序章
武張ったものが好き
一浪してようやく受かったのはFランクの
キャンパスは田舎の山の上にあるので通うのに片道二時間もかかる。
そこまではまだいい。いずれ慣れる。我慢もできる。
我慢できないのは入学早々に尚志の父、幸太にガンが見つかった事。
「体力的に考えて、オペをしない方が長生きできるでしょう」
医者は厳かにそう告げた。
父、幸太は仕事を辞め自宅療養。
彼は自分がガンだとは知らされていない。
胸腺腫の患者は
全身の筋肉の力が抜ける指定難病。
呼吸は筋力によって行われる。
重症筋無力症がひどくなると自力での呼吸が困難になり、救急車で運ばれそのまま入院する。
こうして入退院を繰り返すうちに、父の生命は確実に減っていった。
徐々にやせ細る父を見ていると、尚志は夢に見ていた理想のキャンパスライフを送る気にもなれなくなった。
大学、バイト先、病院、家。
この四ヶ所をくるくると回るだけの日々。
レジャー、サークル活動、一人旅。
心情的にも金銭的にもできるはずがなかった。
いつも眉間にシワ寄せ不機嫌そうな大男の尚志は人を寄せ付けないオーラを発している。
したがって恋人はおろか、友達すら出来ない。
さらにストレスのせいで過食気味。
体重三桁は目前。
XXLサイズの服しか着られない醜く太った体。
本来の明るい性格は病的なまで暗くなっていった。
くだらないジョークを好んでいたが、やたら斜に構えるようになった。
南郷尚志の青春はバラ色とはほど遠い。
そんな状況でも、尚志には唯一の楽しみがあった。
大学へ行き来する急行の中での七十分間、小説を読むのが彼の一番の娯楽であり気晴らしだった。
中でも時代小説や剣豪小説、戦国武将や
戦国時代を駆け抜けた
ユリウス・カエサルは暗殺されたが一代の英雄だった。
喧嘩に滅法強く大きな器量で多くの子分から慕われた侠客、清水の次郎長。
尚志は彼らのような英雄豪傑に憧れ、ままならない現実をせめて剛毅な心持ちで乗り切ろうとしていた。
――大学三年の初夏、父の幸太は天に召された。
尚志は気持ちの整理もつかぬまま、なんとなく惰性で学生生活を送っていた。
サボることはなかったが、講義の時間は後ろの席でマンガを読むようになった。
もちろん、武張ったマンガなのは言うまでもない。
<大学を卒業したら、頭を丸めて仏門に入ろう。父の魂を弔うのだ。山伏になるのも捨てがたい。そうだ! 中国語を覚えて少林寺の僧になりたいな>
こんなフザけた事を大真面目に考えるほど、尚志はおかしくなっていた。
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