魔斬りの剣を巡って
【警告!】
今回のお話は流血シーンが多少ありますので苦手な方はご注意下さい!!
喜び勇んでサークルに入った尚志だが、組太刀の型をなかなか覚えられずに往生していた。
「これから教えるのは他人に見られても大丈夫な型です。サークルで堂々と教えられます。ぜひ体で覚えて下さい」
木刀を持った上杉が言った。
「
ドヤ顔で語りだした鈴木の頭を工藤が叩いた。
「お前は物知りアピールをするんじゃない! すみません先輩。こいつの言うことは無視して下さい」
工藤が尚志に頭を下げた。
もはやお馴染みの光景である。
「
そう言うと上杉は木刀を自分の左肩の上に振り上げ、そのまま背中の左半分に触れんばかりに木刀を下に回転させ、すぐに振りかぶると正眼の構えを取った。
彼はこの動作を素早く二回繰り返した。
「これを
尚志も後に続いて真似をした。
『モーメント』という言葉の意味がよくわからなかったが黙っていた。
「では工藤くん、受けをお願いします。私が
工藤と上杉は向かい合った。
「本当は
鈴木が説明している間にも、工藤と上杉は入れ代わり立ち代わり目まぐるしく動いていた。
やがて上杉がしゃがみ込んで片ヒザを床につき、立っている工藤の首のすぐ横で木刀を寸止めした。
「最後は下から相手の
鈴木が何てことのないように言った。
”頸動脈”という言葉に凄みを感じた。
剣術とは、武道とは、本来は人を殺す技術でしかない。
香取神道流はスポーツ化した現代剣道とは違う道を歩んでいるのだ。
その後、尚志はこの型を何とかこなした。
慣れてきたら、捕りだけではなく受けも覚える。
それも覚えたらまた次の型を覚えなければならない。
買ったばかりのノートパソコンで『香取神道流』と検索しても型の動画はおろか説明すらヒットしない。
大型書店の武道・格闘技コーナーを探しても香取神道流の入門書は見つけられない。
実際に手本を見て、体でマネて、
それに対し居合いの型はシンプルそのもの。
動作そのものは難しいがそのうち少しずつ慣れていった。
基本は帯を巻き左の腰に刀を差す。
左手の親指で
「さて、無事に抜附し終わったら
「チブリ?」
上杉の指導には時々専門用語が出てきて尚志を困惑させる。
「人を斬ると刀に血が付くでしょ。刀から血を振り払う動作が
人を斬れば血が流れるのは当たり前だが、その当たり前は現代においては当たり前ではない。
だから鈴木の解説がいつもながら有り難い。
工藤も彼のドヤ顔にイチイチ目くじらを立てなくなっている。
「刀を普通に両手で持って構えます。そのまま右手で
尚志は不器用ながら言われた通りにできた。
「次は納刀です。刀を鞘に納める動作が納刀です。これも見て覚えて下さい」
指導役の上杉はもちろん、工藤も鈴木も難なく納刀を成功させる。
ところが尚志は上手くいかない。
時代劇の役者が当たり前のようにやっている動作なのに。
「右手だけを動かそうとするのではなく、左手で握った鞘で迎え入れるようにするのがコツです」
上杉の教えに従うとどうにかして納刀に成功した。
基本動作に習熟すると稽古はますます楽しくなっていった。
座って抜く。
立って抜く。
歩きざまに抜く。
ジャンプして抜く。
前転して抜く。
気分はもう人斬り
また多才な上杉は剣術だけではなく横笛も教えていた。
たまに同じ時間、同じ教室で剣術と横笛の生徒を同時に教えることもあった。
「エイッ! トオッ!」
剣術の掛け声が響く中、横笛の妙なる音色が”ピ~ピャララ~”と流れているのはシュールとしか言いようがない。
「先生、今の吹き方で良かったでしょうか?」
「ああ、うん、まあそれでイイと思いますよ」
「いや先生! ちゃんと指導して下さい! 剣術ばかり見てないで!」
横笛の生徒は怒り出すが、このサークルではよく見られる光景だった。
初めの内はこの素晴らしいサークルが非認可なのが不思議だったが、何回も稽古する間に鈍い尚志でも理解できた。
ある時、
”ガシャンッ”
蛍光灯が割れ、破片が上から降ってきた。
天井が低いので組太刀の最中に木刀が蛍光灯に当たってしまうのだ。
「次の授業が始まる前に掃除を! 私は職員室から新しい蛍光灯を持ってきます」
上杉はそう指示を出すと教室を出ていき、残ったメンバーでガラスの破片をすべて箒で取り除いた。
蛍光灯を割るのはしょっちゅうなのでチームワークもバッチリである。
またある時は、
「ウッ……」
組太刀の途中、突然上杉が動かなくなった。
よく見ると上杉の右手の親指から血がダラダラと流れ始めた。
工藤の木刀がウッカリ上杉の親指を直撃したらしい。
痛さで顔が青い上杉。
大変なことをやらかした、と顔が青くなった工藤。
もちろん稽古は中止。
幸いにして治療室はたくさんあるので消毒を済ませ包帯を巻いて事なきを得た。
最後は、
”グサッ!”
尚志の左前腕に痛みが走った。
歩きながらすれ違う人を斬る居合の型の練習中、刀が上手く抜けずにモタモタしていたら切っ先が刺さってしまった。
そんなに血は流れなかったが、この時の傷跡は十年以上消えなかった。
なるほど、こんな事ばかり繰り返していたら正式なサークルとして認められないのは当たり前である。
学校の判断は正しかったのだ。
そんなこんなで剣術の腕も上達してきたが、尚志の目的はあくまでも『魔斬りの剣』の習得である。
「あの上杉先生、そろそろ魔斬りの剣を教えていただきたいんですが」
サークルでいつもの稽古をする前に尚志は上杉に言った。
「えっ!? あれは秘伝に属する技で私すら習っていません。でも、どうしてもというのであれば千葉県の総本山で血判を押して入門するしかありません。もっとも年数を重ねても教えてくれるかどうかは不明ですが」
「ズコーッ!」
予想外の答えに尚志は思わずマンガのようなリアクションを取った。
だが尚志は決して後悔などしていない。
香取神道流という剣術に触れることが出来たのだから。
【魔斬りの剣の考察】
注:興味のない方は読み飛ばして下さい。
後に尚志は魔斬りの剣の仕組みを考察してみた。
魔斬りの剣を端的にまとめるなら、『イメージ療法を催眠によって手助けする技術』と言い表すのが妥当だと思われる。
どういうことなのか?
ガン患者が行うイメージ療法の一例は次の通り。
自身に巣食うガン細胞をやっつけるため、イメージの中で自分がTVゲームに出てくるような戦闘機に乗る。
次にガン細胞をもっとイメージしやすいものにする。
例えば、怪獣のような。魔王のような。クリーチャーのような。
この時点でガン細胞は攻撃される対象になっている。
最後に攻撃の対象化となったガン細胞に対し、乗った戦闘機でミサイルや爆弾を雨あられと降らせる。
怪獣、魔王、クリーチャーはダメージを受けて死んでしまう。
もちろんイメージの上で。
驚くべきことにこれだけでガン細胞はかなり死滅するらしい。
魔斬りの剣も原理はこれと同様。
違うのは患者が努力してイメージする必要はない。
術者がイメージしやすいように患者を催眠状態にする。
そこで狐を攻撃の対象と化し、実際に攻撃するのも術者である。
具体的にはどうやって?
それはおそらくこんな流れだと想像できる。
まずは狐憑きの患者を一種の催眠状態に誘導してみる。
催眠をかける際には、よく五円玉を糸に吊るし目の前で左右に揺らすやり方が有名だ。
揺れる五円玉に意識を集中させる。
だが魔斬りの剣ではそんな面倒なことはしない。
目の前で日本刀を抜けば患者はイヤでもそれに意識を集中するしかない。
狐憑きの状態でも注意をそらせば命取りになるのは本能でわかる。
患者の意識を抜き身の刀に集中させたら次の段階に移る。
真言を唱えるなり、九字を切るなりして患者の中の狐を外に出すよう誘導する。
狐が出たことを患者に伝え、その形状や様子も説明する。
こうして狐というあやかしを視覚化し対象化できたらこっちのもの。
攻撃の対象と化した狐を気合と共に刀で斬るパフォーマンス。
「取り憑いた狐は魔斬りの剣で斬りました」
と言えば患者も心から納得するはず。
ただしへっぴり腰では説得力がない。
魔斬りの剣とは剣の達人になって初めて可能な技であろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます