ここに友あり

 ――大学四年の春になって。

 周りは就職活動で慌ただしいが、坊主にでもなろうと思っていた南郷尚志なみさとひさしはのんびりと過ごしていた。

 今日も今日とて講義の最中は後ろの席でマンガを読んでいる始末。

 大きい図体でいつも怒っているような尚志に話しかける者はキャンパスに誰もいなかった。

 ただ一人、同じクラスの高島を除いては。


 高島という男はマンガを愛している。

 しかし決して根暗なオタクではない。

 剣道三段の明るいナイスガイで、鍛えられた筋肉を誇っている。

 物怖じしない性格の高島は、尚志が読んでいるマンガに興味を示し、お互い持っているマンガを貸し借りする関係に自然となっていた。

 

「よう、こないだ借りたマンガはまあまあ面白かったぞ。七十五点ってところだな。で、俺が貸したそのマンガはどうだ?」

 講義が終わり教室から出ていこうとする尚志に高島が話しかけた。

「うん、まだ読み終わってないけど予想以上に武張ぶばっていてスカッとしたよ。やっぱ警察モノは鉄板だね。九十点」

 尚志は言った。


「そりゃ良かった。もし警察に興味があるならこれからちょっと付き合えよ。どうせ暇だろ。今日の午後三時から参加できるよな」

 高島はニコニコして言った。

 

「そりゃ暇っちゃあ暇だけど……。そもそも何に付き合うんだ? 一応は帰って般若心経を写経しようと思っていたんだが、それより意義深いことなのかな?」

 尚志は覇気のない声で眠たそうに答えた。

 その無気力な反応に高島は「ふう」と大きなため息をついた。


「写経なんかしている場合じゃねえぞ。なんてったって警視庁の採用試験説明会だ。現役の警察官がリクルーターとしてやって来るんだ。なあ、今年はチャンスだぞ。警視庁は新卒を五百人ほど採用するらしい。ほら、あのカルト宗教がやらかした事件で人手を増やすんだと。警察官も立派な公務員だぞ」

 高島は一気にまくしたてた。


「はあ」

「何が『はあ』だ。そりゃお前の親父さんが亡くなったのは残念だがいい加減自分の人生を真剣に考えてみろ! お前のそのでかい図体は警察官になるのに有利だぞ。市民の安全と平和の為に活かそうとは思わないのか、ええ! とにかく参加しよう。話を聞けば坊主になりたいなんてフザケたことは二度と言わなくなるさ」

 高島はグイグイと迫ってきた。

 彼は剣道三段なだけあって距離を詰めるのが上手い。

 

「わ、わかったから少し離れてくれ」

「わかればよろしい。あと三十分ほどで説明会が始まる。さあ、会場に一番乗りと行こうじゃないか」

 高島は尚志の首根っこをつかみ歩き出した。


「しかしずいぶんと詳しいな。新卒を五百人採用なんて誰から聞いた?」

「ああ、言ってなかったっけ。俺の親父は静岡で刑事をやってるって」

 自慢気に高島は胸を張った。

 

「なるほどね。あともう一つ聞くがなぜ僕を誘った?」

「行動する際には相棒が必要。刑事の鉄則、親父の教えだ。それに大学の友人が俺と共に警察の世界に入ってくれたらサイコーじゃねえか」 

「友人? 所詮マンガを貸し借りしているだけの仲なのに?」

「いいか、教えといてやるからよく聞けよ。マンガの貸し借りを一度でもしたらソイツとは自動的に友達になるんだぜ」

 高島の言葉には尚志の胸を熱くさせる力があった。

 ずっと不貞腐れていた尚志にも、確かに友と呼べる存在がここにいたのだ。

 

「……友達か。なあ、本当は一人で説明会に行くのは不安なんじゃないのか?」

 嬉しくなった尚志は友達に軽口を叩いた。

「この野郎め! 覚えとけよ、いつか俺に感謝する日が来るぞ。『ああっ! 高島さまっ! お陰様で警視庁に奉職できました』ってな」

 

 こんな調子で軽口を叩きあっている内に、尚志の気持ちは変わってきた。

 <よくよく考えてみれば警察官になるのも武張っていていいんじゃないか>

 そう思うと尚志の眼に光が宿ってきた。

 採用試験の説明会場へ向かう二人の歩みは徐々に速さを増していった。

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