして再検討しても、何も進展していないのがわかるだけだった。

「きいちろうさんの言う通りです。犯人が、どうやって土蔵に近づき、また、そこから逃げたのか。私には、さっぱりわかりません。その点と、アリバイのことさえ棚上げにすれば、規輝さんが犯人だと考えることで辻褄は合うのですが……」

「いや、さすがに、それは『棚上げ』にしては駄目でしょう」

 今回は私も、はっきりと声に出して反対意見を述べた。よほど木田巡査は、規輝犯人説に固執しているらしい。


 ついでに、私は少し尋ねてみる。

「アリバイと言えば、華江さんの事件に関する、規輝さんのアリバイ。結局、村長には確認できませんでしたね」

「まあ、おそらく嘘ではないと思いますが……。そもそも、村長に尋ねるだけで露見するような嘘を、あの場で口にするとは考えられない。それほど愚かならば、今までに、とっくにボロを出していることでしょう」

 規輝犯人説にこだわる木田巡査にしては、理論的な考え方に思えた。私は、その方向性に乗って、意見を述べてみる。

「なるほど。考えてみれば、あの時点では、規輝さんは知らなかったわけですからね」

「あの時点? 知らなかった?」

「ああ、すいません。言葉が足りませんでした。……この部屋で私たちが規輝さんから話を聞いた時点で、ということです。私たちが既に村長と話をしたのか、あるいは、まだなのか。規輝さんは知らなかったのでしょう? それが不確かな状態で『村長と一緒にいた』という嘘は言えませんよね。もしかしたら、その場で『嘘だ! 村長から聞いた証言と矛盾するぞ!』と言われかねない」

「ああ、そういう意味ですか……。きいちろうさん、そこまで深く考える必要なんて、ないんじゃないですか? そもそも、一義かずよしさんの事件とか陽子さんの事件とかを考えると、アリバイなんて『もうどうでもいいや』とすら思えてきますなあ」

 乱暴なことを言って、いったん木田巡査は話を止めた。再び口を開いた時には、話題は、火事の一件に戻っていた。

「きいちろうさんは、どう思います? あの火事が、殺人事件の犯人の仕業だとすると、一体その目的は何だったのか……。私はね、土蔵周辺を燃やすことが目的だったのかもしれない、と考えました」

「土蔵周辺を燃やす?」

「そうです。陽子さんの事件の謎を解く鍵は、あの土蔵そのものにある。それを燃やして消滅しよう、と犯人は試みたのではないか……」

 なるほど、それはそれで、興味深い考え方だ。

「だとすると、火事も小火ボヤで済んだのですから、まだ何か焼け残っているかもしれませんね。では早速、私が食べ終わり次第……」

 私は急いで、食事の残りをかきこんだが、

「それには及びません」

 木田巡査が軽く笑いながら、私を制止するように手を振った。

「今日、屋敷に来た目的は、それですから。もう、焼け跡を調べてきたところです。すると、こんなものが見つかりまして……」

 言いながら木田巡査が取り出したのは、焼け焦げたロープの切れ端だった。元々は長いロープだったのに、燃え残ったのは短い一部分だけ、という感じだ。

「残念ながら、陽子さん殺しの手がかりには見えませんが……。これって、村長を絞め殺すのに使われたロープじゃないですかね? だとすると、きいちろうさん。あの火事は、村長が殺された後で起こったことになる」

   

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