ちょいと武張って

はらだいこまんまる

前書き

「前から不思議に思ってたんだけど、そのパンパンになったリュックの中には何が入っているんだ?」

 東洋医学の専門学校に入学して数週間経った頃、派手な服を着た目付きの悪いクラスメイトが話しかけてきた。


 私という人間を知ってもらう良い機会であった。

 口で答えるより先に、黒帯で縛った柔道着とボクシンググローブをリュックから出した。

 正直、自慢もしたかった。

 

 たちまち彼の目がキラキラと輝きだした。まるで宝物を見つけた少年のように。

「へえ、ちょっと武張ぶばっているね。その体つきから只者じゃないと思っていたけど。実は俺も腕に覚えがあるんだ。どうだろう、今度軽くスパーでも……」

 私に向かって鋭いジャブを放ちながら、彼は物騒なことを軽い口調で言った。


「そうだな、機会があればいつか立ち会おうか」

 私は彼に右の直拳ストレートを放つと同時に左拳で我が顔面をガードした。

「その動きは太気拳たいきけんか。一度お手合わせしたいと思ってたけどこんな身近にいるとはな」

「惜しい。動きは似ているけど自分は意拳いけん使いだ」

 意拳という中国拳法独特の動きを披露してみたのはジャブに対する返礼のつもりだった。

「俺は少林寺とフルコン空手をやってたから遠慮はいらねえよ」

「ああ、それは楽しみだ。けど生憎これから仕事だからまたいつか」

 私はそう言ってその場を後にした。

 

 決して怖くなって彼から逃げたわけではない。 

 むしろ同じ匂いのする仲間と知り合えたのが嬉しかった。

 ただ、遅刻にうるさい職場のボスが怖かったので後ろ髪を引かれる思いで仕事先へ向かった。

 

 結局、タイミングが合わなかったのか在学中はとうとう手合わせをしないまま卒業してしまった。

 しかしその出来事をきっかけに彼とは友達になり卒業後十数年経った今でも年賀状のやり取りをしている。



武張ぶばる』という普段聞き慣れない言葉を調べると、武士の如く強く勇ましそうに振る舞う、と簡潔に記してある。

 言葉の意味自体に良し悪しはない。

 それでもあえて良い意味で取れば、必死で稽古を重ねた武人の自信と誇りに満ち溢れた態度、と解釈できる。

 悪く取れば、生兵法しか身に付けてない素人が半端な強さで粋がる、とも言える。

 前者は見ていて頼もしいが、後者になると痛々しさと同時に哀れさを感じる。


 今だから白状するが二十代の頃の私は確かに武張っていた。

 様々な武術の魅力に取り憑かれ、平日も休日も道場に通った。

 多少格好つけると、青春を武の道に捧げた、と言えなくもない。



 幼少時から食が細く痩せっぽち。

 病気がちで喘息ぜんそく持ち。

 いじめられっ子の運動音痴。

 それが私だった。

 解消されないコンプレックスを持ち続けていた。


 二十歳を過ぎて、自分も強くなれると知った。

 時代劇で鮮やかに刀を振り回す剣豪のように。

 講談に出てくるような腕の立つ武芸者のように。

 カンフー映画でたくさんの敵を蹴散らす主人公のように。

 

 TVゲームと違い、実際に強くなる様が楽しく稽古に熱中した。

 猛暑の中、道場で何度も何度も畳に叩きつけられても。

 雪降る寒空の下、公園で殴ったり殴られたりしても。

 武に対する情熱の火が消えることはなかった。


 気が付くともう弱虫でいじめられっ子の自分はいなかった。

 その気になれば素手で人を殺せるほどに強い自分がいた。

 別の表現をすれば、LV1のプレイヤーが道場という名の異世界でレベルアップして必殺スキルを身に付けてしまったのだ。

 

 いつかこの経験を物語ろうと思った。

 それにはカクヨムという場がふさわしいと判断した。

 この『ちょいと武張ぶばって』という作品で自らの青春を小説化しようと努めてみた。

 物語の主人公、南郷尚志なみさとひさしに私自身を仮託することで。

 さらには武術稽古における日常系というジャンルを確立させたくもあった。

 今回の試みが上手くいくかどうかは、予想がつかない。


 なお、様々な事情からフィクションという体で話を進めていく。

 時系列もあえて滅茶苦茶にした。

 特に影響を受けた人たちに関しては、その魅力を伝えるためそれぞれ一人につき一話を費やす形をとった。

 読む人が読めばわかってしまうかもしれない。

 しかし断言するが、これから述べる物語はすべてフィクションであるのを強調しておきたい。


※混乱を招かぬよう、この物語の紹介文に登場人物紹介を用意した。

 ぜひ参考にしていただきたい。

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