気取った店、武張った店

 山形が指差す店を見た途端に尚志は唸った。

 なるほど、確かにオープンテラスのある洒落たカフェである。

『シンフォニエッタ・カフェー』という店名も小粋な感じがする。

 今日は五月晴れでしかもポカポカと暖かい。

 オープンテラスは満席だったので仕方なく店内に案内された。


 席について周りを見渡すと、客は若い女性や見目麗しい恋人たちがほとんどだった。

 センスのいい服を身にまとい、眩しい笑顔で希望に満ちた将来を語らっている。

 煉瓦の壁には『店内にてお菓子教室開いています。お気軽に参加を』という張り紙が貼ってあった。


「なんか僕たちは浮いてませんか? ちょっと場違いな気がしないでもないです」

 さっきから客や店員の視線を感じるのは確かだった。

「”僕たち”じゃなくって尚志だけだ。俺を一緒にするな。ここの客のようにお洒落をしろとは言わないがせめて身だしなみはキチンとしてくれないか。頼むから鏡を見てくれ」

 山形が指摘するのも無理はない。

 尚志の身なりはボロボロの服に靴、大きな体格に坊主頭。

 あまり近づきたくないタイプではある。


「それは仕方ないですよ。僕は東京生まれの東京育ちだし」

「は? 何を言ってるんだ?」

 運ばれてきたコーヒを一口飲んで山形が言った。

「あー、つまり田舎モンほど東京にやって来て、小粋な服を着て小洒落たお店に入り浸るんです。自分がカッペと見られないように。ここの客のように。東京生まれはカッペというコンプレックスを解消する必要もないのでイチイチ流行りの服や店なんかチェックしませんよ」

「シィッ! 声が大きい。今の理屈は極論であり偏見であり暴論だ。さらには俺に対する宣戦布告でもあるぞ。話題を変えよう。皆が見ている」

 尚志が周りを見渡すと皆がサッと顔を背ける。

 山形の言うとおりであった。


「では話題を変えます。今日の老人は何だったんでしょう。パッと見は達人の雰囲気があって強そうだったのに。推手で胸とアゴに一発ずつ入れられて泣き言を言って帰っちゃいました」

 尚志は今日の出来事を思い出して言った。

「尚志にはまだ人を見る目がないだけだ。弱そうと思った相手が実は強くて痛い目にあったことは一度や二度じゃないはずだ」

「ええ、スカウターが欲しいと本気で思いました」

「今日のは逆だ。強そうに見えて実は弱い。経験を積めば自然とわかるさ」

 こんな話をしていたらコーヒーカップは空になっていた。

 コーヒー一杯が高い代わりにおかわりは自由なのでウエイトレスを呼んだ。


「それで、話したいことって何ですか?」

 熱々の濃いコーヒーを口にして尚志は訊いた。

 元々は話したいことがあるから尚志はここに連れられてきたのである。


「尚志も薄々は勘付いているとは思うが、我がジャパン意拳クラブはおかしいとは思わないか? いびつだと感じなかったか?」

「いや、武術の団体は詳しくないからどこがおかしいか、と聞かれてもそんなものかと。ましてや中国拳法は日本の武術と違うから正直そんなには……。逆にどこが歪なんですか?」

 山形の問いに尚志は戸惑いながら答えた。


「まず、てい先生から意拳を教わるためにジャパン意拳クラブは出来たのに一番偉い先生が長い間不在だ。次に弟子の数が異常に少ないとは思わないか。あの練習部屋を借りるのもタダじゃない。はっきり言うが俺の持ち出しだ。月謝を払うのは土屋先生と尚志の二人だけ。どう考えても歪だしおかしい」

「なるほど、言われてみればそうですね。あっ、すみませんお姉さん。コーヒーのおかわりをお願いします」

「ついでにこっちも」

 

 洒落たカフェなのでコーヒーカップも洒落ている。

 ただしサイズが小さいのでコーヒーはすぐに空になるのだ。

 二人がガブガブと飲んでいるのでは決してない。


「端的に言うと、ジャパン意拳クラブは数年前に道場破りにあったためこんな有様なんだ」

「えッ!? そうだったんですか!? 全く気が付かずにすみません!」

 突拍子もない言葉を聞いて尚志は思わず大声を出したが、初日に道場破りに間違われたことを考えるとどうも嘘を言っているようではなかった。


「シィッ! 声が大きい。ちゃんと説明するから。他言は無用」

 山形は訥々と語りだした。


 ・程先生は由緒ある北京意拳クラブの出身。

 ・日本にやって来てジャパン意拳クラブを立ち上げた。

 ・若くて甘いマスク。腕も立つ程先生はたちまち日本で評判に。

 ・弟子も順調に増え、とうとう意拳のビデオまで出すことに。

 ・北京意拳クラブはその功績を称えるためパーティーを開いた。

 ・程先生は北京に招かれた際、師匠の陳先生の勘気をこうむってしまった。

 ・理由は大きく三つ。

 ・一つ、程先生の日本での愛人をパーティーに連れてきてしまった。

 ・二つ、連絡伝達が上手く伝わらず、パーティーの開始時刻に大いに遅れてしまった。

 ・三つ、日本で出したビデオには門外不出の貴重な映像が許可なく収録されていた。

 ・この内のどれか一つでもアウトなのに同時期に全部やらかしてしまった。


「ここまではわかったかな。しかし甘いものが食べたくなってきたな。実はこのオススメのハイソサエティ・スペシャルパフェっていうのが気になっている。奢るから食べようか」

「はい、ご馳走になります」

「じゃあ、続きを話す」

 山形は再び話し始めた。


 ・程先生がやらかしたことはすぐに尾ひれがついて広まった。

 ・元々、日本での成功を妬まれていたこともあって狙われる事に。

 ・ある日、奴らは道場にやって来た。数は頼りと雑魚弟子たちに青龍刀を持たせて。

 ・首謀者は日本人の三藤と木塚。北京意拳クラブの元幹部で二人共凄腕との評判。

 ・程先生を皆で囲み稽古をつけて欲しいと凄むが断られる。

 ・奴らは笑いながら帰って行った。

 ・北京意拳クラブのボスである陳先生の命令か、妬んだ幹部が自主的にやったのかは不明。


 ここまで話すとちょうど注文したパフェが運ばれてきた。

「ハイソサエティ・スペシャルパフェなんて大層な名前だから試しに頼んでみたんだが……。ごく普通のパフェだな。これのどこがハイソでスペシャルなんだ?」

「シィッ! 声が大きいですよ。皆が見てます」

 今度は尚志が山形を注意した。

「すまない。感情が昂りすぎたようだ。パフェに八つ当たりをする男は情けないな」

「まあ、怒った時には甘いものが一番です。名前はちょっとアレですがなかなかイケますよ、このパフェ。板チョコ一枚が丸ごと乗っかっているなんて豪勢だしハイソな気分に浸れます」

 尚志は笑いながら板チョコにかぶりついた。

 山形もマネをして板チョコにかぶりついて笑った。


「その日、たまたま俺は法事で稽古に出れなかったんだ。ついでに言うと程先生は高熱を押して指導に来ていた。後になって道場破りの顛末を知った。本当に悔やんでも悔やみ切れない」

 拳を握りしめ、山形は再び語りだした。


「歪さを正すため、道場破りの三藤と木塚を超える絶対的な功夫ゴンフーを養い、いつか決着をつけるつもりだ。今、中国語を習っているのはいずれ陳先生にお会いして俺の口から釈明をするため。来たるべき日のために俺はこのジャパン意拳クラブを守らなければならない。今はほとんどの生徒が去ってしまったが希望は捨てていない。懸命にやっていたら尚志のような大型新人がひょっこり入門してきたんだ。だから尚志は希望の星だ。自覚を持ってくれ」

「いや、急にそんな事を言われても……」

 山形の覚悟を聞かされても、尚志は厄介事は勘弁としか思えなかった。

 だが、この日の話で山形もまた武張っている男だというのを充分に理解した。


「面白くもない話で悪かった。まだ時間はあるか? お詫びに尚志をいい店に連れて行こう。いい店ったって風俗じゃないぞ。もっと武張った店だ、ハハ」

 山形は機嫌が直ったらしかった。

 大きな声だったが尚志は注意する気にはならなかった。

 客や店員からジロジロ見られるのは慣れっこになってしまったのだ。


 その時、蝶ネクタイを着けたマネージャーらしき強面の男がこちらに飛んできた。

「お客様、お代は結構なので今すぐ当店から立ち去ってください。今後は当店のご利用はご遠慮ください」

 静かな声だが有無を言わせぬ迫力があった。

 笑顔だが目は笑っていない。

 尚志と山形はおとなしく店を出た。


「う~ん、得しましたね」

 店の外で大きく伸びをしながら尚志が声に出した。

「だが失ったものも大きい。結構良さげな雰囲気の店だから贔屓にしてやろうと思っていたんだが出禁になってしまったよ」

 山形が未練を口にした。

「あんな気取りクサった店、早晩潰れますって。賭けてもいいですよ」

 尚志が吐き捨てるように言った。

「まあ、今度はもっと身の丈に合った店にしよう。背伸びなんてするもんじゃないな」

 山形は悟り澄ましたかのような物言いをした。


 * * * * *


 出禁騒動の帰り道、山形に案内された店に入ると尚志は唸った。

 駅から少し離れた裏路地にある建物の二階にある武器屋は東京に生まれ育った尚志も未体験。

 

 店内には所狭しと古今東西の様々な武器が売り物として並んでいた。

 陳列棚にはエアガンやランボーナイフ、そしてスタンガン。

 壁には三国志でお馴染みの青竜刀や蛇矛じゃぼうの他、方天戟ほうてんげきまで立て掛けてある。

 天井からはマチェット山刀が宙吊りにされた状態で、嫌でも目立つ。どうやらこの店のイチオシ商品らしい。

 なるほど、『武器爛漫ぶきらんまん』という店名も武張っていて看板に偽りはない。


「名誉挽回、汚名返上。どうだ、この店は。恐れ入ったろう」

 山形は得意満面。

「ええ、驚きました。とっても武張っていてサイコーです」

 尚志は夢見心地だった。


 他の客としては、サバゲー愛好家らしきグループがエアガンを手に取り、いじめられっ子らしき中学生とその母親が護身用のナイフを選んでいる。

 この『武器爛漫』は様々な客層から親しまれているようだった。


「驚くのはまだ早い。こっちに来てくれ。この『伝統武器コーナー』を見て驚け」

 店の一角には山形の言う通り、たくさんの伝統武器がこれでもかと並んでいた。

 十手じって鉄扇てっせん、手裏剣、ヌンチャクやトンファーまで。

 鎖鎌には手書きのポップが飾ってあり、

『店内にて武器制作教室開いています。今月は鎖鎌特集。お気軽に参加を』

 などと可愛い文字で書いてあったのにはさすがの二人ものけ反るしかなかった。


「山形さん、こんな素晴らしい店を紹介してくださりありがとうございました。今日はとっても楽しかったです」

 駅の改札前で尚志はお辞儀をした。

「気に入ってくれたようで何より。俺も嬉しかったよ。それじゃまた来週」

 山形は颯爽と去って行った。


 いつかお金が貯まったらまたあのお店に行こう、と帰りの電車の中で尚志は誓った。


 そして三か月後、何気なく例の小粋な店、『シンフォニエッタ・カフェー』の前を通ったら店は潰れコンビニになっていた。

 オープンテラスは駐車場になっていた。

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