来る者は拒まず
良くも悪くも全てに対してオープンなのが蒼天会の特徴である。
大東流合気柔術という古武道を初めて世間に知らしめたのも蒼天会。
当時は各団体から反発もあったがすべて跳ね返してきた歴史と実績がある。
秘伝や秘技を惜しげもなく公開している。
その恩恵にあずかる者は枚挙に暇がない。
各武術団体の大物、それも館長クラスがお忍びで蒼天会に稽古に来ているのは公然の秘密であった。
「この蒼天会の弟子の中で最強なのはエヌさんじゃないかな」
道場で口も利いたことのない若い弟子がそう話していたのを尚志は偶然聞いた。
「誰ですか、そのエヌさんって」
たまらず尚志は問いただした。
尚志にとって最強の弟子は才川か黒田であって、エヌという人物は道場で一度も見たことがないのだからさっきの発言は聞き捨てならない。
「えっ、知らないの。あのフルコン空手の支部長だよ。大岩先生が海外へ指導しに行く時はボディガードを買って出るんだぜ。まあ、大人の事情で公然の秘密ってやつだ。あまり大きな声じゃ言えないけどな」
彼は結構大きな声で説明をした。
後で色々な人に聞いてみると、他にもそういう人たちはかなりいることがわかった。
尚志は納得をし、また蒼天会を誇らしく思った。
だが蒼天会の気前の良さはそれだけではない。
著名人の見学やマスコミの取材にもオープンなのは言うまでもなかった。
ある日、道場の見学席がやたらと騒がしかった。
そこにはどこかで見た覚えのある人が大岩と和やかに談笑していた。
尚志は思い出した。彼は最近テレビや雑誌でよく見る武術家だった。
こんな有名人も来るんだな、と感心した。
だが考えてみると大岩鉄之進の方がはるかに有名であるのに後で気付いた。
その次の週、とある小説家が見学席にいた。
警察を舞台にしたストーリーに定評があるらしいのだが尚志は読んだ事はなかった。
しばらくして、大岩の師匠のそのまた師匠が主人公の小説が本屋に並んだ。
堀内が買ってきたので借りて読んでみたが微妙な出来で、尚志の好みではなかった。
他にはこんな人も蒼天会を訪ねていた。
「今日は漫画家のy先生が稽古の取材に来ています。今度の新連載は大東流を使う主人公が活躍するそうなので皆さんも取材に協力してください(微笑)」
稽古の前に大岩は言った。
尚志は思わず唸った。
漫画やアニメに親しんでいる人にとっては伝説的な人物である。
<今度、マンガ友達の高島に自慢してやろう>
歴史的な瞬間に立ち会えて、尚志は鼻高々であった。
数カ月後、例の雑誌を立ち読みしてみた。
しかし、主人公の戦いぶりは大岩のそれではなく、どちらかというと才川のスタイルに近かった
テレビの取材は特に辛かったのを尚志は覚えている。
美人女優が司会の科学バラエティ番組。
なんでも合気をテーマにするのだとか。
当日は多数の取材スタッフが道場に訪れた。
稽古中に強烈なライトを浴びせられ、反射板で囲まれた。
<ただでさえ暑いのに、これ以上は熱くしないでくれ>
尚志だけでなく、他の弟子たちもそう思っていた。
やがて番組が放映された時、尚志は食い入るように視聴した。
尚志も一瞬だけ映っていた。
様々な人が好き勝手に合気を解説していたがどれも的外れな意見にしか聞こえない。
<あれだけ暑い思いをさせて、こんな結論か!>
尚志は怒りを覚えた。
「取材する側は合気なんて面白おかしいネタとしか考えてないんだよ。もうこっちは慣れっこだけど。だから尚志もこの唐揚げでも食って落ち着け、な」
地麦にて黒田が尚志をなだめていた。
尚志は言葉通りに唐揚げを口に頬張ると生ビールで一気に流し込んだ。
少し気分は落ち着いた。
「あ、聞いた話だと今度またテレビの取材が三件あるって。どうする、尚志。ヒッヒッヒ」
佐嶋がからかうように言った。
尚志は再び唐揚げを頬張った。
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