門人末席が見た蒼天会
すでに
よって尚志は末席のままである。
尚志が入門した
一、受け身の稽古はしない。
時間は限られているので、どうしても受け身の練習をしたい者だけ各自で勝手にやってください、というスタンスを貫いている。
一、
その日に入門した白帯の者でも、何年もいる古参のベテランでも、教わる内容は一緒。
弟子たちはひたすら大岩に全力でかかっていく。
その結果。
宙に舞う。
金縛りになって硬直する。
力を抜かれその場でヘナヘナと崩れる。
全身で味わったそれらの感覚を忘れない内に弟子同士でかけあっていく。
強くなれるかどうかはその人の熱意やセンスによる。
蒼天会に長く在籍していれば自動的に強くなるわけではない。
一、
敵の力を無力化させ、少し触れただけで相手を投げ飛ばせる不思議な力はすべて合気による。
他の武術のようにテコの原理や足払い、体格差などで制するのでは決してない。
蒼天会によれば『呼吸』と『円の動き』と『条件反射』の三つが一致した時、合気が発動する、としている。
なので、すべての技に合気を宿らせる事が可能となる。
絞め技や固め技はもちろん、打撃技、背負い投げのような投げ技にも合気がかかるようになる。
高度になると触れただけで合気をかけることが出来るようになる。
一、自然と弟子たちの顔と名前を覚えられる。
袴を穿いている者は袴の腰に当たる所に名前が刺繍してあり、黒帯は帯の端に名前が刺繍してある親切設計。
ほとんどの白帯はマジックで自分の名前を帯の端に書いている。
唯一、茶帯だけはレンタルなので名前がわからないが茶帯を巻いている者は少人数だったので問題はなかった。
一、和気あいあいとした雰囲気の中での稽古。
武道団体特有の体育会系的で封建的な上下関係はほぼ存在しない。
したがって初心者から女性にいたるまでがのびのびと萎縮することなく稽古できる。
だがそれは一長一短、諸刃の剣。
真剣さが足りなくなってしまう欠点を孕んでいる。
ひどい弟子になると、列に並んでいる時にペチャクチャおしゃべりをするのは日常茶飯事、ただなんとなく技を受けてなんとなく技をかけるだけ。どうすれば強くなるかと考えもしない。
尚志は稽古に慣れてくるに従い、これら蒼天会の特徴がわかってきた。
さらには弟子の間でも実力差が相当開いていることにも。
四段で
時々、尚志はどうしようもなく下手な高弟から指導を受ける事があった。
「腕力に頼りすぎている。もっと力を抜いてリラックス!」
という具合に。
口では、
「はい」
と素直に返事をするが、内心では馬鹿にしていた。
<フン、アンタの技はリラックスし過ぎて腑抜けじゃないか>
技がお粗末な高段者に限って、口だけは立派なのはどの世界でも同じなのかもしれなかった。
なので列に並ぶ際はなるべく
他の人の技は効いているのかいないのか、ボンヤリしていて面白くもなんともなく物足りなさしか感じない。
それに対して、もしかしたら才川の技の冴えは大岩を超えているのでは、と尚志は密かに思っていた。
「いいか南郷くん、
怖そうな雰囲気と違い、才川の教え方は丁寧でわかりやすく具体的だったので尚志は面白いように上達していった。
尚志の見る限り、才川以外で特筆すべき門弟は他に三人いた。
一人は
髪型は驚きのソフトパンチパーマ。
袴を穿いているので列の先頭に立つこともあるが、そうでない時の彼は必ず才川の列に並ぶ。
使う技は質実剛健で実践的。
地に足がついた堅実な技は頑張れば尚志でも会得できそうではあった。
才川とはタイプが違うが実力は拮抗しているように見えた。
二人目は
髪型は五分刈り。
技は普通だが、捕りの手首を掴む際にものすごいスピードで突っ込んでくる。
慣れていないとタイミングが合わずに衝突してしまうのが常だった。
三人目は
髪型は総髪。
会ったことはないが見覚えのある顔で、どこで会ったか考えていたら思い出した。
尚志が買ってきた格闘技の雑誌に載っていた写真。
大岩に対し思いっきり蹴りとパンチを入れていた人物。
中国拳法と空手の有段者で、技は柔らかい動きだが体重差を物ともせず尚志は容易く投げられてしまうのだった。
一般稽古が終わり、自主稽古の時間になると黒田の下には佐嶋や伊勢をはじめ多くの弟子が集まってきた。
才川もその時間になると茶帯の
他の高段者たちもヌルい自主稽古を行なっていたが、魅力は感じない。
もし可能ならば、才川かもしくは黒田のグループと自主稽古を一緒にしたかったのだが、それを横目に帰るしかなかった。
段々と慣れてきたのは確かだが、通常の稽古が終わると疲れて疲れて早く横になりたいと体が訴えるのだ。
だが、いつか体力に余裕ができたら自主練習にも参加してより強くなろう、という気持ちだけは心の中で燃えていた。
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