その名も魔斬りの剣

 その名を尚志が知ったのはある日の午後の三限目。

 昼飯を食べた後の午後の上杉の授業は自然まぶたが重くなる。

 上杉もその辺は心得ているので生徒が寝ないように教科書からかなり脱線した話をぶっ込んだりしていた。


「それ故に、霊障のほとんどはあなた達でも治せます。大体は氣の乱れが原因です。”呪われてしまった”や”悪霊に憑かれた”などと訴える患者に惑わされず、されど訴えを否定せず。今までの知識を応用すれば霊を祓えますのでしっかりと結果を出してください」

 うつなどの症状を東洋医学で治す方法がいつの間にか悪霊退散の話になっていたのは上杉らしかった。


「先生、質問です。いわゆる狐憑きも鍼灸などの東洋医学で治せますか?」

 教室のどこからか声がした。

「理論上では治せるはずですが皆さんのレベルでは避けたほうが賢明でしょう。しかし私の剣術の先生は治したことがあります。今からその話をしましょう。マキリの剣、すなわち魔を斬る剣の話を」

 上杉は答えた。


 <魔斬りの剣だと!? 人は見かけによらないと言うけど、まさかこの小柄で貧相な先生が剣術を使うとは! うん、面白そうな展開になってきた>

 一言も聞き漏らすまいと尚志は大きく身を乗り出した。


「どうやら狐憑きという現象は大きく二つに分けられるようです。一つは頭の働きや性格の変化。もう一つは身体の動きや運動神経の変化です」

 教室内が静かになった。

 皆、この手の話に興味があるらしい。


「まず頭の方から。舞台は戦前の田舎。おかしくなったのは地元の純朴な若い娘。学もなく引っ込み思案でいつもオドオドしていたその娘はある日を境に立て板に水の雄弁家になってしまいました。マシンガントーク、切り返しの上手さ、毒舌と三拍子揃った彼女に口で勝てる者は村にはいません。狐が憑いたと自称する彼女は村の名物となり、多くの見物客が彼女を見にやって来ました。古い記録にはそう書いてありました。では続きまして運動神経の――」

 上杉が次の話に移ろうとしたので、

「いやいや、先生。結局その田舎娘は?」

 たまらず、誰かが質問した。

「ああ、彼女はそのまま治らなかったそうです。でも、このケースは私の先生は一切関与していないので悪しからず」

 当たり前のように答える上杉に教室中からため息とクスクスという笑い声がした。


「話を続けます。おかしくなったのは肉体労働者の青年。仕事が終わり帰る途中、突然塀の上によじ登り、そこでダッシュ、バク転、逆立ち歩きをするようになりました。オリンピックの体操選手顔負けのアクロバティックな動きをたまたま見かけた彼の同僚は驚きます。次の日、同僚が彼に問い詰めても彼はその時のことを覚えていません。何かヤバいものでも憑いてしまったか、と心配した同僚は私の剣の先生、O先生に相談しました」

「先生、なんでその同僚はO先生に相談したんですか? 普通は医者に診てもらうのでは?」

 また誰かが質問した。

 もっともな問いである。


「近くに病院はありましたがヤブ医者で有名でした。我が剣術は密教とセットになっていてその手の依頼はよく引き受けていました。特にお金も請求しません」

 生徒たちは、”はあ”、とか、”ほう”、とか、”へえ”、なんてそれぞれため息を漏らして話に聞き入っていた。


「O先生は前に経験したケースと似ているので狐憑きを疑いました。まずは本当に狐が憑いているかどうか確かめる必要があります。審神者さにわのように見極めなければなりません。そこで狐の嫌がるとされている葉っぱを用意しました。ああ、葉っぱの種類はわからないので質問されても無駄です」

 上杉は予めそう言ったので質問する者はいなかった。


「件の青年は日中は肉体労働をしてその帰りに無茶苦茶な動きをします。なので普段は家に帰ってヤカンに入っているお茶をガブガブ飲みます。そこでヤカンの中に狐の嫌う葉っぱをほんの少しだけ入れておきます。もし本当に狐が憑いているのならば青年はお茶を飲めないはずです。結果、彼はヤカンを手に取りましたが異変を感じたのかお茶を一滴たりとも飲めなかったそうです。見張りに協力してくれた家族がO先生にそう報告しました」

 これを聞いた尚志はペットボトルのお茶をごくりと飲んだ。


「しかしこれで狐憑きと判断するのは早計に過ぎるので念には念を入れます。先ほど述べたようにその青年は疲れて帰宅します。なので普段は部屋の万年床にバタンと寝っ転がります。そこで布団の下に例の葉っぱを一枚忍ばせます。もし本当に狐が憑いているのならば青年は布団に寝っ転がれないはずです。結果、彼は布団で寝るのをためらいました。これで狐憑きは確定です。O先生は魔斬りの剣を使い見事に狐を祓いました。一応説明すると『魔斬りの剣』という名の剣はなくあくまでも技の――」


 ”キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン”

 ここで授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

 生徒たちは次々に帰る準備をし始めた。

 ――本当かね?

 ――少し盛りすぎじゃないの。

 ――与太話にしちゃまあまあ楽しめた。

 ――腹減ったよ、ラーメンでも食ってこうぜ。


 皆が教室から出ていく中、尚志は上杉のもとへ歩いていった。

「先生、その剣術に興味があります。もっとお話を聞きたいのですが」

「ならば見るのが一番です。これからすぐに剣術サークルの活動があります。実習室の隣の教室はわかりますね。先に行っててください。私も後で向かいます」

 上杉はニコリと笑うと教室を出て行った。


 <サークルだと? そんなのがあるなんて三年生になって初めて知ったぞ。しかし魔斬りの剣か。格好いいな。武術も治療もお祓いも出来るなんて武張ったマンガの主人公じゃないか。サークルに入れば魔斬りの剣を習えるチャンスが巡って来るかもしれない>

 尚志は迷わず実習室の隣の教室を目指した。

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